De Nachtwacht(2)
モニターの映像内では、女が男に覆いかぶさるようにしている。
男は必死に腕を振り回して女を跳ね除けようとしているようだが、上手くはいっていない。
「飯島さん、ひとりで大丈夫ですかね?」
「心配だったら、お前も行ってこいよ、石和」
「いや、大丈夫です。飯島さん、ああ見えて柔道黒帯らしいですから」
「そうか。じゃあ、大丈夫だな」
磯山と石和はモニター内の様子を食い入るように見つめた。
モニターの端に制服を着た男が登場した。飯島だ。
画面中央で、男女はまだ絡み合っている。
飯島の動きに注目していると、口を大きく開けているのがわかる。
何か大声で叫んでいるようだ。
しかし、音声はないから、なにを言っているのかはわからない。
他の店員たちも騒ぎに気づいたようで、チラホラとモニターの端に姿を見せはじめている。
ちょうど絡み合っている男女二人を中心に円を描くように、店員や客の野次馬の輪が出来上がって来ている。
飯島が女と男を引き離そうと、覆いかぶさっている女の肩に手を掛ける。
しかし、女は動こうとはしない。
飯島は中腰になり、相手の顔を覗きこむ。
そして、二、三歩後ずさる。
一体、なにが起きているのだろうか。
飯島が腰に手をやった。特殊警棒を抜き取る。
警備員が特殊警棒を手にすることなど滅多にないことだ。
それだけ異常な事態が現場では発生しているということだろう。
「これ、やばくないですか」
「やばいかもしれないな」
しかし、二人はモニターから目を離さない。
いや、離せなかった。
警備員室の電話が鳴った。
飯島からだ。
モニターの中の飯島は右手に特殊警棒、左手に店内でのみ使用できる業務用のスマホを持っていた。
「どうしました」
「こいつ、やばいぞ……」
心なしか飯島の声が震えているように感じた。
「なにがやばいんですか」
「なにがって、お前……とりあえず、警察と救急に連絡を入れてくれ」
「え?」
「警察と救急を呼べって言ってんだよ」
「わかりました。何て伝えればいいんですか」
「そうだな……お客様が急に暴れだして怪我人が出たとでも言ってくれ」
「わかりました。飯島さん、なんで特殊警棒を持っているんですか」
「ん? ああ、こいつか……」
飯島がそういった瞬間、音声が乱れた。
モニターへ目をやると、先ほどまで男に覆いかぶさるようにしていた女が、今度は飯島に飛びかかってきていた。
完全な不意打ちだったのか、飯島は押し倒されるようにして床へと転がっていた。
しかし、そこは柔道の有段者だった。
上手く転がり、馬乗りになられるのを避けて、女と距離を取る。
周りにいた店員や客の野次馬たちの悲鳴が、床に転がった飯島のスマートフォンを通して聞こえてくる。
飯島はゆっくりと立ち上がり、女との距離を取りながら特殊警棒を前に突き出すように構えた。
心なしか腰が引けているようにも見える。
モニターの中に飯島の姿は半分ぐらいしか映ってはいなかった。
モニターの中央に映っているのは倒れた男だ。
男は顔がわからなくなってしまっている。
モノクロだからよくわからないが、実際は血塗れになっているのだろう。
男は息をしていないのか、ぴくりとも動かなかった。
「もしもし、警察ですか。
こちらはスーパーマーケット・ダイナソーの警備員室です。
ええ、そうです。
お客様同士のトラブルでして、あの暴れているんです。
ええ、ちょっと警備員の手には負えなくて……
ええ、はい。
そうです。
はい。お願いします」
石和が警察と救急への電話連絡を行っている間、磯山はモニターから目を離さなかった。いや、正確にいえば離せなかったといったほうがいいだろう。
モニター内では女が髪を振り乱しながら、飯島へと襲い掛かっていた。
飯島は飛び掛ってきた女を抱きかかえるようにして捕まえると、そのまま柔道の投げを喰らわせる。
そして、押さえ込み。
女は暴れる。
女が飯島の顔に手を伸ばし、掻き毟る。
指が目に入ったのか、飯島は顔を押さえる。
押さえ込みが甘くなり、女は飯島の体からするりと抜け出す。
「飯島さん、逃げろっ!」
思わず警備員室のモニターを覗き込みながら磯山は叫んでしまった。
女が顔を押さえている飯島に飛び掛る。
飯島は防御が出来ず馬乗りになられてしまう。
そして、女は飯島の首に噛み付く。
飯島は両腕を振り回すようにして、噛み付いた女を殴り飛ばす。
女の体が傾き、飯島の上から転げ落ちる。
飯島は自分の首を押さえながら立ち上がる。
首からは出血しているのがわかる。
飯島が女に近づいて行こうとした時、突然、体が痙攣をはじめる。
膝が震え、足を滑らせたかのように、床に転がる。
そして、そのまま飯島は立ち上がらない。
体がビクビクと小刻みに痙攣を繰り返している。
女は少し離れた場所で口をもごもごと動かしている。
女の口にはしっかりと飯島の首の肉片が咥えられていた。
「警察と救急に連絡しました。……えっ、飯島さん……」
唖然とした様子で石和がモニターの中で痙攣をしている飯島の姿を見ている。
「お、おれ、行きます」
正義感に駆り立てられたのか、石和は対暴漢用の刺又を手にすると警備員室を飛び出して行った。
警備員室に残ったのは磯山だけだった。
磯山は石和が出て行った後も、モニターから目を離さなかった。
全ての出来事をこの目に焼き付けておく。
それが自分の仕事だといわんばかりに。