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終末のデッドマン  作者: 大隅スミヲ
ひとびとのせんたく
31/74

Escape Plan(1)

 六畳一間が最終防衛地だった。


 半分壊れてしまった玄関のとびらは使わなくなった学習机とソファーベッドを使って塞いである。


 スーパーダイナソーから持ってきた大量のカップラーメンがまだ残っている。

 賞味期限が過ぎているものもあったが、いまはそんなことを気にしている場合ではなかった。


 隣に住む女子大生が感染したと知った時、磯山修吾は生きた心地がしなかった。

 何度かアパートの廊下で顔を合わせたことはあり、会えば挨拶をする程度の仲だった。もしかしたら、これから仲良くなって、あわよくば……などといった妄想をしていたが、それはかなわぬ夢となってしまったのだ。


 最後に女子大生を見たのは、一週間前のことだ。

 警備員として勤めていたスーパーダイナソーから食料を詰め込んだリュックサックを持って帰ってきた際に、隣の女子大生にもおすそ分けしておくかと思い、部屋を訪ねたところ、女子大生はすでに正気を失っていた。下心がなかったといえば嘘になる。


 ドアを開けた瞬間、大きな口を開いて襲い掛かってきた女子大生の姿は、子供の頃に見た絵本の人食い鬼にそっくりだった。あの人食い鬼のせいで、なんど寝小便を漏らしたことか。


 感染した女子大生に対して、磯山はドロップキックをかまして、大慌てで自分の部屋に逃げ込んだ。

 女子大生は磯山のことを追いかけてきた。玄関のドアが半壊したのも、その時だった。

 磯山は慌てて学習机で玄関のとびらを塞ぎ、ソファーベッドも一緒に立てかけた。

 火事場の馬鹿力というやつだった。普段であればひとりで学習机を動かすことなど、到底不可能だったはずだ。

 玄関のとびらを塞いだ磯山は、女子大生がいなくなってくれることを願いながら押し入れの中に隠れた。


 それが一週間前のことだ。


 時おり、マンションの廊下からうめき声のようなものが聞こえてきていた。

 おそらく彼女だ。


 磯山の部屋は3階にある。4階建てのマンションでエレベーターはついていない小さなマンションだった。

 女子大生の部屋とは反対隣には、40代ぐらいのおじさんがひとりで住んでいたが、姿を見ることはなかった。

 部屋の中から人の気配も感じないので、どこか外出先にいるのか、それとも外出先で襲われてしまったのかもしれない。


 うまくベランダを伝って行けば、隣の部屋に行けなくもない。

 気配は無いし、もし無人であれば食料をいただいてもいいんじゃないのか。

 カップラーメンに飽きてきていた磯山はそう考え、腰にロープを巻き付け、反対側をベランダの柵に結びつけて、隣の部屋へと侵入を試みることにした。


 ベランダの柵を越えた時、自分の取った行動を後悔した。


 隣の部屋にはおじさんの姿があった。

 ばっちり、目が合った……と思う。


 そこにあったのは、おじさんの首を吊った姿だった。


 磯山はそのままベランダを引き返すと、おじさんの部屋に向かって手を合わせた。

 デッドマンに襲われるぐらいなら、自分で死を選ぶ。そう考える人も少なくはないようだ。全員が全員、心が強いわけではないのだ。


 気持ちを紛らわそうと、磯山はスマートフォンで動画投稿サイトを見はじめた。

 かわいい動物の動画を見る。

 最近、アップされる動画はデッドマン関連のものばかりだが、心を強く保つためには癒しも必要なのだ。

 子猫がおもちゃにじゃれつく動画を30分ほど見て落ち着きを取り戻した磯山は出かける支度をはじめた。


 やっぱりカップラーメンばかりでは飽き飽きなのだ。

 違う食材がほしい。多少の危険を冒してでも、食材を手に入れる必要はある。

 そう判断したのだ。


 剣道の胴とスケートボード用の肘当てと膝当て。頭には野球のヘルメットをかぶり、完全防備にする。

 腰には警備室から無断で持ってきた特殊警棒を差し、いざ出発だ。


 家の玄関は自分で塞いでしまったため、もう一度ベランダに出ておじさんの部屋へと向かう。

 ガラス窓を破り、中に入るとおじさんの体を床に下ろす。

 まだそんなに日が経っていないのか、おじさんの体は腐敗していなかった。

 このまま放っておくと、虫が湧いてしまうかもしれない。

 そう考えた磯山はおじさんの家の冷房を一番低い温度に設定して、玄関へと向かった。


 廊下には女子大生がいるかもしれない。

 そっとのぞき穴から外の様子をうかがう。

 人の気配はない。

 音をたてないようにしてドアを開けると、磯山は階段まで走った。


 ここからは、危険地帯だ。

 耳を澄ませて、周りの音を聞き取り、誰もいないことを確認する。


 なんとか1階のエントランスまで下りてくることが出来た。

 ここから先は、マンションの外だ。

 危険を伴うのはわかっている。だが、行くしかない。

 磯山は意を決して、自転車置き場へ向かうと《《流星号》》と名付けた自分のママチャリにまたがった。

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