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汐入り

作者: キリュン

 泥だまりに無数の穴があいていた。穴は小指の爪先ほどの大きさで、ぷつぷつ、という感じでそこにあいていた。時折穴からしゃぼん玉のようなあぶくが生まれた。あぶくは風に吹き飛ばされまいと外形を震わせてそこに留まっていた。

 べんけいがに、べんけいがに、隣で父親らしい男と、その息子らしい、まだ小学生になるかならないかくらいの少年が、しゃがんで呟いている。見たが、それらしいものは見当たらなかった。


 前浜干潟まで歩いていた。汽水域から、東京湾がなんとなく見えた。羽田空港が隣にあって、数分おきに轟音を鳴らして飛行機が去来した。目前に赤と黒のコンテナが積み上がっていて、物流倉庫の外壁に取りついている螺旋状のスロープから、大型トレーラーがうねりながら出たり消えたりを繰り返していた。

 干潟沿いの土手まで歩くと、そこから先は鉄柵で閉じられていて、立入禁止の看板が番線でくくりつけられていた。柵越しに土手はしばらく続いており、路脇に雑草が伸び切っている。看板には手書きの丸まった文字で、ここからは、鳥たちの世界ですから。と書き加えられていた。


 元々はここも海だった。土砂やゴミや糞尿が運ばれ、固められた地盤のうえに、工場が、飛行場が、森林が、干潟が、鳥が、人が生まれた。絶え間なく飛行機が離陸して、その度に地鳴りが起こり、身体の内側が震える。それはこの地の胎動のようで、飛行機が飛び立つと、ユリカモメやカモの仲間が一斉に舞いあがり、汽水へ降りたって羽を休めた。カワウは単身で、泥に埋まった木杭の上で羽を広げて微動だにしない。版画のようなべた塗りの黒は、人間が醜い部分から目を背け続ける、その蓄積の色だった。


 桟道から泥だまりを見つめる。満潮時には水の底にあったものが、空気に触れ、干上がっていく。ぷつぷつ、泥だまり全体が、止めていた息を吐き出すように、次々と穴が現れ、あぶくが湧き立つ。滑走路の飛行機が、徐々に速度を速める。あぶくが震える。低い地鳴りが次第に叫び声となり、ついに大地を離れる瞬間、この地に生まれた生命が、震えとともに掻き消される瞬間まで、私はここに立っていようと思った。

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