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第42話 魔人降臨

第31話をちょっと改稿しました。

 目のくらむような光は、すぐに収まった。




 魔法陣の上には、一人の男が立っていた。


 かなりの老齢だけど、すっと背筋の伸びた長身。


 側頭部からはルカのように角が生え、背中には翼竜のような翼が生えていた。


 全身が透けており、特に足元は地面に付いているのか付いていないのか分からないほどおぼろげだ。


 人間ではない。


 これがローブの男が言っていた魔人の神なのか?


 僕のは目の前の存在がアンデッド……怨霊(レイス)に見えるんだけど。


 とはいえ、目の前の魔人らしきレイスはまるで殺意を具現化したような黒炎を(まと)った大剣を持っているし、禍々しいオーラを放っている。


「おお……なんと素晴らしい……」


 ローブ男が涙を流しながら、両手を差し出しながらヨロヨロと老齢の男――魔人に近づいていく。


「ねえ、あれ……」


 ルカが険しい顔で魔法陣の方を睨み付けながら、僕にささやく。


「うん。あれは……とんでもなく強い」


 確かに魔物の分類としては、レイスだと思う。


 だけど、上手く表現できないけど……なんというか、ただのレイスとは雰囲気が違うのだ。


 今まで戦ってきた魔物とは次元が違う。そう感じる。


 少なくとも、さきほどの魔物化したブルーノなんか比べものにならないだろう。


 僕の見立てでは、『貫きの一角獣』の面々ですら対抗できるか怪しいところだ。


 でも……そんな化物を召喚したあのおっさんは、本当に大丈夫なのだろうか?


「くくく……はははははは!!!!! ……見ておれ、矮小な人間どもめ! 今日この時、『魔人の聖血』は魔人の再臨に成功した! 人の営みの全てを破壊して、かつて魔人たちが果たせなかった願いを叶えるのだ! はははは……はははははは! さあ、魔神バスティアよ、手始めに、あの冒険者どもを――――がふっ」


 恍惚の表情で魔人に近づいていたローブ男の動きが止まった。


 その背中からは、黒炎を纏った剣の切っ先がのぞいている。


 魔人が、手に持った大剣でローブ男を腹から貫いたのだ。


「ご、ごふ……な……なぜ……!? 召喚と同時に『魔人の血』を植え付けたはずだ……!! 私の命令なしで動くなど……ありえん……!」


 息も絶え絶えにそんなことを言いながら、ローブ男が魔人に必死に手を伸ばす。


『…………』


 ローブ男の言葉を受けてか、魔人は何かに気付いたように顔をしかめた。


 もう一方の手で、自分の後頭部あたりをごそごそとまさぐり出す。


 ……ぶちぶちっ。


 不快な音ともに、魔人が自分の後頭部から何かを引きずり出した。


 その手にあるのは、見たことのある触手状の小さな魔物だ。


『コノヨウナモノ、余ニ効カヌ』


 ぶちゅっ、と触手状の魔物を握り潰し、魔人が吐き捨てるように言った。


「そんな、ばか……な……」


 唖然としたような声を上げる、ローブ男。


『――報イハ、己ノ命デ贖エ』


「まっ、まままま待ってくださいっ! こっ、ここここれは貴方様をこの世に留めさらに強くする術式で――がああああああああああああ!!!!!」


『死ネ』


 魔人の怒りに触れたのか、ローブ男は大剣に突き刺されたまま、急激に勢いを増した黒炎に呑み込まれてしまった。


 後には、塵すら残っていない。


『次ハ……貴様カ』


 魔人の射殺すような眼光が、僕らに向けられる。


「あの……僕らは別にそのローブの人とは全然関係がない――」


『殺……ス』


「ええ……」


 ……まあ相手はレイスだし、話が通じなさそうなのは分かってたけど。


 当然、逃がしてくれたりは……しなさそうだな。


 憤怒の気配をまとった魔人は大剣の切っ先を僕らに向け、ギロリと睨み付け――殺気が膨らむ。


「テオ君、来るよ!」


「分かってる!」


 大丈夫、今の僕には《加護》があるからそう簡単には死なないだろうし、それに《守護者》によって強化されたルカと、幻術を使いこなすフレイがいる。


「あの黒炎は危険だ。なるべく間合いに入らないように立ち回って。フレイは赤竜に変化して、遠距離からの牽制を頼む。それから幻術でうまくアイツを惑わしてくれ。僕はなるべくアイツの注意を引くから、ルカはその隙を見ながら、攻撃を加えてほしい」


「了解!」


「了解なのじゃ!」


 ルカとフレイが素早く散開する。


『…………』


 魔人がルカとフレイの動きに反応して、比較的近くのルカに剣を向けた。


「おいお前、よそ見なんかしてるヒマはないぞ!」


 僕は足元に転がっていた拳大の瓦礫を掴むと、思いっきり魔人に投げ付けて注意を引く。


 ――ジュッ!


