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雨ふり女の子とふしぎな木

作者: 白鞘 モモ

昔昔はある所に動物たちの暮らすオアシスがありました。そのサバクの出口でリスのグリンが行き倒れていた。

 昔昔は緑豊かだったこの森は雨が何年も降らず動物たちが寄り添って暮らす小さな水たまりの残ったオアシスになっていた。

 そのオアシスから砂漠への出口にリスのグリンが行き倒れていた。

 「もうだめだ、一歩も動けない」

 グリン涙が出ないほど渇ききっていた。

「ぴちょん」

「美味しい・・・」

グリンはまぶしそうに目を開けた。

 なんとそこにはこの燃えるような暑い砂漠の中で雨傘をさしている女の子が立っていた。そして驚いたことにその傘の上だけ雨が降っていた。

 女の子は口元をほころばして言った。

「もう大丈夫ね。それじゃあ私は行くわね」

振り向いた女の子にグリンは必死で手を伸ばしていた。

「待って、行かないで」

女の子は立ち止まり振り返った。

「なあに、私に御用」

 女の子はまた口元をほころばした。

「あなたは一体・・・」

グリンは駆け寄って傘の中を覗き込もうとした。

「だめよ、レディの顔をみだりに覗いては」

 そう言うと女の子は軽やかにグリンから遠ざかった」

「ごめんなさい、そんなつもりはないんです。謝りますから行かないで」

グリンは慌てて頭を下げた。

「そんなに改まって頭を下げてもらわなくていいのに」

 女の子は軽やかに近づいて来た。

「いえ、まだ助けてもらったお礼も言ってなくて。僕はリスのグリンです。命を助けてくれてありがとうございます」

グリンは深々と頭を下げた。

「大袈裟ね」

「いえ、本当に死ぬほど喉が乾いていたんです。ありがとうございます」

そう言ってまた頭を下げた。

「あなたあのオアシスの子ね、こんなに離れたら太陽にやられてしまうわよ」

女の子はオアシスの方を仰ぎ見た。

「あの」

「なあに」

「まだお名前も聞いてなくて」

「ああ」

女の子は微笑んで言った。

「女の子よ」

「女の子?」

不思議な顔をするグリンに女の子は続けて言った。

「女の子ってみんなそう呼ぶのよ」

「女の子・・・さん」

「女の子でいいのよ」

グリンはまた頭を下げて言った。

「女の子さん、助けてください・・・僕たちのオアシスを」

言いかけてグリンは止められた。

「あのオアシスのことは知っているけれど、それは無理よ。私は神様じゃないもの」

女の子は傘を一回転すると、傘の上の水しぶきに虹が見えた。

「いいえ、あなたのその傘で僕は救われました。あの一滴で生き返ったんです」

グリンは食い下がった。

「大袈裟ね、でも無理なものは無理よ」

「どうしてですか」

「私は旅をしているの、ずっとここに居続けることはできないわ」

 その言葉を聞いてグリンは泣き出してしまった。

 今まで一滴も水分が残っていないと思った体からとめどなく涙が溢れでた。

「わかったから泣かないで、また倒れてしまうわよ」

 女の子はやれやれとまた傘の上の水滴をグリンの口へぴちょんと一滴落とした。グリンの体力がみるみる戻った。

「この傘の水で体力がもつのは1日分だけ、オアシスの何百匹という動物たちに毎日水を与え続けるなんて無理だと言ったのよ。それに、自分たちのオアシスの事は自分たちで何とかしないと、これからもずっとそのオアシスであなた達は生きていくのだから」

グリンは自分の情けなさにまた涙を流しそうになった。

「もう、泣かないでわかったから」

女の子は大きなため息をついて何かをつぶやいた。

 コン、コロコロ・・・空の上から一粒の種が女の子の傘の上に落ち、種は滑り落ちると女の子の手の平にちょこんと乗った。

「あなた達に強い信頼と団結力があればオアシスは救われるわ、私は少しだけ手を貸してあげるけど、これは一度きりのこと。失敗したら私にはもうどうすることもできない。グリン、どうする?」

女の子は手の平の上の種をグリンに差し出した。

「これは種?」

「そう、そうね。希望の種かしら」

女の子は今度はポシェットから一つのガラスのコップを取り出した。

「その種をここに埋めて」

グリンは言われるままサバクの砂の中にその種を埋めた。

 すると女の子は傘を傾けそのコップに並々と雨水を注いだ。

 そしてそのコップにいっぱいの水をその種を植えた砂の上へとかけた。

「ムクムク・・・」

突然その種は芽を出し小さな双葉が顔を出した。

「はい」

女の子はそのコップをグリンに渡した!

 訳もわからずグリンはそれを受け取った。

「一日一回日が暮れるまでに必ずそのコップにいっぱいの泉の水をこの若葉にあげること」

女の子は口元をニッと笑った。

「一滴もこぼさないように一ヶ月がんばってお水をあげるといい事があるかもよ」

女の子はくるりと一回転する、傘の上に虹が光る。

「水って、一体どこから」

グリンは戸惑った。

「お水って・・・」

グリンは青ざめた!

「あなた達のオアシスにお水ならあるでしょ」

「無理だよ、もうあのオアシスの水はいつ枯れるかわからないから、勝手に持ち出すことなんてできないよ」

グリンは女の子にすがりつくような目で訴えた。

「だから信頼と団結力が必要だって。みんなに今日の事を説明して毎日この若葉にお水をあげること。一日でもお水をあげなければたちまちこの若葉は枯れ果ててもう二度と芽は出ない。お水もこのコップに一杯あげること。少なくても同じ。あと、お水をあげるのは必ず一人で来る事、どう、簡単でしょ」

女の子は楽しそうに微笑んだ。

「簡単なんて事なんて、絶対無理だよ」

グリンはその場にうなだれた。

「それじゃあ私は行くわね。一ヶ月後また会いましょう」

女の子はフワリと浮き上がり空高く昇ってすぐ見えなくなった。

「待って、女の子さん、待って」

グリンはその場で呆然とした。しかし目の前の双葉は水々しくしっかりと砂の砂漠に根付いている。 

「もしかしたら」

グリンは駆け出していた。 

 

「グリン、どこ行ってたの。心配したのよ。朝出て行ったきり戻らないから探しに行こうとしてた所よ」

グリンは夕暮れ時にオアシスにたどり着いた。

「ごめんなさいお母さん、実はとんでもない事があったんだよ」

興奮しているグリンよりも、オアシスの様子の方があきらかに慌ただしかった。 

「何、どうしたの?」

オアシスの住人たちの家から水を溜めるための樽が一勢に運び出されていた。

「お母さんどうしたの、何やっているの」

「おい、俺たちも行こう」

グリンのお父さんが樽を転がしながら声をかけてきた。

「グリン、一体この大事な時にどこに行って・・・そんな事はいい、樽を運ぶのを手伝ってくれ」

グリンは訳も分からず父親にしたがった。 

 樽を転がしながら住人たちは皆オアシスの村長であるライオンのジルバの所へと次々と集まって来ていた。

 村長の家の前に大量の樽が積み上げられていく。

「グリン、戻ってたの」

 ウサギのニコがグリンのを方へ駆け寄って来た。ニコはグリンと同じ年に生まれた大の仲良しだった。

「どうだった?水なしで行ける所まで行ってみるなんて無謀な事言ってたけれど、やっぱりあきらめて戻って来たんでしょ。どのあたりまで行ったの」

ニコは興味津々だった。

「二人ともお喋りはあとにしなさい!村長のお話が始まるわよ」

 グリンとニコはグリンの母親に口に指を当ててシーという形をとって止められた。 

「皆に集まってもらったのは、もう聞きおよんでいる者もいると思うが、この地を離れるかどうかの話し合いが決まったのでその報告をするためだ」

 動物たちがざわめく。

 村長が右手をあげると水を打ったようにその場は静まり返った。

「議会の結果、やはりもうあの泉からは水が湧き出ていない事がわかった。これからこの泉の水を全て樽に入れ私が管理し全て平等に分け与える。そして一ヶ月後、この地を離れ新しい水場を探し旅立つ事が決定した」

先程とは非がないほどのどよめきが起こった。 

 怒っている者、悲しくて涙する者、心配してウロウロする者、もうパニックだった。

 グリンは今日の出来事の事を話すタイミングを失ってしまった。いや、ここには全てのオアシスの住人が集まっている。話すなら今しかない。グリンは勇気を振り絞り駆け出した。

「村長、村長、お話があります」

村の者達の怒号にかき消されながらグリンは前へと進み始めた。

 村長が右手をあげる、オアシスの者達が静まり返る。

「ここに集めてもらった樽に泉の水を汲み入れオアシスの者一人一人に平等に分け与える。一ヶ月後旅立つ時も個々で管理する事、水場のある地ヘ着くまで何日かかるかわからないからな」

「村長、それじゃあなぜ今すぐ出発しないんですか。一ヶ月も先だなんて水が減るばかりじゃないですか」

村の若者がたずねた。 

「皆も知っての通り、このオアシスを出ればあたりはサバクの地だ。影もなく太陽の照りつける灼熱の地だ。しかしあと一ヶ月もすれば季節も変わり暑さが少し緩む事がわかった。そうだな」

学者風のトラのシュナウザーが長い髭を触って小さくうなずいた。

 グリンの声はいっこうに村長へは届かない。もっと前へグリンはもみくちゃにされながら前へと進んで行った。

「村長、村長、聞いてください。皆も」

もみくちゃにされたグリンは村長の前へ吹き飛ばされたように勢いよく滑り出てきた。

 体中に擦り傷をおっているグリンは立ち上がり体のホコリを払ってジルバに深々とおじぎをした。

「村長、どうか僕の話を聞いてください」

オアシスの者達がざわめき始めた。

「お前はロティのところのグリンか。何か質問か?」

ジルバは幼いグリンにも丁寧に接してくれた!

「お願いです、水を、この水を僕にあずけてください。どうか」

グリンは不思議な女の子との出会い、双葉に水を一ヶ月与え続けなければならない事を説明した。

 グリンの話にオアシスの者達は、ある者は笑い、ある者は怒り、ある者は夢だとバカにした。

「それではその話が本当かどうか預かったコップを見せてごらん」

ジルバはグリンをバカにすることなく優しく聞いてくれた。

「それならここに」

 グリンは肩からさげたかばんに手を突っ込んだ。

「これです!」

グリンはコップを手に取った。

「どこにコップがあるんだ」

「ここに」

グリンは必死にジルバを見つめた。

 しかし先程まで優しい笑みを浮かべていたジルバもやれやれと呆れるような顔をしてグリンの肩に手を置いた。

「サバクへ出るなど危険な事などをしたりするので夢を見たのだよ、もうサバクへ行ってはいけないよ」

グリンの肩に置いた手に力がこもった。

「痛い」

「わかったね」

「でも・・・」

グリンの目から涙がこぼれた。

 誰にもガラスのコップは見えていなかった。

 ジルバの話が終わったところで、大人の男達だけが残され、女子供は一旦家へ戻された。

「グリン、村長に変な事を言うのやめておくれ」

グリンの母ヒメミが周りの目を気にしてささやいた。

「おいグリン、よりによって突拍子もない夢を見たものだな」

ヤマネコのビリーヒグマのサスケ、カンガルーのアルがからかってきた。

「やめなさいよ、サバクに出る勇気もないくせに」

ニコがうなだれているグリンの前へ立ちはだった。

「なんだ、女にかばってもらわないといけないのかよ、グリンちゃん」

皆バカにしたように笑った。

「グリンは嘘なんかつかないわ、私が明日その若葉を見に行って証明するわ」

ニコはその見た目の可愛さに似合わず勝気で負けず嫌いに言い放った。

「もうやめてよ、僕もあれは夢だったんじゃないかと思っているんだ。このガラスのコップも皆に見えないし」

 ニコは怒りの矛先をグリンへと向けた。

「あんたがそんな弱気な事言ってどうするのよ。コップなら私には見えていたわよ、ほんの少し、それも子どもにしか見えなかったみたい。だから見間違いかと誰も何も言えなかったのよ、第一ここにあるのが現実じゃない」

ニコの剣幕に周りの者達も何事かと立ち止まる。

「なんでもないんですよ、ニコちゃんももう止めてちょうだい」

ヒメミが愛想笑いをしてグリンの手を引いて家へと早歩きを始めた。

 その夜グリンはなかなか寝付けなかった。

 夢の中にあの女の子が現れ「信じる事が大事よ」そう微笑んだ。グリンは目を開けると勢いよく起き上がった。

 コップをじっと見つめる。

グリンのベッドのサイドテーブルの上にそのガラスのコップがおいてあった。


「グリン、グリン、いつまで寝てるの。手伝っておくれ」

 母親に呼ばれドアの方を振り向いた途端、テーブルに置いていたガラスのコップは消えてしまっていた。

「あれ、どこに行っちゃったの」

「誰がどこに行ったって」

母のヒメミがしびれを切らせてノックもせずにグリンの寝室に入ってきた。

「だからあの・・・」

 コップと言いかけてグリンはぐっとこらえた。また母親と言い合いになるのは目にみえている。

「なんでもないよ、ちょっと夢見てて」

 家の外に出ると母親に急かされた意味がすぐわかった。

「取りに来ていない家は早く役場までお越しください」

オアシス中にアナウンスが響きわたる。

「さあ、あんたも行って来ておくれ、父さん一人じゃあ3つも樽を持って帰れないでしょ」

道行く者達は皆色々な大きさの樽を抱えていた。ある者はとても小さく、ある者は荷車に乗せないといけないほど大きかった。

「助かったよエディ、奥さんによろしく」

ヒグマのサスケの父エディが荷車に樽を積んでグリンの家の前まで引っ張ってきた。その樽のうち4つはとてつもなく大きく中位の樽が2つ、小さな樽が1つ。

 エディはその中の中位の樽2つと小さな樽をその場へ降ろした。そしてエディは3つの樽を降ろし終えると手を振って荷車を押して帰って行った。

「一人じゃあ3つも持ちきれないし、エディが荷車に積んでくれて助かったよ」

そう言うとロティがグリンの方へ近づいて来た。

「全く、昨日は突拍子もない夢のような話をしたと思ったら今日は夢見ごごちで寝坊とは。見なさい、子供達も皆家の手伝いをしてるじゃないか。全くお前は」

グリンは途中から父親の話を聞いていなかった。

「ちょっと出かけて来る」

グリンは駆け出していた。

「やっぱりくると思った。村長の家の前の泉の方ヘ駆け寄ってきたグリンはビリーに足を引っ掛けられて大きくころんだ。砂が舞い上がる。 

 ビリーは体にかかった砂を払った。

「父さん、やっぱりグリンのヤツ泉の水を盗みに来たよ」

すると村長の家からジルバ、シュナウザー、ビリーの父エースが出て来た。

「盗む気なんてないよ。ただ」

「ただ何だよ」

ビリーがグリンの胸元をつかむとジルバがやめさせた。

「もういいから離してやりなさい」

「しかし子供とはいえ、盗みを働く者は処罰せねばなりません」

そう言ったビリーの父エースはこのオアシスの警官だった。

「だから違うんです。泉の水を見に来ただけです。あんなにたくさんの樽に水を詰めてもう残ってないんじゃないかと思って」

「ほらやっぱり盗む気だっただろう」

ビリーはグリンの胸元を引っ張りあげる。

「だから違うって」

 爪先立ちになりながらグリンはもがいた。

「もういいから離せビリー」

 今度はエースが言った。

「わかったよ」

 グリンはやっと自由になった。  

 並々とはいかないなりにも、泉にはまだ豊富に水が残っていた。泉の真ん中にブクブクと気泡が上がっている。

 グリンはホッとした。

「村長お願いです、泉の水を僕に分けてください」

グリンは丁重に頭をさげた。

「やっぱり水を盗みに来たんじゃないか。パパ、グリンを牢屋に入れてよ」

 ビリーがシャーと毛を逆立てた。

「だから違うよ。ちゃんとお願いして分けて貰おうとお願いしに来たんだってば」

 グリンはビリーに食い下がった。

「やめなさい、二人とも」

「グリン、私もお前が嘘つきだなどと思っておらん。だから今朝お前が昨日見たという双葉が本当にあるかライナーに見に行ってもらったのだよ」

 ライナーは役場の事務員のチーターだ。足の速さなら村で彼にかなう者はいない。だからこんな短時間で往復して戻って来れたのだろう。

「じゃあ」

グリンは目を輝かした。

「そんな物は見つからなかったそうだ」

 ジルバがグリンを説き伏せた。

「そんな、絶対あります。見落としたんです。ほんの小さな双葉なんです」

「そういうと思って鷹のマルコにも一緒に行ってもらった。しかし見つからんかったと報告を受けたのだよ」

ジルバはグリンの肩に手を置いた。

「サバクに出て白中夢かまぼろしを見たのだよ、そんな事は忘れて1ヶ月後の出発に備えて家の手伝いてもしなさい。いいね」

ジルバの手に力がこもる。

「痛い」

 グリンはしょんぼりして家に戻って来た。

「あんたって子は」

家に戻るとグリンは両親にこっぴどく叱られた。

 お喋りミミズクのキャンディ夫人にオアシス中の動物達に泉での出来事を吹聴されていた。夫人は噂話が大好きで一のことを十にするところがあった。村の者達はあまり皆信じないが今度のことだけはグリンに反感を持っただろうとグリンは落ち込んだ。

