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第39話 vsブルーノ 下

「ぐわああああああああ……なんてな」


 唐突に、ブルーノの絶叫が止んだ。


 腕はルカに斬り落とされ、闘技場の地面に横たわっている。


 けれども、ブルーノの押さえた肩口からも、地面に落ちたままの腕からも、その傷口からは血の一滴すら滴り落ちていなかった。


「まさか、これで勝ったなんて、思ってないよな?」


 ブルーノが僕らを睥睨して、せせら笑う。


「どういうことかなっ!?」


 半魔姿のルカが咆える。


「どうもこうもねえさ。こんなもの、蚊に刺された程度にも効いてねえってことだ」


 言って、ブルーノはすたすたと歩いて行き、地面に落ちた自分の腕を拾う。


 それからブルーノはがぶり、と自分の腕に噛みついた。


「うっわ……」


「同族食いに飽き足らず、自食行為までしでかすとは……あやつ、完全に人間を棄てとるのう」


 ルカとフレイはドン引きの表情だ。


「チッ。自分の腕なんざ喰っても美味くはねえが、一応大切な魔力源だからな……おお、生えてきた生えてきた」


 ブルーノが自分の腕を食べ終わると、肩口からズルリと新しい腕が生えてきた。


「うむ、問題ねえな。こりゃ、便利な身体になったもんだ。『魔人の血』様々だな」


 グルグルと太い腕を回し、満足そうな表情を浮かべるブルーノ。


「じゃあ、続きをやろうぜえ!」


「今度はクビを斬り落としてあげるよっ!」


 どっちが敵か分からないセリフを叫び、ルカがブルーノに突貫する。


「せあっ! たあっ! ふんぬっ!」


「ぐあっ!? おわっ!? しゃらくせえっ!!」


 ルカの剣は僕のスキル《守護者》により格段の冴えを見せている。


 ブルーノの急所を斬り裂き、突き刺し、着実にダメージを与えている。


 けれども、それが致命傷になっているかといえば、答えは否だ。


 ブルーノの身体は、ルカの斬撃を受けてはいるものの、たちどころに傷が塞がってしまっているのだ。


「もうっ! ……これじゃあ、キリがないッ! なら……頭はどうだッ!」


 ザシュッ――


 ルカの放った横薙ぎの一閃が、ブルーノの牛頭を斬り落とす。


「かはっ……」


 ゴトン。


 牛頭が闘技場の地面に転がり、胴体の動きが止まった。


「ふう、これならさすがに……」


 ルカが剣を一瞬だけ降ろした、そのときだった。


 膝から崩れ落ちかけていたブルーノの胴体部分が、ピタリ、と動きを停めたのだ。


「ダメだルカ、避けるんだっ!」


「……うそっ!?」


 ゴオッ――


 ブルーノの胴体が俊敏な動作で、豪快に腕を薙ぐ。


 ルカの一瞬の油断を突いたその一撃は、彼女の胴体を的確に捉えていた。


「きゃあっ!?」


 半魔姿のルカが軽々と中を舞う。


 彼女はまるで木ぎれのようにくるくると回転して――空中で身体を捻り、猫のように地面にふわりと着地した。


「ルカ、大丈夫!?」


「あっぶなかった……でも大丈夫、全然効いてないよ」


 ルカは立ち上がると、パンパンと身体についた土埃を払ってみせる。

 

 どうやら彼女は自分から後ろに跳び、衝撃を完全に殺していたらしい。


 その隙に、ブルーノは自分の頭を拾っていたようだ。


 すでに、牛頭と胴体はくっついており、傷一つ残っていなかった。


 ……どうやら食べるだけじゃなく、くっつけるだけでもいいらしい。


「ハッハア! 確かにテメーの剣は鋭い! だがなあ! 頭を斬り落としたぐれーじゃ、俺は死なねえんだよぉ!」


 勝ち誇ったように、ブルーノが叫ぶ。


「……あんたの攻撃も効かないけどね!」


「ふおおおっ!! これは、タツジン同士の戦いなのじゃ!!」


 その一部始終を見ていたフレイが、拳を握りしめ、興奮したように声を上げている。


 ……ルカはともかくとして、ブルーノの戦いぶりは達人のそれなのだろうか?


 それはともかく。


「……まずいな」


 僕は焦燥感に駆られていた。


 《守護者》により戦闘力が大幅に向上したルカの戦い振りは危なげがない。


 おそらく、ブルーノはルカにダメージを与えることすらできないだろう。


 けれども、このままじゃ膠着状態だ。


 僕らの目的は、賞金首ブルーノの討伐だけじゃない。


 ここに潜伏していると見られる『魔人の聖血』の連中を討伐もしくは捕縛することが任務だ。


 こんな場所で時間稼ぎをされては、本来の目標に逃げる時間を与えてしまう。


 ……どうする?


 頭を斬り落としても生きているとすれば、身体をバラバラに斬り刻んだとしても倒せるのか怪しくなってきた。


 そうなると、圧倒的な火力で骨ものこらず焼却するくらいしか思いつかないんだけど……


 ……いや、待てよ。


 僕はそこで、ブルーノの言葉を思い出す。


 あいつ、『魔人の血』がどうとか言ってたよな。


 それって、文字通り『血』のことなんだろうか。


 じゃあ、それはどうやってブルーノは身体に取り込んだのだろうか?


