第36話 ダンジョン前にて
「ここが『エレク第十七番開口部』か」
僕らの目の前には、緑の樹海に呑み込まれかけた、ちょうど小屋ほどの大きさの遺跡が佇んでいる。
ここはエレクの街から少し離れた場所にあることと、内部がかなり老朽化しているせいであまり冒険者が立ち入らなくなったダンジョン、その複数ある開口部の一つだ。
ギルドの情報では、このダンジョンの深部階層に『魔人の聖血』の幹部の一人と、数人の賞金首が潜伏しているとのことだった。
「なんだか、すごく雰囲気のある遺跡だね」
ルカが物珍しげにきょろきょろと周囲を見回しつつ、そんな感想を口にする。
そういえばルカはずっとソロだったから、地上メインの依頼ばかり受けていたんだっけ。
まあ、戦闘職の役割は地上とダンジョンでそれほど変わることがない。
狭い場所での戦闘も、樹木の密集した森林地帯なんかでかなり回数をこなしてきたし、ルカもダンジョン内の戦闘が初めてというわけではないと聞いている。
特に問題はないだろう。
「ふおお……遺跡、すごいのう……!」
フレイが目を輝かせて、遺跡を食い入るように見ている。
彼女は何を見ても、だいたいこの反応だな。
もっとも語彙力自体が無いわけじゃく、見るもの全てが珍しいだけだと思うけど。
彼女のダンジョン内での実力は、昨日の実地で一緒に行動したおかげで把握できている。
こっちも問題はないと思う。
「それにしても、すごく古い遺跡だね。この紋様……文字かな?」
ルカは遺跡の内部に通じる開口部に歩み寄ると、興味津々な様子でそこに彫られている象形文字を眺めている。
「ここは多分古代魔導文明の遺跡だと思うよ。それもかなり初期のやつだね」
「知ってるの、テオ君?」
「ギルドの座学でやった範囲で、だけどね」
「そ、そうだっけ。私、ぜんぜん覚えてないかも……」
僕の指摘にルカがあはは、とぎこちない笑いを浮かべた。
まあ、彼女は天才肌タイプというか、要するに座学はからきしだ。
剣の腕は身体能力はかなりのものだけど、歴史や地理なんかは疎い。
うーん、そうだな。
ひとまず昨日の打ち合わせのおさらいも兼ねて、ルカとフレイに遺跡についてざっくりと説明しておこうか。
「ほら、ここ」
僕は遺跡の開口部周辺に刻まれた、紋様のひとつを指さす。
「この紋様は古代魔導文明初期に見られた象形文字だよ。……ええと、これは出入口の名称とかを示す文字だったと思う。たしか、ここら一体は大昔、都市だったらしいからね。もちろん僕もギルドで習った程度の知識だけど」
エレクの街周辺から白竜山脈の麓にかけては、深い森に覆われている現在の状態からは想像できないけど、かつては古代魔導文明期にできた大都市が広がっていたらしい。
ちなみに古代魔導文明は、なぜか地上部よりも地下に建造物を造るという特徴があり、そのおかげでダンジョンといえば古代魔導文明の遺跡や遺構、という方程式が成立している。
この『第十七番開口部』は、そんな都市の地下に造られた施設へと至る出入り口の一つだ。
もちろん、『一つ』というからには、ここ以外にも出入り口がある。
『魔人の聖血』の連中が使っているのは、もう少し街に近い場所にある『第八番開口部』だったかな。
要するに、『魔人の聖血』の潜伏先から充分距離のあるこの開口部から侵入して、油断しているところを奇襲する、という作戦だ。
『魔人の聖血』は市井に紛れて破壊活動などを繰り返しているが、少数精鋭らしく、こういった広大な遺跡群に身を隠すにしても、その全ての開口部に警備を置けるほど人材を揃えている訳でもないらしい。
そんなわけで、この『第十七開口部』には、人気もなく、使い魔の類いが潜んでいる気配もなく、静寂そのものだった。
