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1.

 星のささやきって知ってる?

 永久凍土(えいきゅうとうど)があるシベリアの町では、冬になると吐いた息が空中で凍り付いてしまうくらい寒くなるんだって。


 凍結した吐息はさらさらした灰みたいになって、美しい音色を奏でながら地面に落ちていく。

 そのきれいな音を、星のささやきって言うらしい。


 最近、身の周りで不思議なことが起こり始めた。

 私はその現象を、星のささやきって呼ぶことにしたんだけど――。



(……うーっ、寒いっ!)


 今朝の気温も氷点下十度。

 息を吐くと白く染まるし、手袋に包まれた指先はかじかんでうまく動かせない。


 こんな日は、いつもより早く家を出る。一歩先へ進めば、肌が冷気にさらされてますます冷えていくけれど、期待に膨らんだ胸はずっと温かいままだ。

 両手をこすり合わせながら、バス停へ続く閑散とした通りを歩いてゆく。しばらく行くと、ようやく人通りの多い交差点に出た。


 そこには、奇妙な光景が広がっていた。透き通った綿みたいな塊が空中にたくさん浮かんでいる。ほどなく滑らかに崩れたそれは、鈴のような音を立てた。

 ほぼ同時に、老若男女(ろうにゃくなんにょ)の様々な声が聞こえてくる。


『あーあ。学校行きたくないなあ』

『いつも思うけど、ここの信号長すぎない?』


 口を開くのも億劫なほどキンと冷えた朝は、普段なら、交差点を行き来する車の音や信号音だけが響いているはず。

 だけど私の耳には、空を見上げたり、腕時計で時間を確認したりしている人々の声が、騒々しいくらいはっきりと響く。

 彼らの口は、これっぽっちも動いていないのに。


『うー、昨日ゲームで徹夜したのまずかったかなあ』

『うわ! 弁当忘れてきた! どこで買おう? コンビニ?』


 今日みたいなすごく寒い日に、どうやら私にだけ聞こえる不思議な声。

 いろいろ考えたけれど、一番しっくりくる答えはこれだった。


 あの白い塊は、誰かの息とともに空中に吐き出された、凍てついて固まった「思い」である、と。


 日本版・星のささやきと言えなくもない、でしょ?

 そう思ったら、すごく胸が弾んだ。神様が与えてくれた奇跡のように感じた。

 不器用な私に贈られた、期間限定の天の恵み。

 その幸運をめいっぱい味わうため、寒ければ寒いほど、私の登校時間は早くなるのだ。

 

 ――そんな日々を楽しんでいたとき、彼が、現れた。


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