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第26話 冒険者検定①

「テオ君、なんか顔色悪くない? 大丈夫?」


「お主、腹が痛いのか? 酷い顔をしておるぞ」


 ギルド内休憩スペースのテーブルで、武器や防具を外しくつろいでいたルカとフレイが、戻って来た僕を見るなり怪訝な表情になった。


「…………大丈夫だよ」


 それだけ言って、席に就く。


 ルカはともかく、フレイにすら心配されるとは、どうやら僕はよっぽど酷い顔をしているらしい。


「もしかして、『黒鉄の暴れ牛』がらみ? 今度はギルド経由で因縁を付けてきたとか? なら、私からもテオ君の正当性をしっかり訴えて……」


 険しい顔をしてルカがガタンとテーブルを立つ。


「あー、ごめん。そっちじゃないんだ」


 別に隠すこともない。


「これだよ。職員さんからもらったんだ」


 『冒険者検定』の案内書と申込用紙をルカとフレイに見せる。


「……そ、そうなんだ」


「なんじゃ、それは」


 ルカは何かを察したようにバツの悪そうな顔になり、フレイは首をかしげた。


 まあ、フレイは知らなくて当然だけど。


「僕が『冒険者見習い(サポーター)』っていう身分なのは、フレイも知ってるよね? で、ルカは『冒険者』」


「うむ。じゃが、『冒険者』と『冒険者見習い』の違いはよく知らぬ。いったい何が違うのじゃ? ルカもテオも何も変わらぬように見えるぞ」


 まあ、見た目から判別できるものじゃないからね。


「これはただの制度なんだけど……人間の世界はいろいろとしがらみがあってさ」


 『冒険者』と『冒険者見習い』は基本的に依頼をこなすというその一点については、特に行動に制限はない。


 そうでなければ、ダンジョン探索なんて怖くてできない。


 魔物は『コイツは冒険者見習いだから手加減しておこう』なんて考えないからね。


 だから、ダンジョン内や深い森など、魔物が徘徊する危険な場所でも単独で生き延びることができる能力を有していることが冒険者には必須の条件となる。


 冒険者ギルドとしても、実力のない冒険者に依頼を受けさせても、自殺を手伝っているようなものだし、そもそも依頼は達成できなければ、依頼主の利益にならない。


 だから一定以上の水準で満たしている者をギルドが認定・登録し、依頼を単独で受ける許可を出している。


 要するにその資格みたいなものが『冒険者』というわけだ。


 そんなことをフレイに説明してやる。


「なるほど、道理は理解したのじゃ」


 うんうんと頷くフレイ。


「うんうん、やっぱりテオ君の説明は分かりやすいよねえ」


 ……ルカは本当に冒険者の検定を受けたのだろうか。


 まあ極端な話、座学は全部寝ていたとしても実地で良い成績を出せば冒険者になれるから(『貫きの一角獣』の面々は僕とエミルを除いて全員そのタイプだった)、ルカもそっちのタイプなんだろう。


「それで……どうするの?」


 ルカがおそるおそる、といった様子で聞いてくる。


「そう……だね」


 僕は一瞬だけ迷う。


 検定を受ける場合は、しばらくパーティーで依頼を受けることはできなくなる。


 そうなれば、ルカが路銀を貯める手段がなくなってしまう。


 このパーティーは、ある意味僕のために結成されたパーティーみたいなものだ。


 その僕個人の都合でしばらくの間依頼をこなせなくなる、というのはルカとフレイにとって不誠実のような気がする。


 だから僕は、検定を……


 いや、認めよう。


 それはただの口実だ。


 本当のところは、不合格になるのが怖い。


 己の全てを掛けて挑んで、それでも無慈悲に「否」を突きつけられることは……誰だって怖いのだ。


 それに。


 今はまだ決定的な失敗をしていない。


 だけど、この挑戦の結果、僕が失敗してルカやフレイの信頼を失うかもしれないと思うと――


 だから。


「僕は、検定を――」


「テオ君、君はきっと大丈夫だよ」


 ふわっと全身が何か暖かいものに包まれる感触があった。


「大丈夫、だよ」


 最初、何が起きたのか分からなかった。


「ル、ルカ?」


 彼女が、席に座りうつむいたままの僕を頭ごと抱きしめたのだと気付いたのは、顔に押しつけられた柔らかな胸の奥から、静かな鼓動が聞こえてきたからだ。


「一体、何を……」


 戸惑う僕を、ルカはさらにぎゅっと抱きしめる。


「私、これまでテオ君のことをずっと見てきたよ。…………恥ずかしいから、いちいち全部は語らない、けど」


「…………」


「だから、きっと大丈夫」


 ルカはそれだけ言って、僕の頭を解放した。


「だからさ、受けなよ。検定」


 言って、僕の目を見るルカ。


 相変わらず真っ直ぐな瞳だった。


 まぶしくて、思わず目をそらしたくなったけど、ここはグッと我慢する。


「要するに、ルカは冒険者の僕と一緒にいたいんだね」


「……ッ! 言い方!」


 ルカの顔が真っ赤に染まり、プイ、とそっぽを向かれてしまった。

 ちょっと言いすぎたかな?


