第9話 白竜街道
宿場街を出て、街道を少し進む。
丈の低い草の生える野原から草原へ、そしてすぐに深い森へと変わった。
王都への近道となる旧道は、そんな人気のない森林地帯にひっそりと存在していた。
「ねえテオ君。本当にここから入るの?」
「ここで間違いないよ」
僕は下草で埋もれかけた木製の矢印を指さした。
そこには『白竜街道』と書かれている。
鬱蒼と生い茂った深い森の奥へ、苔むした石畳が続いている。
とはいえ雑草や落ち葉や取り除かれていて、いまだ人の気配が垣間見える。
どうやら最低限の管理はされているようだ。
まあ、その先の山道は分からないけど……
「は、白竜街道……って、なかなかデンジャラスな名前だね……竜とか住んでるの?」
「森の向こうの山脈の名前だったと思うよ。白竜、ってのは多分、冬になると雪が降って真っ白になるからじゃないかな。今はそんな季節じゃないから心配ないと思う。それに一年くらい前に通ったことあるけど、さすがに竜は住んでいなかったよ」
「そ、そっか。ならいいんだけど」
ルカがほっとした表情になった。
竜の由来は分からないけど、多分火山地帯とかで雪が解けたところが、竜の形にでも見えたんだろう。
いずれにせよ、この辺に竜が出たという話は聞いたことがない。
というか、竜なんて出たらレナートをはじめ武闘派ぞろいな『貫きの一角獣』のメンツが大喜びで狩り尽くしてしまっただろうから、どのみち今、竜は山にいないことになるけど。
「ていうかこんな矢印、初めて見たかも」
心配事が減ったせいか、ルカは興味津々のようだ。
「馬車で移動していると気付かないよね」
冒険者見習いの主な仕事は、依頼前に行うダンジョン周辺の下調べだ。
そこに至るまでのルート選択と交通手段それに地理条件。
ダンジョン近くの拠点になり得る街。
そこで調達できる物資の種類などなど。
そういうことを、きちんと調べてパーティーがきちんと依頼をこなせるように段取る。
そんなことをしていたら、道の名前とかがやたら詳しくなっていた。
このへんは、すぐに冒険者になれてしまったルカには、あまり馴染みがないかもしれない。
「……そういえばテオ君は前のパーティーはクビになったって聞いたけど、テオ君みたいな有能なサ……支援職が抜けて困ってるんじゃない? その人たち」
ルカはあまり僕を冒険者見習い扱いしたくないらしい。
それが何となくこそばゆいのだが、僕としても特段訂正する気も無いのでそのままにしておく。
「……彼らはB級冒険者だ。一人一人で何でもできるから、何も困らないよ」
本来、C級以上の冒険者パーティーなら、サポーターを付ける必要はない。
下調べも物資調達も、ある程度のキャリアがある冒険者なら何が最適か分かっている。
レナートたちだってもちろんそうだ。……多分。
彼らは僕を待っていてくれていたにすぎない。
その期待を裏切ったのは、僕だ。
そもそも今回なぜクビになったかというと、『貫きの一角獣』は最難関と言われるダンジョン『魔王城』へ挑むからだ。
『魔王城』を始め……攻略難易度が極端に高いダンジョンのいくつかは、自分の実力がまだ分からない新人冒険者などがうっかり踏み込んだりしないよう、場所自体が秘匿されている。
アクセスできるのは、一定ランク以上の冒険者だけだ。
もちろん、冒険者にすらなれない見習いごときには、知るよしもない。
僕をクビにしてまでアタックするくらいだから、『魔王城』がとんでもなく危険なことだけは分かるけど……
「そっか。君が言うのなら、そうなんだろうね。でも」
そこでルカがちょっと怒ったように顔を赤らめて、言った。
「今は、私がパーティーメンバーだから。そこはちゃんと分かっておいてよね?」
「う、うん。……ありがとう」
彼女の言う通りだった。
今は、ルカと組んでいる。
彼女を差し置いて、前のパーティーのことを考えているヒマはない。
僕も前を向いて、足を踏み出さなきゃダメだ。
◇
「道、なくなってるね……」
「だね……」
旧道は想像以上に過酷だった。
現街道から入ってしばらくは良かった。
その周辺はどうやら地元貴族か何かの狩猟場があるらしく、きちんと道が整備されていたのだ。