「寝坊助のあんたがいない間にジルバ様からお話があって、今回もらった樽は1人1ヶ月必要な飲み水をあたえるとシュナウザー博士が計算してあてがった物だからちゃんと節約して飲むのよ。

それから、これからの3食全て草食動物、肉食動物に分かれて皆同じ物を食べる事になったから。あんたがくれって言った泉での水は料理を作るための水なんだから、絶対に手を出しちゃだめよ。

まだほんの少し湧き水が出ているけれどいつ枯れはじまるか分からないんだからね、聞いているのグリン」

グリンはしょんぼりして帰って来た割には朝食の木ノ実をムシヤムシヤ食べていた。

「婦人会の私達が交代で食事を作るから、子供達は皆今日から食料調達のお手伝いをするのよ」

「えーなんで」

木ノ実を食べ終わったグリンは当たり前のように水樽ヘ手を伸ばした。

 パシッ、グリンは母親に手を叩かれてようやく母親の声に耳を傾けた。

「言ってるそばから、水は大事に飲む事。喉が乾いたら水気のある木ノ実を探して来なさい、いいわね」

グリンはかごを持たされ家から放り出された。

 あたりを見回すと昨日までの、のんびりとした穏やかなオアシスの風景とは一変していた。男達は樽や家財道具を運ぶ丈夫な荷車を手分けして作っていた。

 女達は二手に分かれて肉食の奥さん達は肉の実のシチューを、草食の奥さん達は野菜のシチューを煮込んでいた。

 若い男女は畑を任され、ツユクサの茎から水を野菜に掛けていた。ツユクサの茎には水分が含まれているが動物が飲むには苦すぎて飲めないが、それ以外には随分役立っていた。洗濯から食器洗い、お風呂やトイレなどの生活用水として不自由などない生活だったのに、飲み水がなくなるという事がどれだけ恐ろしい事なのかグリンはまだよくわかっていなかった。

「グリン」

ニコが声をかけてきた。持っているかごにはどんぐりやクルミが入っていた。

「なんだ、木いちごかぶどうないのか」

グリンは落胆し、つい声に出してしまっていた。

「何?木いちごやぶどうがどうかした。今の季節にあまり取れないの知ってるでしょ。どうしたの、やっぱり昨日サバクに出たりするから熱でもあるんじゃない」

 ニコはグリンの額に手を当てた。

「熱なんてないよ」

ニコの手を軽く払いのけた。

「ごめん、ちょっとボーとしてた。喉が乾いているからかな」

グリンはため息をついた。

「あら、グリン水筒は?」

「水筒?」

「オアシスの者全員分配られたのよ、この水筒一杯が1日分の飲み水だから分かりやすいでしょ。シュナウザー博士が全員の比重って言うのを計算して量を決めたんですって。ほら見て、皆違う大きさの水筒を下げてるでしょ。あなたのはおじさんが3つまとめて持って帰ってたわよ」

ニコがキョトンとして説明すると

「母さん騙したな」

グリンは怒り出した。

「ハハハ」

ニコは家での話を聞いて笑い転げた。

「だってグリンはオアシス中の噂の種だもの。おばさん、恥ずかしかっただと思うよ」

「僕は何も恥ずかしい事なんてしてないよ」

 グリンは増々怒った。

「もう、これだから男は」

ニコはやれやれだ。

「男はってなんだよ」

「女は皆乙女って事」

「母さんやニコが乙女、冗談だろ。鬼の間違いだろ」

「なんですって、そんな事言うならお水分けてあげないわよ」

ニコはそう言って自分の水筒を振ってみせた。

「あ、ごめんなさいニコちゃん。お願い、本当に喉が乾いているんだ」

懇願するグリンにニコは自分の水筒を差し出した。

 ごくん、グリンはその水を一口飲んだ。体中に染み渡る、あの女の子にもらった水滴の一滴と同じように感じた。

「水って大切な物だったんだな。ありがとう」

「何よ急に改まって」

 グリンは丁寧にお礼を言って水筒をニコに返した。

「僕、反省しなきゃ。水がないと皆生きていけないもんね」

「当たり前の事どうしたの、やっぱり熱に浮かされている。もう一口飲む」

ニコはグリンのひたいには手を当てた。

「もう、違うよ。僕がバカだって事」

「そんな事、今まで気がついてなかったの」

ニコはにっこり笑っていい放った。

 

 グリンはそっと家の中に忍びこんだ。

 母親が台所で家事をしていた。

 自分の部屋を通り地下の貯蔵庫に入ると静かにドアを閉めた。

 やはり水樽は貯蔵庫に置かれていた。そして一番小さな樽の上に水筒が置かれていた。

 竹で出来たその水筒はニコのものとは微妙に大きさがちがっていた。

「本当に一人一人全部違う大きさなんだな」

その水筒を隣の母親の樽の上に置くと自分の樽の上ぶたであるコルクを力いっぱい引っ張った。しかしグリンの力ではそのふたはびくともしない。きっと子供が勝手に水を飲まないように父親の力で開けられるほどきつく締められているのだろう。

「お願いだから開いて、時間がないんだよ。女の子さん、力を貸して」

グリンは懸命に祈った。するとあんなに硬かったふたが急に軽くなり難なく開けることが出来た。グリンは思わず尻もちをついたが台所の母親には気付かれていないようだった。

 樽の中を覗き込んだグリンはやはり確信した。水の上にガラスのコップが浮いていた。

 グリンはコップに水を一杯汲み入れた。。グリンは一滴たりとも無駄にしないよにぴったりコップがいっぱいになった。グリンは水がこぼれないように葉っぱでしっかりとふたをした。そして樽の口をコルクでしっかり塞いだ。そしてその樽の上に水筒を置いた。 

 水の入ったコップは思いのほか重かった。

 グリンはいつも持ち歩いているかばんにコップを入れて背中には背負った。貯蔵庫から出たグリンは辺りを見回し誰もいないのを確認すると家を飛び出しオアシスの外れまで走り出した。

 グリンがオアシスのはずれまでたどり着いた時もうお昼を過ぎようとしていた。

「急がなくちゃ」

グリンはサバクに向け駆け出した。思った以上に太陽の照りつけにより汗は吹き出し砂に足を取られ、かばんの中のコップの重さでグリンの体力はすぐに奪われていった。

「ハアハア」

なんであんな遠くまで行っちゃっただろう、グリンは立ち止まった。

 昨日自分の行ける所まで行ってみようと歩いた距離はまだまだ遥か彼方だった。よく目を凝らしても双葉らしき物は見当たらない。歩きながらグリンは心配になって来た。夢だと思っていたけど、こうして現にコップが存在しているのだから、夢な訳ではない事はわかった。でも大人達には双葉が見つからないと言われた。見逃した?もしかして踏みつけられたのかも、グリンは不安になりまた小走りに走り出す。でも体が思うように前へ進まない。背中の水がこんなにも重いとは、もし今日双葉には水を与えてもまた明日、明後日、明々後日、やめよう、今はまず双葉が無事な事を願おう。女の子さんは絶対に嘘をついたりしないはずだから。


 グリンはいつもより沈む足を力いっぱい引き抜き前へ向いてあるき出した。日が西へと傾きはじめ影が差すようになってきた。この辺りのはず、一面のサバクの中でもグリンは所々に立つ巨大な岩の位置を覚えていた。前方には鋭くとがった大岩、左右に同じような長方形の平べったリ大岩がまるで三角形を作るような形になる場所でグリンは力尽きたのだった。この辺りのはず、グリンは砂を払いながらその場所にかばんを降ろした。双葉を踏みつけては身も蓋もない。グリンは辺りの砂を薄く丁寧に払っていった。その間にも日が西へと傾いていく。

「急がなきゃ」

そっと砂を払うと、とうとう双葉の鮮やかな黄緑色が顔を出した。葉っぱの砂を払い、ある程度の茎の見える所まで砂を掘り進めると早速コップの蓋を開け双葉の茎の周りに水を回しかけた。しばらくグリンはその双葉を見つめていた。

「・・・」

何分立ったか、ただ生暖かい風がグリンの体にまとわり付いては通り過ぎていく。

「これだけ」

思わずグリンは声を上げた。

 グリンはこの不思議な双葉に水を掛けるとその場ですぐ成長すると思っていた。しかし、全く昨日と同じまま・・・まぁ、まだ1日目だし。グリンはかばんから一本の棒を取り出すと双葉のそばに深く差し込み、風に飛ばされない様に括り付けた。これで少しは目印になるだろう。グリンは体中の砂を払い手の砂を落とすとガラスのコップを探した。今ここにあったはずのコップが跡形もなく消えていた。きっとまた樽の中の水の上に浮いているんだろうなと思いながら、軽くなったかばんを背中に背負い急いで家路に向かって駆け出した。


 帰りは思いもよらず時間がかからなかった。日が西に傾き、暑さが和らいだ事とやはり水のたっぷり入ったあの重いコップを背負っていなかったからだった。暗くなる前にオアシスの入り口にたどり着いた。ハァハァ息を切らしグリンは猛烈に喉が乾いていた。

「グリン」

ニコがグリンの姿を見つけ駆け寄って来た。

「よかった、暗くなる前に戻れて」

ニコは胸をなでおろした。

「帰りは結構早く戻れたから、そんなに離れた所じゃなかったかもしれないよ」

グリンは体についた砂を払いのけた。

「お水は、喉乾いてない?」

ニコが自分の水を差し出した。

「ダメだよ、それはニコのものだから」

グリンはから元気をみせた。

「とにかくもう家に帰りなさい。かばん出して」

そう言うとニコは集めて来たザルいっぱいの木ノ実をかばんへ全部移し入れた。

「とにかく帰りなさい。話は夕食の時広場で」

ニコも急いで家路へ向かった。


「ただいま・・・」

グリンは遠慮がちに母親に声をかけた。

「あらおかえり、お疲れ様だったわね。ニコちゃんから聞いたわ」

「何?」

「あら珍しい、謙遜。一日中かけてそれだけの木ノ実を集めるなんて、昨日のあの馬鹿げた夢物語が嘘のようじゃない」

「あ、ああ・・・これ」

ニコが機転を効かせてくれたようだ。グリンは話を合わせた。

「だって、よく考えたらやっぱりあれは夢だったのかなつて。明日からも1日かけて食料探して来るよ」

 ヒメミは感動し、思わずグリンを抱きしめた。

「やめてよ、オーバーだな」

「いいえ、あんたもようやく男になったんだなと思ってね。あ、・・・そうだ」

グリンを離すとヒメミはグリンの手を引いて貯蔵庫へ向かった。

「ごめんよ、今日一日本当に喉が乾いただろう。これがあんたの水筒、水は毎朝私が入れてあげる。今飲みたかったら汲んであげようかね。いや、今日はがんばったから母さんの水を飲めばいいわ」

そう言ってヒメミは首からさげた水筒をグリンに差し出した。

「大丈夫だよ、喉は乾いてないし水筒の水も自分で入れるよ。ちゃんと節約して飲むから。明日はもっと朝早くから食料を探しに行くから、一日中家を留守にするけど心配しないで。食事は炊き出しでもらうから。じゃあ夕食に行ってくる、ニコと待ち合わせしてるんだ」

グリンは家を飛び出した。

「ニコー」

 グリンは炊場でニコに手で合図した。

「あら、やっと来たわね」

得意気な顔のニコには全てお見通しなのだとグリンは頭が下がった。

「ありがとう、本当に助かった」

グリンが礼を言うと

「いいのよ、これは投資なんだもの。私期待してるのよ、あんたの事」

「何?」

グリンは突然の愛の告白に顔を真っ赤に染めた。

「バカじゃないの、何一人で勘違いしてるのよ。私はあんたの言った事夢だと思ってないんだって事。それで双葉はあったの」

そこは声を潜めてニコはたずねた。 

 グリンは大きくうなずいた。

「やったー」

ニコはぴょんぴょん跳ねた。

「詳しい話は食べながら聞くわ」

二人はシチューをもらいに炊場へ向かった。


「ただ、一度水をやると少しは成長するのかなって思っててさ、なのに一ミリも大きくならなかったんだよ」

 そうそうにシチューをたいらげたグリンは今日の出来事をニコに聞かせた。

「まぁ、まだ一日目だしこれからが大変ね。どのあたりだったの?」

「鋭い三角岩の手前、両側に平たい四角の岩の辺りだった。逆に目印になってよかったよ。大人達は僕があんな所まで行けると思わなかったんだろうし、双葉の上に薄く砂がかぶって見えなくなってたからだと思う」

 グリンは説明した。

「やっかいね」

 ニコはため息を付いた。

「あんた、普段ヘタレのくせになんで今回に限ってそんな遠くまで行くのよ。もう少し遅ければ日が沈むまでに間に合わなかったかもしれないじゃない。昨日もギリギリだったし、これから帰って来るのが遅くなると、お母さんも怪しみ出すかもしれないわよ、本当頭わるいんだから」

