第6話 羊飼いの本領
「ちょっとおおおおぉぉぉぉ! テオ君んんんん!!!!! これええぇ!?」
光が消えた瞬間、顔を真っ赤にして、イヌ耳と犬しっぽが生えたルカが襲いかかってきた。
襟元をガシッ! と掴まれ、ガクガク揺さぶられる。
「ぬわわわわわわわっ!?」
制止しようと声を出そうにも頭がぐわんぐわんと振られるせいで言葉にならない。
【剣士】本来の力に僕のスキル《牧羊犬》の力が合わさって、それはもう凄まじい腕力だ。
剣で片手が塞がってるから、僕を掴んでいるのはもう一方の腕だというのに!
「あばっ、ちょっ、待っ……!!」
や、やばい……揺さぶられすぎて、視界に星が飛び始めた。
このままだと山賊と戦う前にルカに殺されてしまう……!
「いや、ルカッ、落ち着っ、苦しっ……《ステイ》!」
「はわっ!? ……あっ、ごめん」
スキルの効果が発動し、強制的にルカの手が僕の襟首から離れる。
それと同時に我に返ったのか、バツの悪そうな顔をしている。
「はあ、はあ……死ぬかと思った……!」
「テオ君! 一体これはどういうことかな! ……どういうことかな!! 私が君の……その、い、『犬』……って! その……どういうことか説明が欲しいかな!」
いったん距離を離した彼女が、再び詰め寄ってきた。
涙目で上目遣いなのに、殺気がすごい。
「いや、その」
「んんっ?」
「……………」
ヤバい。
何か間違ったことを口走った瞬間、彼女のよく切れそうな片刃剣で真っ二つにされそうだ。
「ご、ごめん、でも、説明しているヒマがなかったから。というか、何も聞かず『うん!』って言ったのはルカだし」
「そうだけども……そうだけども!」
だから半泣きで襟首を締めるのはやめてほしい。
「僕もちゃんと説明したいけど……もう時間がない」
ちらりと横を見やる。
同じくルカが僕と同じ方向を見て――顔を強ばらせる。
「……っ! いつの間にっ!?」
「ようガキども。そろそろ俺とも遊んでくれや」
『鬼喰いのジェイル』が、すぐ側にいた。
いつ接近されたのか、全く分からなかった。
ルカより先に僕が気付いたのは、たまたまだ。
『鬼喰い』がいきなり襲いかかってこないのは、僕たちが大した脅威でないと踏んでいるからだろう。
「お前ら、ゲームをしようぜ」
『鬼喰い』がニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。
「さっきのアレ、スキルだろ? 何かは知らねーが、その知らねースキルってのがいい。俺を楽しませてみろよ。お前らが勝ったら、客車ごと見逃してやる。ああ、さっきのいけ好かねえツラの剣士みてえなつまんねえ戦いぶりをすんじゃねえぞ?」
「ふざけないで! アンタなんかに絶対に負けたりしないんだから!」
『鬼喰い』の見下した態度に、ルカが激昂する。
「ルカ!?」
「ガハハハ! 首輪付きのメス犬に咆え付かれても怖くもなんともねーなぁ!」
「なっ!? メメメ、メス犬って……! ちょっとテ、テオ君! これ、なんとかならないの!?」
『鬼喰い』に笑われたそれ――細長く変形し、首に巻き付いた護符を指さし、僕に抗議してくる。
「ゴメン、それスキルの触媒だから無理」
「ぐっ……! わかったよもう! やってやる!」
ヤケクソ気味に、ルカが片刃剣を構えた。
「そうこなくっちゃあな。それじゃあ……なるべく長く俺を楽しませろよ? おらぁっ!」
ガインッ!
重い金属音とともに、火花が散った。
『鬼喰い』の得物は、巨大な戦斧だ。
ゆるく肩に担いでいたところまでは覚えている。
だけど振り下ろした瞬間は、僕には見えなかった。
「ぐっ!? 重っ……!」
ルカが表情を歪める。
彼女が両手で握りしめた片刃剣から、ギリギリと不快な金属音が響く。
分厚い鉄塊のような『鬼喰い』の戦斧と、ルカの細い片刃剣がせめぎ合っている。
「おおっ? さっきのザコ剣士は今の一撃で両腕が粉々にひしゃげちまったんだがなぁ? もしかしてそれがスキルの効果か?」
『鬼喰い』が意外そうな声を上げる。
「知らないよっ! せあっ!」
ギインッ!
