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終末のデッドマン  作者: 大隅スミヲ
ひとびとのせんたく
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SAMURAI(4)

 その日本刀は、藤巻がコーヒーショップYAMADAを立ち去った時と同じ場所に残されていた。

 あの時は、怪我をしてしまった老婆を背負うために、仕方なく日本刀を置き去りにしたのだ。


 しかし、その老婆は感染者だった。

 背中で暴れだした時はどうしようかと思ったが、首を噛みつかれそうになり、藤巻は咄嗟に老婆を背負い投げで地面にたたきつけていた。

 藤巻の繰り出した背負い投げは、現代の柔道にあるような背負い投げとは違い、頭から地面に落とすものだった。

 戦場で弓の弦が切れ、刀が折れ、己の肉体のみが残されたときに使うのが、藤巻家に伝わる武術であり、藤巻が幼少のころから仕込まれてきたものだった。


 地面に投げ落とされた老婆は首の骨が折れたが、それでも動こうとしていた。

 デッドマンは脳を破壊しない限りは動き続けるようだ。

 藤巻は即座にそのことを悟り、老婆の頭へ近くにあった観葉植物の鉢植えを叩き落とした。

 熟れた果物が潰れるような感触があり、そのまま老婆は動かなくなった。


 藤巻は動かなくなった老婆に手を合わせてから立ち上がると、辺りを見回した。

 コーヒーショップYAMADAの辺りは、デッドマンたちで溢れかえっており、置いてきてしまった日本刀を取りに戻るのは不可能であった。

「必ず戻ってきます」

 藤巻は日本刀に語り掛けるように呟くと、ショッピングモールの東棟に向けて歩きはじめた。


 それが三か月前の出来事だった。


「やっと戻って来れました」

 コーヒーショップYAMADAの店内で、日本刀を手に取った藤巻は鞘から刀を抜き放つと、その刃を見つめながら独り言を口にした。

「これは代々藤巻家を守ってきた刀だからねえ。ここで終わりにするわけにはいかないんだよ」

 藤巻は独り言をつぶやきながら、店内のバックヤードに入り、コーヒー豆を探す。

 かすかなコーヒー豆の香り。その匂いが鼻腔に届くだけでも、藤巻の心は穏やかになっていった。

 しかし、のんびりはしていられなかった。

 藤巻がコーヒーショップYAMADAの中にいることに気づいた、デッドマンたちが徐々に集まりはじめている。

 藤巻はそのことに気づいていないのか、コーヒー豆を探している。

 ようやく倉庫のような場所でコーヒー豆を発見することができた。藤巻はその一袋を片手に抱えるようにして持つと、テーブル席に座り込んだ。

 少し疲れた。そう感じたのだ。

 藤巻は目を閉じると、疲れを癒すために瞑想をはじめた。


 どのぐらい瞑想をしていたのだろう。

 藤巻のもとに集まってきたデッドマンたちは、あと一歩で藤巻に手が届く位置まで近づいてきていた。


「せっかくの瞑想を邪魔しないでもらいたいね」

 そう藤巻が口にすると同時に、左手の持っていた刀が動いた。

 聞こえたのは風を斬る音だけだった。

 左手にあるのは鞘だけとなり、右手に抜き身がある。


 藤巻は何もなかったかのように、席を立ちあがると、歩きはじめた。

 次の瞬間、藤巻を取り囲むようにしていた8人のデッドマンの首が一斉に地面に転がった。


「いいねえ、腕は落ちていない」

 刀を鞘に収めながら、また独り言をつぶやく。


 その時だった。

 藤巻は足に痛みを覚えた。


 なにかと思い、視線を下に向けると、そこには子どもがいた。


 それは、コーヒーショップYAMADAに入る際に、見逃した子どものデッドマンだった。


「甘さが出たかな」

 しがみつくようにして足に噛みついていた子どものデッドマンを藤巻は蹴り飛ばした。


「このまま、人々に迷惑をかける訳にはいかないからねえ」

 何かを悟ったようなひと言を呟くと、その場に腰をおろして正座の姿勢となり、手にした日本刀を見つめた。


「すまないな、小鳥。約束は守れなかった」

 藤巻は日本刀を喉へ突き立てた。


 ゴボゴボという音がした。

 それは藤巻がまだ何かを話しているからだった。

 すでに言葉にはなっていなかったが、それでも藤巻は何かを話し続けていた。


 口からは血があふれ出している。

 デッドマンウイルスが入り込んできてしまっているためなのか、喉に日本刀を突き立てただけでは死ぬことが出来なかった。


 こうなったら、喉に刺さっている刀身を横にずらして自分の首を刎ねるしかない。

 鬼の形相となった藤巻は、刀の柄を持つ手に渾身の力を込めた。

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