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白猫と魔王様の秘密

ここは魔王城のエントランス。

薄暗いホールのど真ん中に巨大な黒い魔石が鎮座している。さながら石英のような、不透明の小山のような塊が訪れた者を出迎える。

階段がその魔石を囲うように両サイドから二重に伸びており、外側は2階へ、内側は地下へと向かっている。


とある土の日。

魔王城は月の日から金の日まで5営業日を終えて、休日らしい遅い朝を迎えていた。

闇色のステンドグラスの高窓からまろい朝日が塵を煌めかせている。

そんな静かな朝は、毎週決まってある男にぶち壊される。

艶のある黒い木製の腰壁の向こう側からノックにしては激しすぎる打撃音が、徐々に看過できないレベルにまで達したのちに爆発的な破砕音で鳴り止んだ。


「うおーーーー!到・着☆…ってあれ?」


全身緑色の服を着て黄緑のボサロン毛を無造作に一括りにした男が木端と埃にまみれて膝をついた状態のまま両手を挙げていた。埃除けのゴーグルの下で黄色い目が潤んでいる。

お腹にはでかでかと黄色い☆マークがプリントされており、その胸ポケットには人界の郵便配達員の名札が付いている。名前は虻野勇士、兼業勇者である。

その3歩分手前に小山のような魔石を背にして、黒い魔王城門番制服を着た白髪色白青目の長身美丈夫が黒い革手袋に包まれた指関節を鳴らしながら、汚いモノを見下すように目を眇めて舌打ちをした。

美貌に似合わぬ見事な悪役顔である。


「到・着☆…じゃないのよオッサン。

毎週毎週飽きもせず長閑な休日に何してくれてんの?魔王様が起きちゃったらどうしてくれんだよ本当に毎週毎週飽きもせ、ず!」


美丈夫は掲げられた両手首をひっ掴み、渾身の転出魔法を叩き込んだ。


「ちょ、待って待って待って!まだ何もしてな」

「うっせぇ失せろカス!」


侵入者は必死にレジストを試みるも土下座直前のようなポーズのまま、その像を紙ペラのようにゆらりと歪ませ溶け消えた。


「クソが。二度と来んじゃねぇよ」


修復魔法で丁寧に腰壁を原状復旧する。

いつもながら抵抗が強かった、と手首をプラプラ弛緩させながら長身はゆったりと地下階段に歩を進めた。



魔王城最下500層には魔王の私室がある。

空間魔法が付与された窓は地上の窓にリンクしており、気持ち良い日光を室内に取り込んでいる。魔導機構による機械式空調で適切な換気も為されており、地下とは思えない快適空間を創り上げている。

そのリビングに置かれたふかふかゆったりソファの扉1つ分上空にノイズが走った。


エントランスからの下り階段を半周ほど降りた地点の壁に掛けてある小さな悪魔の絵を左に5回転、右に3回転半させてから悪魔の両目に嵌った黒曜石の右目だけを3秒以内に5回押して、その場で10秒佇むと転移魔法が発動してその場所にショートカットすることができる。

そして決まって頭を下に落とされる。

ぼふん。

門番の制服を着ていた男は自分で設置した故に心得たもので、逆立ちの要領で腕を突き出し顔は着地地点を見て、獣化しながらしなやかに着座した。

そしてそのまま腹這いになって二度寝を貪る。

それが彼の毎週末の日課になっている。



起床時間としては早くもなく遅くもない朝。

早朝から勇者の襲撃があったなど何も知らない城主が寝惚け眼を擦りながら寝室からよたよたと出てきた。

寝癖だらけの汚い斑色の短髪から立派な山羊の角が捩くれながら生えている。

若干袖丈が足りないシルクのパジャマから骨ばった青黒い手首足首とトカゲの尻尾が見えている。

この魔王、真面目で有能だがオーバーワーク気味である。

特筆すべき趣味もなく、唯一の癒しは飼い猫との触れ合いしかない。


「カツォルシィーネ。なぜ君は土の日だけここにいるんだい?」


寝るときには寝室の彼専用寝具にいるのに土の日だけは朝起きると、虎サイズの白猫は気怠げにリビングのソファに沈み込んで眠っている。

ふかふか大きな座面は自分より大きな猫が寝そべっても余りあるボリュームで、決まって猫は尻の方にスペースを空けていた。

鶏ガラのような軽い体は大してソファに沈まないが、大きな愛猫の一抱えもある立派な背中に体重を預けた。

天鵞絨のような毛皮の下の体温が呼吸に合わせて上下するのが心地よく、頭の角が当たらないように上腕に頬を乗せて目を閉じた。



背中の温みと濡れたような気持ち悪さで猫は目覚めた。

何故かソファの背もたれと自分の背中の間にご主人が挟まっている。左腕がだらりと体に巻きついていた。

背中が若干湿っている気がするが目から鼻から口から、どこから出たものかは深く考えないようにする。

きっと 涙か呼気の湿り気のはず…。

起こさないようにゆっくりと抜け出してソファから降りた。振り返ると寒そうに身を縮める骨と皮ばかりのご主人がいたので、寝室から毛布を咥えてきて掛けておく。

人型の方がこういったお世話はやり易いのだが、大好きな魔王様との触れ合いは害のない飼い猫でいなければ出来ない。むしろ人型になれるとバレたら、恥ずかしがり屋の魔王様に構ってもらえなくなるだろう、という理由から白猫もといカツォルシーネは絶対に魔王様の前では猫の姿であり続けている。

鼻面と前足でせっせと体と毛布の隙間がないように包んでいると、ビクッと毛布の中身が痙攣した。


「カツォルシーネ…?」


神経質な主人がちょうどお腹あたりに鼻面を突っ込んでいるときに起きてしまった。

毛布を被ったままカリカリに痩せている手で顔面を撫でまわされたので息苦しい。一声抗議の為に吠えておいた。

そんなのんびりした休日のはずだったのだが、木材を破壊するような不穏な音が床下から聞こえ出した。


ガタガタッ、ガッ、ガリガリガリ…

バリ、バキッ


「着いたーーーーっ!勇者・虻野勇士、現・着☆て、え?何ここどこ?」

「はあーーー?!?!ちょ、おま」

「え、何ッ?こわいこわいこわい」


どこをどうやって侵入したのか、緑の服の郵便配達員兼勇者が魔王の私室の床板をぶち抜いて現れた。

ここは地下500層、床下に隠し通路があったのか。

何のために床下に?そんなのノーチェックだ!

