下の娘に上の娘を「殺して」と言われて首元に手を置いた。
酷い話なので読まないほうがいいかもしれません。
どうしてこんな事になっているのか理解できなかった。
私は自分の娘を差別して育てるような人間だったのか?
記憶に残るエリシュの顔は、目を伏せて話しかけても視線を合わせることもなく、張り付いたような恐怖と笑顔を混ぜたような顔だった。
三歳まで普通にエリシュを愛して可愛がっていた。
それなのにアーカシアが生まれてからはエリシュが疎ましくて仕方なくなってしまった。
「お父様」と言って触れられた瞬間、エリシュを殴り飛ばしたのが始まりだった。
虫の居所が悪かったとか、状況が悪かったのではない。
そんなふうにしようと思ったこともなかった。
なのに私はエリシュを殴り飛ばしてしまった。
それからはアーカシアが側に居る時にエリシュが目に入ると殴って蹴り飛ばして・・・その繰り返しだ。
その一方アーカシアが可愛くて仕方なかった。
子供を育てるのに、可愛がるだけではいけないと解っているのに、私はひたすらアーカシアを甘やかせて育てていた。
それが当然なのだと思っていた。
ある日、アーカシアが「エリシュを殺して」と私に言った。
私はアーカシアの望みを叶えなくてはならないとなぜだか思ってしまって、すぐさまエリシュを呼び、エリシュの首に手を掛けた。
エリシュは「お父様許してください。ごめんなさい。ごめんなさい」と謝り、何年かぶりにエリシュと目があった。
私は頭の中に警報がなる。
エリシュを殺してはならないと。
なのにアーカシアが私に「殺せ、殺せ」と背後から声を掛ける。
私は自分の中で鳴る警報に耳を傾けてアーカシアに「何故エリシュを殺さなければならないのか?」と聞いた。
「理由はないわエリシュが目に入るのが鬱陶しくなっただけよ。お父様!アーカシアのお願いを聞いてくれるでしょう?」
「そんな理由で人を殺して良い訳がないだろう!!」
「今更何を言っているの?お父様。エリシュに理由もなく殴る蹴るの暴行を加えていたのはお父様じゃない」
「そ、それは・・・」
「お父様が出来ないなら、まぁいいわ。コーエン、私を愛しているのならエリシュを殺してくれるでしょう?」
「勿論だよ。アーカシアが望むことなら何でも叶えてあげるよ」
「うふふふっ。嬉しい。じゃぁ、お願いね。私は部屋でお茶でも飲んで待っているわ」
「解った。すぐに行くよ」
「コーエン!!駄目だ!!エリシュも私の子供だ。殺すことなど許さない」
「けどアーカシアの望みは叶えないと・・・」
そのコーエンの虚ろな目に、鏡に映る自分の顔と重なる。
もしかしてアーカシアは魅了魔法を使っているのか?!
私はコーエンを殴り飛ばして執事のキャスにロープを持ってこさせて、物置部屋へと放り込んだ。
「キャス!!アーカシアはもしかしたら魅了魔法を使えるのではないか?!」
「そ、そんな・・・」
「私はアーカシアが生まれるまでエリシュが可愛くて仕方がなかった記憶がある。この家でも誰もがエリシュを愛していただろう?」
「は、、い、、、」
「魅了魔法を持つ者がいるかも知れないと急いで王家へと申し出てくれ。エリシュも一緒に連れて行って保護してもらってくれ!!」
「か、かしこまりました!!」
キャスなら三歳年下のアーカシアよりも二周りも小さいエリシュを抱えて王家に逃げ込むことは可能だろう。
私は新たなロープを手にアーカシアの部屋へと向かった。
アーカシアが使っている部屋、妻の部屋へ行く。
いつ部屋替えをしたんだ?
エリシュとアーカシアを産んだ私の妻、マーフィーノが使っていた部屋をアーカシアに使わせるようになったのは一体いつだった?
