第25話 『黒鉄の暴れ牛』 下
「…………」
シーン、と静まりかえるギルド内。
「ウソだろ、あの『処刑人』が転ばされた、だと……!?」
「なんだアイツ……見た感じ、ただのガキなのに……」
徐々にざわめきが大きくなった。
「テオ君、すごい……!」
「おお……やはりお主はすごいのぉ!」
後ろでルカとフレイの声が聞こえる。
……うん、全然集中しなくてもいい感じだ。
正直、もしかすると《加護》を使う必要があるかと思っていた。
とんだ期待外れだったけど。
「ク、クソッ! さっきのはちょっと勢い余っただけだ! ガキが、なめんじゃねえええええッ!!」
どうやらブルーノに大したダメージはないようだ。
近くにあったテーブルを腹立ち紛れに殴りつけ破壊すると、さらに激昂した様子で襲いかかってきた。
「遅い」
けれども、さすがにブルーノの攻撃を律儀に喰らってやる気はない。
「オラッ! ゴラァッ! ハア、ハアッ……テメエ、逃げてんじゃねーぞオオオォォッ!!」
何度も何度も、ブルーノは拳を叩きつけてくる。
けれども、その全てを僕は紙一重で躱してみせる。
ああ、そういえば昔、チムールとこうやって組手をしてたっけ。
ちょっと懐かしくなってきた。
……まあ、チムールはこの十倍は速かったけど。
「オラアッ! クソっ、ドラァッ……! ぜえ、ぜえ……テメェ……逃げ、んな…・…っ!」
とはいえ、ブルーノも体力はかなりのものだ。
もう何十発も空振りしてるというのに、一向に諦める気がなさそうだ。
まあ、取り巻きの手前引っ込みがつかないからだろうけど。
他の冒険者は止める気はなさそうだし、職員さんはなぜか面白そうに僕たちのケンカを見物している。
となれば、僕がどうにかして終わらせるほかなさそうだ。
さて、どうしたものか……
ああ、そうだ。
僕はまだ、《加護》で試していないことがあったことに思い至る。
このスキルはとても強固な防御結界を生成するスキルだ。
そして、どこに結界を生成するかは任意。
この原理を応用して、どうにかブルーノ制圧に使えないだろうか?
「ハア、ハア……このガキが……とうとう追い詰めたぞ」
「……おっと」
気付くと、僕は壁際に追いやられていた。
考え事をしながらあしらっていたので、立ち位置が適当になっていたようだ。
けれども。
……もしかしてこの状況、使えるかな?
突如思いついた案に、僕は少しだけ嬉しくなる。
「てめえ、この状況でなに笑ってんだああああぁッ!」
どうやら笑みがこぼれていたらしい。
激昂したブルーノの拳が、ごう、と僕の顔面に迫る。
――よし、ここだ。
もちろん拳が当たることはない。
難なく躱し、僕はブルーノと立ち位置をするりと入れ替えた。
「なっ!?」
これで僕は、さきほどとは逆にブルーノを壁際に追い詰めたような立ち位置になった。
いや、実際これで追い詰めた。
「――《護れ》」
僕はすかさずブルーノに手を向け――《加護》を発動する。
淡い光の結界が僕のすぐ正面に生成され――
ズン。
重く鈍い音がギルド内に響き渡る。
それと同時に、ブルーノを中心としてギルドの石壁に放射状のヒビが入った。
僕の生成した結界とギルドの石壁が、ブルーノを押し潰したのだ。
メキメキと、人体がひしゃげる嫌な音が鳴り響く。
「――――かはッ」
これには、さしものブルーノでも耐えきれなかったようだ。
肺腑から絞り出すような声を上げ、ブルーノは白目を剥いてしまった。
「……やばっ、やりすぎた?」
もちろん殺すつもりはないので、僕は慌てて《加護》を解く。
すると完全に気絶したブルーノがズズン、と崩れ落ちた。
さきほどのように起き上がってくる様子はない。
完全に伸びてしまっているようだ。
「「「……………………」」」
ギルド内は、シーンと静まりかえっている。
ブルーノの取り巻きも、他の冒険者も、まるで強大な魔物を前にしたような顔で僕を見て、固まっている。
「テオ君、すご……」
「お主、こんなに強かったのじゃな……」
ルカとフレイも唖然とした表情で僕を見ているけど、そんな大したことじゃないと思うよ……