「誰が頭わるいんだよ」

と、言葉にしてみたらたしかに頭はたしかに悪かった。

 それに対してニコは頭がきれた。

「・・・グリン聞いてるの」

 グリンは頭をグーでこづかれた。

「痛いよ」

きっと加減はしてくれたのだろうが、グリンは大げさに痛がってみせた。

「オーバーなのよあんたは、さっきからボーとして。私の話をちゃんと聞いてるの」

「何を?」

「やっぱり聞いてない、一回締めた方がいいかしら」

ニコは拳を握り指をポキポキと鳴らした。

「ごめんなさいニコちゃん、ちゃんと話を聞きます」

グリンは正座して謝った。

 ニコはニッと笑ってみせた。

「とにかく一週間頑張ってみるのね。きっとそこで一度目の限界が来るわよ」

「何で?」

「何でって、今日の事明日も明後日も続けるのよ。分かってる、水の入った重いコップを担いでサバクの結構な距離往復するのよ。それも日が沈む前に水をあげないといけないのよ、毎日が順調とはいかないかもしれないのよ、例えばコップの水が少しでもこぼれたら一貫の終わりよ」

「大げさだよ、また水を取りに戻ればいいし」

「だーかーらーそれで間に合うのかってこの口に聞いてるのよ」

「痛ひ」

ニコはグリンの口元のほっぺを左右にビローンと引っ張った。グリンの頬袋が長く伸ばされた。

「痛いってば」

 ニコは急に何かを思い出した様に両手を突然放した。

「一番大事な事忘れてた」

グリンは両頬を擦りながら大事な事?と聞き返した。

「あんたの飲水よ。双葉には泉の水をあげなきゃならないんでしょ。樽には余計な水はないのよ。私の水を分けてあげる事も悪いけど出来ないし・・・」

「大丈夫だよ、水ならいくらでもあるからさ」

グリンはそう言うと炊場の方へ振り返った。

「冗談でしょ」

さすがのニコも青ざめた。

「僕はツユクサの水を飲むから大丈夫だよ」

「あんなもの飲めないでしょ」

「うん、ものすごく苦かった」

 グリンは平気な顔で答えた。

「やめなさいよ、普段からツユクサの水が飲めるなら、飲み水には困らないでしょ。そうしないのには理由があるからじゃない」

「大丈夫だよ、他に方法はないんだから・・・今の所。」


 次の日の朝、両親が起きる前にグリンは貯蔵庫でコップに水を入れるとしっかり蓋をした。それをかばんに入れると裏口から外へ出た。もうすでに太陽が照り付け汗が吹き出した。グリンはかばんからタオルを取り出すと汗を拭き取った。タオルをかばんに戻すと

ツユクサの水が滴る桶に近づいた。どの家庭もツユクサの水は生活には必要不可決だった。そのため大きな桶にツユクサの水は並々と溢れていた。グリンもこの桶から水を汲むと顔を洗った。歯を磨く時は歯磨き粉がとても甘くツユクサの苦味は殆ど感じなかった。

 グリンはツユクサから滴り落ちる茎から水筒に水を入れると裏口から家に戻った。

「グリン、今日は早起きね」

ヒメミが後ろから声をかけた。グリンは驚いて跳び上がりそうになった。

「びっくりした。僕今顔洗ったとこだよ」

ヒメミも顔を洗いに来た所だった。

「私は朝食の準備があるから、後でお父さんと一緒に食べに来なさい」

 ヒメミは朝の身支度を整えると広場へと出掛けて行った。

 グリンは父ロティと広場へ向かった。


「あら、今日は早いのね」

 ニコが声を掛けてきた。

「ニコ、おはよう」

グリンは大きなあくびを一つして言った。

「なあに、まだ目が覚めてないの。私が覚まさせてあげましょうか」

「大丈夫、しっかり目は覚めてるから」

グリンはシャキッとして直立不動になった。


「昨日よりも疲れるな」

グリンはコップの水と、同じ量の水が入った水筒を首から下げている。グリンは倍の量の水を抱えて必死にサバクを歩いた。歩いても歩いても三角岩が遠くに感じられた。

「ちょっと休憩しよう」

グリンはつぶやいてその場に座り込んだ。水筒から水を一口飲んだ。苦い・・・グリンの顔が歪んだ。駄目だ、顔色一つ変えずにさらに美味しそうに飲まなきゃ。また水を一口飲んだ。

「よし」

グリンは自分をふるい立たせまた歩き出した。

 双葉の目印にと立てていた竹ひごは、風に飛ばされることなくそこにあった。グリンはかばんを降ろしそっと砂を払いのけた

。双葉の姿が見えた、昨日と全く同じ大きさだった。

 よし、グリンはコップの水を双葉の周りに注いだ。

「まだ二日目だしな」

 やはり双葉は成長しなかった。

「ハァハァハァ」

帰りの方が荷物も軽いはずなのに、なかなか足が前に向かって進まない。グリンは行きよりも遥かに遅いペースで歩いていたもう駄目だ・・・グリンは砂の上に倒れ込んだ。脱水症状を起こしていた。ニコ・・・ごめん・・・ん?グリンは背中に違和感を感じた。かばんに何か硬いものが入っていた。かばんを開けると紫色の小瓶にメモが貼り付けてあった。

「昨日、うちで作ったぶどうジュースよ。死ぬ前に飲んでね」

死ぬ前にって・・・縁起でもない。ポンッコルクのふたを開けると甘い香りが鼻をくすぐった。 

 コクッとグリンはジュースを一口飲んだ。その甘さが体に力を戻してくれた。

「口は悪魔みたいに悪いけど、今は君が天使に見えるよ。ニコ、ありがとう」

 グリンは一口だけ飲んだぶどうジュースの瓶にしっかり蓋をしてかばんに入れた。そして勢いよく駆け出した。


「ニコー」

 グリンが村に戻って来たのはニコにとっては想定していた時間よりも遥かに早かった。

「単純なやつ・・・」

 ハァハァ息を切らせて近づいて来たグリンにボソッとつぶやくと、どうせ私の忍ばせたぶどうジュースに感動とかしちゃってダッシュで帰って来たんだろうな、ニコは瞬時に思った。


「グリンです.今日はこれを見つけて」

遠慮がちにグリンはまだ硬いバナナを差し出した。

「これはすごい、重かったろう、これは熟せばいいジャムができるよ」

 食物管理の係の者に収穫の報告に行くと、グリンは頭をクシヤクシヤと撫でられた。ゴリラのモリーさんの力は強く、首が持って行かれそうに撫でられた。

「あのバナナの密集地は鳥形の者は葉っぱが邪魔で近付けないし我々サル族も幹が細すぎて登れないので熟して自然に落ちるのを待つしかなかったが、それだとどうしても傷が付くからね。でかしたでかした」

またグリンの頭をポンポン叩いた。

 痛い、グリンは泣きそうになった。


「どう、これでいい点数稼ぎになったんじゃない」

 ニコに大きなバナナを渡された時にはびっくりしたけれど、効果は抜群だった。

 大物狙いと言うイメージをつければ、姿が見えなくなったも遅く帰ってもあまり詮索されないだろうと言うのがニコの考えだった。

「でもあのバナナどうやって取ったの、流石にニコがバナナの木を揺らしたくらいじゃ取れないでしょ」

「私そんなに怪力じゃないわよ、失礼ね」

 いや、あると思うけど・・・グリンはボソッっと言った。

「何か言った」

「何も言ってないよ」

思ってるだけでもニコの感は鋭いから気をつけなきゃ。

「でもどうやってあんな大きなバナナを取ったの」

「あんたと違って私にはたくさんの仲間がいるのよ」

「仲間?」

グリンは聞き返した。

「今から会いに行く。ちょうど私がお願いしてもらってる所だから」

「皆はかどってる、グリンが帰って来たわよ」

「あら、早かったのね」

「ニコ、こっちは順調よ」

「もうすぐ出来るわよ」

そこにはいろんな種族の女の子達でごった返していた。

「甘い匂いがする」

グリンはお腹がグーとなった。サバクへ行くにはどうしても昼を過ぎてしまう。いつもかばんに入れたどんぐりで飢えをしのいでいた。

「こっちはもう少しかかるからお昼ごはん食べたら」

皆に指図していたトラのアイラがウインクすると、そうさせてもらうわとニコはグリンをひっぱって食事場へと向かった。

「今日はキノコのスープだよ」

 食事係のおばさんから器を受け取る。昼を過ぎても食事している大人達がちらほらいた。

 大人達はオアシスを出る時に使う荷車を作っていた。切りのいい所まで仕事をすると食事をするのも遅くなってしまうんだろう。

 グリンはキノコのスープをあっという間にたいらげた。

「ぶどうジュースありがとう、あれがなかったらきっとここに戻って来れなかったよ」

「まぁそうね」

謙遜しないんだ、グリンは思ったが丁寧に頭を下げた。

「ありがとう」

「いいのよ、これも投資なんだから。女は見返りのない事に力なんて貸さないのよ。あの子達もそう、私に手を貸してくれるのも見返りを期待してるのよ。だからもしこの水やりが失敗でもしたらそうね、アイラのエサにでもされるかもね」

冗談にしてもグリンの背中の毛が逆立った。

「やめてよ、怖いこと言うのは」


 食事が済んだグリンとニコはまた皆の元にでも戻って来た。

 そこはオアシスの外れで砂の上に砂利を敷いた煮炊き場だった。先程の食事場も砂利を敷いて砂が舞い上がるのを防ぐのと同時に防火にも長けていた。ここは炊場程の手入れがされてはいなかったが十分煮炊きが出来る場所だった。多分ニコ達が手を加え、使える様に整備したのだろう。グリンはオアシスにこんな場所があることさえ知らなかった。他の村の者達も、こんな所がある事など知らないだろう。

 グリンが見渡すとかまどにかけられた鍋から甘い匂いがしていた。キリンのリンコとレッサーパンダのナナが大きな木べらで鍋の中をかき混ぜていた。鍋の中の白い液体がみるみる茶色く変色しもっさりと重みを増して来た。そこに赤い液体を入れると丁寧に全体に行き渡る様に混ぜ始めた。

「ここからは集中しないといけないから邪魔するのはやめましょ」

そう言ってニコはグリンを引っ張った。   


キリンのリンコとレッサーパンダのナナがある程度木べらでかき混ぜた赤い液体が液状になると、フェレットのアリスとタヌキのコマチが樽に付いた取手を二人で持つて、こぼさないように先程の炊場へ運んで行った。そして代わりにリンコとナナがかき混ぜていた鍋を持って帰って来た。鍋の中のトロリとした液体をアルミのバットへ全て移すと待機していた野ネズミのミミと柴犬のランがバナナの葉で作ったうちわで粗熱を取ると小さな葉の上に丸めて茎で留めた。それを瓶の中に丁寧に並べて行く。

「一個ちょうだい」

ニコが言うとコマチが冷めて固まった物を一つ差し出してくれた。

「食べてみて」

 グリンはその包みを受け取った。少しだけひんやりする。葉っぱを開くと赤い丸いまるでアメみたいな・・・

「もしかしてこれアメ?」

「いいから食べてみて、あんたの為に作ったんだから」

そう言ってニコはそのアメをグリンの口の中に放り込んだ。

 一瞬ヒヤッとした後甘みが口の中に広がる、えぐ味も雑味もない味がした。

「すごく美味しい、スーとするし」

「大成功ね、まぁ私がちゃんと味見したんだけどね」

ニコとミミ、コマチは顔を見合わせハイタッチした。

「さすがアイラ博士、グリンが美味しいって。ちゃんとスーってするって言うし」

「でしょ、まぁ私の手にかかればこんな事どうってことないんだけどね」

 ニコとアイラは二人で盛り上がった。

「僕だけよく分からないんだけど」

グリンは取り残されていた。

「これで最後だよ」

 そう言って麻袋に入った何かを担いで戻って来たのは女相撲ナンバーワンのサイのデリーとナンバーツーのサクラだった。

「ありがとう何度も、重かったでしょ」

アイラが中身を開けるとニコが感謝した。

「ニコ来てたんだ、え、グリンもう帰ってたの」

デリーは驚いた。どうやらここにいる女の子達は全員グリンのヒミツ?を知っているらしかった。

「父さんからもらって来たわよ」

そう言って見せてくれたのは、サトウキビの絞りカスだった。

「どういうこと?」

グリンは恐る恐る聞いた。

「デリーとサクラのお父さん達ってサトウキビの絞り屋じゃない」

うんとグリンはうなずいた。

 力のいるサトウキビの絞り屋はカバやサイ、ゾウなど力の強い種族が多い。

「デリーのお父さんから来月このオアシスを出る前に全てのサトウキビを絞って砂糖とお酒の仕込みを今日中に終えるって言うから絞りカスをもらえないか尋ねると、始末する手間が省けるから持ってけって言ってくれたからもらって来たのよ。サクラにも手伝ってもらって・・・」

「そして私が果汁の取れそうな幹を選別して叩いてほぐしてもう一回絞って、あとは見た通り皆でアメを作ったの」

 何故かニコがエヘンとえばった。

「じゃあこの赤いアメは?」

「木いちごのアメね。あとはレモン味とブドウ味があるわよ」

 グリンは思わず声を上げた。

「えーそれって今日ずっと作ってくれてたの、こんなにたくさん」

今更ながら女性のパワーには脱帽のグリンだった。

 夕暮れ前に全てのアメが出来上がり、瓶は一杯になった。そのアメを包んだ葉を瓶に敷き詰めてその上から蓋になる大きな葉で封をした。

「この瓶は私が預かるわ。あんたんちじゃすぐに見つかるでしょうからね。毎朝家に取りにいらっしゃい」

ニコはデリーとサクラにニコの家の貯蔵庫まで運んでくれるよう頼んだ。

「ニコー」

そこへ子猿のチャッピーがバナナを抱えて現れた。

「今日は熟したバナナがあったから取ってきたよ。皆でバナナの木をゆすって私がキャッチしたの。はいグリン」

チャッピーがバナナをグリンに手渡した。

「どう言う事?」

グリンが混乱していると

「狩りをするのは男の役目、とっととバナナ持って行きなさい。

「でも・・・」

 いいからいいからとその場にいた連中全員に言われグリンはバナナを持ってその場を離れた。

 女の子って本当にすごいな、夕食時、グリンは皆にお礼を言って回った。


「気に入らない」

食事をしながらビリーがその光景を眺めていた。肉食のビリーはグリン達草食系と食事をする事はなかったが、今日は肉食、草食関係なくグリンの周りに集まっていた。 

 ビリーはいら立って空になった器を地面に叩きつけた。その表示にスプーンがはね前を歩いていたミミズクのキャンディ夫人に当たりそうになった。

「まぁ、びっくりしたわ」

「あ、ごめんなさい」

我に返ってビリーは謝ってスプーンを拾った。 

「あなたも将来お父様のような立派な警察官になるのだから子供の頃からひとかどの者にならなくては」

「はい」

 ビリーはきちんと頭を下げた。

「そうそう、あのグリンも今じゃ女の子達の人気の的らしいしね」

「おば様、どういう事ですか」

 ビリーは噂好きのキャンディ夫人から話を聞き出した。

「あなたも知っての通り一週間ほど前グリンが夢みたいな話をしてたでしょ。女の子ってメルヘンな話が好きだから、グリンの周りに女の子達が集まって来たみたいよ。ああ、これは関係ないかも知れないけれど今日ずっと向こうの炊場で女の子達が何か甘い物を作ってたわね。おやつでも手作りしてたのかしら。それじゃあ私はこれで、ごきげんよう」