マーフィーノがどうなったのか記憶があやふやで思い出せない。
私は使用人を掴まえて妻がどうなったか尋ねると、屋根裏部屋に閉じ込められていると聞いて、生きていてくれたと安堵の息を吐いた。
アーカシアの部屋のドアノブをロープで縛り、部屋から出られなくした。
それから使用人達に離れに全員避難するように伝える。
「騎士団が来てくれるまで絶対に窓もドアも開けてはいけない。アーカシアの魅了の力はとても強いように感じる。カーテンも閉めて、アーカシアの姿を見ないようにしろ!!」
使用人達が慌てて走り去るのを横目に私は屋根裏部屋へと急いだ。
そこには私が愛している妻が骨と皮になってベッドに寝ていた。
一瞬死んでいるのかと思って、近寄ることに二の足を踏んでしまった。
もぞりと動いたのを見て生きていることを実感した。
「マーフィーノ!!」
骨と皮の妻がギギギと音が鳴っているのではないかと思うような動きでこちらを向いて小さな声で何かを言ったが聞き取れなかった。
耳を寄せると「みず・・・」と言っていて私は慌てて自室にある水差しをつかんで屋根裏部屋へと戻った。
体を動かすのが怖かったので、私は口の中に水を含んで口づけて水を飲ませた。
何度か繰り返すと妻は声が出るようになったのか「あなた・・・」と言って泣き出した。
「すまない。アーカシアが魅了魔法を使っていたのかもしれん。マーフィーノがどうなっているのかも気にもならなかったんだ!!本当にすまない」
妻はただ涙を流していた。
「もう暫くここに居てくれ。アーカシアをなんとかしなければならない」
私は結局誰かを失わずに平穏は訪れないのだと歯を食いしばった。
妻の部屋の内側から声がかかる。
「どうなっているのかしら?こんな事をしてただで済むと思っていないでしょうね?」
これが十歳の子供の言うことなのだろうか?
私は騎士団の到着はまだかと玄関の前をウロウロとしていた。
それから一時間は経っただろうか、キャスが騎士団を連れて戻ってきたのは。
それからは私にとってとても酷い出来事だった。
騎士団が十歳の子供を寄って集って押さえ込み、それを怒鳴りつけるアーカシア、魅了魔法を必死で使おうとしているのに騎士団には効果がなくてアーカシアは戸惑っている。
アーカシアが魅了魔法を使っていることはもう間違いようがない。
アーカシアがなにか言うたびに魅了魔法を放たれているようで、騎士の腕にはまっているバングルが光っている。
少し離れたところにいる魔法師の姿をした男が騎士団長と思わしき人に話しかける。
「魅了魔法の使用の確認が取れました」
そしてアーカシアに魔法を封じる枷が首にかけられた。
それでもアーカシアは暴れることを止めなかったために、魔法で意識を失わされ、やっと静かになった。
私は魔法師に「妻の容態を見てくれ!!」と頼むと魔法師は屋根裏部屋まで来てくれて、妻に回復魔法を掛けてくれた。
「回復魔法を掛けましたが、この後少しずつ食べ物や飲み物に体を慣らしていくしかありません。この状態を治す魔法はありません」
「いえ、ありがとうございます。この後は医師と相談して回復に努めます。ただこの部屋から出してやりたいのですが、動かして大丈夫でしょうか?」
「そっと動かしてあげてください。その後もう一度回復魔法を掛けましょう」
「お願いします」
抱き上げた妻があまりにも軽くて涙が出そうになった。
キャスに直ぐ医師を呼びに行かせて妻のことは後を任せた。
「ラードアス伯爵、あなたは自力で魅了魔法を跳ね返しましたが、今まで長く魅了魔法にかかっていたために抜けきってはいません」
「はい。使用人達も魅了魔法の影響下にあったのですが」
「ラードアス家に関わる方たちの魅了魔法の解呪を毎日行います。人数が多いので、魔法師団から人を派遣することにします」
「はい。よろしくお願いします」
騎士団と魔法師の方はその後、使用人達からも聞き取りをして私より強く魅了が掛かっている者は魔法師団へと連れて行き、治療することになった。
アーカシアに近ければ近いほど魅了魔法の影響は強くて、アーカシアの部屋付きメイド達数人は解呪に時間が掛ると伝えられた。
私もかなり深く掛かっていて、コーエンを忘れていたことを思い出し、慌てて騎士団に「もう一人いました!!」とコーエンを閉じ込めた物置小屋へと騎士団とともに向かった。
コーエンはアーカシアが気に入った婚約者で、深い魅了魔法の影響下にあるため、コーエンの家族にも会いに行くと魔法師は言っていた。
「娘は・・・アーカシアはどうなりますか?」
「今はまだなんとも」