と振り返りながら、驚きすぎて思わず獣姿のまま人語を喋る猫。

しまった、という顔でややフリーズしたまま脳内フル回転で対応策を模索中である。

さらに跳ね起きてなお寝惚けて毛布を抱きしめながら魔王にあるまじきセリフを吐いた魔王。

勇者は勇者で、巨大な縞無し白虎?と魔王っぽい山羊角と禍々しい爬虫類の尾が生えてるけどパジャマの麗人がいるどう考えてもプライベートな空間に狼狽え出した。


「ええーっと、すみません間違えました?」


ちなみに魔王の間どころかエントランスで毎度追い返される為、魔王とは初対面の勇者・虻野氏はいまいち目の前の繊細な雰囲気の魔族が魔王かどうか確信が持てない。

その間にやるべきことの優先順位をつけた猫は腹をくくって吼えた。

即ち邪魔者の排除。


『ーーーー(咆哮)!!!!(大間違いだバカヤロー!!!!)』


ソファに着いていた前脚を跳ねさせつつ上体を捻り未だ床に開いた穴の中に立ち尽くしている緑の男に飛びかかった。


「ぎゃーーーー」


因みに非公認勇者である郵便配達員・虻野さんはお金がないので魔族相手に素手で戦う勇気ある勇者(笑)である。

今も鋭い鉤爪のついたぶっとい前脚をその優れた動体視力で見事に引っ掴み、なんとか流血沙汰を回避したところなのだが、


「ああああ、大型猫科の肉球メッチャ革っぽいぃぃ」


などと大混乱である。

魔族は人型、想定訓練はほぼ対人戦、対魔法戦。

想定外甚だしい。

対して白猫もとい大型猫科のカツォルシーネは獣状態では魔法が使えない為未だ次の行動に移るのを迷っていた。

人語は喋ってしまったが魔王様は寝起き暫くは寝惚けた状態なので人型になりさえしなければ誤魔化せるのでは、という考えがチラついてまだ諦めきれないでいた。その隙に、


「うぉぉおおお!俺は死なん!」


勇者はその馬鹿力で背負い投げに持ち込もうと身を翻したのだが、愛猫がよくわからん侵入者に痛めつけられそうになっていることで咄嗟に魔王は勇者に時間停止魔法をかける。

2体が密着状態で、ピンポイントに指定した方だけに手も触れずに魔法をかけるのはかなり高度な技術なのだが、そこは寝惚けても魔王、問題なく勇者の動きを止めてみせた。

勇者の背中に乗っかった状態の愛猫を引き摺り下ろして自分の後ろに匿うと、背負い投げ途中でお尻を突き出した体勢の自称・勇者に転出魔法をかけた。


「わざわざ来てくれたのに、追い返すようですまんな」


ゆらゆらと像を歪ませる勇者の尻から「こちらこそすみませんでした〜」という情けない声が小さく聞こえてきたのだった。


「さてと」


振り返ると、猫は素知らぬ顔で毛繕いをしていた。


「さっき喋っていたね?」

「…」

「我輩まだ耄碌はしてないのだが?」

「…」

「ただの猫、にしては大きく育ち過ぎたなぁとは思っていたが、よもや人語を解する程の魔獣だったとはなぁ」


頰を撫で繰り回す骨ばった手が心地よく、うっとりと目を閉じてしまう。

いいえご主人様、魔獣ではありません。

因みに魔界の生き物でもありません。

幼い時にうっかり足を滑らせて天界より堕ちた信託の神獣の末の子、それがカツォルシーネなのだ。

そんな人生最大のうっかりはご主人様にバレたくない。優しいご主人のことだ。ただでさえオーバーワーク気味なのに、やれ親探しだ、天界に帰すだ始めそうだ。


「しかし色合い的には天界の…」


はっと何かに気がついたようなご主人様とは絶対に目を合わせないぞ、とソファに飛び乗って再び寝る姿勢をとる。


溜息をついた魔王様は床下の転移陣を抹消魔法で消した後、綺麗に床板を修復した。




白猫(主人公)

魔王様ラブ。

魔王様の次くらいに魔力が強いし人型になれるけど魔王様の可愛い猫でありたいので隠してます。

フィジカル的には魔王超え。

勇者が来たら転出魔法か抜け道を駆使して誰よりも早く撃退!

勇者には敷居を跨がせません!


魔王

恥ずかしがり屋。

魔力絶大。体は弱め。。

大切な猫のために金を転がし人を動かし

魔界の秩序を守ってます。


勇者

腹立つ勇者。空気読めないおっさん。

毎週末土の日に魔王城に乗り込んでくる。

週5勤務の郵便屋さん。

非公認勇者で貧乏だから魔族と素手で戦う(笑)


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― 新着の感想 ―
[一言] 素晴らしい作品ですね!☆5個つけさせて頂きました。これからも頑張って下さい!
2021/11/07 21:47 退会済み
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