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第30話 冒険者検定⑤

タイトルとあらすじをちょっと変えてみました。

前あった要素はそのままです。

『キアアアァッ!』


 闇の奥で、蜘蛛の魔物が不快な叫び声を上げている。


「お主、やはりあの魔物には《小火球》なんぞ、目くらまし程度にしかならんのじゃ!」


「やっぱりダメか……」


 なんとなく分かっていたけど、やはり魔物にはほとんどダメージがないようだ。


 フレイの《小火球》は小さな火の玉を射出する魔術だけど、速度がある分威力が低い。


 もともと蜘蛛の魔物は種族の特性として火が弱点なうえに、相手の急所と思しき場所に命中したから《小火球》でもひるませることができた、というのが真実だろう。


 だから、糸を焼き切り職員さんを救出するにはその程度で充分だったけど、魔物を倒しきるのは、彼女の魔術だけでは多分難しい。


(いや、ダメだ! 弱気になるな!)


 一瞬挫けそうになるが、その考えを頭を振って追い出す。


 今まではそもそも魔物相手に手も足も出ずに監督官に救出されるばかりだった。


 それを考えれば、今は《加護》で僕はダメージを受けなくて済んでいるし、フレイがいるお陰で、少ないながらもダメージを負わせることができている。


 まだ、できることはあるはずだ。


「お主、これからどうするのじゃ?」


 フレイが心配そうに聞いてくる。


「そうだな……」


 僕は頷いてから、とりあえずの方針を彼女に伝える。


「フレイ、幻術で僕らの偽物を創り出すことはできる? ひとまず、あの魔物の目を僕らから逸らしたいんだけど」


「もちろん可能じゃ。しかし時間稼ぎしかできぬぞ」


「分かってる。でも、今は考える時間が欲しいんだ。その間に、なんとか倒す方法を考えるから」


「分かったのじゃ……そいっ!」


 フレイが手を前に突き出すと、彼女の前に偽物の僕とフレイが現れる。


「よし、僕らは少し下がろう」


「うむ」


 偽物を残して、僕は気絶したままの監督官を担いで、フレイと一緒に上の階層へと繋がる階段まで退避する。


『ギッッ! キアアァッ!!』


 直後、僕らの居た場所から、魔物の叫び声とギン、ギン! と硬いものを斬りつける音が聞こえ、少し遅れてゴゴゴ……と何かが崩れる音が聞こえてきた。


 蜘蛛の魔物が攻撃を再開したようだ。


「あの魔物……もしかして柱を斬り倒してる?」


「うむ。脚が刃物の様に鋭いからのう。とんでもない斬れ味じゃ。まるでバターみたいにスパスパ柱を斬っておるぞ」


「マジか……」


 もちろん普通の蜘蛛型の魔物はそんな芸当はできない。


「一応じゃが、ちゃんと戦っているように見せかけておるのじゃ。そのせいで派手な立ち回りをしておるようじゃのう。とはいえ、魔物は勘が良いゆえそれほど長い間騙し続けることはできんぞ」


「わかった、急ぐよ」


 なんなんだ、今回の実地は。


 あんなの、冒険者見習いどころかかなり高ランクの冒険者じゃないと対処できないぞ……?


 まさか負けてもいいとか……?


 いや、さすがにそれを試すのはいろんな意味で危険すぎる。


(やっぱり、倒さないと進めないよな……)


 幸いにして、蜘蛛系の魔物は種族特性として敏捷性と攻撃力は高いものの、それほど耐久力はない。


 《小火球》程度では深手を負わせることは難しいけれど、僕の装備したナイフでもそれなりのダメージを与えることは可能だ。


 問題は、魔物の動きを止めたうえで、きちんと急所を攻撃して致命傷を与える必要がある、ということだけど。


(まいったな……あの蜘蛛の魔物、どこが急所だろう)


 さっき一瞬対峙したときの感触では、視界は蜘蛛の頭部ではなく、女体の頭部で確保しているように思えた。


 僕の動きに、女体の方の顔が追随してきたからだ。


 それに、フレイが頭部を攻撃したときに怯んだのは確かだ。


 となると、頭部が急所……?


