第31話 冒険者検定⑥
「なんじゃこれは」
フレイがやってきて、魔物の後頭部を覗き込む。
それは、明らかに何かの芽だった。
長さも大きさも、ちょうど大人の親指程度。
その魔物の固有の突起というよりは、何かがあとで差し込んだか埋め込んだあとのように思えるような、そういう不自然さが感じ取れる。
「分からないけど……もしかして、これ、急所かな」
なんとなく、勘でそう思う。
この魔物にもともと生えていたものとは思えないけれど、それがかえって怪しさを強調している。
「とりあえず、これを引っこ抜いてみるよ。フレイ、もしものことがあるかも知れないから、ちょっと下がってて」
「わかったのじゃ。お主も、無理をするでないぞ」
「大丈夫、僕には《加護》があるから」
言って、魔物が暴れたときのためにすぐにスキルを発動する心構えだけはしておく。
「……これ、以外と硬いな」
素肌で触れるのはさすがに危険だと感じたので、革製の手袋をはめてから、突起を掴んでみると、かなりしっかりした手応えが伝わってきた。
これなら、一気に引き抜けそうだ。
「ふんぬっ……!」
渾身の力を込めると、徐々に突起が引きずり出されてきた。
『……ッ! ……ッ!!』
どうやら正解を引いたようだ。
突起が抜けるにしたがって魔物が苦しげな様子を見せ、ガクガクと痙攣が激しくなる。
しかし……なんだこの罪悪感は……
なまじ魔物の人間部分が女性なだけに、ものすごく人倫にもとる行為をしているように思える。
戦闘職の人たちは見た目の性別が男だろうが女だろうが、そんなことはお構いなしに人型魔物を斬り捨てたりボコボコに撲殺したり魔術で消し炭にしていたけど、自分でやるのがこんなに心に来る行為だとは知らなかった。
とはいえ、僕も冒険者のはしくれだ。
この程度のことでくじけるつもりは毛頭ない。
「よしっ……これで……とどめだあっ!」
自分の心を奮い立たせるため、大声を出して渾身の力で残りの突起を引き抜いた。
『――ッ! ――ッ……』
ずるり、とお世辞にも気持ちの良いとはいえない感触を残して、突起物が魔物から分離すると同時に、魔物の動きが止まった。
「おお、倒した……のじゃな?」
「だね」
突起物を引っこ抜かれた魔物は、徐々に身体が崩壊して、光の粒子へと姿を変えていき……すぐに跡形もなく消滅した。
あとには、僕の持った突起物だけが残された。
「これは、根っこ……じゃないな。蟲型……寄生型かな?」
「うええ……気色悪いのう」
先端部分は、一見植物の根のように見えたけど、よく見るとその根の部分がウネウネと蠢いている。
どっちかというと、触手とか、束になったミミズとか幼虫だとか、そんな感じの魔物だ。
サイズ的には、露出していた箇所よりかなり大きい。
ざっくり手の平より一回りほど大きめ、くらいだろうか。
そして、その触手状の謎魔物は、赤く輝く魔石を大事そうに抱えていたのだ。
「この触手状の蟲型魔物が本体かな。フレイ、これを焼くことはできる?」
僕は魔石を抱きウネウネと蠢く触手状の魔物を刺激しないようにそっと床に横たえて、側を離れる。
「この程度なら、容易いのじゃ――《小火球》」
――ジュッ。
さすがにこのサイズだと、《小火球》でも充分らしい。
蟲型魔物はフレイの撃ち出した火球をまともに食らい、一瞬で消し炭と化した。
「とりあえず、これで魔物の実地はクリア、かな」
周囲を見渡して、他に気配がないことを確認する。
「幻術の展開している範囲に、魔物の反応はないのじゃ」
「よし、じゃあ先を急ごう」
気絶したままの試験官はまあ、他の試験官が回収してくれるだろう。
というか、ずっと目を覚まさなかったけど、大丈夫だろうか。
もちろん演技なのは分かっているけれど、魔物との戦闘で微動だしないで気絶したフリをしているのは、なかなかだ。
やはり元冒険者といっても、監督官を務めるような人材はそれくらいできなければダメなのだろう。
まあ、今は試験だ。
僕らは最後の階層へと進むべく、階段を駆け下りた。
◇
テオとフレイが第1階層を去ってから、ほんの少しあと。
光の差さないダンジョンの闇から、ふわりと人影が浮かび上がった。
人影はすぐに少女の形を取る。
杖を持ちローブを羽織った、どこでもいそうな魔術師の少女だ。
少女はテオたちが去った方向を見つめながら、誰に聞かせるともなく、呟く。
「…………見つけた」
少女の美しい顔には、まるで獲物を見つけた獣の様な、凄絶な笑みが浮かんでいた。
◇
結果として、最後の階層は何の障害もなく終わった。
内容としては罠、魔物、探索(主にマッピング)の三要素を組み合わせたものだったけど、正直なところ拍子抜けするほど簡単だったのだ。
魔物も先ほどの蜘蛛の魔物に比べると、まるで子ウサギを狩るかのようなイージーさだったし、罠や探索要素もまあ、上の階層のと大して代わり映えしないものだ。
……そういえば、第二階層からこの階層に降りる前に、妙な魔法陣と周囲に小さな魔石がいくつか散らばっていたけど、あれはなんだったんだろうか?
