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未来の仕事

 二十二世紀、ついにタイムマシンは開発された。それにともない二十三世紀では、富裕層のあいだで未来への時間旅行が流行していた。


「ううう~くそお……」


 ここに、ぎりぎりと歯がみして悔しがる老年の男が一人。彼は七十代。宇宙産業でひと財産築いた大金持ちだが、彼には悩みがあった。

 金はいくらでもあるが、タイムマシンに乗れないのである。

 彼の周りの富豪たちは、今やほとんどの者がタイムマシンに乗って、二十四世紀に旅行している。それなのに彼は、不運にも「時空酔い」を起こす体質だということが事前の検査で分かってしまい、乗ることができない。

 時空酔いを起こすと、タイムマシンの中が色々悲惨なことになるので、二十三世紀の決まりではタイムマシンに乗れないことになっているのだ。


「俺のまわりはみんな二十四世紀の話でもちきりだ……! 誰よりも早く火星にホテルを建てた俺が、この流行りに乗り遅れるなんて……」


 今のタイムマシンだと、時空の道筋があるとかなんとかで、約百年後にあたる二十四世紀のあるときにしか行けないのだが、それでも富裕層はこぞって未来旅行に乗り出した。タイムマシンなので、ちゃんともとの時代、もとの時間に戻ってこられる。普通の旅行と違って、時間のロスがないことも喜ばれた。


 だが、彼は乗ることができないのである。


 宇宙産業の第一人者として、二十四世紀の世界を見ておきたい。というのは建前で、男は金持ち特有の見栄で、流行りに乗り遅れるのをよしとしなかった。


「くそ……何とかならないものか」

「もしもし、そこの気品あふれる紳士様、何かお困りのようで」


 男は振り向いた。そこには、にこにこした六十代くらいの女が立っていた。きっちりと、パンツスーツを着こなしている。


「先ほどから、タイムマシン旅行会社の前を行ったり来たり……もしや、時空酔いで、タイムマシンに乗りたくても乗れなくて、お困りなのでは?」

 初老の女は首を大げさにならない程度、傾げた。

 男はびっくりした。

「な、なぜそれを……」

「簡単なことです。貴方様のような洗練された雰囲気と、スタイルの方が、悩まし気にタイムマシン旅行会社の前を行ったり来たり……。これは、乗りたくても乗れないご事情がある……お金ではない……とすると、時空酔いですね」

 女は丁寧ながらも断言する口調だった。男は自分が気圧されるのは面白くないので、胸を逸らして、尊大な態度で言った。

「たしかに、私は時空酔いの体質で、タイムマシンに乗れなくて困っているが、だから何だというのだ? 失礼ながら、あんたに何ができるのかね?」

 女は怯む様子もなく笑顔のまま言った。

「わたくし、貴方様を二十四世紀に連れて行って差し上げますよ」

「な、何? 本当か?」

「ついて来て下さい」


 三分ほど歩くと、そこは冷凍睡眠時間旅行会社だった。男はせせら笑った。


「冷凍睡眠? コールドスリープってやつだろう? タイムマシンができたから廃れた、二十二世紀までの未来旅行方式じゃないか」

 人体を冷凍させ、百年後の未来で解凍する技術だ。安全性が保障されてから、一部の物好きな富裕層の間で流行ったが、結局一方通行なので、タイムマシン登場とともに見向きもされなくなった。独身である彼でさえ、元の時代に戻って来られないとなると利用する気はなかった。

