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終末のデッドマン  作者: 大隅スミヲ
おわりのはじまり
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De Nachtwacht(1)

 朝から雨は降り続いていたが、夜になるにつれてその強さは増していっていた。


 先ほどからテレビ画面の上部には、大雨洪水警報のテロップが流れ、どこぞの川で警戒水域まで水かさが増えているなどといった情報が出ている。

 鉄道は多くが運休、もしくは間引き運転をしているともテロップは伝えていた。


 二十四時間営業のスーパーマーケットであるダイナソーでは、きょうは営業時間を変更して午前〇時で閉店にしてしまおうかといった会議が開かれていたが、結局は営業時間は変更せずいつものように二十四時間営業という方針になった。


 ダイナソーの名物である熱血店長の太田が「もし閉店した後に、どうしても商品の購入をしたいお客様が現れたらどうするんだ」と熱弁をふるったからだそうだ。

 そう磯山に教えてくれたのは、警備主任の飯島だった。


 そんな飯島は短く刈り込んだ胡麻塩頭をボリボリと掻きながら、テレビで流れる深夜のバラエティ放送へと目を向けている。


 夜勤を担当するのは主任の飯島と若手の石和、磯山の三人だった。

 警備会社の正社員は飯島だけ。磯山は派遣社員で、石和は磯山よりも四つ下の二十歳で昼間は大学に通っているアルバイトだった。


「一時の見回り終了しましたあ」

 緊張感のない間延びした口調で報告しながら、石和が警備員室へと戻ってきた。


 ダイナソーは二十四時間営業のため、見回りといっても売り場をぐるりと一周してくるだけであり、他のスーパーのように非常灯以外が消えて真っ暗になった店内を懐中電灯ひとつで足元を照らしながら歩かなければならないといったようなスリリングな展開になることはなく、かなり楽な仕事であった。


「はい、ご苦労さん。何も無かったでしょ?」

 飯島がこの時ばかりは警備主任らしい言葉を掛ける。

 ただし、煎餅をボリボリ食べながらだが。


「異常ありませんでしたあ」

「了解。じゃあ、適当に日報書いておいてね」

 それだけいうと飯島は再びテレビの画面へと視線を戻した。


 ゆるい。非常にゆるい仕事だ。

 磯山はこのダイナソーでの警備員という仕事を常々、そう思っている。


 前にいたスーパーでは、夜中になると駐車場に暴走族が集合してきてたまり場としているという環境にあったため夜勤では常に緊張感が漂っていたが、このダイナソーにはまったくといっていいぐらいに緊張感はなかった。


「磯山さん、雨すっげえ降ってますよ。店の裏にある用水路大丈夫っすかねえ。ちょっと見てきたほうがいいんじゃないっすか」

 石和が遠足を前日に控えた子供のようなハイテンションで、話しかけてくる。


 こういう奴が大雨の日に行方不明になったりして、消防や警察に迷惑を掛けることになるんだよ。

 そんなことを思いながら石和の話を聞き流す。


「あっ、そういえばあのオバサン、またいましたよ」

 急に思い出したかのように石和が話を変える。


 あのオバサンというのは、全身オレンジ色のコーディネートで決めたダイナソーでは名物となっているオバサンの事だ。

 服はもちろんの事、眼鏡やアクセサリー、さらには髪の毛までオレンジ色に染めている。

 毎晩、深夜帯になると現れてはステーキ肉を大量に買い込んでいく。

 店員たちの噂では、あのステーキ肉は家で飼っているライオンかトラの餌にしているのだとか。

 どこまでが本当の話であるかはわからないが、毎晩の様に買いに来るのだからそれだけの消費があるということだけは確かだ。


「今夜も肉を買っていたのか」

「ええ、きょうはオーストラリア産とアメリカ産のステーキ肉を大量購入してましたよ。あの噂って本当なんですかね」


「ライオンとかトラを飼っているってやつだろ」

「違いますよお。あのおばさんには巨漢の息子さんがいて、もう何年も前からヒキコモリになってしまっているらしいですよ。食事はステーキ以外に受け付けなくて、ステーキがないと大暴れをするって話、知りません?」

「初耳だけど」


「俺は旦那が相撲取りみたいな巨漢だって話を聞いたぞ」

 飯島が新しい煎餅に手を伸ばしながら、口を挟んでくる。


「まあ、どんな噂があろうとも、毎日買いに来てくれる常連客なんだから、そっとしておいてやればいいんじゃねえの」

「そうですね」


 数十分のお喋りタイムが終わった。

 警備員室に沈黙が流れる。

 テレビから聞こえてくるまったく知らないアイドルグループの騒がしい歌だけが室内を支配する。


 石和はスマートフォンでゲームに夢中となり、飯島はテレビの画面をぼけっと見ている。

 そして、磯山は暇つぶしに監視カメラの映像へと目をやっていた。


 映像は店内六箇所に設置してある監視カメラから送られてくる。

 リアルタイムの映像ではあるが、モノクロであり、音声は存在しない。


 以前、飯島が店内の会議で監視カメラをもっと性能の良いものにするべきだと発言したが、店長にそんなものは必要はないと却下されたという経緯があってからというもの、飯島は一切監視カメラの映像への興味を失ってしまっている。


「なんだ、これ」

 思わず磯山は声に出してしまった。


「どうかしたんですか、磯山さん」

「いや、これ」

 磯山が指したカメラの映像には、二人の人物が映し出されていた。カメラの映像からはそれが男性なのか女性なのかまでは判断ができない。


「ズームしてみてください」

「ああ」

 磯山はモニターの前にあるパネルを操作して、該当のカメラの映像をズームインさせる。


 映っているのは男女二人だった。

 細身で髪の長い女の方が、小太りな中年男に抱きついている。


 男は嫌がっている様子で、女の事を突き放そうと腕を突っ張っている。

 酔っ払い、それとも男女の痴話喧嘩だろうか。


 音声がないため、どんな状況なのかいまいち掴めない。


 足がもつれたのか、男が倒れる。

 そこへ女が乗っかり、馬乗りのような体勢になる。


「なんですかね、これ……」

「これは現場に行った方が良さそうだな」


 飯島は立ち上がると、特殊警棒などの警備道具をベルトに装着してから警備員室を出て行った。

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