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第24話 『黒鉄の暴れ牛』 上

「今日は疲れたかな……」


 僕と一緒にギルドの依頼報告窓口の列に並びながら、ルカがぐるぐると肩を回している。


「ランドサーペント、強かったからね」


 正直、今まで受けてきた討伐依頼の中ではダントツに強い魔物だった。


 だから、ルカも《守護者》で変化する必要があった。


 このスキルはこれまでの試行から、ルカの身体能力や魔力を数十倍かそれ以上にまで引き上げることが分かっているけど、その反動で肉体への負荷がかなりあるようだった。


 今のところはルカの天職【剣士】による素の頑強さもあってか、「ちょっと疲れたかも」くらいで済んでいるみたいだけど。


「僕らの番までもうちょっとだよ。疲れてるなら、フレイと一緒にあっちのテーブルで休んでてもいいよ」


「ううん、大丈夫」


 ルカは初依頼以降、きちんと自分の取り分を多く取るようになった。


 これは最初に話し合って決めたことだから、問題ない。


 彼女は路銀をなるべくたくさんためる必要があるからね。


 ただ、その代わりといっていいのか……なぜか僕と一緒に報酬受け取りの手続きをしたがった。


 そして今日もこうして、僕と列に並んでいる。


 普通はリーダーか冒険者見習いが手続きをするから、まあ間違っちゃいない……のかな?