魔法陣は召喚とか拘束系の魔法陣だろうことは検討がついたけど、魔石の方は……魔物同士で共食いでもしたのかな?
まあ、今はそんなことを考えているヒマはない。
なにしろ、
「こ、これが探索完了の証か……」
階層最奥部に到達した僕らの目の前には、小さな祭壇がひっそりと佇んでいる。
その台座の上に安置されているのは、護符。
ごくありふれた、木製の、何の変哲もない護符。
だけどそれは僕にとって、これまでどれだけ願っても手に取ることができなかった宝物だった。
「…………っ」
それを、僕はそっと手に取り、ぎゅっと握りしめる。
「お主、泣いているのか?」
「いやいやっ、これは汗だよ。ちょっと目に汗が入っただけ」
フレイの至極もっともな指摘に、僕は慌ててごしごしと顔を拭った。
いや、別に強がるところじゃないのは分かってるんだけどね……
なんだろう、なけなしのプライドだろうか?
自分でもよく分からない。
「行こう」
「……うむ!」
フレイは空気を読んでくれたのか、それ以上僕の様子につっこむことはなかった。
最奥部には、地上まで直通の階段がある。
そこを、これまでのことを噛みしめるように思い出しながら登ってゆく。
この護符を地上の試験官に渡せば、晴れて検定終了だ。
ここまできて、落としてなくしました、ではシャレにもならない。
「おお、久しぶりの陽光じゃな」
「だね。……フレイ、ありがとう。君が居てくれて、本当によかったよ」
「うむ、お主は我のトモダチじゃからな! これからもどんどん頼ってくれれば我も嬉しいのじゃ!」
フレイが嬉しそうに言ってくる。
本当はルカも一緒ならよかったんだけど、さすがに冒険者検定には参加できないからね。
でも、今後は何も気負うことなく、一緒に冒険を続けることができる。
それを思い浮かべただけでも、心がワクワクしてきた。
……と、フレイが急に怪訝な顔になる。
「……フレイ、どうしたの?」
「うむ、我の気のせいじゃろうか? なにやら外の様子が騒がしいのじゃ」
「……本当だ」
フレイに言われて気付く。
もう地上に出ようかといったところで、ようやく聞こえてきたんだけど……彼女の言う通り、妙に外が騒がしい。
というより、なにやら叫び声だとか、キンキンと金属がぶつかり合う音や、ガアアァァッ! という魔物の咆吼らしきものまで聞こえてくるのだ。
「……急ごう」
「うむ!」
残り僅かの階段を、一気に上り切り、地上に出た。
地上は、修羅の巷と化していた。
「おい、こっちに戦力を回してくれ! もう保たん!」
「ぎゃあっ!? クソぉっ、強ぇ! ダメだ、腕をやられた! 早く回復薬をよこせっ!」
「うわあぁっ!? なんで魔物がいるんだよっ! 助けてくれえっ!」
「く、来るなっ! 来るな! うわあああーっ!」
監督官たちが必死の形相で剣で、魔術で、押し寄せる魔物の群れと戦いを繰り広げている。
受験者たちも監督官に混じって魔物たちと交戦はしているものの、所詮は冒険者見習いだ。
次々と魔物の攻撃を受け、戦闘不能に陥っているのもが出ている。
「な、なんだこれ……」
「魔物がたくさんおるのじゃ!?」
状況がまったく分からないぞ。
なんで検定を終えたら、地上で魔物と戦闘が始まっているんだ。
そんな中、ひときわ鋭い動きで次々と魔物を斬り伏せている女冒険者の姿が目に留まった。
「ああもう! なんでこんなことになるのかな……テオ君、それにフレイ! 無事だった!?」
そこに居たのは、ルカだった。
「おもしろかった!」
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