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終末のデッドマン  作者: 大隅スミヲ
おわりのはじまり
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Death row inmate(1)

 朝だった。目を開けると天井の明かりが眩しく感じられた。

 

 午前七時になると起床を知らせるベルが鳴り響くのだが、明智欣也はそのベルよりも五分ほど早く目を覚ましていた。


 布団から出ると、肌寒さを感じた。

 外の天気はわからない。なぜならば、この部屋には外を眺めることの出来る窓がないからだった。

 季節は春のはずだった。いまが春というものカレンダーの暦上で知っているだけであり、実際に春であるということを明智が肌で感じることは出来てはいない。


 分厚い壁を隔てた外には大きな桜の木がある。おそらく満開に咲いているだろう。


 これも明智の想像に過ぎない。

 ただ、時おり吹く風が桜の花びらを舞い散らせる音を聞き分けることは出来た。

 嘘のような話であるが、本当にわかるのだ。


 三畳ほどの広さの小さな部屋だった。

 独居房。

 そう呼ばれている部屋だ。

 部屋の中には小さな洗面台と便器が設置されているが、どちらも許可を取らなければ使用することはできなかった。


 食事は日に三度きちんと取ることが出来た。

 食事が差し出される窓は小さく、人が通り抜けるには不可能な大きさだった。


 この階には、同じような作りの部屋がいくつか並んで設置されており、同じ境遇にある人間が一人ずつ部屋の中で暮らしていた。

 ただ、お互いの顔は誰も知らない。

 会話を交わしたこともない。

 時おり大声で叫んでいる奴もいるが、複数の足音が聞こえてきたあとにピタリと声は止む。

 なにが起きているのかは、想像することが出来る。

 だから、明智は大声で叫びたい衝動に駆られたとしても、絶対に叫ぶような真似はしない。


 週に一度だけ部屋から出られる日がある。

 運動の時間だ。

 部屋から出られるといっても、部屋と繋がっているベランダのような場所に行くだけだ。

 その場所は高さ五メートルほどのコンクリートの壁に囲まれており、外の景色を楽しむということは出来ない。


 ただ、上を見上げれば青い空を見ることが出来た。

 運動の時間といっても必ず体を動かさなければならないというわけでもなかった。

 気分が乗らなければ、寝そべって空を見上げていてもいい。

 ただ、何をしているのかは、すべて壁につけられているカメラによって監視されている。


 明智は、運動の時間には体を鍛えるようにしていた。

 毎日部屋の中にいたのでは運動不足になるし、ストレスも蓄積していく。

 少しでも汗をかいてストレスを発散させるために、シャドーボクシングをやってみたり、腕立て伏せや逆立ちをしてみたりとしている。


 ただ、運動をした後で汗をかいたとしても、すぐに風呂に入れるというわけではないのが難点だ。


 風呂は二日に一回。それも入る時間は決められている。

 ここの中にいる限りは、すべての物事に時間制限があり、すべてのことを監視されているのだ。


 布団を畳み終えた明智は、朝食が来るまでの間に部屋の掃除を済ませておいた。

 箒と塵取りは部屋に一セット置いてあり、いつでも自由に掃除をすることは許されていた。


 遠くの方で鉄の擦れる音が聞こえた。

 まだ朝食を持ってくる時間までは二十三分ほどある。

 廊下の突き当たりにある扉が開けられる音。

 廊下を歩く足音。

 足音の主は、ゴム製の靴底のものを履いている。

 そのため、足音は小さい。


 数は三人。

 いつも来る人間とは違う歩き方だ。


 そういうことが聞き分けられるほどに、足音には敏感になっている。

 それは明智だけではなく、他の房にいる住人たちも同じことだろう。

 

 足音はここの住人たちにとっては恐怖の対象でもあった。

 不意にやってきた足音が自分の房の前で止まったら、その時がやってきたということなのだ。

 この足音に怯えるか、それとも恋しく思うかは人それぞれだろう。


 明智は自分が前者なのか、後者なのか、わからなかった。

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