「そう、ですか・・・。エリシュはどうなりますか?」
「長年の怪我がひどくて、聖女様が治療をするという所で私達は出立したので、今どうなっているのかは解りませんが、多分大丈夫でしょう。私が見たところ魅了魔法には掛かっていませんでした」
「そうですか・・・」
「状況説明は伺っています。この先エリシュ嬢がどういう答えを出すか我々には解りません」
「暫くは騎士団で預かってもらえるということで宜しいですか?」
「はい。何がしかの決着、またはエリシュ本人の希望を聞いて決めたいと思います」
「よろしくお願いします」
「何の慰めにもならないかもしれませんが、ラードアス伯爵の責任ではありません。生まれた瞬間から魅了魔法で人を操れるなど誰も思いもしませんでした」
「はい・・・」
「今日はこれで失礼します」と言って騎士団と合流して帰っていった。
騎士団、魔法師がいなくなってがらんとした家で使用人達に
「すまないが、簡単な食事を全員分用意してくれるか?私も皆と同じものでいいので」
「解りました」
皆、ノロノロとした動きでそれぞれがするべきことに向かっていった。
妻を寝かせた私の寝室へ行くと医者は「生死の狭間に立っていると思ってください」と厳しい顔をしていた。
「食べ物が受け付けられなかったらどうにもなりません」
「できるかぎりのことをよろしくお願いします」
「今は話すことですら命の危険に繋がると思ってください」
「はい」
キャスと料理人が呼ばれて妻の食事の説明を受けていた。
役に立たない自分に情けなくなった。
朝が来ても昨日のことはなくならず、アーカシアが使っていた妻の寝室は嵐が過ぎ去ったような状態のままだった。
使用人達は一晩寝て少し落ち着いたのか、いつも通りに仕事をこなしていてくれているがどこかぎこちない。
キャスが「奥様のための看護人を雇いたい」と言ってくれたので了承して早急にいい人を探してもらうことにした。
その日の午後にはキャスの知り合いという看護経験のある夫人が来てくれて、妻の看護をしてくれることになった。
それから一ヶ月、妻は危機的状況を抜け出すことが出来た。
まだベッドの上で起き上がることしか出来ないが、骨と皮の間に薄らと肉がついている。
エリシュは帰ってこない。
何度か会いに行っているが、会いたくないと断られている。
当然だろう。守るべき父親が率先して十年間も殴る蹴るの暴行を毎日加えていたのだ。
使用人達も夜ベッドに入ると自分のしたことを思い出すのか、使用人部屋で夜中に叫び声が聞こえるらしい。
かくいう私も毎日エリシュを殴っている夢を見て飛び起きる。
その後は眠りにつくことは難しく、震える体を抱きしめてエリシュにしたことを考え続ける。
医師から睡眠薬を処方されたが、夢を見て飛び起きることは収まらない。
それは使用人達も同じだった。
アーカシアは魔法を抑える枷を着けたままなら家に帰すことができると言われたが、使用人達のためにもアーカシアを受け入れることは出来なかった。
使用人のためとは言ってはいるが、私が恐ろしくて受け入れられなかったのだ。
アーカシアが恐ろしいのか、アーカシアにエリシュが味わったものを味わわせることになってしまうことが怖いのか、それは解らなかった。
エリシュと違いアーカシアは私に会いたいと言ってくるが、私は会いに行けないままだ。
エリシュは学園の友達の家で預かってもらえることになった。
学園で友人がいたことが嬉しかった。
私は預かっていただく家と連絡を取り「よろしくお願いします」と細かな取り決めをした。
妻が車椅子に乗れるくらいに回復した。
アーカシアが何故妻にあんな仕打ちをしたのかと、妻と話しているうちに解った。
妻にも魅了魔法は掛かったのだそうだ。
だがエリシュを可愛いと思う気持ちは消えなかったそうで、アーカシアはそれに苛立ち、妻を自分の見えない所へ追いやった。
アーカシアは妻を生かす必要ないと使用人達に指示したそうだが、妻に忠誠を誓っていた使用人が生きられる最低限の世話をしていたらしかった。
妻はアーカシアに抵抗できたことを知って、少し良くなっていた夜中に飛び起きることがまた頻発するようになった。
私は何も悪くないエリシュを蹴り飛ばした。
蹴った場所が悪くてエリシュが二階から階段を転がり落ちていく。四歳くらいの頃だった。
まだ小さく体が柔らかかったために大惨事にはならなかった。
けれど、エリシュは毎日命の危険があった。運が良かっただけだ。
そして夢で思い出した。
私がエリシュに暴力を振るった時は必ず「蹴れ、殴れ、殺せ」と笑いながらアーカシアの声がすることに。