「はい、おば様・・・うるせえババア」

 キャンディ夫人が炊場の方へ消えるとビリーは途端に口調が悪くなった。

「親父のせいでなんでもかんでもいい子でいろって冗談じゃない。それにしても何か気になるな・・・アルお前あっちの炊場へ行って何でもいいから盗み聞きしてこい」

「わかったよ」

 カンガルーのアルは草食系の炊場へ向かった。

「ビリー、ちょっとグリンに対してムキになり過ぎじゃないか、あいつは気弱で小心者だから世話好きのニコが放っておけないだけだって、ニコには友達も多いし皆でかまってやってるだけだろ。

「だからそれが気にいらないんだよ」

 ビリーは拾ったスプーンに力を込めた。スプーンはいとも簡単に折れ曲がった。


「本当にありがとう」

「いいんだって、皆好きでやってるだけだから」

 アイラの言葉に皆うなずいた。

「私らニコの友達だから、ニコがあんたの事弟みたいにかまっているの見たら私らも可愛く見えてきて」

僕は男だし、弟じゃないし、可愛くないし・・・なんて言ったらニコに殺されそうだからやめておこう。

「何でもいいよ。ニコを通じてでも僕の事助けてくれてありがとう」

「もう、あんまりありがとうありがとう言わないの。大人達が聞いたら何かと思うでしょ。それより今日作ったアメはアイスバーンの葉で包んであるけれどちゃんと涼しい所に置いとくのよ。それと遠慮しないで糖分はしっかり取りなさい。ただでさえお水あんまり飲んでないんでしょ」

「でも・・・折角皆が一生懸命作ってくれた物だから大事に食べるよ」

「それがダメなの、あんたの体調に変化が出たら何かやってるって大人達に気づかれるわよ。まさかサバクの双葉に毎日水を運んでいるなんて知られたら叱られるくらいじゃすまないわよ。だから私達はみんなニコの頼みでもあるけれど、あんたの事信じた集まりだって事忘れないで」

 アイラはそう言ってウインクすると

「そろそろ私も食事してくるわ、あまり長く草食系の炊場にいると変に思われるし、明日は一日肉の実もぎに専念させてもらうから、私らの事は無視すんのよ、じゃあね」

そう言ってアイラ、アリス、コマチとランは肉食場の方へ戻って行った。

「アメの瓶、ニコんちの貯蔵庫に運んで置いたわよ」

そう言ってデリーとサクラが戻って来た。

「何もかもありがとう」

「だってこんなちっこい体じゃあの瓶運べないでしょ」

ハハハとデリーは笑った。

「照れ隠しよ、デリーは小さい系が好きなんだから」

「えー、趣味悪くない」

ニコがわざと驚いて見せた。

 皆で僕の事おもちゃにしてる。でも感謝だ、皆ありがとう。


「何、それじゃああの戯言本当だったって言うのか」

アルからの報告でグリンがサバクへ出掛けている事を知ったビリーはしばらくいら立ったようだったようだったがサスケに命じた。

「今ならまだ奴らここにいるし、その瓶取ってこいよ」

「そんなのどろぼうじゃあ・・・」

「うるさい、出来ないって言うのか。アル、お前も一緒に行け。俺は家で待ってるからすぐ取って来るんだぞ。誰にも見られないようにな」


「遅い、何やってたんだ」

「だって誰にも見られないようにって言うから、遠回りするしかないじゃないか」

サスケが口を出した。

「うるさい、いいから見せろ」

 ビリーは瓶のふたを乱暴に開けると中に手を入れた。ひんやりとした感触が伝わる。包みの一つを開けて口の中へ放り込んだ。甘くスーとした旨味が口の中へ広がった。

「クソ、なんでグリンごときがこんな物、女の子達に作ってもらえるんだ。グリンのくせに!」

ビリーいら立った。

「それどうするの?大人に、君のお父さんに渡す。結構な保存食になると思うよ」

アルが言うと、さえぎる様にビリーは言い放った。

「冗談だろ、なんで皆で仲良く分けなきゃならないんだ。これは全部俺のもんだ、お前らもいいからもう帰れよ」

そう言ってビリーは口の中のアメを噛み砕き、もう一つ取ってまた口の中に放り込んだ。

「ちょっと待てよ、それなら俺らにもよこせよ」

 いつもは温厚なサスケがすごんだ声で言った。

 体の大きなサスケはそのなりとは逆にとても大人しい性格をしていた。そのサスケがビリーにたてを付いた。

「どうせ全部食べるんなら証拠残さない方がいいだろ。それなら俺とアルにも分けろよ。その権利はあるはずだろ」

 ぐっと顔を近づけて来るサスケの迫力にビリーもたじろいだ。

「ああ、そうだな。とっとと食っちまった証拠残さない方がいいな」

そう言ってビリーは瓶の中のアメを等分に分けアルとサスケに渡した。今日中に全部食っちまうんだぞ・・・それと瓶はすぐ返しとけ。そう言ってビリーはアルとサスケを家から追い出すと両手に抱えたアメを持って自分の部屋へと向かった。

 あんなスゴんだサスケは見た事がなくビリーは身ぶるいした。

「これがグリンのためだなんて、ふさけるな」

そう言ってまた口の中のアメを噛み砕いた。


「もう帰るね、父さんや母さんに見つからない様に瓶を隠して置かなくちゃ。グリン、あんたもそろそろ帰って早く寝なさい」

 ニコが腰を上げるとグリンに向かって言った。

「まだ眠くないよ、子供じゃあるまいし」

 ニコはグリンにさったと寝て疲れを取るようにとの配慮だった。

 グリンもニコの言葉が自分への優しさからの言葉だと分かっていながら一応両ホホを膨らまして見たが、皆にお礼を言って家へと戻って行った。


「でさ、その時なんて言ったと思う・・・」

 女の子達がお喋りしている所にニコが慌てて戻ってきた。

「どうしたの、顔が真っ青よ」

 女の子達はいつもクールなニコが青ざめている姿に、よほどの事があったんだとすぐわかった。

「何があったの」

 アイラが代表して尋ねた。

「アメが・・・瓶がないの」 

 ニコは説明した。

 家ヘ戻ると両親はまだ戻ってなかった。裏口から貯蔵庫に入るとその瓶はどこにもなかった。確かに運んでもらったはず、デリーとサクラにも確認した。貯蔵庫の瓶の中に紛れ込ませたとデリーは言った。

「誰かに持っていかれた」

アイラがつぶやいた。

「でもアメの事は私達以外知らないはずよ」

「でも瓶の存在を知っている誰かが持ち出したとしか思えなかった。でも誰が」

こんな所で悩んでも仕方がないともう一度ニコの家ヘ行ってみることにした。アイラ、デリー、サクラとニコで家ヘ向かった。

 やはりそこに瓶はなかった。デリーとサクラは置いた場所も指さした。

「聞き込みしよ」

アイラが鼻息荒く言った。

「ニコ、いつものあんたなら率先して動くはずよ。しょげてる場合じゃないわよ」

アイラの言葉にニコは奮起した。

「そうよ、アメ泥棒を見つけなきゃ」

 いつものニコが戻って来た。

 ニコの家の周辺で瓶を担いでいる者がいないか訪ねて回った。

 でも、収穫はなかった。アルとサスケが誰にも見つからない様に慎重に持ち出した為瓶の在りかは全くわからなかった。しかしそれは突然現れた。アルとサスケが瓶を担いでニコの家ヘ向かって来た。

「わ!」

アルとサスケがニコ達と突然ばったりと出くわした。手には瓶を掴んでいる。アルとサスケはその場に瓶を置き去り逃げようとした。そこはデリーとサクラの出番だ、逃げようとするアルとサスケを簡単に捕まえた。

「あんた達の仕業だったの・・・てことは首謀者はビリーね。アメはどうしたの?」

空っぽの瓶を見てニコは問いただした。

「これだけはあるよ」

アルとサスケはビリーの家での分けまいを布に包んで腰にくくっていた。

「これは返してもらうわよ」

アルとサスケは自分から布に包んだアメを差し出した。

「悪かったよ、別に欲しくて盗んだわけじゃないから返すよ」

「あとはビリーが食べたから少なくなっちゃったけど、これで許してほしい。本当は瓶を貯蔵庫に返す時にこのアメ瓶に戻すつもりだったんだ。でも泥棒したのは俺たちだからビリーの親父さんにつきだしてもいいけどビリーは関係ないから許してほしい」

「何言ってるの、あんた達にこんな事させたのビリーでしょ」

興奮気味のアイラにニコが止めた。

「あいつの扱いが難しい事はわかってる。今回はあんた達に免じて許してあげる。でもこのことはビリーにはナイショ。あんた達がアメを返した事もあいつには言わないでね。あいつが複雑なのは私もわかってるつもりだから・・・あんた達もあいつが無茶しようとしたら遠慮しないで止めてね」

 ニコは訳知り顔で言った。


 アイラ達の怒りを何とか押さえニコはデリーとサクラに瓶をニコの家の貯蔵庫まで運んでもらいアメをきれいに並べていった。新しく封をして裏口の鍵をかけた。こんなこと、本当はしたくないのに・・・ニコはつぶやいた。


 ニコはグリンにアメ事件の事を話して聞かせた。

「皆が一生懸命作ってくれたアメなのなに僕、僕・・・」

 グリンは涙をためた。

「男が泣くな」

ニコはグリンの頭を軽くこついた。

 ニコなりにグリンを励ましてくれたようだ。

「それにしても、もう甘味を作る材料はないし、あの苦い水を飲むとき役に立つと思ったのに・・・相当きついでしょ」

「大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないから言ってるの。あんたが水を飲む時、すごい顔をしてるのよ、ホント苦虫を潰した様とはあんたにピッタリの言葉だと思うくらいよ」

「えーなれたと思ったに、そんなにひどい」

「ええ、そんなにひどいの」

ニコはため息を付いた。

「アメなめながら水を飲んだら、少しでもツユクサの苦味を緩和できると思ったのに」

グリンは明るく言った。

「それならオアシスの中でだけアメ舐めるよ。サバクでは僕がどんな顔してても誰にも見られないしね。それならアメも今の量で十分だよ」

 グリンは尻尾を振った。

「それじゃあ行ってくるね」

グリンはサバクにでかけようとした。

「少しは持って行きなさい」

 ニコはグリンのかばんを開けた。タオルに透明なケースに入った鑑賞用のどんぐり、ニコからもらったブドウジュース。そしてそこには水がたっぷり入ったコップがあった。

「初めて見たけど結構大きいのね、これだけの大きさなら一日分量って言うのもうなずけるわ」

そう言ってアメをパラパラとかばんに入れた。

 その光景をグリンはあ然とした。

「ガラスのコップをみたの、ニコが初めてだよ」

「そうなの」

グリンは目に涙をためてニコを見た。

「ニコは僕を信じてくれてるんだよね」

「当たり前じゃない。今更何言ってるの」

 ニコは平然と言った。

「今わかった。女の子さんが言ってた意味が・・・信頼だって」

 グリンは何よりも嬉しかった。


 グリンはいつもの様にサバクヘ出掛けて行った。ツユクサの水を飲むには勇気がいった。なるべく飲まない様にがまんをしていた。本当に辛い時にはニコにもらったブドウジュースを飲んでいた。でもそのジュースもあと一口しか残ってなかった。

 最後のジュースを飲み干しグリンはからのジュースの瓶をかばんにしまった。

 双葉に水をかけるといつもの様に双葉に変化はなかった。ニコがくれたアメを口の中に放り込むとツユクサの水を飲んでみた。アメの甘みのおかげでツユクサの苦味が和らいだ。

「すごい・・・」

きっと今はニコの言うニガニガしい表情はしてないんだろう。


 グリンは朝早くサバクヘ出掛けて双葉に水をかけるとアメをなめながら水を飲んだ。次の日も次の日も・・・双葉に水をかけ続けオアシスヘ戻ってからはオアシスからの移動の為の荷車作りにかり出されていた。食事の時間もバラバラで疲れて帰るとツユクサのシャワーを浴びるとベッドヘ倒れ込む様に眠った。気が付くとあれから十日ニコ達女の子とも話が出来ない程グリンはモクモクと働いた。


 その頃、ビリーはいつにも増していら立っていた。

 アメを盜んでから、ニコ達どころかあのグリンでさえ何もなかったかの様に振る舞っていた。

 ビリーはピークに達し行き交う者にケンカをふっかける始末。全くの言い掛かりとも思えない程暴れまくった。さすがにオアシスでも噂になり、父親のエースの所への苦情も増えて来ていた。警察官の息子の素行の悪さがオアシスの瓶噂になるなど、これ程の恥はないとエースもビリーを叱りつけたが、癇癪を起こし反抗するだけだった。オアシスの仕事は全く手伝わず保存食を作っている場所ヘ行っては荒らしたり邪魔したり傍若無人な振る舞いをするようになった。そしていつもグリンを探しては暴力を奮おうとした。しかし大人に助けられグリンは大人達と家内での仕事をするようになり、ビリーは手出しが出来なくなった。それがビリーのいら立ちを増殖させていった。


 その夜、グリンの家の裏口でグリンとニコは話し合っていた。

 ビリーの素行の悪さはオアシス中に知れ渡っていた。これなら証拠さえ見つければアメを取ったこともオアシスの者達に信じてもらえるだろう。

 ニコはここ数日ずっと平静を装っていたのは、ビリーの素行の悪さをオアシスの連中に印象付ける為だった。

「あいつ、根はいいヤツなんだから一度きっちり頭を冷やす必要があるのよ。なぜだかグリン、あんたの事だけ目の敵にしてるし・・・」

ニコはビリーの事は嫌いではなかった。どうにかしてやりたいという気持ちがにじみ出ていた。

 グリンはビリーを心配するニコにちょっぴり妬けていた。

「なに一人で百面相してんのよ、気持ち悪・・・」

この口の悪ささえなければ可愛いんだけどと心の中で思った。

「あんたの水樽見せて」

 ニコが突然口に出した。

「え、どうして」

「どうしてって、それを見るためにこんな夜にあんたに会いに来たんじゃない」

 ひどい言われようだ。

 裏口から貯蔵庫の中にそっと入ると扉を閉めた。

 今は両親はリビングでくつろいでいる、全くニコが来ている事も気付いてない様だ。

 グリンは水樽の蓋を開けた。ガラスのコップが浮いている水樽は十日たった今はかなり減っていた。

「あんたは全く飲んでないの」

グリンはうなずいた。

「このコップが見えないコップよね」

「大人達には見えないコップだよ、ニコ達僕を信じてくれてる子には見えるみたい」

 水樽のふたをしてニコは振り返った。

「それじゃあ私は帰るわね、明日朝、家によって。私の水を持って行くといいわ」

「え、そんなのダメだよ」

「声が大きいわよ」

グリンは思わず口を抑えた。

 全くと呆れ顔でニコは帰って行った。


 グリンが貯蔵庫から出て両親のいるリビングに向かったのを見届けるとビリーが暗闇から現れた。夜目の効くビリーは真っ直ぐグリンの水樽ヘ向かった。蓋を開ける。しかしそこにガラスのコップは見えなかった。 