だが、それを過ぎると、状況が一変した。
石畳の間からは雑草が好き放題に伸び、道の端は落ち葉や茂みに覆われ、本来の道幅がどの程度だったのか全く分からなくなってしまっていた。
おまけに山脈に近づくにつれ、道の起伏も激しくなってくる。
今はもう、獣道に毛が生えた程度だ。
ここまでいくつ小さな峠、小さな沢を越えてきたかわからない。
とはいえ、ルカの剣の腕は確かだった。
たまに魔物が出現したけど、そのほとんどを一撃で斬り捨てていた。
今は新人だけど、もうすでに強いのだ。
そして、今。
もう山脈のふもとまで来ている。
この辺りまでくると、いよいよ地形が険しくなる。
僕らの目の前には、行く手を阻むように、深く切れ込んだ谷川が横たわっている。
谷には木製の吊り橋が渡されている。
けれども長年放置されていたのか、足元の板がほとんど腐り落ちて吊り縄だけだ。
対岸まではおおよそ百メートル程度。
走って飛び越えられる距離ではない。
ルカを僕のスキルで強化しても無理だ。
かといっても、谷の両岸はほぼ断崖で、かなりの深さがある。
飛び降りるのはちょっと無謀だ。
加えて谷底を流れる川はかなり流れが速い。
激流、と言っていいだろう。
よしんば谷底に降りられたとしても、泳いで渡るにはリスクが大きすぎる。
「どうする? 戻る?」
ルカが聞いてきた。
少し残念そうな顔だった。
「いや……大丈夫」
僕は地図を取り出すと、しゃがみ込んで地面に広げた。
「少し戻る必要があるけど、迂回ルートがあるんだ」
この『白竜街道』は、今はもう使われなくなって久しいけど、以前は重要は交易路として栄えていたらしい。
街道脇にはいくつも集落――今はもうその全てが廃集落だけど――があり、そこへ至る道がいくつも存在している。
僕はそのうちの、現在地点に近いバツ印を指し示す。
「ここから脇道に入ると、廃集落があるよ。たしかそっちは谷が浅かったから、石造りの頑丈な橋が架かっていたと思う。ここを抜ければ、目的の村はすぐだ」
まあ、その目的地も廃村なわけだけど。
「やった、温泉だ!」
ルカが途端に歓喜の声を上げる。
「じゃあ、行こうか」
「うん、行こう」
僕とルカはもと来た道を引き返す。
ほどなくして朽ちかけた道標が見つかった。
その脇に、細い山道が伸びているのを確認できる。
「ここだね」
ルカの指さすのは、木製の道標の上部に打ち付けられたボロボロの木板だ。
『よ…こそア…ナト村へ』と彫られた文字列とともに、立ち上る湯気と湯船を記号化したような絵が、細長い木板に彫り込まれている。
ここもかつては温泉郷だったらしい。
ただ、僕たちが見つけた時には、すでに温泉は湧いていなかったけど。
「とにかく、行ってみればわかるよ」
僕は細い道に足を踏み入れる。
「テオ君」
と、背後から声をかけられた。
振り返る。
「やっぱり、君が必要だよ。私はただ……敵を斬るくらいしか能がないから」
苦笑と羨望の入り交じったようは表情だった。
「こっちだってルカがいないと、この先やっていけないけどね」
僕としては、その戦闘力こそが羨ましい。
それが欠けていたせいで、僕は……
いや、よそう。
そういうのは、きっとお互い様だ。
今はそういうことにしておこう。
そういえば……ルカはなんでソロだったのかな。
ふと、そんな疑問が僕の頭をよぎる。
彼女は明るいし、駆け出しにしては腕も立つ。
きっと冒険者になる前も、それなりの剣士だったのだろう。
それに僕みたいな怪しいヤツにも物怖じせず話しかけてくれるくらいには人なつこい性格だし、いざというときには強敵に立ち向かう勇気だって持っている。
それになにより……ものすごく、かわいい。
十人を集めたら、十人が美少女だと言うだろう。
パーティーだって、引く手あまたのはずだ。
どの要素も、彼女がソロ冒険者だという事実を否定しているように思える。
「…………」
……僕の背後を歩く彼女を、そっと盗み見る。
ニコニコ顔で、元気に歩いている。
本当に、なんでだろう。
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