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終末のデッドマン  作者: 大隅スミヲ
おわりのはじまり
17/74

Shopping mall(3)

 ショッピングモール西側地区の端にあるコーヒーショップYAMADAには、まだパニックは伝播してきてはいなかった。


 天気が良いため、客たちはテラス席でのんびりと過ごしながらコーヒーを飲んでいる。反対側の東側地区では、人が人を襲うパニックが発生していると誰も知らずに。


「いやあ、実にいい香りだ。これはコロンビア産の豆を使っているね」

 レジカウンターのところで、体格のよい男が店員に話しかけていた。

 身長は一八〇センチ以上あり、肩幅は広くがっちりした体型。

 年の頃は五十歳ぐらいだろうか。

 癖の掛かった長い髪と濃い眉毛、低音の声が特徴的な男だった。


 コーヒーショップのアルバイト店員である蒲生紗智子は少々困り気味ではあったが、男の話に付き合うほどの余裕はあった。

 ちょうどピーク帯が過ぎ、客足が途絶え始めたところだったからだ。


「コーヒーにお詳しいんですね」

「ええ、色々と研究をしていましてね。豆を個人的に海外から取り寄せたりもしてますよお。やっぱり珈琲は豆ですからねえ」


 どこか聞き心地の良い、低音の声。

 思わずその声に聞き入ってしまいそうになるほどだった。


 コーヒーが完成したことを知らせるブザーが鳴った。

 紗智子は男に断ってコーヒーを取りに行き、淹れたてのコーヒーの入ったカップを二つ男に渡した。


「ありがとう」

 男は自分のコーヒーを受け取ると店内の一番端にある席へと向かった。


 席にはスーツ姿の若い女性が座って待っていた。

 どこか堅苦しい雰囲気のある女性で、男の秘書を思わせるようなイメージがどことなく漂っていた。

 男はコーヒーのカップを女性に渡すと、自分も席に腰を下ろした。


「おい、あれって俳優の藤巻謙治郎じゃないか。昔、ヒーローものの主役やっていた」

「やっぱり、そうだよな。俺もそう思っていたんだよ」


 少し離れてた席に座っているサラリーマン二人組みの会話が聞こえてくる。


「あのヒーローって何て名前だったっけ」

「四十文字武人?」

「いや、そっちじゃなくて、変身したあとの名前だよ」

「えっと……なんだっけなあ。ここまで出て来ているんだけどな」

「あっ、ソルティだ。仮面ソルティ」

「そうそう、ソルティ。ソルティだよ。毎回、サマーソルトキックでナメクジ怪人たちをやっつけていくやつだったよな」

「恰好良かったよなあ。憧れたよ」


 そんなサラリーマンたちの会話が聞こえないかのように藤巻謙治郎は、熱いコーヒーを啜るように飲みながら鞄から取り出した台本に目を通していた。


「先生、ここでゆっくりできるのは三十分だけですからね」

 台本に目を通している藤巻にマネージャー兼付き人の小鳥明菜がきつい口調でいう。


 彼女は藤巻のことを先生と呼んでおり、いつも尊敬の眼差しで見ていた。

 しかし、彼女は藤巻がアクションヒーローとしてテレビで一世風靡した時代を知らなかった。

 彼女よりももう少し年上の世代なら誰でも知っているのだが、彼女が物心ついたころにはすでに仮面ソルティは終わっており、藤巻はアクションの勉強のために香港に渡っていた時だった。


「三十分っていうのは、短いねえ。珈琲はゆっくりと飲まないと。珈琲を飲んでいる時は、瞑想している状態に近いんだよ、わかるかな?」

「はい、存じております、先生。ですが、三十分後に移動しないと雑誌のインタビューに間に合いません」

「そうか。仕方がないな。雑誌はなにだったかな?」

「月刊の武術雑誌です。先生のやられている古武術についてのインタビューです」

「ああ、あれね」


 藤巻は俳優をやっている傍ら、家に先祖代々続いている武術の宗家も務めていた。

 日本古来の武術というと剣術をイメージするが、藤巻家に代々続く武術は体術と棒を使うものだった。

 もちろん刀も使うが、刀を使うのは宗家以外の人間であり、体術と棒術に関しては宗家だけに伝わるものであった。


「ですから、移動の時間も含めて三十分だけなんです」

「わかったよ、わかった。三十分だけでもゆっくりできることに感謝しなければいけないね。ありがとうございますって感謝をしておこう」


 そう言って藤巻はコーヒーを啜った。

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