側にアーカシアがいないときはただ無視するだけだったと。
私は魔法師団へ行って、我が家に来てくれた人と会ってもらえることになった。
生まれて直ぐから他人を傷つけるような命令ができるものなのかが聞きたくて。
アーカシアがまだ喋れないときから私はエリシュに暴力を振るっていたことも思い出したのだ。
「暴力をふるえとは指示されていないかもしれません。ですが、アーカシア嬢は自分以外の人を可愛がることを不快に思っていたことだけははっきりしています。アーカシア嬢と視線を合わせることで魅了魔法で指示されていたとしか・・・」
「本当のことは解らないということですか?」
「残念ながら。アーカシア嬢の魅了の力はあまりにも強すぎると思います。そして自分以外は酷い目にあうと嬉しいと感じる嗜虐心の持ち主です。魅了魔法は魔法を封じる枷でどうにかなりますが、心を治すことはでは出来ません」
「そう、ですか・・・」
「アーカシア嬢に優しい心があるのか私は知りたくて子猫を一晩アーカシア嬢の部屋へ入れたことがあるのです」
その結果を聞くのが怖い。
「翌朝子猫は首の骨が折られて亡くなっていました。その子猫をアーカシア嬢は転がして遊んでいました。何故殺したのか聞くと、言うことを聞かないからだと言っていました」
「そんな・・・」
「私はアーカシア嬢を外に出すべきではないと思います。外に出すと、小動物を殺すことから始まって最後には人間を殺すでしょう」
「ではどのようにすれば?」
「今、上の者とも話し合っていますが死ぬまで閉じ込めて生活させるしかないと思っています。多分・・・いえ、間違いなくアーカシア嬢は外に出られないと思っていただきたい。そして手に負えなくなった時は・・・」
殺されるのか・・・。
「わ、かり、ました・・・。アーカシアのことをよろしくお願いします」
「お会いになりませんか?」
「まだその覚悟がありません」
妻が歩けるようになった頃、エリシュが会ってもいいと言ってくれた。
私たち夫婦は喜んでエリシュがお世話になっている家へと向かった。
最後に見たエリシュは年齢よりも凄く小さかったのに、今はずいぶん成長していた。
私は自然と涙が溢れた。
「エリシュ、本当にすまない。魔法にかかっていたとはいえ私が行ったことは本当に酷いことだ。許さなくていい。エリシュが元気でいてくれたらそれだけで・・・」
エリシュは妻とは軽い抱擁を交わす。
人が側に居ることがまだ怖いのだと聞かされ、エリシュも夜中に恐怖で飛び起きているのだろうかと思うと胸が痛くなった。
エリシュは一言二言返事をしただけだったけれど、元気な姿を見れて私も妻も満足だった。
エリシュに会った帰りの馬車の中で、私はどうしてこんな事になったのかと泣き言を妻に溢した。
妻は優しく抱きしめて慰めてくれた。
こんなに愛している妻のことまで忘れさせていたアーカシアの力が本当に恐ろしいと思った。
上辺だけは普通の暮らしを取り戻せるようになって、エリシュが婚約した。
残念なことに学園を卒業と同時に、預かっていただいている家から嫁ぐことになってしまった。
私達が待つ家には帰ることは出来ないとエリシュに言われてそれが当然だと思う心といい加減許して欲しいと思う心が綯い交ぜになった。
そんな風に思ったことがエリシュに伝わっているのかもしれない。
我が家の跡をエリシュの子供に継いでもらえるか?と尋ねると「子供が生まれてからしか解らない」と言われた。
拒絶されなかっただけでもありがたいのだと思うべきなのだろうが、少し淋しい。
エリシュが子供を三人産んだ頃、魔法師団から連絡があった。
アーカシアは自制心というものがなく、魔力も強くなっていき枷をしていても魅了魔法をかけられるようになってしまっているそうだ。
枷を増やして対応していたがその対応では追いつかなくなり、食事を運ぶだけの者にも魅了魔法をかけ続け、強く魅了魔法にかかった者がアーカシアの前で自傷行為を行い、それを見て恍惚としていたのを発見された。
発見が早かったので一命はとりとめたと聞いて安心した。
これ以上の面倒は見きれないと世話をしている人達が言い出し、話し合いがされ食事に毒が混ぜられることになった。
疑うこと無くアーカシアは食事を食べて人生の幕を閉じた。
私たち夫婦は「長い間面倒をおかけしまして申し訳ありませんでした。感謝致します」と謝罪とお礼を言った。
アーカシアが死んでホッとした私は酷い父親なのだろうか?
胸は痛まず、呪縛から解き放たれたような気がした。




