Daughters(1)
ここがすでに安全地帯では無いということは、重々承知していた。
しかし、どこにも逃げ場がないというのも確かな事実なのだ。
どうすればいいんだろう。
小鳥明菜はベッドに腰かけながら悩んでいた。
ここは、PSSが安全地帯として確保したホテルの一室だった。
小鳥と玲奈、響の三人はPSSに守られているこの場所ならば安全だとホテルに引きこもっていた。
しかし、次第に状況は悪化していった。
ホテルを守っていたはずのPSSの人数がどんどん減っていっているのである。
最初は少し減ったかなくらいにしか思わなかった。
しかし、一週間もするとPSSの人間の姿をほとんど見なくなり、この安全地帯とされている場所にいるのは非武装の民間人だけとなっていた。
「小鳥さん、さっきSNSで八景島に安全地帯が築かれているって見たんだけど、どうかな?」
玲奈がスマホの画面を見ながら、小鳥に言った。
「八景島?」
「そう。あの水族館のあるところ。そこにPSSと一部の民間人が立てこもっているみたい」
「それ、わたしも見た。でも、嘘かもしれないって書いている人もいたけれど」
響が言う。
確かに、響の言う通りだった。SNS上には本当のことと嘘が入り混じって飛び交っている。特に安全地帯の情報については、鵜呑みにすると痛い目にあう可能性があった。
「ここは慎重になった方がいいと思うな」
小鳥は玲奈にそう告げる。
「そうだよね……。ここを離れるリスクを冒さなきゃいけないんだもんね」
「でも、ここもいつまで安全かはわからないわ」
頭を悩ませながら、小鳥は言う。
どうすればいいんだろうか。それは自分でもよくわからないことだった。
こんな時、藤巻先生だったらどうしただろう。
小鳥は師匠である藤巻謙治郎のことを思っていた。
「この前も、一階のドラッグストアのところのガラス戸が破られてデッドマンが侵入したって話を聞いた」
「それ、わたしも見たよ。男の人が三人がかりでデッドマンを押し返して、何とかドラッグストアの扉を閉じたんだよ」
玲奈と響はそんな会話をしている。
彼女たちを無事に逃がさなければならない。それは自分に課せられた使命なのだ。どんな時も弱音を吐いてはダメ。
そう自分に小鳥は言い聞かせるのだが、どうしても弱い部分が出てきてしまっていた。
どうしたらいいの、藤巻先生。
小鳥は頭を抱えながら、先行きの見えない不安に押しつぶされそうになっていた。
突然鳴ったのは、館内放送だった。
「緊急事態、緊急事態」
焦った様子の口調で男の人が言う。
小鳥と玲奈、響の三人は顔を見合わせて、放送に耳を傾けた。
「一階のロビーをデッドマンに突破された。もう、このホテルが奴らに飲み込まれるのは時間の問題だ。脱出できる人は、二階のロビーを使って外階段から脱出してください。絶対に一階に行こうとしてはダメです」
その放送に、三人の顔からは血の気が引いていた。
もう少し時間があるかと思っていたが、そうではなかったようだ。
「とりあえず、荷物をまとめましょう。持っていけるものを選別して、動きやすい格好になって10分後にもう一度この部屋に集まって」
小鳥の言葉に玲奈と響は頷くと、すぐに自分の部屋へと戻っていった。
慌てて荷造りをはじめた小鳥だったが、無意識のうちに目から涙がこぼれ出てきていた。
どうして、こんな目に合わなければならないの。
わたしは女優の卵で、人気俳優だった藤巻先生の弟子だったのに。
本当は今頃、ハリウッドで女優デビューしていたかもしれないはずなのに。
どうして、どうしてなの……。
小鳥は泣きながら荷物を詰めると、洗面所で顔を洗い、化粧をしなおしてから荷物の詰まったリュックサックを背負った。
いまは泣いている時じゃない。何とかして、三人でここを脱出しなきゃ。
脱出したら、藤巻先生を捜そう。藤巻先生は絶対に生きているはずだ。
最後に藤巻先生と別れたのは、第一波の時のショッピングモールだった。あの時、藤巻先生はデッドマンたちに立ち向かっていき、わたしを逃がしてくれた。
今こそ、藤巻先生を見つけ出して、あの時の恩を返さなければならない。
小鳥はそう決意すると、玲奈と響が戻ってくるのを待った。