 僕の投げた瓦礫は魔人が振った大剣に触れた瞬間、蒸発してしまった。


 うお……あの炎、とんでもない火力だぞ。


 というか、レイスって実体が希薄だからこっちの直接攻撃はほとんど無効化されるのに、向こうの攻撃は普通に当たるという、存在自体が卑怯の塊だ。


 まあ泣き言を吐いても仕方ないんだけど!


『…………キサマ』


 とはいえ、作戦どおりこっちに注意を引くことには成功したようだ。


 魔人が呟くと同時に、おぼろげな足でトン、地面を蹴るのが見えた。


「テオ君っ! 前っ!!」


「……っ!?」


 ――ガインッ!!


 ルカの鋭い警告の声と、魔人がすぐ目の前で大剣を振り下したのは、ほとんど同時だった。


「ぐっ……!」


 魔人の大剣と僕の展開した防御結界がぶつかり合い、まるで巨大な鐘を打ち付けたような大音響が辺りに響き渡る。


 あまりの衝撃に、その余波が伝っただけだというのに周囲の床がバキバキと音を立ててひび割れ、逆巻く黒炎が僕を焼き尽くそうと襲いかかる。


「……っ、大丈夫、持ちこたえるっ!」


 けれども、僕が展開した《加護》越しには、魔人の一撃も、大剣が纏った黒炎の灼熱も通すことはない。


『貴様……貴様キサマ……! ソノ結界……覚エテイルゾ……我ガ仇敵メ……!  オオオォォォ死ネ、死ネ、死ネ、シネシネシネシネエエエッッ!!!!』


 魔人は攻撃が防がれたことにいたくプライドを傷つけられたらしい。


 凄まじい形相で訳の分からない事を叫びつつ、狂ったようにガンガンと剣を結界に叩きつけてきた。


「ぐっ……!」


 思わずこの場から逃げ出したくなるような、凄まじい威圧感だ。


 次の一撃で、《加護》が壊れてしまうかも知れない。


 そんな恐怖と緊張の中、僕は《加護》を維持しつつ魔人の一挙一動に目をこらす。


 戦いの最中に我を忘れるということは、最悪の行動だ。


『殺ス殺スコロスウウゥッ!! ウオオオオォォォォッ!!!!』


 永遠とも思えた剣戟の嵐が、一瞬途切れる。


 最大の一撃を放つべく、魔人が力を溜め、大きく剣を振り上げたのだ。


 ……そして僕は、その()を待っていた。


「ここっ! ――《護れ》ッ!」


 僕は《加護》の防御結界を、魔人の身体の少し奥側(・・)に展開させる。


 ――ヴンッ!!


『グアッ……!?』


 重い振動音が響き、結界が魔人の身体を外側に弾き飛ばした。


 これはブルーノとのケンカで使った手だ。


 僕の《加護》は相手に対してダメージを与える作用はないけど、結界の外に押し返す効果がある。


 もっとも実体が希薄なレイスには少々効果が薄いようだった。


 せいぜいバランスを崩し、ヨロヨロと数歩ほど後退した程度だ。


 でも、今はそれで充分だった。


「隙ありっ!!」


『グヌッ……!?』


 僕の《加護》発動のタイミングを完璧に読み切っていたルカが魔人の死角から急襲し、彼女の片刃剣がその胴体を薙ぐ。


 魔人は表情を歪めつつも身体を捻る。


「……チッ、浅いっ!」


 まさしく神速の一閃だった。


 けれども、さすがは魔人のレイス。


 ルカの刃はその脇腹を浅く斬り裂いただけだ。


『舐メルナッ……』


 お返しとばかりに、黒炎が纏わり付いた大剣をまるで竜巻みたいに振り回し、ルカに叩き込もうとする。


 けれども、


「我を忘れてもらっては困るのじゃ!」


 ――ゴオオオオオォッ!!


 そこに、赤竜と化したフレイが猛烈な勢いの火焔ブレス(小火球)が襲いかかった。


『グッ……!』


 さすがに魔人も赤竜の火焔ブレスを受けては不味いと判断したのか、ルカへの攻撃をやめ、僕らから遠く離れた場所まで飛び退いた。


「ふわ……ちょっと危なかったかも! 助かったよ、フレイ」


 ルカが吹き出た冷や汗をぬぐいつつ、フレイに声をかけた。


「うむ、我がきちんと支援するから安心して戦うがよいのじゃ!」


 対するフレイも頼もしい返事を投げてきた。


 うん、いけるぞ。


 レイス系は実体が希薄だけど、ルカの攻撃はダメージは浅いながらも通っているようだ。


 おそらく、スキル《守護者》の影響で彼女の剣が強い魔力を帯びているせいだろう。


 うん、行けるぞ。


『オノレ……殺ス!』


 魔人が大剣を構え直す。


 殺気がさらに膨れあがった。



 さあ、ここからが本番だ。

※次の更新は土曜日の予定です。


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