2話「辛かったよね、きっと」
「そう、多分だけど」
「あの女がまだカイルさんに近づいているというの!? マリッタよね!?」
母はその後輩について知っているようだった。
そこで新たな記憶が蘇る。
それは、カイルと後輩女が婚約者アイトレッタの存在を知りながら異様なほど親しくしていたという記憶。
アイトレッタはそれを陰から見ていて、傷ついて、でもはっきりと言うべきことを言ってやることはできなかったのだ。
「別れたじゃない、マリッタとは」
「でも……あの、ちょっと、ここしばらくの記憶が怪しくて。だから定かではないの。けれど……カイルさんとその女性が仲良くしていることを、知っていたみたいで……」
すると母は「調査するわ」と言ってくれた。
「この際、はっきりさせましょう! そうでなければ結婚なんてできやしないものね」
「……ありがとう、母さん」
自然に涙がこぼれた。
この涙は私が流したものではない――多分、そんな気がする。
感情の溢れ。頬を伝ってこぼれ落ちてゆく粒。これらは私が生んだものではなく。この身に宿ったかつての彼女の残り香が生んだもの。
泣いているのは私ではない、アイトレッタだ。
……辛かったよね、きっと。
将来を誓い合った人が裏切って、よそで女とふらふらして。
……大丈夫、きっと、私がはっきりさせてみせる。
アイトレッタの傷を無駄にはしない。
この際私はできるだけのことをやろうと思う。
それが彼女のためにもなるの。
アイトレッタが一番望む結末へは行けないかもしれないけれど、アイトレッタが不幸にならないようにはする。
――数日後。
「アイトレッタ、この前の話だけれど」
ベッドに座って休んでいたら母が歩いてきた。
「どうやら……本当みたいね、カイルとマリッタの話」
「そうなの!?」
「え、驚くところ?」
「あ……ごめんなさい、変……よね」
どうやら、アイトレッタの妄想や勘違いではなかったようだ。
「まだ少ししか調査できていないのだけれど、カイルがマリッタを一人暮らしの家に招き入れているところの証拠物は入手できたわ」
「やはりまだ……」
「そのようね。でも安心して、絶対に親がはっきりさせるわ。だから、すべてが終わるまで、もう少しだけ待っていてちょうだい」
母にそう言われて、私はこくりと頷いた。
その日は久々に庭を散歩した。
この屋敷の庭はとても綺麗だった。
草木は多いがそのすべてがきちんと整えられている。
そして、花もいくつか咲いていた。
ああ、私は本当に、異国へ来てしまったのだな――その真実を肌で感じながら。
「……眩し」
空を見上げて、目を細めた。