 意趣返しなんてつもりはないけど、まあ、これくらいは言ってもいいだろう。


「わかった。受けるよ」


 僕は言う。


 だって、僕だってルカと一緒に冒険がしたい。


 ちゃんと冒険者として横に並び立ちたい。


 だったら……こんなことでウジウジしているヒマなんてないな、と思った。


 気付けば、胸の中の嫌なつかえは取れていた。


「ありがとう、ルカ。僕はもう大丈夫だから」


「…………のう、お主よ。お主、何か忘れとらんか?」


 そう言って席を立とうとしたところで、ぐい、と袖を引っ張られた。


 見れば、フレイがむすっとした顔で僕を見ている。


「……あっ」


 いや、別に忘れていたつもりはないんだけど……


「お主ら、我を差し置いてさっきから二人の世界に入り浸りおって……まあ、よい。我は五百年の時を生きる最強擬態(ミミック)スライムなのじゃからな? 決して、寂しくなんてないのじゃよ? ……絶対じゃぞ?」


 そんなことを、チラチラこっちを見ながら言ってきた。


 あっ、フレイの目の端にちょっと涙が溜まってるし……これはマズい。


 助けを求めようとルカの方を見る。


「……!」


 一瞬目が合い、バッ! と逸らされた。


 黒髪から覗く耳は真っ赤だった。


「ええ……」


 どうやら僕に助けは来ないらしい。


「ごめん、フレイ。君のことだって大切なトモダチだと思っているよ」


「フン、心にもないことを言いおって…………本当じゃな? 我にウソは通用せんぞ?」


「いや、この空気でウソなんてつけないでしょ……」


「そうか、そうか……! ならよいのじゃ! ……フヒヒ」


 フレイの口元がもにゃもにゃ緩んでいる。


 ……ちょろいな、この子。


 もちろん、フレイだって大切な友達なのは僕の本心だ。


「ときにお主よ。その『冒険者検定』とやらは、絶対に単独で遂行しなければならないのか?」


 急に真面目な顔になったフレイがそんなことを言ってきた。


「それはもちろん、そうだけど」


 確かに冒険者はパーティーを組んで様々な依頼をこなすのが基本だ。


 けれども、その基礎となるのは個々の力量にほかならない。


 単独で一定レベルのダンジョンを踏破できないのなら、足を引っ張るだけだ。


 そんなことは当然なのに、フレイは何を言いたいのだろう?


 そんな僕の表情を読み取ったか、フレイはなぜか悪い笑みを浮かべながら話を続ける。


「それは……『人間』が『一人』という意味じゃな?」


「うーん、どういうことかな?」


 ルカが腕を組み、首をかしげる。


 僕も一瞬だけ何を言っているのか分からなかったけど……


「そんなの当たり前……そうか」


「お主、やはり我のことを忘れておったじゃろ」


 合点のいった僕を、フレイがジトっとした目で覗き込んだ。


 でも、考えてみれば当然だ。


 フレイはコミュニケーションも取れるし、普段は人の姿をしている。


 そのせいで、完全に頭から抜け落ちていた。


 彼女は僕の大切なトモダチだけど、魔物だ。


 人間でも、ましてや冒険者でもない。


 彼女は僕の使い魔としてなら、検定に参加することができる。


「ありがとう、フレイ!」


 僕は思わずフレイを抱きしめる。


 ルカとは違って、スライムである彼女の抱き心地は柔らかいというよりはぷよぷよだ。


 あとちょっとひんやりして心地良かった。


「ひゃわうっ!? お、お主!? さすがにこれは……我には刺激が強すぎるのじゃ!」


 フレイはなぜか顔を真っ赤にしたあと、ポン! とスライムの姿に戻ってしまった。


 何か悪いことをしてしまっただろうか?


「ご、ごめん」


「いや、かまわぬのじゃ。ちょっとビックリしただけじゃ」


 フレイはそうはいうものの、なぜか一向に人間の姿に戻らない。


「でも、これで検定はバッチリだね!」


 生暖かい目で僕らのやりとりを眺めていたルカが、嬉しそうにそう言ってくる。


 確かに今回の検定は、今までとは全く違うのは確かだ。


 というより……



 これ、もしかして……案外楽勝だったりするのかな?

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