 いや、ああいう蟲型の魔物は身体の深くにある神経節を破壊しないと致命傷にならないことが多いからな。


 となれば、体幹に直接浸透させるような強烈な衝撃か、あるいは胴体を貫通するほどの強烈な一撃を叩き込む必要がある。


 そんな強力な攻撃手段なんて……


 いや、ないことはない。


「お主っ! そろそろ魔物がこちらに気付きそうじゃぞ!」


 フレイが慌てた様子でそう伝えてきた。


「分かった。そろそろ幻術を解いてもいいよ」


「本当じゃな!? ということは、彼奴を倒す算段がついたということじゃな」


「うん」


 僕は頷いて、顎をしゃくって背後を示した。


「いったん上の階層に戻る。まだ解除していない罠を使うんだ。もちろんそのままじゃ引っかかってくれないから、フレイの幻術による偽装が必要になる。協力してくれるよね?」


「任せるのじゃ! なるほど、罠ならば彼奴に痛打を浴びせることも可能じゃな」


「そういうこと。よし、すぐに撤退しよう」


 僕らは魔物がこちらに気付くうちに上の階層へと退避した。




 ◇




 上の階層は地下墳墓だ。


 地下神殿の階層よりも通路幅が狭く、入り組んでいる。


 その狭い通路の床や壁、それに天井など至る所に罠が仕掛けられている。


 罠の種類は、槍や弓矢が撃ち出されるものから、落とし穴や麻痺ガス噴射や落盤による通路遮断など、かなり凶悪なものが多い。


 もっとも槍や弓矢から刃の部分は取り除かれているし、落とし穴も落下死するほどの高さはない。


 まあ、他の罠も似たような安全策が取られている。


 だから、これらの罠でまともにダメージを与えるためにはフレイの幻術による偽装が必須だ。


「ええと、まだ解除していないのは……落とし穴、落盤に……ガス系。あとは、仕込み槍は一つだけか」


 僕は監督官のお姉さんを安全な場所に寝かせると、階層の罠の場所を記録しておいた地図を取り出し、ざっと目を通す。


 これはあとで試験官に提出するためのものだけど、実際のダンジョンでも同じ事をする必要がある。


 階層ごとに罠の記録を付けていないと、帰り道で大変なことになるからだ。


 ちなみに基本的に通路を進むのに邪魔だった罠は解除しているから、それ以外を活用することになる。


 まず、落とし穴は使えないだろう。


 仮にうまく嵌めたとしても、そもそも冒険者見習い(サポーター)が落下しても死なないように下にクッションが敷き詰めてある。


 もちろん、針やトゲなんて付いてないから殺傷性は皆無だ。


 一瞬動きを止められるかもしれないけど、今回はあまり意味がない。


 そうなると、落盤罠や仕込み槍でダメージを与え、ガス系の罠で動きを止めるかしてトドメは、僕が刺す、という手順になりそうだ。


 方針が固まったところで、フレイに内容を説明する。


「分かったのじゃ。まずは幻術で罠があるところが、ただの床や壁のように偽装すればよいのじゃな?」


「うん、頼むよ」


 フレイは理解が早くて助かる。


 しかも幻術はかなりの範囲に効果を及ぼすことができるようで、階層のほとんどを覆っているようだった。


 そういえば、以前山でフレイと戦った時も、見渡す限りが完全に幻術で偽装していたんだっけ。


「む……魔物がこの階層に上がってきたのじゃ」


「分かるの?」


「我は幻術を通して、わずかにじゃが気配を感じ取ることができるのじゃ。これで敵が来てもどこにいるか分かるゆえ、余裕を持って逃げることができるのじゃ!」


「なにそれすごい……いや、本当にすごいよ?」


