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第21話 新スキル検証

「ルカ、もうすぐ最後の一体に追いつく。とどめは任せるよ!」


「了解、任された!」


 僕は深い森の木々の間を縫うように走りながら、併走するルカに指示を出す。


 ルカは力強い目線を返してくる。


 僕は軽く頷いて、視線を前方に戻した。


 目標――はぐれゴブリンはすでに捕捉済み。


 1時の方角、僕たちから約100メートルほど先を駆けている。


 すでに二体倒して、残り一体。


 あともう少しだ。


「フレイはひとまず僕と一緒についてきて! 相手はホブゴブリン(・・・・・・)だからね。フレイは切り札だ」


 僕のすぐ後ろを一生懸命ついてくる彼女に声をかける。


「切り札……よい響きなのじゃ!」


 フレイが嬉しそうに声を上げるが、もちろんただの方便だ。


 フレイはいろいろ魔術を使えるとはいえ、最弱の魔物である擬態スライムだ。


 攻撃面はいいとしても、ゴブリン程度でも攻撃を食らうとあっさり死んでしまう可能性がある。


 彼女が絶対に攻撃を受けないタイミングでしか、前に出すのはマズいのだ。


「しかし、ギルドの情報精度はいつも甘いなあ……」


 僕は森を駆けながら、つい愚痴が漏れる。


 今回の依頼の舞台は、白竜山脈のふもとにある開拓村周辺だ。


 その辺りは深い森に囲まれていて、魔物が出没する。


 そんななか、最近群れからはぐれた数体(ギルドの依頼書では三体となっていた)のゴブリンが人家の周辺に出没して、出家畜や作物を荒らし回るようになったのだ。


 これを討伐するのが、依頼達成の条件なんだけど……



 そもそも討伐すべき対象の戦力(・・)が違った。



 たしかにゴブリンが三体。


 ここまでは間違いはなかった。


 ただ、そのうち一体がホブゴブリンだったのだ。


 この依頼に限った話ではないのだが、ギルドで入手できる依頼の情報は基本的にかなりざっくりしている。


 もちろんそれ込みで相応の準備をしてきたら、この展開は僕にとって想定の範囲内ではあるけど。


 それはさておき、目の前のホブゴブリンだ。


 小鬼(ゴブリン)種はおしなべて力こそ一般人よりはあるものの、背丈も低く知能も低い。


 戦闘職の駆け出し冒険者なら難なく倒せる魔物だ。


 だけど、ゴブリンの上位変異体であるホブゴブリンは違う。


 成人男性とほぼ変わらない背丈に、がっしりとした肉体。


 知能はそれほど高くないけども、人間がホブゴブリンに捕まれば、まるで紙を破くのと同じくらい簡単にバラバラにされてしまう。


 おまけに動きは俊敏で、非常に気性が荒く、武器も扱える。


 今追っているのは、家畜を襲撃したさいに農家の納屋から奪ったと思われる手斧を持っている。


 ホブゴブリンの膂力から繰り出される手斧の一撃は、ちょっとした樹木の幹なら簡単に粉砕するほどの威力を持つ。


 要するに、中堅の剣士や戦士くらいとなら互角にやり合えるだけの戦闘力があるのだ。


 そういうわけで、僕たちはうかつに手を出すことができずにいた。


「テオ君、森から出るよ!」


 先行したルカから声が聞こえる。


 彼女の言う通り、すぐに森が途切れ周囲が明るくなった。


 草原地帯に出たのだ。


 そしてそこに、ホブゴブリンが待ち構えていた。


「テオ君! 向こう、ここで決めるつもりだよ!」


「分かってる!」


 20メートルほどの距離を保ちつつ、僕たちとホブゴブリンはにらみ合う。


「グルルルル……」


 逃げ切れないと思ったのだろう。


 ホブゴブリンはうなり声でこちらを威嚇しながら、殺気のこもった目つきで僕たちを睨み付けている。


「ぴぃっ!?」


 フレイが殺気にあてられたのか、あわてて僕の後ろに隠れた。


「あああ、あのオーガめ! 我を視線で殺そうとしたぞ! 邪眼持ちなどと聞いておらぬのじゃ!」


 あれはゴブリンの一種です。


 あと邪眼なんて持ってないから。


「フレイ、ゴブリンとタイマンするつもりじゃなかったの?」