 チッ、ビリーは舌打ちし蓋をもとに戻すと足音を立てることなく貯蔵庫から出て行った。


 グリンの朝は早い。この十日間朝早くからサバクヘ出かける習慣が出来た。昼過ぎまでサバクを駆け回り戻ると大人の手伝いで荷車を作った。夜になると疲れ果てた体はベッドに入るとすぐ熟睡出来た。前にもらったブドウジュースもなくなるとまた一瓶ニコが持ってきてくれた。こればかりはグリンもありがたく受けとり毎日寝る前にひと口大事に飲んだ。すると目覚めた時には疲れはすっかりぶっ飛んでいた。自分では分かっていなかったが毎日のサバクの往復で体が悲鳴を上げていた。

 水筒にツユクサの水を入れ、両親と朝食を食べる日も一日おきには作った。あまり早く出掛けていると両親に怪しまれるし、そのくらいの時間はサバクの往復する時間が大幅に短縮出来る程早くなっていた。


「最近何かやってるのか?」 

 グリンの手からクルミが転げ落ち、ヒメミの方ヘ転がった。ヒメミからクルミを受け取りグリンは声を震わせた。

「何って・・・」

「最近なんだかたくましくなった気がして,男らしくなったというか・・・」

ロティの言う通り、ガラスのコップをかばんに入れてそれを担いでサバクを往復しているのだから多少の筋肉がついたのかもしれなかった。

「ほら、もうすぐオアシスを出発だからいろんな所で力仕事の手伝いをしてるからかな」

 グリンはクルミを口に放り込むとごちそうさまと言って席を立った。

「これから木ノ実取りに行ってくるから」

グリンは急いで炊場を後にした。


 ニコの家に向かいながら、貯蔵庫からガラスのコップを持って来なかった事に気付いた。

「ま、いいか。昨日はあんな事言ってくれたけど、甘えることなんて出来ないもの・・・」


「このバカグリン!」

グリンはニコの家につくなりグーで頭をこづかれた。

「全く二度手間なんだから。今日は私の水をあげるってぃつたでしょ、コップ取りに帰りなさい。それとその水筒の水捨てなさい。どうせツユクサの水なんでしよ、それも私の水と入れ替えてあげるから」

グリンは水筒を押さえた。

「いいよ、ツユクサの水にはもう馴れたし、コップはわざと持ってこなかったんだ。ニコの水には絶対手を出さないから」

 グリンはカッコイイ所を見せようとした。

「グリンのくせに生意気なのよ」

グリンはニコに頭をグーで殴られた。

「もういいわ、あんたに水なんて絶対にあげない!」

頭を擦りながらグリンは言った。

「僕、たくましくなったと思わない」

「どこがたくましくなったって、もう一度殴るわよ」

 グリンは頭を押さえた。

「ごめんなさい、サバクヘ行って来ます」

グリンはニコの家を飛び出した。


「グリン、帰ったの」

「ちょっと忘れ物」

 グリンは急いで貯蔵庫からガラスのコップに水を入れるとしっかりとふたをした。

「へえ、それが魔法のコップか」

影から現れた何者かに、それは奪われた。

「ビリー、なんで・・・」

「ニコといい、他の女どもといいお前に騙されていると思ったが、確かに魔法のコップだな。夕べはこの樽にコップはなかったのに・・・ホントはあるんじゃないかと思った途端、俺にも見える様になるとはな」

「え、夕べ家に来たの。それで水樽を覗くなんてひどいよ」

「うるさい」

そういうとニヤリと笑い、グリンから奪い取ったガラスのコップをビリーはを床に投げつけた。石造りの床にアイスバーンの葉を敷き詰めた貯蔵庫は十分な硬さを持っていた。パリーンとガラスのコップは粉々に割れてしまった。

「コップが・・・」

グリンはタオルをかばんから取り出し、ガラスのかけらを全て拾い集めた。あんな大きな音を立てたのにヒメミは全く気が付いてはいなかった。いや、最初から音などしなかったのだろう。

「グリン、あんた出掛けるならちょっとおつかいに行って欲しいんだけど・・・」

「ヤバい」

ビリーは慌てて貯蔵庫から裏口ヘ向かおうとした。その時だった。

 バシャーン、ゴロゴロゴロ・・・

 振り返ったビリーはふたの空いたグリンの水樽に思い切りぶつかり樽を倒した。樽は空になりゴロゴロと音を立てて転がった。床は水びたしになった。

「どうしたの、今の音」

 間一髪ビリーはヒメミに姿を見られる事はなかった。

「わっ」

何かにぶつかってビリーは尻もちを付いた。

 ガラスの割れる音を聞いて、サスケとアルが裏口から入って来た所でビリーと鉢合わせた。ビリーがぶつかったのはサスケだった。

「なんでお前達がいるんだ。早く逃げるぞ」

ビリー達は裏口から走り去った。


「なんてこと・・・」

ヒメミはグリンの水樽が空になっているのを見て、気絶しそうになった。

 グリンは何故か冷静だった。コップの破片を全て集めたタオルをかばんにしまった。

 パニックになっている母など目に入っていない様に、貯蔵庫から飛び出し裏口から外へ出ると、濡れた床を歩いたビリーの足跡が続いていた。グリンはその跡を全力で追って行った。


 ヒメミはパニックを起こしたまま貯蔵庫を出るなり玄関から外へ出た。

「皆聞いてちょうだい、大変なの。うちの子が・・・」

ヒメミはそう言いながら炊場の前の集会場ヘ叫びながら歩いて行った。皆、何事かと集会場ヘ集まって来る。子供も大人も作業の手を止めて何事かと動き出した。


「あれ、グリンのお母さんだよね」

首の長いキリンのリンコが一番に気付き皆に告げた。

「ヒメミおば様だわ、どうしたのかしら」

今日はニコが後で合流すると家にいるため、アイラが指揮を取っていた。

「ああ、アイラちゃん。大変なの、もう大変で・・」

 話が一向に先に進まない。

 ざっと話を聞いたアイラはハトのエリーにニコヘ知らせるように頼んだ。


「遅いな・・・私だってやる事あるのに」

ニコの家は教会だ。高台に建つ大きな建物でオアシスの見下ろせた。ニコはあんな騒ぎになっているとも知らず父ヨーゼフを待っていた。するとそこへハトのエリーが急いでやってきた。エリーから話を聞くとニコは急いで家を飛び出した。

「ニコ、どこに・・・」

ヨーゼフが話終わらない間にニコは遠ざかっていった。


 エリーとアイラ達の元へ合流するとニコはの家に向かった。玄関の戸が開けっ放しになっている。

 ニコは玄関の戸を閉めるとリビングを通り貯蔵庫ヘ向かった。床がビショビショでアイスバーンの葉がそれを吸ってひんやりどころか寒く感じた。

 足が濡れない様に裏口から外を覗いてみた。乾きかけた泥足の足跡が二人分残っていた。

 おば様が裏口から出なくてよかったわ。踏み荒らされていないその足跡をニコは追って行った。


「待て、待てったら!」

「しつこいな、グリンのくせに」

 本来絶対追い付く事の出来ないリスがヤマネコのその足に追い付いて来ていた。毎日サバクの砂で足をとられながら走り込んでいた為、足の筋力が発達した証拠だった。

「うるせえんだよ」

 ビリーは急ブレーキをかけるとグリンの顔にエルボーし吹き飛ばされたグリンの意識が遠のいた。


「ん、いてて・・・」

グリンはその騒がしさに目を覚ました。ホホに痛みが走る。口の中に血の味がした。

「痛てぇ・・・」

ビリーはグリンにエルボーした右腕を擦っていた。

今は使っていないあばら家がビリー達のアジトだったようだ。秘密基地の様な感じのインテリアがグリンもワクワクするモノばかり置かれていた。いや、そんな事今考えてる場合じゃない。グリンはロープで柱にくくりつけられ口もロープが噛まされていた。

 このままじゃ間に合わなくなる。 

 その小屋の唯一の窓から空を見上げると太陽が真上まで迫っていた。昼が近い様だ。

 こんな所で今まで皆に協力してくれた事が無駄になんて出来ない。グリンがくくりつけられた柱柱幸い角材の柱だった。何とか体を動かし手元を柱の角ヘ持って行くと何度も上下させロープを切ろうとした。そのたびに体が擦れ腕は傷だらけになった。今までのグリンなら誰かが助けに来てくれる事をただひたすら待つだけだったろう。でも、今回ばかりはそうではなかった。腕から血がしたたってもロープを擦り続け、切り目のはいったロープを引きちぎった。口のロープもはずし、外にアルとサスケがいないことを確認するとグリンは助走をつけておもいきり小屋の扉に体当たりした。

「グリン!」

足跡を追ってきたニコが扉の前で今まさにビリーに声をかけた時だった。グリンが扉を吹き飛ばしビリーは扉の下敷になった。

「行こう」

グリンは傷だらけの腕でニコの手をつかむと全力で走り出した。ニコは足が浮くほどの力でグリンに引っ張っていかれた。

 痛え・・・扉の下敷になっていたビリーは扉から這い出ると走り去るグリンとニコが小さくなるのを見かけると、その俊敏な速さで追いかけて行った。 

 ヒメミが大騒ぎしたせいで集会所の前にはたくさんの動物たちが集まってきた。

「待てっていって誰かを追いかけて行ったんです。だからうちの子の水樽は誰かにひっくりかえされたんです」

ヒメミのを興奮にロティは駆けつけなだめた。

「少し落ち着きなさい」

「その通りよ、おば様」

グリンに引っ張ら息を切らせて集会所まで逃げてきたグリンの手をやっと離し、水筒の水をあげるとあおるように飲んだ。

 グリンも自分の水筒のツユクサの水を美味しそうなフリをして飲んだ。それはとても苦かった。

「グリンのくせに生意気が・・・」

 そこへビリーが追いついた。グリンの胸ぐらを掴む。ビリーは興奮のあまり周りが全く見えていなかった。

 しかしグリンはその手をつかむと後ろにビリーの手を後ろに回した。そこにいた全員が驚いた。一斉に静まる。当の本人のビリーが何が起こったのか呆然とした。そこには皆の知る臆病で気弱なリスはいなかった。

「どうした、息子を離せ」

真っ先に前に出たのはビリーの父エースだった。

 グリンが手を離すとビリーは一目散にエースの後ろに隠れた。

「父さん、あいつ逮捕してよ。俺を痛い目に合わそうとしたんだよ、今も見てたでしょ。

「痛い目にあったのはお前の方じゃないのか」

そこには体中傷だらけのグリンの姿があった。

「何があったか話してみなさい」

そこにジルバが歩み出てきた。ビリーはエースの後ろで小さくなった。

「ビリーがうちの貯蔵庫に忍び込んで水樽をひっくり返したんです。グリンはあえてコップを割られた事は伏せた。

「本当か、ビリー」

エースが後ろに隠れたビリーに問いただした。

「そんな事してない、証拠あんのかよ」

エースがいる為かビリーは強気だった。

「証拠ならあるわ」

声を上げたのはニコだった。

「グリンの家の裏口からあんたの足跡が残ってるのよ。ぬかるみを歩いたあんたの足跡が」

 エースはビリーの足元を見た。乾いた泥が付いていた。

「ひどい、本当なの」

「あの命の水を」

「ビリーは素行が悪いから」

 皆が口々に言い始めた。

「ビリー!」

 パンッ、そのざわめきを打ち消す様にその音が響いた。皆静まり返る。ビリーの右ホホをあげると平手打ちした女性がいた。ビリーと同じヤマネコの女性だった。

「何するんだ、テメエ」

ビリーは掴みかかろうとした。

 するともう一度その女性ははビリーをひらりとかわし右ホホをもう一度ぶった。

「やめろアリサ」

慌てて止めたのはビリーの父エースだった。

「やめません、私は母親としてこの子のした事への責任があります。私の育て方が悪かった事は後で皆さんには謝罪します。でもその前に本人に悪い事をした自覚を持たせねばなりません」

「うるせえババア、お前なんか母親でもなんでもないくせに偉そうな口をたたくな」

ビリーはまたエースの家は後に隠れた。

「あなたがそうやって甘やかすから物事の良し悪しが分からない子になるんです。私も遠慮していた所はあります、その結果が今回の事に繋がったのならやはり母親の私に全て責任があります。皆さん、グリンちゃん本当に息子がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

 アリサと呼ばれた女性はその場にいた全ての者達に向け深々と頭を下げた。

「止めろよ、何母親ヅラして謝ってんだよ。あんたを母親だなんて認めた事ないぞ」

 その言葉にアリサは地面に突っ伏して土下座した。

「止めろよ,みっともない、大体あんたに関係ないだろ」

その言葉に顔を上げたアリサはビリーをキッと睨みつけた。目には涙がにじんでいる。

「あなたの言うそのみっともないことを、あなた自身がしている事にどうして気が付かないの」

「うるさい、黙れ」

「うちの子が申し訳ありません」

頭を下げ続けるアリサにビリーは泣き叫んで土下座をやめさせようとした。

「俺の事、自分の子だなんて思ってもないくせに、死んだ自分の子の身代りじゃないか、俺の事なんて、俺の事なんて・・・」

あのどんな時でも強気のビリーが子供の様に大声で泣き出した。

 アリサがギュと抱きしめた。

「離せよ、母親でもないくせに・・・」

言葉とはうらはらにビリーはアリサに体をゆだねていた。

「ごめんなさい・・・お・・・母さん」

 ビリーの母親はルビーというベルシやネコだった。気位の高い高嶺の花の様な存在で、そのルビーを射止めたのが警官のエースだった。エースとルビーは結婚してすぐにビリーが生まれた。難産だったルビーはビリーを溺愛した。周りに美しい母だと言われビリーも鼻が高かった。しかしその幸せは長く続かなかった。ビリーが三才の時、ルビーは病気であっけなく亡くなった。

 エースの悲しみはそれはそれは凄まじかった。しかし現実では男で一つでビリーを育て無くてはならなかった。

 そこで村長に紹介されたのがアリサだった。二人はすぐに結婚し一年後には子供ができた。しかし子供は生まれてすぐ亡くなってしまった。その子はビリーに瓜二つだった。アリサは子供を失ってからビリーを溺愛した。アリサは死んだ我が子の身代りにビリーを育てているだけ、悪い噂が立ち、物心付いたビリーの耳にも入っていた。それからビリーは今のビリーになった。アリサと口を聞かなくなり素行も悪くなった。そして今回の事件を起こした。ても、この件でビリーとアリサは本当の親子になった。