 擬態スライムの悲しい理由その2のように見えるけど、普通に凄い。


 まあ、今はあえてツッコむヒマはないけど。


「よし、作戦開始だ。また幻術で僕らの姿を創り出してもらえるかな」


「ふむ、それを囮にして罠までおびき寄せるということじゃな」


「そのとおり。まずは、この罠まで誘導してもらえるかな」


 僕は地図上で下の階層に一番近い罠を指し示す。


「了解なのじゃ……む、魔物が我の囮に反応したぞ……かかったのじゃ!」


 直後、ズズン――と地響きが足元から伝わってきて、『キアアァァッ!?』とかすかにだけど、魔物の悲鳴のようなものが聞こえてきた。


 思惑通り、落盤罠に引っかかったのだ。


「よし。相手の様子はどう?」


「あまり気配に変化はないのじゃ。ちょっと怒っているようには見えるのじゃが、大して効いているようには思えんのう」


「まあ、そうだろうね。じゃあ、次は……ここで」


「うむ!」


『…………ッ! ……ッ!』


 今度は僅かに悲鳴のようなものが聞こえた。


「仕込み槍に思い切りボコボコにされたっぽいのじゃ。ダメージはかなりありそうじゃな。まだ動けるようじゃが、脚が何本か折れておる」


「よし、次!


「了解なのじゃ!」


『……ッ! ……ッ!』


「次!」


 ――ゴゴゴ――ズズン――


「次!」


「よし、もういっちょ!」


「おおっ、ちょっと気配が鈍くなったきたのじゃ!」


「もう少しだね。次は、ここ!」


 フレイの誘導が的確なのか、次々に罠に突っ込んでいく蜘蛛の魔物。


 たしかに敏捷性や攻撃性や高いみたいだけど、見た目ほど賢くはないらしい。


 そして――


「お主よ、魔物が動かなくなったのじゃ」


「了解。この罠は……麻痺ガス噴射か」


 蜘蛛の魔物は自身は毒持ちだけど、毒自体に耐性はないものが多い。


 この魔物もどうやら麻痺毒耐性はなかったようだ。


 もっとも、麻痺ガスは基本的に命まで奪うことはできない。


 動けなくなった魔物は、僕がトドメを刺す必要がある。


「よし、しっかり効いてるな」


 僕らが現場に到着すると、蜘蛛の魔物はその場に横倒しになり、ピクピクと痙攣しているのが見えた。


 もっとも、麻痺毒は完全に身体に回りきっている訳ではないらしく、人間部分の頭部が僅かに動き、ギロリと僕らを睨み付けてきた。


「ぴぃっ!? 今、我にガンを飛ばしてきたのじゃ!」


 フレイが顔を引きつらせ、僕にしがみついてきた。

 

「とりあえず、さっさと無力化してしまおう」


 魔物を完全に倒すには、基本的には普通の獣や蟲と倒し方は同じだ。


 つまり獣型や人型なら頭部を切り離すか破壊する、蟲型なら体内の神経節を破壊する必要がある。


 この魔物はどっちの特性も備えているけど……とりあえず、実行しやすいのは頭部を破壊する方か。


 それでも人型、それも女性の身体をしているから、かなり抵抗があるけど……まあ、相手は魔物だ。


 割り切るしかない。


「……ん? なんだこれ」


 ナイフを腰の鞘から抜き、覚悟を決めて魔物の頭部を切り落とそうとしたところで、妙なことに気付いた。


「どうしたのじゃ?」


「いや、これ……この魔物、変な芽みたいのが、後頭部から生えてる」


 よく見なければ、見落とすところだった。


 魔物の人間部分の後頭部、髪の生え際に……なにか、植物の芽のようなのが突き出ていることに気付いた。



「おもしろかった!」

「続きが気になる! 読みたい!」

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