余談だけど、この遺跡群は広大なうえに地上へと通じる開口部が無数にあるせいでダンジョンから魔物がしょっちゅう出てくるらしく、そのせいでエレクのギルドは他の地域に比べると地上部での魔物討伐依頼が多い、とギルド長が言っていた。
……と、そんなことをルカとフレイに説明してやる。
「なるほど、ね……古い遺跡だというのは分かったよ。それで、内部の老朽化はどのくらいなのかな? あと、通路の広さとか、天井の高さとか。魔物との戦闘で、どのくらい暴れられるかは、戦闘職にとってはかなり重要だし」
ルカはうんうんと頷くと、真剣な表情でそう聞いてきた。
説明を聞いているうちに、仕事モードに入ったらしい。
ルカはソロ時代が長かったせいか『ダンジョン攻略のノウハウがあまりない』と以前言っていたけど、大事なところは押さえてるみたいだな。
「それは、実際に入ってみないと分からないかな。ただ、この辺りは特に初期に造られた地下施設らしくて、もしかしたら崩落箇所なんかが多いかも。一応ギルドから地図を支給されているし、僕もある程度経験で罠の場所や戦いづらい場所なんかは分かるから、そういうところは避けて通るつもりだよ」
「そっか、それなら安心かも」
僕の説明に納得したのか、ルカの表情が和らいだ。
「フレイは何か質問ある?」
「そうじゃのう。そういえば今回の賞金首とやらは、お主らと同じ冒険者のようじゃが……それは構わぬのか?」
「……『黒鉄の暴れ牛』のブルーノのことだね」
「うむ」
そう。
討伐対象は『魔人の聖血』の構成員だけじゃない。
僕らと同じ、冒険者ギルドに所属する冒険者が賞金首に指定されているのだ。
彼は先日ギルドで僕に絡んできたチンピラ冒険者だけど、どうやらテロ組織と繋がりがあったらしい。
そういう事情もあって、今回の『魔人の聖血』討伐には国や街の官憲に先んじて、冒険者ギルドが対処に当たっている。
要するに、『ギルドのケジメはギルドで付ける』ということだ。
まあ、冒険者が討伐対象になるのはさほど珍しいことではない。
なかなかランクを上げることができずに、手っ取り早く稼ぐためにダンジョン内で駆け出し冒険者を狩る不届き者もいるし、以前僕とルカが討伐した山賊のように、商人を襲って生計を立てている悪い連中もいるからね。
そういう連中が世に蔓延っては、冒険者ギルドや、冒険者の信用を貶めかねない。討伐対象になるのは、当然と言えば当然だ。
なので。
「別に気にならないかな」
「まあ、相手が相手っていうのもあるけどね」
僕の頷きに、ルカが追随する。
殺伐とした答えかもしれないけど、そもそも人間社会では、悪いことをすれば誰かに罰されるか、復讐されるのが世の常というやつだ。
冒険者でも悪さをすれば冒険者に狩られる。ただそれだけのことだ。
「……そうか。なら我も手心を加える必要はないのじゃな」
フレイは、もともと人間のトモダチが欲しかったから、僕らと同じ種類の人間と本気で戦うことに葛藤があったようだ。
けれども、折り合いは付いたらしい。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「うむ」
「うん!」
僕らはうなずき合うと、ダンジョンの黒々とした闇の中へと入っていった。
「おもしろかった!」
「続きが気になる! 読みたい!」
「今後どうなるの!?」
と思ったら、ページ下部にある☆☆☆☆☆から、
作品への応援をお願いいたします!
面白かったら★★★★★と星5つ、
つまらないなと感じたら★☆☆☆☆と星1つでも全然OKです!
正直なお気持ちを頂戴できれば。
また「ブックマーク登録」も頂けると、とてもうれしいです。
こちらは☆☆☆☆☆よりすこし上にある「オレンジ色のボタン」を
押すだけで完了しますので、ぜひ。
というわけで、引き続きよろしくお願いいたします!