裂帛の気合いとともに、ルカが『鬼喰い』の戦斧を弾き返した。
「うおっ!? マジかよっ」
驚いた表情で、『鬼喰い』が飛び退いた。
どうやら力くらべはルカの勝ちだったらしい。
とはいえ、二人の腕力の差はそれほどなさそうだ。
せいぜい薄皮一枚、といったところだろうか。
「はあっ……はあっ……! これが、テオ君の力?」
ルカも意外そうな顔で、握りしめた片刃剣を見つめている。
「ルカ! 僕のスキル《牧羊犬》は僕の魔力を消費して『犬』が敵から群れを護るために必要な力が付与される。今の君は、一時的に身体能力が通常の三倍くらいになっているはずだ。だから、身体を動かすときはそれを前提に考えてくれ」
「ど、どおりで……これなら、やれる!」
なるほど、と納得顔になるルカ。
ちなみに『貫きの一角獣』では、このスキルはあまり役に立たなかった。
そもそも身体能力を上げるのがメインのスキルなので魔術師には使う場面が限られるし、付与できるのはたった一人だけだった。
そもそも皆強かったからピンチになる場面がなかったし、数少ない必要と思われる場面でもなぜかみな拒否してきたのだ。
まあ身体能力が上がるけど、なぜか犬耳と犬尻尾が生えるからね……
ちなみにちょっとしたイタズラ心から戦闘中にレナートやチムールに付与したことがあったけど、ヴェロニカとエミルが笑い転げて戦闘どころではなくなり、危うく全滅するところだった。
……それはともかく。
「ふん、面白れーじゃねえか! やっぱ、お前らはすぐに殺さないで正解だったな!」
「死なないよっ!」
ギギン!
歪んだような音とともに火花が散り、ふたたびルカと『鬼喰い』が交錯する。
が、今度はすぐにルカが離れた。
いくら身体能力が底上げされたとはいえ、相手はC級冒険者を軽々と叩きのめす猛者だ。
さすがに鍔迫り合いは分が悪いと感じたらしい。
「今度はこっちから行くよ! せあっ!」
黒髪と黒い尻尾をなびかせ、疾風のごとくルカが突貫する。
上段からの断ち斬る一閃、振り上げ二閃。
さらに横薙ぎから変化した首狙いの刺突が『鬼喰い』を急襲する。
どの攻撃も、すさまじい速度と冴えだ。
とてもE級冒険者の剣とは思えない。
それでもかろうじて見えるのは、僕が離れたところにいるせいだろう。
どうやらルカは、僕のスキルを抜きにしても、剣の腕に覚えがあるようだった。
むやみに突撃するだけの蛮勇かと思っていたけど、一応勝算らしきものはあったらしい。
「ちっ……!」
ルカの猛攻に、たまらず『鬼喰い』が下がる。
その表情に、さきほどまでの余裕はない。
「くっ……! 今のは決まったと思ったのに!」
「……いい剣筋だ。さっきのエセ剣士みてーなひと山いくらのザコじゃねぇ。それは俺が保証してやる」
「山賊に褒められても嬉しくないかなっ! せあっ!」
退いた『鬼喰い』にルカが追撃を仕掛ける。
ギギギギンッ!
「ぬうっ……!」
爆ぜるような金属音が連続で鳴り響く。
「まだまだっ!」
おそらく身体能力の上がった状況での動きに慣れてきたのだろう、徐々にルカの動きが洗練されてゆく。
変幻自在に片刃剣の軌道を操り、相手の死角や避けにくい方向から凄まじい速度で攻撃を加えてゆく。
対照的に、『鬼喰い』は防戦一方だ。
苦虫を噛み潰した表情が焦りに取って代わられ、怒りへと変化する。
それと同時に、攻撃に転じるさいも、大ぶりになり隙が生まれていくのが僕にも分かった。
そしてついに。
「くそがあああぁ! なめんなよガキがああっ!」
苦し紛れなのか、『鬼喰い』が全身の体重を載せた強烈な一撃を見舞う。
だが今のルカには、その軌道がはっきりと見えていたらしい。
ゆるく身体を傾け、紙一重でこれを躱した。
乾坤一擲だったのか、戦斧を完全に振り抜いた『鬼喰い』は身体が流れ前方ががら空きになる。完全に死に体だ。
そして、この千載一遇のチャンスを見逃すルカではなかった。
「もらったッ!」
スキルの恩恵を受けた身体能力による、神速の刺突。
『鬼喰い』は反応すらできなかった。
肩に深々と突き刺さった片刃剣を呆けたような顔で見つめている。