「グリン、ごめん・・・俺、俺」

ビリーはやっと自分のした事を謝った。

 グリンはうなずくとジルバに向かって話し始めた。

「最初はガラスのコップを割ることが目的だったんだと思います。僕の目の前でコップは割られてしまった。それで逃げる途中樽を倒したんです」

 そう言うとかばんからタオルを取り出しそれをひろげた。

「村長、これが見えますか?」

 皆がこぞってのそきこんだ。

「何もない・・・」

 誰かが言った。大人達は皆ガラスの破片が見えなかった。それどころかニコ達グループ以外の子供達も何もないと口をそろえて言いあった。

「グリン、まだあの遊びを続けていたのか。ごっこ遊びをする歳でもないだろう」

ジルバはグリンの頭をなでた。

「そうですか」

グリンは納得したように言った。

「村長さえ、ただあなたさえ僕を信じてくれていたらと思ったんですが、やはり無理なんですね。だってあなたは村長だもの、子供の僕のたわごとなんて耳を貸していては大勢のオアシスの者達を守る事など出来ないですもの、それは正しい事だと思います。でも・」

グリンはもう一歩前ヘ踏み出した。

「僕もこのオアシスの一員なんです。こんなちっぽけな僕でもこのオアシスの者なんです。このオアシスを救いたい、救えるかなんて正直分からない。僕のした事で何が起こるのさえ分からない。でも何かが起こる、それも良い事が・・・女の子さんは約束してくれたんだ」

グリンはガラスの破片の入ったタオルを天高く掲げた。

「グリンは女の子達に食料を採って越させそれを自分の手柄にして、その間に毎日サバクに通ってたんだ」

 アルが遠慮がちに応えた。

「なんだって」

 エースが顔色を変えた。

 ジルバはまゆを動かしただけで何も言わなかった。

「その事は謝ります。ニコ達女の子に僕が集めなければならない食料を採ってもらった事は悪い事だと反省してます。だけど今はその行為に甘えさせてもらって、僕は双葉への水やりをやめることはできないんです、でも・・・もうできないんです」

 グリンはその場に座り込んでしまった。涙がとめどなく溢れた。もう間に合わない、コップも水もなくなってしまった。もう女の子さんとの約束を果たす事は出来なくなった。グリンは悔し涙を流した。

「女の子達が自分の水を双葉への水やりに使っているグリンの為にアメを作ったんです。それを盗んだのは僕です」

アルが告白した。

「ビリーがアルに命令したんだ。僕も加担しました。ごめんなさい」

サスケも白状した。

 泣きじゃくっていたビリーもアメをとった事は認めた。

「てもアルとサスケはアメを返してくれたんだ」

グリンが言った。

「え、そうなのか」

ビリーは驚いた。

「俺たちそこまで悪党になれなかったんだ」

 サスケが口を挟んだ。

「ビリーはとにかくグリンが女の子にチヤホヤされている事が気に食わなかったんだ」

 アルが説明した。

「ビリー、もうお前の悪事に加担するのは嫌だ。アメを取る事は協力はしたさ、でもコップを割ったり水樽を倒したり、お前はおばさんと上手くいってないのをグリンに腹いせしているだけだったろ。あいつはすごい事をしようとしているのにその邪魔を俺らにさせた。でも俺もアルもそんな事したくなかったのに、俺らを手下に悪さをさせた。俺達はなんだよ、俺とアルはもうお前と縁を切ろうと思っていたんだ。

「ごめん、俺自分の事でいっぱいいっぱいでなんでも言う事をしてくれるお前らを下に見ていた。ごめん、ごめんなさい」

「でも、今のビリーお前ならなってもいいぜ、友達に」

アルとサスケはうなずいた。

「俺と友達になってくれ」

涙を流してクシヤクシヤの顔をしてビリーは懇願した。

「泣くなよビリー、俺ら友達だろ」

ビリーとアル、サスケは抱き合った。所々でもらい泣きして涙を流す者達もいた。

「村長、お願いします。グリンに水を与えても下さい」

エースが頭を下げた。

 わかった、シュナウザー後十日分グリンに水をやってくれ。

「皆も自分の仕事に戻りなさい」

ジルバの一声で集まっていた者達は一斉に散らばって行った。

 グリンの水はすぐ補充された。

「この水はお前の好きに使うといい」

ジルバはただそういっただけだった。

「水があってもどうしようもない」

グリンは水樽の前でため息をついた。

「ん?」

突然かばんが軽くなった。

「もしかして・・・」

グリンはかばんからタオルを取り出した。そこにガラスの破片がなかった。グリンは急いで水樽の蓋を開けた。そこにガラスのコップは完全な形で浮いていた。  

 グリンはコップに水をなみなみ入れた。封をしてかばんに入れた。そして駆け出した。家を出てサバクに向かって今までで一番というほどの力で走り続けた。夕日が背中を負って来た。

「間に合った!」

グリンはコップの水を双葉に注いだ。

 ハァ・・・全速力で掛けてきたグリンは息も絶え絶えだった。女の子さん、ありがとう。水筒の水を飲んでグリンはつぶやいた・・・苦いや


 グリンがオアシスへ帰って来たのは暗くなってきてからだった。サバクの入り口にはヒメミとニコが待っていた。

「この不良」

ニコがグリンの両ホホを引っ張った。

「痛いよ」

グリンはホホをさすりながら言った。

「どうだったの」

「間に合ったよ」

「やったね」

ニコがグリンに抱きついた。でもすぐに体を離した。

「馴れ馴れしいのよ」

「自分から抱きついたくせに」

「なんか言った」

「なんでもないです」

 グリンは後ずさった。

「私には理解出来ないけれど、上手くいったのね」


 次の日、ニコが朝早くグリンを訪ねて来た。シュナウザー博士が呼んでるという。グリンはコップに水を入れてきっちり封をしてかばんに入れた。

 シュナウザー博士はジルバの右腕と呼ばれる学者だ

 普段はジルバに頼まれた測量をしたり医者として新しい薬の開発を研究したりしている。

 ニコがもっとも尊敬する先生だった。ニコは将来医者になりたいと思っている。ニコが左耳に巻いているリボンはいざという時、そのリボンを包帯代わりに使う為だった。

「おはようグリン」

ニコの家の前でツユクサの水で花の水やりをしていたヨーゼフに声をかけられた。

「おはようございます」

グリンはベコッと頭を下げた。

「グリン、ブドウジュースを持って行きなさい。ヨーゼフは花の水やりをやめてグリンに近づいて来た。

「ブドウジュースならあるんです、ニコにもらったのが」

グリンはかばんからブドウジュースの小瓶を出した。

「瓶の数が合わないと思ったら・・・」

ヨーゼフはニコをチラッと見た。ニコは素知らぬ顔をした。

「え、ごめんなさい。僕勝手に飲んでたんですか」

「いいの、うちのブドウジュースなんだから」

 ニコは涼しげな顔で言った。

「グリン、瓶をかしなさい。一杯まで入れてきてあげよう」

グリンはヨーゼフに小瓶を渡した。

「早くね、これからシュナウザー博士の所に行くんだから」

 ニコはヨーゼフを急かした。

「勝手に持ち出したんなら言ってよ」

「だからうちのなんだからいいの」

「またせたね」

ヨーゼフは大小二本の瓶を持って来た。

「グリン、これを」

なみなみとブドウジュースの入った瓶を渡された。

「ありがとうございます」

グリンは大事そうに受け取った。

「これは博士に、ブドウ酒だ」

ニコが受け取った。

「博士は僕に何の用だろう」

グリンは尻込みしていた。

「しっかりしなさい、別にとって食われるわけじゃなし」

「怖いこと言わないでよ」

「ここよ」

ニコがドアをノックした。相手の返事も待たずにニコは中に入った。

「勝手に入っていいの」

「いつもの事だからいいの」

ニコは部屋の奥へと進んだ。グリンは首を大きく回して部屋を見渡した。壁一面は本棚で本がギッシリ詰まっており、本棚に入り切らない本はテーブルに平積みされていた。

「博士、グリン連れてきたわよ、それとこれ父さんから」

 ニコはテーブルの少しの空いている所にブドウ酒の瓶を置いた。

「いつもすまんの」

壁に立て掛けたハシゴから降りながらシュナウザーは言った。

「はじめましてでしょ、シュナウザー博士よ、こっちがグリン」

ニコの完結な挨拶にシュナウザーとグリンは握手した。

「博士、なんでも聞いて」

本で埋まったソファから本をどかすとニコとグリンは座った。ハシゴから降りてきたシュナウザーはテーブルの前にある椅子に座った。

「忙しい所悪いね」

シュナウザーがグリンに優しく声を掛けた。

「いえ、僕なら大丈夫です」

「何から聞こうかの」

 グリンは固くなった。

「そう身構えなくてもいいよ、リラックスしなさい」

「無理よ、グリンは気弱で緊張しいなんだから」

 ニコがため息交じりに言った。

「話はニコからあらかた聞いてはいるんだが、信じられない事ばかりでな。昨日は割れたガラスのコップが元に戻ったと言うし、君の言う女の子さんというのはえらく親切な子なのだな」

シュナウザーはあごひげをなでた。

「僕もそう思います。女の子さんは双葉への水やりを応援してくれているだと思います」

「今、コップは持っているのかい?」

「はい、ここに・・・」

グリンはかばんからガラスのコップを取り出した。

 シュナウザーはグリンの行動に手元にコップがあるのだろうと推測した。しかしシュナウザーにはそのコップは見えなかった。

「触ってもいいかい」

「博士、コップが見えているんですね」

グリンの顔が明るくなった。

 シュナウザーはコップがあるであろう場所に手を差し出した。シュナウザーの手はくうを掴んだ。グリンにはシュナウザーの手がガラスのコップをすり抜けた。

「見えないんですね」

 シュナウザーはうなずいた。

「ワシは科学者だ。眼の前にあるものしか信じらない、残念だか・・・」

グリンは気を落とした。

「何で、コップはここに在るのに」

グリンの目から涙がとめどなく流れた。


 シュナウザーの家をあとにしたグリンとニコは朝ご飯を食べる為、炊場に着いた。そこにいた大人達はグリンを見て一瞬静まり返った。でもすぐに勝つ気が戻った。

「まるで腫れ物を触るみたいね」

 ニコはわざと大声で言った。

「無駄よ、後十日でこのオアシスを出て行く準備に大人達は大忙し。子供のたわごとに付き合う余裕なんてないのよ。まぁ私も子供のたわごとの一員だけどね」

そう言うとアイラはペロッと舌を出した。

「おおいグリン」

 声を掛けたのはアルだった。サスケとビリーもいる。

「おはようグリン、俺・・・俺」

「まるで借りてきた猫じゃない、あんたらしくないじゃない」

ニコがビリーの背中を叩いた。

「ニコは相変わらずだな、俺の事許してくれないと思ってた」

「そうね、昨日の水やりが失敗してたら許してなかったでしょうね」

「え!コップは割れたんじゃ」

「気まぐれな神様が助けてくれたのよ」

 ニコはグリンのかばんからガラスのコップを取り出した。

「本当は後悔してもしきれない事をしてしまったって俺昨夜は眠れなくて・・・」

「でもお母さんに話聞いてもらったリして甘えられたんだよな」

「別に甘えてなんて・・・お前らに話さなきゃよかった」

ビリーの顔は真っ赤になった。

「目を輝かせて話しまくったの誰だよ。友達として聞いてやったんだよな」

アルがサスケに同意を求めた。サスケは静かにうなずいた。

「上手くいってるみたいね」

ニコはグリンにウインクした。

「終わり良ければ全て良し・・・てね」

「これから水やりに行くのか中に水を入れると結構重いんだな」

 ニコからコップを受け取るとビリーは言った。

「ビリー、何してるんだ」

アルの問いに

「何って、コップを・・・」

「これが現実なんだ。コップの見えるビリーの方がまれなんだよ。コップが見えるのはニコにアイラ、僕を手伝ってくれてる女の子だけなんだ。シュナウザー博士が興味を持ってくれたけどだめだったんだ。でもあと九日、頑張るしかないよ」


 それからの日々はあっという間だった。毎日同じ事の繰り返し、でも同じではない毎日。女の子達にもらったアメもなくなって自然とツユクサの水を飲む頻度が増えていった。

「最近、なんかやつれてない」

「そうかな」

 グリンはニコの問いに答えた。

「毎日あれだけサバクを往復してたら体も疲れるよ。でも明日で終わりだね」 

 ニコはオアシスを見渡した。たくさんの荷車に水と食料を積み込んでいた。

「明後日にはここを出て行くんだね」

「何言ってるの、明日あんたが水を上げたらいい事があるって女の子に言われたんでしょ」

ニコはまるで他人事の様に落ち着いていたグリンの両ホホつねった。

「痛いよ・・・」

「いい、あんたの行動がオアシスを救うかもしれないんだから責任重大だからね」

 そう言ってニコは鼻息荒く帰って行った。

 グリンも帰ろうと振り返ると急なめまいが襲った。

「ホントに疲れてるのかな」

グリンは家へと歩きはじめた。足取りが重かった。

「今日は早く寝よう」


家では両親が慌ただしく働いていた。荷車に薪をうず高く積み上げていた。

「グリン、荷車を広場まで運ぶの手伝ってくれ」

ロティの引く荷車を後ろから押した。全く力が入らない。

「グリン、ちゃんと押してるか」

 ロティはちっとも軽くならない荷車を引きながらグリンに言った。

 グリンは力が入らないなりに荷車をあげると押した。広場に着くなりグリンは座り込んでしまった。

「グリン、他の邪魔になる。帰るぞ」

グリンは立ち上がりトボトボと歩きはじめた。

「グリン、遅いぞ。先に食事に行くか」

帰りかけたロティは炊場へ向かった。

 モリモリ食べるロティを尻目にグリンは食欲がなかった。

「父さん、僕先に帰るね」

グリンは何も口にしなかった。

 話に夢中になったロティはああとだけ言った。

 家に戻ったグリンに、ロティは食事に行ったと伝えた。

「私も手伝いに行くというヒメミにグリンはもう寝ると伝えた。顔色の悪いグリンに風邪かしらと額に手を当ててみた。熱はないみたいね、あんたにとっては明日は大事な日なんだからゆっくり休みなさい」

ヒメミはグリンを気遣って出掛けて行った。

 グリンはすぐにでも横になりたかったが貯蔵庫に行き樽の水を一滴残さずガラスのコップに注いだ。シュナウザー博士の計算通り水はコップのふちまでピッタリと入った。コップにしっかりと封をしてグリンはコップをかばんに入れた。そしてやっとグリンはベッドに倒れ込んだ。


 グリンが双葉に水を与えて一ヶ月、オアシスの者達もグリンの行動が気になっていてグリンの家周りにはオアシスの者達で埋め尽くされていた。

「グリン起きてるの」

ヒメミがグリンの部屋に入るとすぐにヒメミは悲鳴を上げた。外がざわめいた。

 ヒメミの悲鳴を聞き付けてロティがグリンの部屋に飛び込んだ。ロティは言葉が出なかった。そこにはかばんを掛けたグリンが床にうつ伏せにたおれていた。その口元は真っ赤な血で染まっていた。かなりの血を吐いたのか小さな水たまりが出来ていた。グリンの意識はなかった。

