LAST Mission(2)
渋谷の街はゴーストタウンだった。電気も通っておらず、地下道に入るとそこは真っ暗な空間だった。電気が通っていないということは、空調機器も止まってしまっているため、空気も淀んでいる。
防護用のマスクを装着した明智と坂本はマグライトの明かりを頼りに、地下道を進んだ。ここはかつて渋谷駅から繋がる地下商店街だったはずだ。かつては大勢の人が行き来していた場所も、いまは足音すらも聞こえては来ない。
デッドマンたちが昼間に行動をあまり見せず、夜になると活発に動き出すということは、近年の研究でわかってきたことだった。デッドマン化した際の細胞に夜間になると活発に動き出す細胞が存在し、それがデッドマンの活力源となっているということまではわかっていた。
渋谷の地下道にデッドマンたちが生息している。そうネットには書かれていたが、その姿はどこにもなかった。
ネットの情報なので最初から期待はしていなかった。誰が渋谷の地下道へ行って、デッドマンがいるかどうかを調べたのだろうか。よく考えればわかることだ。だが、一縷の望みをかけて、明智は渋谷の地下道へとやってきたのだ。
「先生、ここはハズレみたいですね」
「そうだな。別の地下道へ行くか」
ため息交じりに明智がそう言って、元来た道を戻ろうとした時、視界の隅で何かが動いた。
慌ててマグライトの明かりをその方向へ向けると、そこにはデッドマンが立っていた。背の小さなデッドマンはまだ子どものようだ。マグライトの明かりで照らされ、眩しそうにしながらもこちらをじっと見ている。
「先生」
「ああ」
明智と坂本はお互いに頷き合い、その子どものデッドマンへと近づいていった。
デッドマンであれば、子どもでも大人でも良かった。カニバリズム・ウイルスを打ち、感染させていけばいいのだ。
明智は持っていたカバンからアンプルを取り出し、注射器にセットする。
子どものデッドマンへと近づいた坂本は、後ろから抱きかかえるようにして、そのデッドマンの自由を奪った。
坂本に抱きかかえられたデッドマンは暴れた。子どもとはいえ、ものすごい力だった。デッドマン化した人間は力を制御するリミッターが外され、信じられないほどの怪力となる。しかし、それは諸刃の剣であり、その怪力による反動で筋繊維はズタズタに破壊されてしまうのだ。
「先生、早く打ってください」
何とかデッドマンを押さえつけながら、坂本が言う。
明智が注射器の針をデッドマンの腕に刺そうとした時、デッドマンが暴れ、注射器は明智の手から落ちてしまった。
「先生っ!」
「わかっている。大丈夫だ」
落ちた注射器を拾おうとかがむ明智。次の瞬間、明智は足に違和感を覚えた。
明智が自分の足元へと視線をやると、そこには子どものデッドマンがしがみついている。
慌てた明智は足を振るようにしてそのデッドマンを蹴り飛ばすと、デッドマンは脱兎のごとく闇の中へと逃げていった。
先ほどまで坂本がいた場所をライトで照らすと、そこには坂本がしゃがみこんでいた。
「おい、だいじょうぶか」
「ごめんなさい、先生……」
坂本はそう言ってぐったりとしている。
明智が近づいていくと、坂本は首のあたりから出血をしていた。どうやら、あの子どものデッドマンに噛まれてしまったようだ。
息苦しそうにしている坂本の防護マスクを外してやると、明智も自分の防護マスクを外す。
「先生……わたしに……注射を打ってください……」
「駄目だ」
「でも……」
「キミは首を噛まれた。出血多量で助からないだろう。デッドマン化するよりも前に死んでしまう」
「……先生……ごめんなさい」
「いいんだ」
明智はそう言うと坂本に口づけをした。
そして、唇を離すとニッコリと微笑んで言った。
「私に噛みつきなさい。私をデッドマン化させるんです」
「え……」
「ほら、時間がない。さあ早く」
明智はそう言って自分の腕を坂本に差し出す。
「キミはウイルスに侵されている。ただ、デッドマン化したところで、その出血では助からない。だったら、私を感染させるんだ。そして、私はカニバリズム・ウイルスを自分に打つ」
「せ……んせ……い」
坂本に感染の兆候が見えはじめた。しばらくすればデッドマンと化すはずだ。しかし、彼女は完全なデッドマンと化す前に出血多量で死んでしまうだろう。そのくらいに出血が多かった。
「ほら、早くしろ」
「……ン……セ……い……」
坂本が大きな口を開けた。そこには牙のような歯が生え揃っていた。
鋭い痛みが明智の腕に走る。
それと同時に、明智は注射器の針を自分の首に刺した。
「ありがとう、これですべて終わるよ」
カニバリズム・ウイルスをすべて体内へと注入させた明智は自分の腕を噛み続ける坂本を軽く突き飛ばすと、ニッコリと笑ってみせた。
「私の最初の犠牲者は、キミだよ」
明智はそう言うと、倒れた坂本へと襲いかかったのだった。