武器ありなら僕はルカに絶対勝てないと思うし、魔物相手じゃ、対人間用の体術なんて一切通用しないからね。
「お、覚えてやがれ……っ!」
「次会ったらただじゃおかねーからなぁッ!?」
取り巻きたちが気絶したブルーノを担いでギルドを出て行ったのは、少し経ってからだった。
◇
『黒鉄の暴れ牛』の騒動から数日経った。
エルクの冒険者ギルドは今日もごった返している。
『黒鉄の暴れ牛』の面々はしばらく見かけていない。
風の噂では、どうやら僕の《加護》をまともに喰らったブルーノは全身粉砕骨折で再起不能寸前だったらしい。
急いで知り合いの治癒術師に頼み込んで骨折だけは治してもらったところまではどこからか話が流れてきたので知ってるけど……いずれにせよ、しばらくは復帰できないだろう、とのことだった。
さすがにやり過ぎてしまった自覚はある。
しかし、ああいう場面で毅然とした態度を取れない冒険者はとことん舐められる。
舐められると、例えば他パーティーと組んで依頼をする場合に連携がとりづらくなったり、そもそも組んでくれなくなったりする。
だから、ああいうケンカは勝とうが負けようが、決して引いてはいけない。
ちなみに『黒鉄の暴れ牛』の連中からは抗議やら文句やらは来ていない。
彼らも自分たちからケンカを売って負けた以上、騒ぎ立ててもパーティーの株を落とすだけだということは分かっているのだろう。
ちなみに騒動の直後、一度だけブルーノの取り巻きらしきメンツをギルドで見かけたことがあったけど、僕と目があった瞬間に引きつった顔になり、そそくさとギルドから退散していった。
それはさておき。
「お待たせしました……テオさん。これが今回の報酬です。それと、あの……僭越ながら申し上げたいことが」
いつものように依頼達成報告用の窓口で、職員のお姉さんがおずおずとそう切り出してきた。
「なんでしょう?」
なぜか決まりの悪そうな顔をしている職員さん。
僕ら、なにか粗相をしてしまったのだろうか?
これまでのことを思い返してみるが、特に思いつかない。
まあ、『黒鉄の暴れ牛』の一件ではギルドには迷惑を掛けたかもしれないけど、程度の差こそあれ冒険者同士のいざこざなんてしょっちゅうだ。
ギルドも特に介入したところを見たところもないし。
ちなみに、ギルドの壊れた備品なんかは『黒鉄の暴れ牛』に請求が行っているようだ。まあ、ギルド的にそのへんのジャッジはしっかりしているらしい。
なので、本当に分からない。
職員さんはそんな僕を見て「マジかこいつ」みたいな顔で大きなため息をついた。
「あの、私が言うのもなんですが……テオさんたちのパーティー、もうかなりの回数、依頼を達成回数されてますよね?」
「それは、まあ」
エレクの街は、なんだかんだでもうひと月近く滞在している。
もっとも、そろそろルカの路銀が貯まりそうだから次の街へ向かうつもりだったけど。
職員さんが続ける。
「テオさん方はもう『駆け出し』とは言えないほどに実績を上げてますし、パーティー名、『5642』では締まらないですよ? そろそろ決められた方がいいのでは。……というか、私たちも呼びづらいので」
「……ああ」
言われて気付いた。
そういえば、もうずっとパーティー名が登録番号のままだったのだ。
正直、その話題は完全に盲点だった。
そもそもこのパーティーは、僕が帰郷のついでに組んだような緩いパーティーだ。
名前を付けるという発想が完全に抜け落ちていた。
ルカもフレイも特に話題にしなかったし。
どのみち僕の一存で決めるわけにはいかない。
「うーん……とりあえず何か考えておきます」
「とりあえずでは困るんですが……なるべく早くお願いしますね? あと、もう一つ。冒険者見習いのテオさんに、ご案内です」
「僕に?」
「はい。テオさんに、です。必要でしょう?」
職員さんはカウンターの下をごそごそ漁った後、チラシのようなものを数枚、差し出してきた。
これは……
「…………もう、そんな時期か」
思わず、言葉がこぼれた。
それは、『冒険者検定』の案内書と申込用紙だった。
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