 ロティはグリンを抱えると玄関の戸を思い切り開けた。

「どいてくれ、通してくれ」

ロティは病院に走った。

「リリー、グリンを助けてくれ」

「どうしたの、口の周りが真っ赤じゃない。どのくらい吐いたの」

リリーはグリンからかばんを外すとベッドヘ寝かせた。口の周りの血を拭いて清潔にすると点滴を始めた。

「昨日、顔色が悪くて、私はただの風邪だとばかり、グリンも疲れたから寝るって。血を履いたのは今朝だと思います。かなりの量の血を履いたと言うことで今は栄養剤を点滴してます。でも、原因が分からないと治療法もどうしていいか・・・」

ヒメミは泣きじゃくった。

「グリンの容態はどうなんじゃ」

シュナウザーが病室に入って来た。村長のジルバも一緒だった。

「ちょうど村長が来ていてな、一緒に来ると言うので来てもらった」

「グリンの容態はどうなのだ」

ジルバの問いに答えようとした時、病室のドアがおもいきり開いた。

「ママ、ニコを連れてきたわよ」

 アイラがニコの手を引っ張って来た。

「パパ、なんで村長が・・・」

言いかけたアイラの言葉を切る様にニコはアイラの手を振り切ってグリンの元へ駆け寄った。

「グリン、グリン目を開けて」

ニコがグリンを激しくゆすった。

「ニコ、気持ちは分かるけど・・・」

 リリーがニコの手を止めた。

「ニコ、あなたに聞きたいのよ、グリンは大量の血を吐いたの。心当たりはない、何か毒を口にしたとか・・・」

「毒?」

ニコは涙を拭いた。

「ツユクサの水を・・・グリンは毎日飲んでた。村長が泉の水をくれなかったから、自分の飲み水を双葉に与えてたの。女の子との約束で泉の水を毎日掛けるよう言われてたの。だからグリンの飲み水はなかった。皆が水を分けようって言ったのにグリンは皆の生命の水をもらうなんて出来ないって・・・ツユクサの水を毎日水筒一杯この一ヶ月飲み続けた。おばさん達にバレないように我慢して苦しい顔は見せなかった。あの苦味を少しでも紛らわしくしようとアメを作ったけれどビリーに取られてすぐ無くなってしまったし、私がブドウジュースを渡しても遠慮してあまり飲まなかった。グリンってそういう子なの。気弱なくせにへんな所がんこで・・・私が思いつくのはこれだけ。博士、でも私達毎日歯を磨いたりうがいをしたりツユクサは口にしてるわ。私達なんともないじゃない、やっぱりツユクサは関係ないの?」

 ニコはすがる様な目でシュナウザーを見つめた。

「大ありだ。水筒一杯のツユクサの水を一ヶ月も飲み続けるなんて信じられん」

シュナウザーは驚きを隠せなかった。

「ツユクサの水は我々の生活には欠かせないものだ。昔からツユクサの水は飲まれてこなかった。いや、あの強烈な苦味で飲むことが出来ない様に出来ていた。まるでツユクサが飲料水には出来ないと自分から言っているようなものだ」

シュナウザーはあごひげを触りながら言った。

「うちの書庫にもツユクサ関連の本は何冊かある。しかし猛毒と記述されたものはない。もうてんだった」

ニコは涙をためてシュナウザーにすがり付いた。

「博士、毒消しを・・・グリンに飲ませて」

シュナウザーはニコの両肩に手を置き優しく言った。

「ニコ、すぐには無理なんじゃ。毒の種類が分からなければどの薬を与えていいか・・・」

「片っ端から使ってみてよ」

ニコが食い気味に訴えた。

「それは難しい事なんじゃ、グリンは衰弱しきっている。もし薬が合わなかったらグリンは死んでしまうかも知れない」

「そんな、嫌よ。グリンが死ぬなんて」

 ニコは大泣きした。

「ニコ、一番強い毒消しを試してみよう」

リリーが薬棚から点滴のパックを持って来た。

 栄養剤の点滴から毒消しの点滴に差し替えた。

「後は見守ろう」


病院の前にはオアシスの住人殆どが集まって来ていた。 

 最後の日に病気だなんて、賭けてたのに大損だ。

 ニコが水やりを代わりに行ったら。

 ごっこ遊びだって聞いたぞ。

 病院の外は大騒ぎになっていた。

「静まれ」

 ジルバの一言でその場は静まり返った。

「グリンは大丈夫だ。今点滴をうって眠っている。お前達は自分たちの仕事に戻りなさい」

蜘蛛の子を散らす様に皆散って行った。

「あとは頼んだ。何かあったらすぐ知らせてくれ」

ジルバはシュナウザーに託し一度家に戻った。明日の引っ越しでジルバもバタバタしていた。


 病室にはニコとヒメミ、ロティが残っていた。

 リリーはせわしなく病室を出たり入ったりしていた。シュナウザーはグリンから採血した血液を持つて出て行った。アイラもシュナウザーに呼ばれ病室を出た。 

 シュナウザーは書庫ヘ向かった。

 あの大量の本の中テーブルのわずかに残るスペースに顕微鏡を取り出した。グリンの血を顕微鏡で覗きながら本をめくっていく。

「とにかく毒と名の付く本を全部持ってきてくれ」

「持って来いと言われても、こんなゴチャゴチャの本棚から探せつて言うの、せめてジャンル別に整理しなさいよ」

ぶつくさ言いながらもアイラは何冊か本を抱えて持ってきた。

「なんかわかったの」

「確かに似た判例を見た事があったはず・・・あった。全く同じじゃないが、この解毒剤が聞くかもしれん」

 二人は病院の薬剤所で作った点滴をグリンの病室ヘ届けた。点滴を付け替える。一時間程点滴をした頃

「うーん」

 グリンは目を覚ました。

「グリン、あゝグリン」

ヒメミはグリンを抱きしめた。

「眩しい」

グリンの目に夕日が差し込んだ。

「え、もう夕方」

グリンはベッドから飛び起きた。

「イタタタ」

グリンは点滴のハリを引き抜いた。

「グリン」

 ニコが抱きついた。

 その二人ごとヒメミとロティが抱きしめた。

「まぁまぁ」

 病室に入って来たリリーは目を輝かせた。

「あなた、あなた」

リリーに呼ばれシュナウザーが病室に駆け付けた。

「グリン、良かった」

アイラがグリンに駆け寄り抱きついた。団子状態になったグリンは苦しそうにもがいた。

「皆、離して。双葉にお水あげなきゃ」

 全員一旦離れてグリンは人ゴゴチついた。

「何言ってるの、そんな身体でサバクになんて出させないわ」

ヒメミが言った。

「僕なら大丈夫だよ」

「あの解毒剤がここまで効くとは」

グリンは自分に起こった事を詳しく聞いた。

「もうツユクサ飲むのやめよ」

 アイラが思わず吹き出した。つられて笑った。

「何がおかしいの」

キョトンとするグリンにアイラが言った。

「だってまるでひとごとみたいなんだもの」

 和気あいあいとしてる場合じゃなかった。

 グリンはベッドの横に置いてあったかばんを担いだ。

「今日が最後だよ。行って来ます」

もう誰もグリンを止める者はいなかった。


 シュナウザーに言われ、ジルバに会いに来た。

「もう日が沈む。ライナー途中までグリンを送ってくれ」

チーターのライナーがグリンのそばに来て言った。

「早く俺に乗れ、いくら俺の足が速いといってもギリギリだからな」

 グリンはライナーの背に乗ってしがみついた。

 ライナーは役場を飛び出した。グリンは今にも振り落とされそうになりしっかり掴み直した。

 オアシスの中を横切ってサバクヘ飛び出したグリンの姿に皆ざわついてグリンを追いかけた。しかしもうそこにグリンの姿はなかった。 

 ライナーのおかげでサバクをかなり進んだ。夕日が沈みかけていた。

「ライナーさん、ありがとうございます。ここで下ろして下さい」

 ライナーはグリンの言われた通りの場所で止まった。

「どうした、まだ三角岩まで距離はあるぞ」

「すみません、女の子さんとの約束でここからは僕一人で行かなくちゃならないんです」

「そうか、俺はここで待ってる、行って来い」

ライナーに背中をポンッと押されグリンはべコリと頭を下げた。

 サバクの砂がグリンの行く手をはばむ。一所懸命サバクを歩いた。もうちょっとで双葉のところまで近づいた。

 グハッ・・・グリンが突然血を吐いた。体から力がが抜ける。グリンは両足を付いた。

 ライナーは慌てて声を掛けた。

「ライナーさん、お願いだからそこから動かないで」

ハァハァ、グリンはまた血を吐いた。

「グリン」

ライナーの横を通り過ぎようとするヒメミの腕を掴んだ。

「ここから先には行ってはだめです」

「そうよ、そこからおチビちゃんに駆け寄っちゃこの話は無しよ。それにしてもすごい野次馬ね、誰もおチビちゃんを信じなかったのに・・・」

そこに突如現れたかさを差した女の子がふわりと宙に浮き現れた。その傘の上だけ雨が降っていた。

「やはりグリンの言葉は真実だったか」

ジルバが一番前に現れた。

「グリンが嘘つく訳ないでしょ」

ニコとアイラ、グリンを信じて協力してくれた女の子達もう前に進み出た。

「前を通してくれ」

ビリーか前に進めなかった所へ、アルとサスケが通り道を作ってくれた。ビリーはその道を通って前ヘでた。そんな・・・ビリーは前方で血を吐くグリンの姿に愕然とした。

「グリン、立って」

ニコが泣きながら叫んだ。

「あの薬も一時しのぎであったか」

 シュナウザーが通る道はオアシスの住人達が率先して作った。その道を進みシュナウザーも前に出た。

「おチビちゃんも大人気ね」

「お願いします、グリンをあの子を助けて下さい」

 ヒメミが懇願した。女の子は首を振る。

「私はただの見届け人。おチビちゃんの手助けは出来ないわ」

 グリンは血を吐きながらも、一歩ずつ前に進んで行った。

「おチビちゃん、皆が応援してくれてるわよ」

「大丈夫、絶対間に合わせる」

グリンは力を込めて進んで行った。今にも夕日が沈みかけていた。そしてグリンは双葉までたどり着いた。かばんからガラスのコップをあげると封を開けた。夕日が完全に沈んだ、辺りが真っ暗になった。

「残念ね、この約束は果たされなかった」

女の子の言う様にガラスのコップはまだ水が入ったままだった。

「グリン、グリン」

ヒメミを筆頭にグリンの仲間たちがグリンのもとに駆け寄って来た。野次馬達はその場で立ち尽くしていた。

「グリン、グリン」

 穏やかな顔で眠っているのか、グリンは動かなかった。

「グリンは死んだわ」

一番聞きたくない言葉だった。

「冗談やめてよ、ねえ、目を開けて、ねえ・・・」

呆然としているヒメミの隣でニコか泣きじゃくった。皆も涙を流した。

「あなたがここで一番偉いの」

 ただ一人涙を流していないジルバに女の子は問いかけた。

「村長のジルバだ」

 ジルバは凛として応えた。

「あなた、本当はこの双葉の事信じてたでしょ。でも村全体の事考えて見て見ぬふりをした。貴重な水をおチビちゃんに渡すわけにはいかなかった。おチビちゃんの頑張りに免じて教えてあげる。これから一時間後砂嵐がオアシスを飲み込むわ。家などすっぽりと覆ってしまう程の巨大なものよ。もう外では生活出来なくなる。これは自然の摂理だから誰にもどうしようも出来ない。でもおチビちゃんが双葉の水やりに成功していたらこの双葉はあっという間に巨大な大木となって砂嵐を防いでくれたの。そして地下水脈から水を吸い上げて新しいオアシスになるはずだったの。それを失敗したからには早くオアシスヘ戻って避難の準備をしなさい。外に出しているものは全て室内に窓をすべて閉めて全員家から出ない事。この砂嵐はいつまで続くか一ヶ月か半年か、それ以上が覚悟が必要よ。

「オアシスヘ戻るぞ」

ジルバが大声で言った。

「すぐに全員オアシスヘ戻るんだ。足の遅い者は足の早い者に捕まって急いで戻るんだ。時間がない」

まだ泣いていたニコが涙を拭った。 

「私達も行きましょう。おば様、グリンを離して」

ヒメミは強くグリンを抱きしめ動かない。

「ヒメミ、残念だがグリンはここへ置いて行こう。ロティがヒメミとグリンをひき放した。

「ライナーさん、私と妻を運んでくれませんか?」

「もちろんだ、さあ乗って」

放心状態のヒメミをライナーの背に乗せて落ちないようにロティがライナーにつかまった。

「さよなら、グリン」

ニコはグリンのホホにキスをした。

「行きましょう!」

ニコの号令でその場から全員がオアシスヘ向かった。もう日が暮れて真っ暗の中、夜目の効く動物達は信じられない速さでオアシスヘ戻って来た。

「荷車の積荷を全て教会の貯蔵庫ヘ運べ。おのおの荷作りしたものを持って教会ヘ避難するのだ、家の窓や戸口はしっかり鍵を掛けるのを忘れるな。

 ジルバの的確な指示によりゾクゾクと荷物を抱えた者達が教会に集まった。教会のドアもきちっと鍵を掛けた。その時だった。ごーっと地響きが起き窓の外は砂を舞い上がらせた。

 カランカラン、教会の鐘が激しく鳴った。皆肩を寄せ合っておびえていた。

「全員居るか」

ジルバが鐘に負けないくらい大声で叫んだ。

「うちの子がいないんです。うちのグリンがとこにもいないんです。うちの子はまだ外に取り残されているんだわ。扉を開けて」

 ヒメミは扉ヘ近づいた。

「ヒメミ、やめなさい。あの子は、グリンはもういないんだ。

ロティは息を大きく吸ってヒメミの両肩に手を置いた。 

「グリンはもういないんだ、あの子は死んだんだよ」

ヒメミは崩れ落ちて号泣した。ヒメミにつられあちこちですすり泣きが聞こえた。

 あんなに激しく鳴り響いていた鐘の音がピタリとやんだ。

「上を見てきます」

 ライナーが軽やかに階段を駆け上がった。

 ライナーは最上階のステンドグラスまで砂がかぶっているのを見て階段を降りて来た。

「村長、砂が鐘までの高さまで来ているようです」

「この教会にまで・・・今考えても仕方がない、女衆食事の用意をしてくれ」

「この燭台を使ってください」

シスターマリアが燭台を二本持って来た。

「この教会も古くて隙間風が入るんです。でもそれが換気になって酸欠を防いでくれてよかったわ。

 マリアの言う通りあちこちから砂が風に吹かれて舞い上がった。

「換気の為に二ヶ所残して他のすき間はふさごう。男衆手伝ってくれ」

ジルバの指示どうりすき間をふさいでいった。

 かなり砂が入って来てた部屋の祭壇に換気の為のすき間が残された。

 食事が終わってもほとんど食べていない者が多かった。

「ムリにでも残さないで食べてほしい、ゴミを極力出さない様に・・・ゴミは台所に集められる。くさると病原菌が発生する恐れがある、今日の料理も野菜は皮もくきも葉っぱも使い切ってくれている。皆協力してくれ」

