第44話 巫女の祝福
魔人との戦いの最中に乱入してきた黒い影は、冒険者検定のときに話しかけてきたノンナさんだった。
「ああ、ようやく会えましたね、魔王様」
戦闘中だというのに、魔人に背を向け、ひざまづいたままそんなことを言ってくるノンナさん。
彼女の瞳は完全に恋する乙女のそれで、なぜか歓喜の涙まで流している有様だ。
「え……ああ、うん……久し……ぶり?」
「はい、三千と二百九十五年ぶりです♪ 魔王様」
「……………」
まいった。
まったく状況が分からない。
もちろん僕は魔王じゃないし、ノンナさんとは先日あったばかりだ。
あと僕の記憶が正しければ、僕は生まれてから十七年ほどしか経っていないし、三千何百年前のことなんてもちろん知らない。
彼女がただの頭が残念な人だったらよかったんだけど……
『邪魔ヲ……スルナ!』
戦闘の邪魔をされた魔人が激昂して、またさっきの斬撃を飛ばしてきた。
「…………はあ。邪魔なのは貴方ですよ」
パキン、パキン!
まるで細い枯木のように、ノンナさんは魔人の繰り出した斬撃をことごとく掴んでは、ため息を吐きながらへし折ってゆく。
『ナン……ダト……!?』
その様子に、魔人が完全にドン引きしているんだけど……
「す、すごいね……」
「魔王様ならば、この程度の攻撃ならデコピンひとつで消滅させることができますよ?」
「いや、できないよ!?」
そもそも僕、魔王じゃないから!
というか、僕の《加護》をもってしても防ぐことができなかった攻撃を、デコピン一つで消滅させるって……本来の魔王様、どんだけ強いんだよ。
しかしノンナさんは気にした様子もなく、僕の目を見つめながら微笑んだ。
「もちろん、分かっておりますよ。魔王様が覚醒前だからこそ、私が介入せざるを得なかったわけですし。ああ、でも、《加護》が使えるのでしたら……一割ほどは目覚めているとっていいのでしょうね。原因は……あの女ね」
急に表情を変え、クンクンと鼻をひくつかせて、ルカの方をジロリと睨むノンナさん。
「かなり薄まっていますが、あの女からは魔人の匂いがします。それも……魔王様が《加護》を使えるようになっているとなれば、あの泥棒猫の系譜ね。気付くのが遅れた私の落ち度とはいえ、今世でも私から魔王様の初めてを奪うなんて、生意気な……」
ノンナさんがルカを睨み付けながら、何か訳のわからないことをブツブツと呟いている。
「あの……ノンナさん?」
ちなみにルカとフレイは、僕とノンナさんの様子に気付いた様子がない。
僕と魔人を離れた場所で見守っているだけだ。
「ああ、申し訳ございません、私としたことが説明を忘れていました。あんな泥棒猫に水入らずの逢瀬を邪魔されたくありませんから、幻術を使って、魔王様が軽々とあの魔人モドキの攻撃を跳ね返しているように見せているのですよ」
「…………」
知りたいのはそこじゃないんだけど、指摘したら指摘したで、面倒なことに巻き込まれそうだった。
うん、スルー安定だな。
ちなみに魔人は、というと。
『ア、アア、アアアアアリエヌ! 我ガ最終奥義《次元穿》ヲ片手ナドデ……アリエヌアリエヌアリエヌアリエヌウウウウウゥゥゥッ!!!!!』
パキパキパキパキパキン……!
話している最中も、ノンナさんは魔人が狂ったように飛ばしてくる攻撃を、全て片手ではたき落とし続けている。
……ちょっと魔人が可哀相になってきた。
「さて、魔王様……いいえ、今はテオさんでしたか。テオさん、私がここにやってきた理由、分かりますか」
「えっ……な、なにかな」
いきなり真顔に戻ったノンナさんが、そんな質問をしてくる。
もちろん分かるわけはないんだけど。
「まあ、僕を助けてくれたのは分かるよ。そこは、ありがとう」
「ああ……魔王様に感謝の言葉を賜るなんて……このノンナ、感激のあまり昇天してしまいそうです……ではなくて! ……オホン」
なんか一瞬だけ人目にさらしてはダメな表情になったノンナさんだったけど、すぐにキリッとした目元に戻る。口だけはまだもにょもにょしているけど。
「私はかつて、魔王様よりある能力を賜りました。それをお返しするのが……我々巫女の役割なのです」
「……巫女?」
「はい。私は魔王様が創造された魔人であり、あの大戦で敵を討ち滅ぼすために《統率者》の力を賜った巫女なのです。そして、この力を魔王様にお返しすることが、私の使命であり、生きる目的なのです」
正直、ノンナさんの言っていることは全く理解できない。
魔王が魔人を創造した?
ていうか『あの大戦』ってなんの大戦だ。
魔人が古代魔導文明を滅ぼしたという伝承と、何か関係があるのだろうか?
……こう言ってはなんだけど、彼女の頭がおかしい方が、まだ理解できた。
けれども、彼女の力は本物だ。
普通の人間に、レイスとはいえ魔人の攻撃は防げない。
「……それで、僕は何をすればいい?」
問題はそこだ。
いろいろ疑問点はあるものの、この場を切り抜けるには、ノンナさんの力が不可欠なのは間違いない。
「はい。それは……」
「それは?」
ごくり、と唾を飲み込む。
「魔王様が何かをする、ということはありません。ただ、一つ望んでいいのならば……私に口づけを」
恥じらう乙女のようにもじもじしながら、とんでもないことを言ってきた。
「つまり、僕に、その……『力を返す』ためには口づけが必要ってこと?」
「いえ、口づけはあくまで私個人の望みですが?」
何を言ってるんですかバカですか? みたいなニュアンスで言われた。
「…………」
大丈夫かな、この人……
いや、確かにノンナさんは性格がかなり残念っぽいのに目を瞑れば、実のところかなりの美少女だ。申し出が魅力的じゃないといえば、ウソになる。
いや、でも……ダメだろ!
そもそも今は戦闘中だ! 色恋(?)にうつつを抜かしているヒマも余裕もない。ないったらないのだ。
僕は何かよく分からないモヤモヤをなんとか振り切って、ノンナさんに言う。
「とにかく、そういうのは後にしよう! 今は戦闘中だ。僕はアイツに勝てる力が欲しい。キミなら僕を強くできるんだよね?」
「……チッ、もちろんです。魔王様に《統率者》の力をお返しすれば、あのような残りカスに負けることは万に一つもあり得ません」
「それはすごい」
あの魔人を残りカス呼ばわりとは……まあ、それは頼もしいな。
ていうか今舌打ちしなかった?
「では、早速始めましょう。さあ、私のくちび……失礼、手に触れてください」
「……こう?」
もちろん手に触れた。
その瞬間。
「うっ……な、なんだこれは……身体が、焼けそうだ……っ!」
凄まじい力が、物凄い勢いで身体の中に流れ込んでくる。
それと同時に、まるで血が逆流するような、身体の芯から燃え上がるような、奇妙な感覚が押し寄せてきた。
「ご心配は無用ですよ。これは本来、貴方様の力なのですから。ああ、素敵ですよ、魔王様……」
うっとりとした表情でぎゅっと僕の手を握りしめながら、ノンナさんが声をかけてくる。
しかし僕に、それに応える余裕はない。
「があっ……!?」
力はぐるぐると身体の中を暴れ回り、そして――
『『魔人』の血ヲ感知しました――系統……《統率者》』
再び。
僕の頭の中に、誰のものともつかない不思議な声が響いてきた――
「おもしろかった!」
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