第47話 長い寄り道
コンコン、とギルド長室に控えめなノック音が響く。
「入れ」
「失礼します」
スヴェンが執務机から顔を上げると、書類の束を抱えた女性職員が立っているのが見えた。
「おう、リズか。お前が書類を持ってきたって事は……あいつら、帰ってきたのか」
「はい、昨日戻ってこられました。のちほど正式な報告書をお持ちしますが、なるべく早く情報を知りたいかと思いまして。取り急ぎ資料だけお持ちしました」
「おう、気が利くな」
スヴェンはリズが差し出した書類を受け取ると、ぱらぱらとめくってゆく。
「……ん?」
ふと、スヴェンが手が止まった。
「おいリズ、誤字があるぞ。それとも聴取ミスか? 速報版とはいえ、お前らしくもないな」
「……? どこでしょうか」
「ここだ」
スヴェンが書類の束から一枚を引き抜き、差し出す。
怪訝な表情を作ったまま、リズが書類を受け取る。
「…………」
しばらく書類と睨めっこをしたあと、彼女は口を開いた。
「間違っておりませんよ。『魔人の聖血』が召喚した魔物については、記載したとおりです」
「そんなわけはない。コイツは『魔人の聖血』内部では『司祭』とか呼ばれて上の方のポジションに就いているらしいが、元Cランクの冒険者だったんだぞ。天職は【召喚士】で、何年か前に、ダンジョン内で当時組んでいたパーティーのメンツの全員を、自分で召喚した魔物に食い殺させたっていうとんでもねえサイコ野郎でな」
「はあ」
「要するにヤツの腕じゃ、召喚できる魔物の限界はせいぜいCランクまでだ。仮に他の術者の力を借りたとしても、Bランクが限界だろう。それが、『魔人のレイス』だと? ありえんだろ」
スヴェンは肩をすくめる。
「レイスを召喚するのは、まああり得る話だ。高位のレイス……例えばどこぞの騎士かなんかのレイスなら、Bランク程度にはなるからな。だが、かつて世界を滅ぼしたと言われる『魔人』を召喚できたとすりゃ……Sランクどころか、それ以上の化物だぞ? ……『魔人』を、『魔物』か『魔獣』あたりと書き違えたんじゃないか?」
「いいえ、残念ながら正しいです」
リズは首を振り、否定する。
「私も、彼らの言葉を最初は疑いましたが……持ち帰ってきたレイスの魔石を提携の魔術師ギルドに鑑定してもらったところ、『どの魔物のものと全く違う組成をしている』との報告が上がってきました。……興奮した魔術師ギルドの担当者から『これはどこで見つけたのか』だの、『誰が狩ったのか』だの質問攻めに遭うし、魔石を取り返すのに、どれだけ苦労したか……」
リズがそのときのことを思い出したのか、遠い目をしている。よほど苦労したらしい。
「ちなみに内包した魔力量は、そこに記載があるとおり……同サイズのものの数百倍です。この事実を、ギルド長はどうお考えになりますか?」
「ううむ……」
スヴェンはリズが指し示したページを睨み付け、唸るしかなかった。
たしかに魔術師ギルドの鑑定結果は彼女の言う通りのものだった。
念のため書類の下部に押された刻印を確認してみたが、確かに魔術師ギルドのものだ。
しかも偽造防止の強力な術式が込められた、極秘文書に用いられるようなものだ。魔術師ギルドの本気度とプライドが窺える。
「一応確認するが、その『魔人のレイス』が極端に弱かった、ってことはないよな?」
「あまり考えられませんね。魔石が内包する魔力量は、魔物の強さに正比例します。この法則はどんな魔物でも例外はありません。冒険者見習いが受ける座学の、基礎教養レベルの話ですよ」
「だよなあ……となると、だ」
スヴェンは難しい顔で言った。
「考えられるとすれば、『魔人のレイス』とやらがすでに瀕死だった、くらいだが……ドロップした魔石から通常の数百倍の魔力量が検出されるような化物だぞ。いくら瀕死だったとしても、ただのルーキーじゃ瞬殺だ。それを、アイツらはたった三人で倒した。いくら期待のルーキーだとしても、そんなことが果たして可能なのか?」
「……私では分かりかねますが」
「…………ふむ」
スヴェンは難しい顔のまま、腕組みをする。
しばらくそのままぐりぐりと首を回したり天井を眺めたりしたあと、リズに向き直った。
「資料は、ここにあるものだけか?」
「はい、そうですが」
「この件は俺が預かる。極秘扱いだ。お前も口外無用で頼む」
「……、かしこまりました」
リズはスヴェンの険しい顔で何かを察したのか、反論せずに頭を下げた。
「…………」
リズが退室したあと。
スヴェンはしばらくの間、書類の束をじっと睨み付けていたが、やがて机に置かれた小型の通信魔導具を手に取り、耳にあてた。
「――ああ、俺だ。本部の情報管理部に照会をかけたい案件があってな。いや違う、冒険者見習いの方だ。……ん? いや違う。犯罪歴とかじゃねえ。出自だ」
◇
冒険者登録をした、その翌朝。
僕らはエレクの街の城門付近にある、駅馬車の構内にいた。
「この街も見納めだね」
「そうじゃのう」
ルカとフレイがなぜか感傷じみたセリフを口にしながら、駅構内から見える街の風景をのんびり眺めている。
「お待たせ。三人分の乗車券を買ってきたよ」
構内の窓口で渡された小さな木札を二人に渡していく。
「ありがとー。代金っていくらだっけ?」
「ん? いや、運賃はパーティーの経費から出てくるから払わなくても大丈夫だよ」
「あ、そっか……ソロのときのクセで、つい」
ルカが取り出したお金をしまい込みながら、ぺろっと舌を出した。
「お主よ、我も馬車に乗っていいのか?」
フレイが手に持った木札を弄びながら、遠慮がちにそんなことを言ってくる。
「フレイはパーティーの仲間だから、当然だよ」
というか、冒険者が魔物を従えている場合は魔物は檻付きの貨物車に押し込められるか、馬車と併走することになってしまう。
さすがに人の姿の彼女にそんな仕打ちをしたくない。
もちろん、駅の職員さんに許可も取っている。
ちなみにフレイが最弱無害な擬態スライムのうえ小さな女の子の姿だからか、事情を話したらあっさりOKしてくれた。
「さあ、馬車が来たよ」
そうこうしていると、僕らの前に馬車の客車が停まった。
客車の乗車口付近には、『王都行き』の札が掲げられている。
「おお……馬車に乗るのは初めてなのじゃ! すごいのじゃ!」
フレイは興奮したように、あっという間に客車に飛び込んでいってしまった。
見れば、ちゃっかり窓際の席を確保したらしく、外にいる僕らに窓越しに手を振っている。
「ねえテオ君、本当にいいの? 故郷に帰るつもりだったんでしょ?」
フレイに手を振りかえし客車に乗り込もうとした、そのとき。
ルカが僕の目をじっと見ながら、そんなことを聞いてきた。
「……やっぱりちょっと、寄り道したくなってさ」
「その寄り道、もしかしてすごく長くなりそう?」
そんなこと、言わずとも分かっているだろうに。
「僕は長い方がいいんだけど……ルカは?」
僕もルカの目をじっとみる。
「……私もかな!」
ルカはちょっとだけ顔を赤らめてから、花の咲いたような笑顔を見せた。
そう。
僕の、僕らの冒険は――まだ始まったばかりだ。
お話はここまでとなります。
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