第23話 子羊
「シャアッ! シャアアアアアァァッ!!!」
ガキンッ! ギインッ!
凄まじい威嚇音と硬質な打撃音が深い森の中に響き渡る。
「ちょっ、テオ君、平気っ!?」
ルカの緊張感を帯びた声を背中ごしに聞きながら、僕は前を見る。
すぐ目の前に、大蛇が牙を剥いて僕を呑み込まんとしている。
僕がすっぽり入りそうな巨大な顎から覗く左右一対の鋭い牙からは大量の毒液が滴り、まるで僕の腕ほどの太さと長さがありそうな赤い舌が、獲物を求めチロチロと妖しく蠢いている。
全長はおそらく二十メートル前後。
胴回りが丸太ほどもある。
その魔物の名前はランドサーペントという。
エレクから『白竜山脈』のふもとに広がる森林地帯に生息する魔物の中ではほぼ最強。
その牙で噛みつかれれば猛毒に冒されて即死。呑み込まれれば生きたまま消化されて死ぬ。胴体でぶちかまされても死ぬし、巻き付かれたら全身の骨という骨を一瞬のうちに砕かれて死ぬ。
危険度Bランクの魔物――つまり、Cランク程度ならば数組のパーティーが連携して、やっと倒せるような圧倒的な存在が、敵意を剥き出しにして僕の前に立ちはだかっている。
けれども今のような状況は、初依頼から数えてすでに両手で数えられないほど経験している。
『貫きの一角獣』の時代から数えれば、もう僕の両手両足だけじゃ足りないから、ルカとフレイのも借りなければならないだろう。
今、僕の心はさざ波すら立っていない。
「全然大丈夫……ふあ」
というよりここ最近、夜遅くまでスキルの検証や研究に明け暮れているせいで少し寝不足気味だ。
もっともそのお陰もあって、僕が今発動しているスキル……《加護》については、おおよその効果を把握することができている。
この《加護》は直接攻撃、魔術攻撃ともにほぼ完全な防御力を発揮する。
いわゆる毒や麻痺などの状態異常に対する防御性能は不明だけど、そもそも攻撃が届かないので掛かるも掛からないもない。
「シャアアアァッ!! シャアアッ!!」
ギン! ギインッ!
さて……そろそろかな。
ランドサーペントは森の王者だ。
魔物なりにプライドが高い。
それゆえ僕のようなちっぽけな存在に傷ひとつ負わせられないのが、よほど気に障ったと見える。
さきほどから執拗に僕だけを狙って攻撃を続けている。
ルカとフレイの存在は、完全に意識の埒外だ。
つまり……今がチャンスだ。
僕は視線をランドサーペントを隔てて斜め先に移す。
すでにスキル《守護者》で半魔の姿になっているルカが、所定の位置に付いているのが確認できた。
さすがに最近の討伐依頼では生身のルカでは危険過ぎるレベルの魔物ばかりになってきたので、もっぱら変化して戦うようになっている。
僕はランドサーペントに分からないよう、こっそりと彼女へ目配せをする。
ルカも僕の視線に気付いて、すぐに頷き返してきた。
よし、こちらは準備万端だ。
『フレイ、『山羊の群れ』の準備はできてる?』
僕は心の中でフレイへ声を送る。
彼女はランドサーペントの索敵範囲外に潜伏している。
具体的には僕から少し離れた、真後ろの茂みの中だ。
『『『『『万端なのじゃ!』』』』』』
元気な返事が幾重にも重なり、直接頭の中に響いてきた。
僕は、フレイに付与しているスキル《群羊》は付与した対象の位置を把握できるだけでなく、声を発さずに念話で意思疎通ができる。
どうやらフレイも準備万端のようだ。
『カウントは三からで。いくよ……三、二、一、今だ!』
『『『『『いくのじゃ!!!!』』』』』
フレイが元気よく叫び声を上げた。
直後。
僕の真後ろの上空に、巨大な赤竜が十体、出現した。
「「「「「ゴアアアアアアァァァァーーーーッ!!!」」」」」
凄まじい咆吼で大気が、木々がビリビリと震動する。
もちろん、どの赤竜もフレイだ。
スライムゆえに分裂と不定型な身体による変化、それに幻術をうまく組み合わせており、ぱっと見ではとてもハリボテだとは思えない出来映えだった。
もっとも、さすがに十体の身体に変化すると、魔術を使うのは難しい。
だから、赤竜自体に攻撃力は全くない。
それどころか、ちょっと尖ったもので突けば簡単に弾け飛んでしまうだろう。
完全にこけおどしだ。
けれども、初見のランドサーペントがこの事実を知ることは不可能だ。
「――――ッ!?」
いくらこの辺りで最強を誇るランドサーペントもいえども、赤竜の大群が突如出現したことには大層驚いたようで、鎌首をもたげたまま硬直してしまった。
そして、その一瞬が命取りになる。
「もらったあああああぁーーーッ!!」
裂帛の気合いというか絶叫とともに、ルカが跳躍。
目にもとまらぬ俊敏さで片刃剣を空中で抜剣。
ランドサーペントの頭頂部に勢いよく剣を突き立てた。
「――――ッ!?」
それで終いだった。
頭に剣を生やしたランドサーペントは一瞬ビクン、とその巨体を震わせたあと、白目を剥き――ズズンと地に沈んだ。
すぐにその巨体が淡く光り始め――跡形もなく消え去る。
あとには、拳大の赤い魔石が残されていた。
森に静けさが戻る。
「や、やったかな?」
「ど、どどど、どうじゃ?」
元の姿に戻ったルカとフレイが、おそるおそる近づいてきた。
「そのセリフを言った人は失敗するってジンクスがあるけど……さすがに魔石になってから蘇ったりはしないかな」
僕は苦笑してから、下草の間から大きな魔石を拾ってみせる。
「はあ~~~~~……やった……!」
「作戦……成功なのじゃ……!」
さすがにランドサーペントは今まで戦ったどの魔物より大物だったせいか、安堵したルカとフレイがフラフラとその場にへたり込んだ。
「それにしても、この作戦は心臓に悪いね……」
「テオに『哀れな子羊』の役をやらせるのは、なかなかに心にくるのじゃ」
フレイはなかなか気の利いた(?)ことを言うな。
確かに僕は【羊飼い】だけど、役回りとしては完全に『狼に食べられる哀れな子羊』だ。
もちろん、これまで一度も食べられたことはないけど。
「一応事前にスキルの検証は行ってるし、安全マージンはしっかりとってるつもりだよ?」
「それは分かってるけどね……」
確かに、僕も攻撃に参加できれば結果は違うのかも知れないけどね。
ある程度無理ができることが分かってきたし、次からは《加護》を攻撃に転用する方法を探してみようかな。
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