ルカが『鬼喰い』の腹を蹴りつけ、反動を利用して片刃剣を引き抜いた。
「うがっ……!」
鮮血が空に舞った。
『鬼喰い』には、相当の深手を負わせたようだ。
だらりと下げた腕からは、ぽたぽたと鮮血が滴り落ちている。
指先がぴくりとも動かない様子から、肩の腱にまで傷が達しているようだ。
「ガキのくせに……やりやがったな……」
苦痛と憤怒、そして屈辱が入り交じった凄まじい形相で、『鬼喰い』がルカを睨み付けている。
「もう勝負はついたはずだよ。大人しく投降するなら、これ以上の追撃はしないよ」
片刃剣を振り血を払いながら、ルカが言う。
すると『鬼喰い』は――
「はあ……わーったよ、降参だ降参。もう俺の左腕は動かねえ。治癒魔術も使えねえしな。これ以上やっても仕方ねえし、大人しく投降すりゃいいんだろ? なに、俺に戦う力なんざ残ってねえよ。ほら、心配なら武器もくれてやる」
『鬼喰い』は持っていた戦斧をゴトン、と地面に放り出したのだ。
意外な状況だった。
もう少し抵抗すると思っていたんだけど。
「へっ? わ、分かればいいよ、じゃあ、これは回収するからね?」
あまりの物わかりのよさに面食らいながらも、ルカはそろそろと地面に転がった戦斧に近づいてゆく。
……そのとき。
『鬼喰い』の口の端が僅かに吊り上がるのを、僕は見逃さなかった。
――これは罠だ。
間髪入れず、僕は叫んだ。
「ルカ! ――《伏せ》ッ!」
これは《牧羊犬》のもう一つの力だ。
すなわち、あらかじめ決めておいた特定の行動を、魔力を消費して相手に強制することができる。
それが今、生きた。
「へわっ!?」
ビュンッ――
べしゃっ、とルカが突っ伏したのと、さきほどまで彼女が立っていた場所に矢が通り抜けたのは、ほとんど同時だった。
森の奥からの狙撃。
予想していなかったわけじゃない。
『鬼喰い』は自分が一人だなんて、一言も口にしていなかった。
仮に一人だと言っていても、信じなかったけど。
「えっ、なんで?」
すでに勝敗が決していたと思っていたルカは唖然とした様子だ。
「ルカは相手を信用しすぎだよ!」
あと戦いの経験値も足りてない。
そもそも山賊が真面目に決闘なんてするわけがない。
僕はそれが分かっていたから、周囲を警戒していたし、『鬼喰い』の一挙一動を逃すまいと観察していた。
だから、狙撃の合図にも気付くことができた。
圧倒的な戦力差があるにもかかわらず用意周到に次善策を準備していたのは、さすが元B級冒険者だけある。
ただ、僕も同じレベルの冒険者たちと行動していたのだ。
この程度、見破れて当然だ。
「チッ! ザコだと思って放っておいたが……やっぱテメーからさきに潰しておくべきだったなあ!」
うっ、ヤバい。
『鬼喰い』が完全にターゲットを僕に移したぞ。
さすがにヤツの攻撃を食らえば、体力が一般人レベルの僕ではひとたまりもない。
「死に晒せやああああっ!!」
文字通り鬼のような形相で、僕に襲いかかってくる。
どこから出したのか、鋭いダガーを振りかぶっている。
やばい……!
僕も相打ち覚悟で腰から護身用ダガーを引き抜き構え――
「させないよっ!」
ドシュッ――
「く、そがっ……話……違ぇじゃねえかよ……」
『鬼喰い』の動きが止まった。
胸からは、朱に塗れた銀色の刃が突き出ている。
ごぼっ、と口から大量の血液がこぼれた。
『鬼喰い』の目から光が消える。
カラン、とダガーが地面に落ち、膝から崩れ落ちる。
それっきり、『鬼喰い』が動くことはなかった。
「おもしろかった!」
「続きが気になる! 読みたい!」
「今後どうなるの!?」
と思ったら、ページ下部にある☆☆☆☆☆から、
作品への応援をお願いいたします!
面白かったら★★★★★と星5つ、
つまらないなと感じたら★☆☆☆☆と星1つでも全然OKです!
正直なお気持ちを頂戴できれば。
また「ブックマーク登録」も頂けると、とてもうれしいです。
こちらは☆☆☆☆☆よりすこし上にある「オレンジ色のボタン」を
押すだけで完了しますので、ぜひ。
というわけで、引き続きよろしくお願いいたします!