「はい、次のかたー」


 前の冒険者たちの手続きが終わり、職員さんが僕らに呼びかける。


「はい、今行きます――」


 と一歩足を踏み出したところで、ドン、と誰かにぶつかられた。


「うわっ!?」


「おうねーちゃん、依頼終了だ。報酬の勘定を頼むぜ」


 僕を肩で押しのけて窓口に立ったのは、大柄な男だ。


 ムキムキの上半身に、頭頂部を残して短く刈り込まれた赤髪の冒険者が、カウンターの向こう側の職員さんに話しかけている。


 一瞬何が起きたか分からなかったけど、すぐに状況を把握する。


 ちょうど依頼帰りの冒険者が、僕らの前に割り込んできたのだ。


「ちょっと! 次は私たちの番なんだけど? テオ君、大丈夫?」


 心配そうに僕の顔を覗き込んでくるルカ。


「大丈夫。ちょっとよろけただけだよ」


「よかった……! あの男、テオ君に……許さない……ちょっとそこの赤髪の人!」


「……ああん?」


 窓口でのやりとりを邪魔されたのが癇に障ったのか、大男が僕たちに向き直ると、ギロリと睨み付けてきた。


「次は私たちの番だよ! 割り込まないでくれるかな!」


 ちょっとキツめの口調でルカが抗議する。


「はあ? なんだお前ら。……ああ、新人か」


 大男は怪訝な表情になったあと、何かに合点がいったように大きく頷いた。


「おいガキども。この人は『処刑人』ブルーノ様だぞ? お前らみたいなひよっこと同じ扱いなわけがねーだろーが」


「なんでお前らごときの順番を尊重しなけりゃなんねーんだ? ダンジョンに埋めるぞ?」


「…………」


 ブルーノとかいう大男の取り巻きが、囃し立ててくる。


 みな、かなりガラが悪い連中ばかりだ。




「おい、『黒鉄の暴れ牛』じゃねーか……」


「あいつら、かわいそーに。完全に目を付けられちまったな」


「お、俺は知らねーぞ。あんなタチの悪い連中と関わりたくねーよ」


「この前ウチの【重戦士】がただ高い防具を着けてるだけで因縁付けられてボコボコにされたからな……あいつら、五体満足じゃギルドを出れないぞ」




 ちなみに僕は『処刑人』ブルーノなる人物も、『黒鉄の暴れ牛』とかいうパーティーも知らない。


 だが、この辺りでは悪い意味で有名なのだ、ということは周囲で様子を見守る冒険者たちの態度で分かった。


 というか、僕が周囲で見守る冒険者たちに視線を向けてみると、青ざめた顔でサッと目をそらされた。


 どうやら僕らを助けてくれるつもりはこれっぽっちもないらしい。


 屈強な冒険者たちがそろいもそろって、これだ。


 『黒鉄の暴れ牛』がどういう連中なのか……まあ、お察しだった。




「……まあいい。ああ、お前。ちょっとツラかせや」


 ブルーノは窓口からギルドのホールの真ん中に移動して、チョイチョイと手招きしてくる。


「僕?」


「ああそうだ、お前だよヘナチョコ。お前、駆け出しだろ? 見りゃわかんだよ。駆け出しには、教育が必要だろ。俺が『分からせて』やるよ」


 ブルーノは僕を一瞥して、バカにしたように笑う。


 知らないのは事実だけど、他の街からやってきたとか、そういう想像はないんだろうか。その程度すら思い至らないくらい頭は悪そうだけど。


「なっ……テオ君を……ヘナチョコ? それはあんたのことでしょーが!!」


「そーじゃそーじゃ! 貴様なんぞにテオが負けるワケがないのじゃ!」


 なぜかルカが激昂してブルーノに噛みつく。


 一方多分フレイはこの状況を楽しんでいるように見えるけど、それはさておき。


「ほおー……お前、ずいぶんとモテるみてーだな。だがな、俺はそーいう身の程知らずを叩き潰して、仲間にバカにされるのを見るのが大好きなんだよ」


 このブルーノとかいう男、なかなかいい趣味をしていらっしゃるようだ。


 ただ、僕としてもここまで煽られてヘラヘラできるほど人間ができているわけではない。


「わかった。要するに僕はアンタと戦えばいいんだな?」


「……ぷっ、「戦えばいいんだな?」だとさ!」


「いいじゃねーか、最初はみんなそう言うんだ! 最後は命乞いだけどな! ギャハハ!」


 取り巻きたちがさらに煽ってくる。


 他の冒険者たちの空気は、もう葬式みたいになっている。


 きっと僕がブルーノにボコボコにされるところを想像して、そのあと前後不覚に陥った僕をどう回収するのか算段を立てているのかもしれない。


「さて――《身体超硬化》。先に自己紹介しておくか。発動したスキルで分かっただろうが、俺の天職は【狂戦士(ベルセルク)】だ。パーティーランクはもうすぐBに上がる。これがどういうことか、お前は分かるか?」


 いや、初対面のヤツに「分かるか?」といわれても。


 まあ、ブルーノが『俺は強いんだぞ』とアピールしたいことくらいは分かる。


 彼は天職【狂戦士】は身体能力特化型だ。


 さきほど発動したスキルの効果か、両拳が鉄のように黒く鈍く光っている。


 魔力の付与はされていなさそうだけど、スキルの名前からして見た目通り、鉄で殴るような威力があるのは想像に(かた)くない。


 対して僕は【羊飼い】。戦闘力は皆無といっていい。


 けれども、それが『貫きの一角獣』の面々と比べて、どの程度弱いのか(・・・・・・・・)が分からない。


 つまり。


 僕がどの程度手加減(・・・・・・・)しないといけないのか(・・・・・・・・・・)は、さすがに戦ってみないと分からないのだ。


 だから僕は、ブルーノの問いにこう答えるしかない。


「いや、よく分からないな」


「じゃあ、キッチリ分からせてやらぁッ!」


 求めていた答えではなかったのか、怒りに顔を歪ませたブルーノが拳を振り上げて突進してきた。


 ……の、だが。


「死ねやあッ!!!!」


 ブォンッ!


 僕の顔のすぐ横を、ブルーノの黒鉄の拳が通り過ぎる。


 さすが【狂戦士】。凄まじい拳圧だ。


 当たったら無事では済まないだろう。


 あっ、ちょっと髪がちぎれたかも。


 とはいえ……


「…………」


 ……お、遅い。


 今日戦ったランドサーペントに比べればいくぶんか速いとは思うけど、フレイの幻術ほどではない。


「ハッ! まぐれとはいえ、今のをよく避けたな! だが、次はそうはいかねーぞ!」


 ブルーノは一瞬怪訝な表情になったが、すぐに鬼のような形相に戻り、拳を振りかぶる。


「らぁっ! おらぁッ! うらぁっ!!」


 速度のある左右のワンツー、続けてディレイをかけての左フック。


 ブルーノも偉そうな態度なだけあって、それなりに強いのだろう。


 けれども、そのどれもが僕に当たることなく虚空を薙いだだけに終わる。


「……チッ! 運のいいヤツだ! なめんなよゴラァッ!」


 今度は左のフェイントを入れてからの、右ストレート。


 が、力がこもりすぎたのか、ほんの少しだけブルーノの身体が流れる。


 そして、それを見逃す僕ではない。


 身体を僅かに傾け、紙一重でストレートを避け、すかさずブルーノの軸足を軽く蹴り飛ばしてやる。


「ぬわっ!?」


 ――ズズン!


 バランスを崩したブルーノが、勢い余って近くのテーブルに突っ込んだ。

「おもしろかった!」

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