「やれやれ、帰らせてもらうか」

「待って下さい、話だけでも聞いて下さい」

 会社の中から二十五歳くらいの美人な女性が現われ、男を引き留めた。

「社長の助手の、リリコです。どうか、話だけでも聞いてくれませんか。損はさせません」

「まあ、話くらいなら……」

 仕事の方は引退し、部下とロボットに任せてある男は、別に忙しくもなかったので、話だけでも聞くことにした。


 質素な応接室に通された男は、古ぼけたソファにどっかりと座った。

「で? 手短に頼むよ」

 向かいに初老の女が座り、ソファの後ろに立ったまま、リリコが控えた。初老の女が電子名刺を目の前の空間に表示させ、会社の社長だと身分を述べる。

「では簡単にお話させていただきます。わが社の冷凍睡眠技術で百年後の二十四世紀に行き、二十四世紀のタイムマシンで百年前に帰ってくればよいのです」

「なんだと」

「二十四世紀のタイムマシンは、時空酔いが起こらないように改善されていることが、二十三世紀のタイムマシンのおかげですでに分かっています」

「ややこしいな」

「貴方様は資産をたくさんお持ちになっている。二十四世紀でタイムマシンに乗ることなど、造作もないこと。二十四世紀ならタイムマシンはもっと手軽な乗り物になっているでしょうし」

「な、なるほど。しかし、百年間も凍って眠るのは……」

「百年、と考えたらいけません。貴方様にとったら、夜寝て朝起きたのと一緒。一瞬ですよ」

「そうか、タイムマシンと変わらないわけだ!」

 男はぱんと、両手を打った。やった、これで俺も二十四世紀に行ける! 流行りに乗り遅れなくて済む!

「その理論で行くと時間のロスはないわけだろう? 今すぐに頼む!」


 意気込んでいた男は、別室の、冷凍睡眠装置を見るなり、さらに鼻息を荒くした。

「なんだ、結構立派な装置じゃないか。さっきは馬鹿にしてすまなかった」

「きちんとメンテナンスしていますから」

 初老の女は自信に満ちた声で言った。

 装置は二台あり、一つは使用中で、若い男が眠っていた。

「彼も時空酔いでタイムマシンが使えないのかね?」男は女に聞いた。

「ええ。資産家のご令息です。友人の中で自分だけ未来旅行ができないと悔しがっていらっしゃったので、こちらをお勧めしたのです。昨日、冷凍睡眠されました」

「その気持ち、分かるぞ。だが、昨日冷凍睡眠したのなら、彼はもう()()戻ってきているはずでは?」

 男が疑問を口にしたとき、部屋の扉が静かに開いて、一人の男が顔を覗かせた。冷凍睡眠中の若い男と、瓜二つだった。

 若い男は相好を崩した。

「こちらにいらっしゃったのですね! 社長さん、僕、昨日戻ってきたんですけれど、自宅の方に着いちゃって、ご報告が遅れて、すみません」

 初老の女はにこにこしながら若い男を迎えた。

「どうでした? 時間旅行は」

「最高でした! コールドスリープは完璧でしたし、二十四世紀のタイムマシンは時空酔いが改善されていて、何の問題もなかったですし、なにより、二十四世紀をこの目で見られてよかったです。これで、みんなに馬鹿にされずに済みます。本当にありがとうございました」

 若い男はジャケットのポケットから小さな石を取り出す。

「見て下さい、二十四世紀の石です」


 飛び跳ねんばかりに興奮する若い男を見て、男の気持ちは決まった。


「今すぐ俺を、冷凍睡眠してくれ」

「冷凍装置をずっと管理しなくてはいけないので、お値段はタイムマシンと比べても、安くはないですよ」

「構わない。ほら、これが電子小切手だ」

 初老の女が手のひらを恭しく差し出すと、小切手の内容が女の手のひらにインプットされた。


 装置のふたが空き、男はそこに仰向けになる。ふたが閉まるとき、初老の女と、リリコと、若い男が手を振るのが見えた。

 ふふ。手を振ったって、すぐまたそこに戻ってくるのに。

 よし、次に目を開けたら二十四世紀だ。金は電子バンクに預けてあるから、二十四世紀で引き出せば、何の問題もない。もし引き出せなくても、二十四世紀のタイムマシン旅行は安いらしいから、俺が今身につけているダイヤ入りのバングルで十分だろう。

