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第45話 新たな力

『――進化完了』


 その一言を最後に、頭の中の声が収まる。


 それと同時に、今まで身体の中で暴れ回っていた力も落ち着き、僕は不思議な高揚感に満たされていた。


「気分はいかがですか、魔王様?」


「……魔王になった実感は全くないけど、とりあえず身体の調子は悪くないかな」


 実際のところ、すこぶる調子がいい。


 例えるならば、ぐっすり眠った翌朝の気分だった。


 それに。


「これが、《統率者》の能力か」


「分かるのですか?」


「うん」


 以前ルカと一緒に戦ったときに発現した《加護》と同じだ。


 まるで生まれた時から知っていたかのように、このスキルをどう発現させればいいのかが分かった。


「――《力を》」


 スキル発動の意思を込めた言葉を口にする。


 瞬間、僕の視界が一変した。


「うわっ!?」


 あまりの激変ぶりに思わず声を出してしまう。


 祭祀場いっぱいに、透明の膜のようなものが満ち、幾重にも重なるようにゆらゆらとたゆたっている。


 その様子は、何にも形容しづらいけど……あえて例えるならば、ものすごく巨大で、限りなく透明なクラゲの群れに迷い込んだような光景……だろうか。


 よく見ると、僕とノンナさんの周囲は比較的膜が少なく、ゆったりとゆらめいていて、魔人の周囲は幾重にも分厚く連なり、そして激しくうごめいている。


 その正体は、すぐに見当が付いた。


「これは……力場か」


「はい。《統率者》はあらゆる『力の流れ』を視ることができる能力です。流れが見えるということは、敵の行動を二手先、三手先どころか、はるかその先を常に読めるこことを意味します。……かつて全盛期の魔王様は、この力をもって数々の強大な魔導国家を攻め滅ぼしたものです」


「僕はそんなことしないけどね……」


 昔の魔王様、物騒すぎるだろ! まあ『魔王』だし、イメージどおりな気がするけど……


 それはともかく。


「……まずは目の前のアイツを倒さないと」


「今の貴方ならば容易いことです」


 僕の戦意を読み取ったのか、ノンナさんがスッと退(しりぞ)く。


 目の前が開け、鬼神のような形相でこちらを睨み付けている魔人と目があった。


『……! スキアリイイィィッッ!!!!!』


 その様子を、好機と見たらしい。


 魔人が凄絶な笑みを浮かべながら、またあの間合い外からの例の刺突攻撃を繰り出してきた。


 しかし僕の視界には、それが力場の膜をブチブチと貫通しながら、こちらに向かってくる様子がはっきりと見て取れた。


 どうやら《統率者》の力により、思考も加速しているようだ。まるで時間が遅くなったかのように、あらゆる景色がゆっくりと動いている。


 そのおかげで、僕は迫る攻撃をじっくり観察することができた。


 なるほど。


 魔人の攻撃は、例えるならば弩と矢の関係だ。


 極限まで凝縮した魔力を矢のような形状に成形して、大剣を発射台に見立て加速させ、高速で撃ち出している。


 ただ……攻撃力のある箇所は先端の鏃にあたる部位で、どうやら棒状の部分には攻撃力がないようだ。


 ノンナさんは、その棒状の部分をうまく掴んだりはたき落とすことによって、魔人の攻撃を無効化していたらしい。


 それはそれでとんでもない技量だと思うけど、《統率者》の力で僕と同じように思考を加速させた状態ならば、それも可能だったということだろう。


 だからもちろん、素手でとはいかないけれども……僕も同じことができる。


「その攻撃は、もう通用しないよ」


 ――パキン!


 力場の膜を穿ちながら飛来した神速の一撃を、僕は短剣の一振りで打ち砕く。


『ソン……ナ……我ガ奥義ガ……短剣ナドニ!?』


 愕然とした表情で、その様子をただただ見つめる魔人。


「まさか覚醒した直後から、あの魔技をいとも簡単に打ち砕いてしまうとは……私は十年の訓練を積んで習得したというのに、さすがは魔王様です」


 ノンナさんもびっくりした表情を見せる。


 というか、今の攻撃を防いだのって、そんなに高度な技だったの?


 素手は無理だけど、短剣でなら割と簡単にできたけど……


 とにかく、これで相手の攻撃はほぼ無効化できることが分かった。


『オノレオノレオノレオノレエエエエッ!!!』


 魔人は遠距離からの攻撃ではもはや通用しないと悟ったのか、激昂したように大剣を振りかぶり、飛びかかってきた。


 大剣の純粋な重量をもって、叩き潰そうという魂胆だろう。


 けれども、それは悪手中の悪手だ。


「そんなものは、もう僕に当たらないよ」


『黙レエエエエェェェッ!!!!』


 凄まじい圧力と速度で、魔人が大剣を振るう。


 縦斬りから切り返しの斜め斬り上げ。


 身体を回転させてからの強烈な横薙ぎ。


 先ほどのような刺突と複雑なフェイントを織り交ぜつつの縦切り。


 その全てが、かすっただけで致命傷を与える大剣の乱舞だった。


 けれども。


『ヌウウウウゥゥッ! ナゼダッ! ナゼ当タランッ!? ナゼナゼナゼエエエェェッ!』


 そのどれもを、僕は紙一重の位置でかわしてみせる。


 力場のゆらぎのおかげで、次の攻撃がどの軌道でどこから飛来するのかが手に取るように分かった。


 ……そして、レイスである魔人の急所も。


 レイスは、実体が希薄だから、武器による直接攻撃は効果が薄い。


 けれども、現世にわずかながらもその身を留めているということは、何らかの力を拠り所にして、この場に存在しているということだ。


 その拠り所となる部分が、僕には見えた。


 魔人の胸の奥、力場がいくつも重なり塊となっている場所だ。


 その力場が、魔人が剣を振るうたびに激しく収縮したり、解けたりを繰り返している。


『死イイイィィネエエエエエェェッッッ!!!!』


 乾坤一擲。


 魔人の大剣が僕を真っ二つに斬り裂かんと襲いかかってくる。


 けれどもそれも力場のゆらぎで軌道が丸見えだ。


 こんな攻撃、いくら速かろうが重かろうが……今の僕には通用しない。


「――ここだ」


 大剣をかわし、振り抜いたあとのがら空きの左胸――ちょうど心臓に位置する力場の『核』に、静かに短剣を差入れた。


 レイスの希薄な身体のせいか、抵抗はほとんど感じなかった。


 しかし、魔人の動きはそれでピタリと停まった。


『…………アリ……エヌ……』


 魔人が驚愕の表情で短剣の突き立った左胸を見る。


 力を失ったのか、ガラン、と大剣を取り落とし膝をついた。


 力場の『核』から魔力の供給を絶たれた大剣が、あっという間に淡い光の粒子と化し、消滅した。


 本体の方も、すでに淡い光の粒子に変わり始めている。


「はあ、はあ……これで僕の勝ちだ」


『魔王……貴様ダケハ……許サヌ……』


 魔人が憎しみのこもった表情で手を伸ばし、僕に触れようとしたところで……その身体は完全に光となり、虚空へと溶け消えたのだった。

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