ジルバは頭を下げた。皆ざわついて食事を再開した。子どもが残したものは親が、家族で皆食べきった。台所にはツユクサが引かれていたので洗い物は心配なかった。

 夜とも昼とも分からない真っ暗な教会の中で最初の夜は過ぎた。長椅子を並べられた礼拝堂に皆疲れ果てて眠った。

 ジルバとライナー、シュナウザーが二階の応接室で話し込んでいた。この状況がいつまでも続くと皆の不満も爆発するだろう。

「一週間・・・最初の限界はそこだろう」

 シュナウザーが言った。

「日光にも当たらず砂の舞い上がる部屋で何もすることもなくただ三食の食事だけ無理に食べさせられる。おかしくならない方がおかしいだろう。それにヒメミのこともある」

「そんなに悪いのか?」

「食事の時も、グリンが居ないとおかしくなった。グリンが一緒じゃなければ食べないと・・・だから三階のシスターマリアの部屋のベッドで寝かせてある。点滴で栄養剤を与えている。今はロティとニコがついててくれている。あの子は強い子だ、グリンとも一番仲が良かった。本来ならあの子もヒメミの様に泣き叫んでもおかしくないだろうにじっと我慢している」

 シュナウザーはひげを触った。

「二人とももう休んでくれ。ニコとロティも休ませないと」

「シュナウザー博士が休まないのに我々だけ休むわけにはいきません」

「誰も休まないとは言ってない、あんたらが起きたらワシも休ませてもらうからな」

 そう言うとシュナウザーは三階へ上がって行った。


 ジルバとライナーが下に降りると起きてる者、眠ってる者、暗闇が怖いと泣く子どもとまちまちだった。

「少し休もう」

ジルバとライナーは長椅子に寝そべった。


 どれくらい経ったのかジルバが目を覚ますとライナーの姿はなかった。腹が減ったので台所に行くと貯蔵庫から出て来たライナーにあった。

「村長、お腹空いたんじゃないですか」

手にはカゴいっぱいの木ノ実が入っていた。

「肉の実とブドウ酒はそこにありますから、セルフでお願いします」

 木ノ実のカゴをテーブルの上に置くと女衆は喜んでライナーに礼を言った。

「ライナーさん、助かったわ。これで私らも楽させてもらえるし」

「いえ、こちらこそ、配慮がたりなくて申し訳ありませんでした」

「村長、あんたの部下はよく働くね」

女衆は台所から出ていった。

「食事ですが、皆が同じタイミングで食べなくてもいいように台所に食料を並べて置きました。女衆も食事の用意に掛り切りにならなくてはすみますから」

ジルバには目からウロコだった。自分は女衆の事など何も考えていなかった。


 それからは酔った者同士のケンカ、ぐずりだす子どもの世話、すき間から入った砂のかき出し、砂は天井裏に運び込んだ。大きなトラブルもなく一週間が経った。

「ようやく一週間か」

ジルバとライナー、シュナウザーが話し合っていた。

「思った程のトラブルもありませんでしたね」

ライナーの言葉にジルバは首を振った。 

「いや、皆今はただ疲れ切って居るだけだろう。もし暴動が起きたら・・・若者達は抑え込み無理だろう」

その時、ドアが激しくたたかれた。すぐに扉が開いた。

「シュナウザー博士、すぐいらして下さい」

シスターマリアが息を切らせて駆けつけて来た。

「何かあったのか」

 シュナウザーはあごひげを触った。

「急病人です、それも一人じゃありません」

シュナウザーとジルバはあわてているマリアの様子にすぐに部屋を出た。

 ひと目見ただけでシュナウザーは状況を把握できた。そこには体中発疹が出た者達が、苦しんでいた。

「パパ、どうしよう。さっきまで一人だったの、その後三人、五人って・・・」

シュナウザーにはあきらかにそれが伝染病である事がわかった。

「アイラ、お前は大丈夫か」

「私もシスターも何ともないの。他の女の人も誰も。男の人だけ発疹が出てるの」

発疹を出した男達は高熱を出していた。今のシュナウザーには解熱剤を注射する事しか出来なかった。何が原因の伝染病かわからなかった。発疹を顕微鏡で調べてもあれ程医学書を読み漁っているシュナウザーにも見たことのないウイルスだった。

「パパ、解熱剤なら私とシスターでどうにでもできるからこの部屋から出て行って。村長も病気が伝染るといけないから」

シュナウザーとジルバはアイラの言葉にしたがった。上の階へ上がって来た所でニコと鉢合わせた。ニコと一緒にヒメミの寝ている部屋へ戻った。

「何があったの」

シュナウザーはいきさつを話した。

「空気感染ではないだろう。発症が早いからワシにはうつってはないだろうから。ロティはこの部屋を出ない事、ニコもここでヒメミの看病を続けてくれ」

「分かったわ」

 今すぐにでもアイラ達の元へ行きたいのを我慢して言った。

「何冊か持ち出した医学書を上の部屋で読み漁ってみる事にしよう。一度下に降りて本を取りに行かねばならんが・・・」

「私が取って来てあげる」

ニコが手を上げた。

「大丈夫、すぐ戻るから」

いい終わらないうちにニコは部屋を飛び出していた。

 一階に降りたニコはまず両親を探した。

 病気にかかった者達とはうんと離れている一角に病気にかかっていない集団が震えていた。

「お父さん、お母さん」

ニコはヨーゼフとリラの元に駆け寄った。

「ニコ、あなたどこにいたの」

 リラが心配してニコにたずねた。

「上の部屋でグリンのお母さんの看病してるの、今はシュナウザー博士の医学書取りに来たの」

「そんな危ない事」

 リラの心配に

「この病気は男達にしか、かからないらしいわ。お父さん注意してね」

そう言うとニコはアイラの元へ向かった。

「アイラ、大丈夫。博士の医学書取りに来たんだけど」

「そこにあるから、持ってって」

 アイラは束ねてある本の束を指さした。

「何かあったらすぐ呼んで」

 ニコは本の束を持って階段を上がって行った。

「ご苦労だったね」

シュナウザーに声をかけられたニコは青ざめていた。

「ライナーさんが・・・感染した」

シュナウザーとジルバは言葉を失った。


 ニコをヒメミの元にいかせてからシュナウザーは周りが見えぬほど医学書に没頭していた。

 グリン、お前の事子どもだと思いバカにしていた。信じようとさえしなかった。お前は自分の命をけずってオアシスを助けようとしてくれたのに。グリン、お前がここに居てくれたら・・・いや、お前を信じてさえいれば・・・

「グリン、お前に会いたいよ」

ジルバはつぶやいた。

「本当にそう思ってる」

目の前に傘をさした女の子が現れた。傘の上だけ雨が降っている女の子がふわりと浮いていた。

「大丈夫、あの博士には私達のやり取りは聞こえてないし、私の姿も見えていないから」

「助けてくれ、いや助けて下さい。グリンを導いてくれた様にわたしを助けて下さい。なんでもします」

「助けるのは無理よ。もう起こってしまった事は覆らない、グリンが死んでしまった様に」

ジルバはうなだれた。

「でもおチビちゃんの事は私大好きだったのよ。死んでほしくなかった。それじゃあ、あなたにもチャンスをあげようかな、本当に特別なんだから」

女の子がそう言うとジルバはまばゆい光に包まれた。

「信頼と団結力、これが大事よ、グリンが子供達だけで作った物よりもずっと大きな・・・」


「お願いです。泉の水を僕に下さい」

 グリンが女の子と会った時の話をしているところだった。手にはガラスのコップを持っている。

 ジルバはグリンからそのガラスのコップを取り上げた。

「ここにガラスのコップがある。グリンの話が本当だと言う証だ。私には見えている。皆もグリンの話を信じてほしい。コップが見える者は居るか」

ジルバは問い掛けた。

「僕見えます、私も」

子供達が皆手を挙げる。

 大人たちは近くの者同士で話し合った。

 見えるわよ、ほらガラスのコップが、だから見えないって、あんた目が悪いんじゃない。皆ざわついた。

「これは我々の命に関わる事だ。グリンはこれから一ヶ月このガラスのコップで残り少ない水を砂漠に持ち出す。ここに居る全員に納得してもらいたい。グリンの言う通り一ヶ月後何かが起こるのは確かだ、それもいい事が。もうこのオアシスも豊かではなくなった。子供のたわごとと言わずしっかりと信じてほしい」

「しようがない、この俺にも見えちまった」

ひねくれ者のオオカミのジャックも手を挙げた。それをかわきりに大人達も次々と手が上がった、そして・・・全員の手が上がった。

「グリン、お前に任そう。このオアシスを救ってくれ」

皆から歓声が上がった。グリンは嬉しさのあまり泣きそうになった。

「皆さん、僕を信じてくれてありがとうございます僕がんばります」

グリンにむけて拍手が起こった。


 集会場から皆がいなくなると、ジルバがグリンに言った。

「毎日サバクを往復するんだ。水分はしっかり取りなさい。それとコップに入れる水は毎朝この樽から汲みに来なさい」

 ジルバはあえて水を汲みに来させることにした。これは毎日グリンの体調を確認するためでもあった。

 翌日からグリンは朝ごはんを食べた後大樽にコップを沈めた。そして並々に水を入れたコップにフタをした。

「水筒に水は入れてあるかい」

ジルバは優しく声をかけた。

「はい、水筒に満タンに入れてきました。これから行ってきます」

 グリンはジルバにあいさつして駆け出して行った。


 双葉に水を与えるとガラスのコップが消えてしまう事にグリンは最初動揺した。しかしコップが大樽に戻って来ていてホッとした。

 それから毎日グリンは出かけて行った。戻って来るなり色んな人からブドウジュースを進められ、嫌と言えない性格のグリンはブドウジュースだけで毎日おなかが一杯になった。

 そして最後の日、村人が全員グリンとサバクへ出かけた。グリンは子どもの事を考えていつもよりゆっくり歩いた。村の者達は三角岩の手前で歩みを止めた。ここからはグリン一人で行かなくてはならなかった。

 グリンは双葉の前にひざまずきかばんからガラスのコップを取り出した。その水を双葉に注いだ。静寂が続いた。誰もが息を殺してその時を待った。

「おめでとう、やり遂げたわねおチビちゃん。コップは返してもらうわよ。瞬間移動の様に女の子の手にコップは移動した。先程の静寂が嘘の様に女の子の出現に皆ざわついた。

「おチビちゃん、皆の所まで下がって・・・始まるわよ!」

 ゴーという音と共に地響きが起きた。

 それは信じられない光景だった。突然巨大な大木が現れた。まるで巨大な壁の様な大きさだったすぐ隣には三角岩が建っている為何物も寄せ付けない要塞の様だった。その木の根元からサバクが緑地となりそれはオアシスまで続いた。そして大木の根元から水が吹き出し巨大なプールが出来上がった。それだけではない、プールの周りにはたくさんの果物のなった木々がオアシスの門の所まで生え、枯れかけた泉は息を吹き返した様に湧き出した。民家にはその泉から引かれた手押しポンプの水道が引かれツユクサは一斉に枯れた。

 グリンの頑張りでこれ程の成果が起こるなど誰も考えてはいなかっただろう。

「この光景は半分はおチビちゃんの功績、ても後の半分はこの村の者達全員が信じ団結した皆の力よ」

 女の子は傘をくるりと回してにんまりした。

「でもまだ最後の試練が待ってるわ。直に砂嵐がやってくる。この村を覆い隠す程の強力な物よ。これを止めることは私にも出来ない。この大きな木がどれだけ食い止めてくれるか・・・」

女の子は哀しそうに言った。

「来るわ!」

ゴーという地鳴りと共に大量の砂を舞い上がらせ渦を作った。 

 ゴーと大木に叩き付ける砂煙に大木は激しく揺れた。

「皆祈ろう!」

ニコが皆の前で言った。

「信頼と団結力、これはこの村を豊かにすることだけじゃないわ、このオアシスを救う為ににも使うべきよ。ここにはオアシスの者全員がいる、皆で祈ろう」

ニコは祈りのポーズをとった。一人また一人と皆祈っていく。子どもは親のマネをして祈りのポーズをとった。全員が祈ると大木が光を放った。それと同時に砂嵐は渦を巻いて大空へ向かって消えていった。

「やった、やったよ」

 誰ともなく歓声を上げた。

「私が思った以上ね、おめでとう」

女の子は笑みを浮かべた。

「それじゃ、私は帰るわね。もう二度と会えないけど私の力なんて必要ないものね。おチビちゃん、あなたに逢えて嬉しかったわ」

「女の子さん、ありがとう」

 グリンは涙声で女の子を見上げた。

「泣くな、男の子」

女の子は空高く登り見えなくなった。

「いつまでも泣くな、男の子」

ニコはグリンをやさしく抱きしめた。


 それからしばらくして、もう村とは呼べない程広くなったその場所に大きな病院が建てられた。シュナウザー博士に院長を頼んだがアッサリ却下された。研究に忙しいから用がある時だけ呼びに来いとの事だった。

「何が研究よ、泣き叫ぶグリンから無理やり採取した血液なんか調べてなんになるのよ」

「娘よ、よく聞いてくれた!グリンがあの女の子に選ばれたのはグリンに勇者の血が流れているんじゃなかったと思ったんだが・・・」

「実際分かったのは?」

「おっとりしているからO型かと思ったら実際はB型だったと言う驚きと、まぁ後は健康優良児だって事はわかった」

「あ、そう」

 アイラは部屋の掃除を終わらせると、机に山積みになっていた本を抱えられるだけ持ち上げた。

「グリンも私も総合病院で健康診断受けたけどパパだけよ、医者の不養生になる前に健診に行ってよね」

 アイラは本を抱えまま付け加えた。

「せっかく立て直してもらった書庫に私とニコが何日もかけて分類したんだから要らない本は書庫に戻しといてね」

アイラはそう言って部屋を出ていった。


「嫌だよ、溺れても助けてくれないじゃないか」

「助けてるじゃないか、サスケが」

「十分溺れてからじゃないか、嫌だ、行きたくない」

グリンとビリーが小競り合いしていた。

「私達のグリンに何する気」

ニコ率いる女子軍団が現れた。ニコの肩には浮き輪が掛けられていた。

「グリンの泳ぎの特訓だよ。俺らの中で泳げないのはグリンだけなんだから」

「グリンはグリンなんだから泳げなくてもいいの」

ニコとビリーがにらみ合った。

「皆こんにちは」

白いレースの日傘を差したアリサが通りかかった。

「何してんだよ」

 ビリーがアリサの元に駆け寄った。

「これから病院に行く所よ」

「なんで親父が付いてないんだよ」

「それはお仕事があるし・・・ビリーは心配症なんだから」

「何いってんだよ、一人の体じゃないんだぞ。皆聞け、もうすぐ俺に弟か妹ができるんだぜ」

 ビリーの言葉に

「いいなー」

 皆、口をそろえて言った。

「俺ぬける、お母さんと病院に行ってくるから」

ビリーはアリサと手をつないで行ってしまった。

「そうとなったら話は別!グリン、あんたが泳げるようになるまで今日は特訓よ、赤ちゃん生まれたらあんたの相手してられないもの、ビシビシいくわよ。サスケ、グリンが逃げない様に捕まえて」

サスケは片手でヒョイとグリンを抱えた。

「そんな〜」


                    おしまい









 




 




めでたしめでたしおしまい

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