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終末のデッドマン  作者: 大隅スミヲ
終わりなき、はじまり
69/74

Daddy(1)

 その香りに藤巻謙治郎は満足していた。

 コロンビア産の豆であり、こだわって焙煎したものであった。


 ここのところ、心にゆとりがなかった。そんな時はコーヒーでも飲んで落ち着くべきだ。そう考えた藤巻は渓流があることに気づき、そこで水を汲み、火を起こした。

 山の中で過ごすことには慣れていた。自然の力には逆らわず、同化することによってその力を自分の中に取り込めるようになる。

 マグカップの中のコーヒーを飲み干した藤巻は、リュックサックを背負って立ち上がると、火の始末をしてから、山の斜面を登りはじめた。 


 山の中に入ってからも、デッドマンと遭遇することがあった。おそらく感染していることに気づかず、山の中に逃げ込み、そこで発症してしまった人間なのだろう。

 デッドマンと遭遇した藤巻は腰につけている日本刀で容赦なく、デッドマンを斬り捨てた。日本刀の切れ味は悪くはなかったが、藤巻家に伝わる日本刀「霞切かすみきり」に比べるとかなりのなまくらに感じられた。この日本刀が悪いわけではない。霞切の切れが良すぎるのだ。日本刀は知り合いの古美術商のところから、拝借してきたものだった。すでに古美術商はデッドマン化してしまっていたため、藤巻が介錯をしてあげていた。


 山の斜面を登っていると、少し離れた山から煙が上がっているのが見えた。藤巻は目を凝らしてみたが、さすがに隣の山で何が起きているかまで見えるほどの視力はなかった。


「誰かいるのかねえ」

 独り言をつぶやいてみる。


 藤巻が山に入った理由。それは娘の玲奈と弟子の小鳥の居場所を見つけるためだった。彼女たちは、玲奈の友人である響も含めた三人で行動しているということまでは、藤巻もわかっていた。それは、小鳥が藤巻の東京の自宅に書き置きを残していたからだった。


 彼女たちがPSSキャンプと呼ばれるPSSが安全を確保したホテルへと向かったということを知り、後を追ってきたのだが、藤巻がPSSキャンプに到着した時にはすでにPSSキャンプはデッドマンたちの住処となっており、リネン室に隠れていた唯一の生き残りである男性を助けたことから、玲奈たちがレンタサイクルを使って移動したということを知ることができた。


 この山に入るまでの間、国道でいくつかのデッドマンの死体を見つけた。その死体はどれも首がきれいに刎ね飛ばされており、それが日本刀を使ってやったものだということを藤巻は見てわかっていた。

 そのようなことができる人間は、この日本でも数人しかいないだろう。もちろん、その中のひとりに藤巻は含まれるわけだが、藤巻は幼少の頃より玲奈に藤巻家に伝わる武術を教えており玲奈であれば日本刀を使って同じようなことができるだろうと思っていたし、弟子である小鳥も度胸さえあればできると確信していた。

 きっと、これは彼女たちの痕跡なのだろう。藤巻はそう判断して、デッドマンたちの死体をたどりながら、この山までやってきたというわけだった。


 狼煙のようにあがる煙は、まるでこちらに誘いをかけているようにも感じ取れていた。玲奈たちであれば、わざわざ自分たちの居場所を教えるような真似はしないだろう。それに藤巻が後を追ってきていることなどは知らないはずだ。


 では、あの煙を上げているのは誰だろうか。

 最近はデッドマン以外にも人間を襲うものがいる。それは同じ人間だった。彼らは生存者の身ぐるみを剥がして、自分たちが生きるために使おうとするのだ。いくつかそういった集団を見てきた藤巻は、弱者が奴隷のように扱われている姿を見て怒りを覚えていた。同じ生存者であるにもかかわらず、そのような真似は絶対にしてはならない。いまは力を合わせてデッドマンに立ち向かうべきなのだ。

 そういった集団の中には藤巻の力を見て、集団の中に藤巻を取り込もうとする人間もいた。しかし、藤巻はそういった誘いはすべて断った。藤巻が誘いを断ると、襲い掛かってくる連中もいた。結果はどうなったかは言うまでもない。生き残っているのは、藤巻なのだ。


 あの狼煙のような煙を見てからというものの、煙の出所がなぜか気になって仕方なかった。行ってみるべきか。藤巻はそう思うと、進む方向を変えて、煙のあがる隣の山を目指して歩きはじめた。


 山の中に入るのは、デッドマンや生存者ばかりではなかった。山には元から住み着いている獣たちもいる。それまでは人間が管理してきた山であったが、デッドマン騒動以降は管理する人間もいなくなったため、獣たちもその生息範囲を拡大させていた。


 道なき道を歩いていた藤巻は、地面に落ちている糞を見つけて足を止めた。

 それは熊の糞であった。

 東京の山にも熊はいる。そのことは知っていたが、糞を見つけるのははじめてのことだった。


「おいおい、熊がいるのか」

 藤巻は独り言をつぶやく。しかし、その独り言は、焦りや恐怖感からのものではなく、これから何に遭遇するのだという期待感が溢れ出るものであった。

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