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終末のデッドマン  作者: 大隅スミヲ
おわりのはじまり
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Panic High school(2)

 松崎コウジは、自分がいま出来ることは何だろうかと考えていた。


 このような事態がいつか起きるかもしれないということは想定をしていた。逃走中の銀行強盗が学校にやってきて生徒たちを人質に立てこもる。

 もしくはテロリストが捕まっている仲間の解放を要求するために生徒たちを人質とする。

 色々な想定は頭の中にある。もちろん、すべてが妄想ではあったが。

 その妄想の中で、自分はヒーローとなり、悪者たちをやっつけて最後に白鳥サクラを救い出す。

 そんな松崎の妄想が、少し形は違うが現実となる時がやってきたのだ。


 教室の方々から女子生徒たちの悲鳴があがっていた。

 誰も高木に近づくことは出来ず、先ほど高木の肩をつかんだ杉内などは腰を抜かしてしまったのか床を這うようにして教室から逃げ出そうとしている。


「どうしたんだ、なにがあった?」

 教室の扉が開き、隣の教室で授業をしていた数学の田辺先生が姿を見せる。

 田辺先生は空手部の顧問でもあり、この状況を打破できる人間の一人であると生徒たちは内心思っていた。


「ちょっと、服部先生。大丈夫ですか。おい、なにがあったんだ」

「た、高木くんが……」

 そんなやり取りが行われているにも、高木は一歩、また一歩と白鳥サクラへと近づいてきつつあった。

 運が悪いことに、白鳥サクラの席は窓際の一番奥の席である。

 もし、白鳥サクラが逃げようとするならば教室をぐるりと廻って逃げなければならないのだが、当の白鳥サクラは腰を抜かしてしまっているのか、席から立ち上がることもなく、ゆっくりと近づいてくる高木のことをじっと待っていた。


「高木っ!」

 田辺先生は高木の前に回りこむと、高木の行く手を阻んだ。

 しかし、高木の顔を見た瞬間に、恐怖の色が田辺先生に浮かんだのを松崎は見逃さなかった。


「た、高木。どうしたんだ。何があったんだ。先生に話してみろ。何か悩みでもあるのか」

 この期に及んで田辺先生は高木を説得に掛かっている。

 しかし、高木は聞く耳を持たないといった感じの無表情で一歩ずつ足を踏み出そうとしている。


 次の瞬間だった。田辺先生の口から甲高い悲鳴のような声が発された。

 それが空手の気合いだということがわかった時、田辺先生は口から泡を吹いて倒れていた。


 この時、松崎は田辺先生に何があったのか、見逃していた。

 どうやって高木を止めて、白鳥サクラを救うべきなのか、その妄想に勤しんでいたからだ。


 その瞬間を見ていたほかの生徒の話によれば、田辺先生は気合の声と共に高木の顔面へと空手の突きを放っていた。

 田辺先生の拳はしっかりと高木の顔面を捕らえていたが、高木はその攻撃を何事もなかったかのようにやり過ごして更に前に出ると、田辺先生に抱きついて鼻に喰らいついたのだった。

 高木に鼻を食い千切られた田辺先生は泡を吹いて床に倒れると、そのまま起き上がってくることはなかった。


 高木が狂気の顔になるのは、相手に噛み付いたりする時だけだった。

 それが終わると、また無表情に戻る。

 ただ、口の周りは噛み付いた相手の血で濡れており、その状態で無表情であるのも正気の沙汰ではなかった。


 もう、高木と白鳥サクラの距離はあと数歩というところまで迫っていた。

 くそ、こんな時はどうすればいいんだ。

 松崎は込み上げて来る恐怖心をどうにかして押さえ込みながら、高木対策を考え続けていた。


 白鳥サクラは震えていた。

 目はしっかりと高木の事を見ている。

 ただ、その目には怯えがあった。

 きっと、恐怖のために動けなくなってしまっているのだろう。


 あと一歩。

 あと一歩で高木が手を伸ばせば、白鳥サクラへと手が届く距離となった。


 どうすればいい。

 どうすればいいんだ、俺は。

 松崎は目の前で白鳥サクラが危険に晒されているというのに、どうすることも出来ずにいる。

 くそ、こんな時はどうすればいいんだ。

 松崎は自分自身に問い続けた。


「助けて、松崎くん」

 小さく震えた声だったが、松崎は確かにその言葉を聞き取った。


 そして、その言葉が松崎を動かした。

 それは松崎が自分自身でも信じられない行動だった。


 松崎は席から立ち上がると、座っていた椅子を頭上に持ち上げて、勢いよく高木の頭へと振り下ろした。

 確かな感触はあった。

 もの凄い音がして、椅子を持っていた手に痺れに似たものが伝わってきた。


 座面の木で出来た部分は大破していた。

 残ったスチールパイプの部分は半分ほどが高木の頭に食い込むようにして刺さっている。


 高木の視線が白鳥サクラから松崎へと向いた。

 頭の一部が陥没しているというのに、高木は無表情だ。

 完全にスプラッター映画だった。

 松崎は後ずさりしたが、他の生徒が座っていた椅子につまずき、床に尻餅をついてしまった。


 高木はゆっくりと獲物を追い詰めるかのように近づいてくる。

 ヤバイ、詰みだ。

 松崎は迫ってくる高木のことを見つめながら、そんなことを思った。

 体から力が抜けてしまい、動くことができなかった。


 人生、十六年。短い生涯だったな。

 こんなことで終わってしまうのだったら、きちんと告白しておけばよかった。

 玉砕覚悟でも。

 人生の中で心残りがあるとしたら、これだけだな。

 あとはどうでもいいや。


 松崎は覚悟を決めた。


 さあ、来い高木。俺を食えよ。

 その代わり、俺を食ったら白鳥サクラは見逃してやってくれよな。

 綺麗ごとかもしれないけれど、それが俺の望みだ。


 松崎は迫り来る高木のことをじっと見つめながら、そんなことを思っていた。


 高木の顔が迫ってきた。

 すでに表情は、無表情からあの目を見開いた狂気の貌に変わっている。

 終わった。


 そう思った瞬間、体が後ろに引っ張られた。

 高木の顔が遠ざかっていく。


 松崎が後ろを振り返ると、白鳥サクラが両手で抱きかかえるようにして自分の体を引っ張っていた。


「逃げよ、松崎くん」

 松崎は白鳥サクラに抱き起こされると、腕を引っ張られて教室から脱出した。

 いつも考えている妄想とは少し違う結末だけれども、これはこれでありかもしれない。

 松崎はそんなことを思いながら、白鳥サクラと一緒に教室を出た。

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