Police officer(1)
感染者のことをデッドマンと呼ぶようになったのは、内閣総理大臣である三島慎一郎が会見でそう口にしたのがはじまりだった。
このデッドマンという言葉は、死刑囚である明智欣也の研究論文が元ネタであり、明智欣也は感染者のことをデッドマンと書き記していた。
ウイルスの感染拡大とともに、デッドマンによる被害も拡大していっている。
すでにデッドマンに対する警察は無力化しており、国は自衛隊によるデッドマン一掃作戦を立てているといった噂もネットでは流れているが、その噂の真偽は不明なままだった。
デッドマンを殺したら、それは殺人罪で逮捕するべきなのか。
永遠に終わることのないであろう問答が会議室では続けられていた。
そもそもデッドマン化した人間が、元に戻れるかどうかはわかってはいない。
どこの国でも特効薬の開発はされておらず、研究を行っているという話も聞かない。
いまはそれどころではないのだ。
まずは自分の身を守る。それだけで精一杯だった。
「まだ、会議終わんないんすか」
机の上にだらしなく足を乗せた姿勢で、海藤ミキがいう。
これが感染拡大前の状況であれば、海藤の態度を叱り飛ばしていたが、いまとなってはどうでもいいと思っている刑事課長の樋渡は見て見ぬふりを決め込んでいた。
「終わることのない会議だよ、あれは」
「なんすか、それ」
「結論なんて出るわけがないじゃないか。デッドマンを殺したら殺人罪になるかどうかなんて」
「そうっすよね。ちなみに課長は何人殺りました?」
「6人かな。仕方なかったんだよ。殺らなきゃ、喰われてた」
「ですよねえ。あたしは3人ぐらいですけど、正当防衛ですよ」
警視庁港湾署刑事課の部屋には、刑事課長である樋渡とその部下で巡査長の海藤ミキしかいなかった。
他の刑事たちは3人と連絡が取れているが自宅から出れない状態であり、残りの刑事課員たちは殉職したか、感染したかわからなかった。
あの日、樋渡と海藤はたまたま夜勤で署内にいた。
鳴りやまない電話と通信指令室からの通報連絡。
署内はパニックになっていた。当日、出勤だった署員たちは現場に駆り出された。
その結果、皮肉なことに留守番を任された樋渡と海藤だけが生き残り、現場へ出向いていった署員たちの行方はわからなくなっていた。
「あーあ、こんなことになるなら、ぶっ飛ばしておけばよかったな」
「なにがだ、海藤」
「平井ですよ。平井盗犯捜査係長」
「どうかしたのか?」
「あいつ、あたしに毎日セクハラしてきてたんですよ。すれ違う時に、人の尻を触ったりして」
「そうなのか。それはすまなかった。上司として監督不行き届きだった」
「いや、別に課長に謝ってほしくて言ったわけじゃないです。ただ、あいつをぶっ飛ばしたかったってだけです」
「そういえば、平井はどうしたんだっけ」
「知りません」
「そうか。もし生きていたら、どさくさに紛れて殺っちゃうってのはどうだ?」
「え……。課長、それ警察官の発言とは思えないですよ」
「もう関係ないだろ、警官とか。俺たちには市民を守る力も権力も無いってことがわかったわけだし」
「そうですよね」
海藤はカラカラと笑いながら樋渡の発言に賛同した。