 段々と眠くなってくるのが分かった。そういう薬が装置から出ているんだな、きっと。

 ああ、ようやく俺も時間旅行ができるんだ……。



 三十分後。


「さあ、この男を隣の部屋の冷凍睡眠装置に移して、次のカモを探しましょう」

 そう言って、七十代の男が入っている冷凍睡眠装置のふたを、ためらいなく開ける社長をリリコは見つめていた。

「よく寝てるわ。ほら、リリコ、ぼんやりしないで桜井(さくらい)君と一緒に、この男を隣の部屋に運んで」

「はい、マスター。桜井さん、わたし一人で大丈夫ですよ。わたしは、ロボットですから」

「そう? じゃあよろしく」

 桜井、と呼ばれた、さっきまで屈託ない笑顔で資産家の息子を演じていた若い男は、欠伸しながら言った。

 リリコはすやすやと眠る男をひょいと担いで、隣の部屋に運ぶ。

 そこにはメンテナンスされていない、薄汚れた冷凍睡眠装置が何台も並んでいた。

 使う当てもなく、かといって売れる見込みのない、時代遅れとなったオンボロ装置がずらり。

 その中の一台にリリコは男を放り込み、装置を稼働させた。男が冷凍されていく。しかし、長年メンテナンスされていないこの冷凍睡眠装置が、きちんと然るべき時代に男を解凍するかどうかは分からなかった。

 社長はそれでいいのだという。一台だけちゃんとメンテナンスして(メンテナンスにはお金がとてもかかるから)時空酔いでタイムマシンに乗れないお金持ちをうまい話で誘い込み、カモにする。社長曰く、タイムマシンの登場で冷凍睡眠の時代は終わる。その前に、ひと稼ぎして、とんずらしましょう、とのことだった。


「社長さーん、オレ一旦帰っていい? いいバトルが午後にあるんだよ。次のカモが来たら連絡して」

 元の部屋に戻ると、若い男――桜井が、社長に向かって手のひらを差し出していた。

「しょうがないわね。すぐ来てよ」

「まかして」

 社長は桜井の手のひらにバイト代をチャージした。

 桜井はその名のとおり偽客(サクラ)だ。冷凍睡眠に信ぴょう性をもたせるための。ちなみに冷凍睡眠装置に入っているほうの桜井は、桜井に似せて作ったロボットですらない、人形である。

 二十四世紀の石は、彼がついさっき会社の前で拾った石ころだった。

 桜井はチャージを確認すると、品のない卑しい笑みを浮かべ、部屋を出て行った。彼はロボット闘技場にのめり込んでいる。ロボット同士を壊れるまで戦わせ、どちらが勝つかに金を賭ける人間の遊びだ。

 リリコは社長にふと思ったことを聞いた。

「仕事も引退して、独身だということですが、男性が突然行方不明になって、怪しまれないでしょうか」

 今の時代、そこかしこで防犯カメラが見張っている。社長が男に声をかけたところも記録されているだろう。

 社長は事もなげに言った。

「さっき、彼に冷凍睡眠の承諾書を書いてもらったでしょ。――不治の病が見つかった。時空酔いでタイムマシンに乗れないので、冷凍睡眠で未来の治療を受けに行く――ってなふうにちょっと書きかえとけば、大丈夫よ」

 リリコはその社長の言葉に納得した。ロボットなので、人間の犯罪に手を貸すことはプログラムが許さないのだが、男はメンテナンスされていないとはいえ、男の希望で冷凍睡眠装置に入っているので、リリコのプログラムはこの行いを犯罪ではないとした。いちいち人間の行動を厳しく咎めていたら、融通が利かない使いづらいロボットになってしまうので、ある程度のことはロボット自身の学習に委ねてあるのだった。

 部屋を見渡しながらリリコは思った。今のところ、男は()()()()()()()()

 これがどういうことなのか、リリコは考えるのをやめた。

 案外オンボロ装置がちゃんと動いて、二十四世紀に男は目を覚まし、未来世界を謳歌しているのかもしれないし。

 

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