 飲んだ? それとも、打ち込まれた?


 いや……それも何か、違和感を覚える。


 根本的なところで、僕はヤツのことを見誤っている気がする。


 考えろ、考えろ。


 ブルーノはさっき、頭を斬り落とされても的確にルカの隙を狙って攻撃を繰り出してきた。


 ……頭の向きはどうだっただろうか?


 ルカを見ていなかった気がする。


 そもそもいきなり視点が変われば、まともに攻撃を当てることができるだろうか?


 きっと難しいだろう。


 ブルーノが達人レベルの技量を持っていれば別だけど、ヤツの動きはどんなに上に見積もっても、せいぜいC級の上位レベルの冒険者だろう。


 おまけにヤツの口ぶりだと、『魔人の血』を得てからそう長い期間を経ているわけではなさそうだった。


 なるほど。


 なんとなく、分かってきた。


 おそらく、だけど。


 あそこで戦っている(・・・・・・・・・)ブルーノは、(・・・・・・)ブルーノじゃない。(・・・・・・・・・)


「フレイ、ちょっと頼まれてくれないかな」


 激しい戦いを続けているルカとブルーノを横目に、フレイを呼ぶ。


 ちなみにフレイはすでに赤竜からいつもの女の子姿に戻っている。


「なんじゃ?」


「ちょっと頼まれてくれないかな。具体的には、幻術を使ってもらいたいんだけど」


「お安いご用じゃが……あやつの目くらましをするのか? となると、ルカに一言伝えなければ危ないぞ」


「いや、そっちは別にいいんだ。フレイ、昨日のことは覚えている? 検定のときに、魔物を罠にかけたときのことなんだけど。たしか、気配を察知していたよね」


「うむ。じゃが、それがどうしたのじゃ?」


 まだいまいち合点がいっていない様子で、フレイが首をかしげる。


「幻術で、この闘技場全体を覆うことは可能かな」


「もちろん、この広さなら問題ないのじゃ」


 よし。


「じゃあ、お願いするよ。幻術自体は、何も見せなくてもいい。けれども、どんな小さなものでもいいから、あいつ以外の(・・・・・・)|気配を探ってほしいんだ《・・・・・・・・・・・》」


「……なるほど、そういうカラクリじゃったのか! さすがはお主じゃな。よし、早速やるのじゃ!」


 フレイは僕のやりたいことを察したらしく、即座に術式を発動させる。


「・・…どう?」


「むむむ……おお、あったのじゃ! ものすごく小さい気配が、あっちの方から感じるのじゃ!」


 フレイの視線は、闘技場の上――つまり観客席部分を示していた。


「お手柄だよ、フレイ! じゃあ、アイツのトドメは僕が刺す。フレイはここに、僕のダミーを造って、僕の姿を幻術で消してくれ」


「うむ……任せるのじゃ」


 フレイは頷いて、僕の分身を造り出す。


 よし。


 僕はルカとブルーノが戦い続けていることを確認する。


 こっちの動向は、ブルーノにはバレていない。


 それを確認して、僕は闘技場の上へと向かった。





 闘技場の観客席上の段差の影に隠れるようにして、それは佇んでいた。


 ちょうど、闘技場の僕らが一望できる場所だ。


「これが、ブルーノの本体か」


 それは、触手状の小さな魔物だった。


 ウネウネと蠢きながら、下で戦うルカと牛頭鬼(ミノタウロス)化したブルーノを観戦している。


 ……この魔物には、見覚えがあった。


 先日の実地で、蜘蛛の魔物――『アラクニド』に寄生していたヤツだ。


 これが、『魔人の血』というやつなのだろうか。


 ずいぶん、イメージと違う気がするけど……


 ともかく、そういう疑問は後回しだ。


「…………」


 僕は音を立てないよう、腰から短剣を引き抜き、触手状の小さな魔物――ブルーノの本体にゆっくりと近づいてゆく。


 ……そして。


『ピギッ!?』


 すぐ側まで接近したところで、ブルーノの本体が僕の気配に気付いた。

 

 同時に、ルカと戦っていた方が動きを止め、僕の方を見た。


「ああっ、てめぇ! くそがあああぁぁーーーー」


「へあっ!? ちょっと、まだ戦いは終わってないよ!?」


 本体が何とか逃げようと無数の触手をジタバタと蠢かせ、牛頭鬼の方がルカとの戦闘そっちのけで猛然と僕に向かってくるが――もう遅い。


「終わりだ、ブルーノ」


 僕は振りかぶった短剣をブルーノの本体に突き刺した。


「おい、やめ――――ッ!!」


 短剣に串刺しにされた触手はしばらくジタバタともがいていたが、すぐに動かなくなった。


 それと同時に、牛頭鬼の方も糸が切れた人形のように動かなくなり……ズズンと地響きを立て、地面に倒れこんだのだった。

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