「お主、存外意地悪じゃな……」


 ちょっとからかってみると、フレイが非難がましい目で睨まれてしまった。


 とはいえ、すでにフレイの役目周りは打ち合わせ済みだ。


 そして、ここまでは即席ではあるものの、作戦通りにうまくいっている。


「じゃあ、先に僕が出るよ。ホブゴブリンなら、新スキルを実戦で試す絶好の機会だからね」


 言って、僕はルカの前に出た。


「本当に大丈夫なの?」


「一度街で試したし、大丈夫。結構大きな石でもスキルではじき返せたのは、ルカも見たでしょ?」


 僕は新たに得たスキルをいきなり実戦投入するほど向こう見ずではない。


 《加護》の性質は、一言で言うと防御結界だ。


 発動すると、一定時間、強固な防御結界が僕の周囲に発生する。


 これはフレイの放った《小火球》のような魔術だけでなく、武器による直接攻撃に対しても効果があることが分かった。


 ちなみにその強度は、昨日のうちにルカとフレイに頼んで《加護》がどの程度か調べてある。


 結論からいうと、《加護》は、一抱えほどの岩を助走をつけたルカが全力でぶつけても、問題なく弾き返すことができた。


 これは、ホブゴブリン程度の膂力では、突破することは不可能な強度だということを意味する。


「本当に、無理しないでね……?」


「お主、無理をするでないぞ?」


「大丈夫だよ」


 心配そうなルカとフレイを安心させるためニコリと笑いかけ、僕はホブゴブリンに向かって歩き出す。


「ゴアアアッッ!」


 彼我の距離が10メートルほどになったとたん、こちらの様子を伺っていたホブゴブリンが襲いかかってきた。


 さすがはゴブリンの上位変異体。


 凄まじい速度だ。


 距離が一瞬で埋まる。


 今やホブゴブリンは文字通り目と鼻の先だ。


 大きく振りかぶった手斧が直撃すれば、僕の頭部は木っ端微塵に砕け散ることだろう。


 けれども、そんな未来が訪れることは、決してない。


「――《護れ》」


 スキルを口にする。


 ――ガイインッ!


 硬質な音が頭のすぐ側で響き、ホブゴブリンの手斧が弾き飛ばされた。


 衝撃があった周辺がほんの一瞬だけ発光して、そこに不可視の結界が張られていることが見て取れた。


「……ッ!?」


 獲物を仕留めたと確信してたホブゴブリンの顔が、驚愕の表情に変わる。


 僕には傷一つついていない。


「うん、想定どおりだな」


 呟きながら、僕は汗でびっしょりになった手を服でぬぐった。


 自覚してなかったけど、さすがに緊張はしていたようだ。


 けれどもスキルの効果が実感できたおかげで、少し身体のこわばりがほぐれた気がする。


「ギッ! イギイッ!」


 ――ガン! ガガン!


 驚きと、獲物だと思っていた存在に傷一つ付けられなかったことに怒ったのか、ホブゴブリンは素手で僕を殴りつける。


 けれども、その拳の一撃たりとも僕には届くことはない。


 ただ、殴りつけた虚空が淡く発光するだけだ。


 ……とはいえ、このスキルには欠点がある。


「ギイッ! ガアァッ! ウガアッ!」


 ――ギイン! ギギン! ガガン!


 怒り狂ったホブゴブリンが何度も何度も殴りつけてくる。


「ルカ、フレイ、ゴメン。想定通りの結果だけど、そろそろ助けて」


 僕は振り向いて苦笑した。


 そう。


 このスキルは全く攻撃力がないのだ。


 鉄壁の防御力を誇るが、ただそれだけなのだ。


「任せてっ!」


「やってやるのじゃ!」


 ルカが叫び、剣を抜き放った。


 それと同時に擬態(ミミック)スライムのフレイが赤竜に変化する。


「ゴアアアアアアアッ!!!!」


 赤竜化したフレイが咆吼した。


 ビリビリと周囲の空気が震える。


 凄まじい音量だ。


 まあ、こけおどしだけど。


「ギッ――!?!?」


 だが、何も知らないホブゴブリンにとっては驚愕の出来事だったようだ。


 僕を殴るのをやめ、いきなり出現した巨大な竜に釘付けになった。


「隙ありッ――!!」


 その一瞬の間を狙って、ルカがホブゴブリンに疾走する。


 さすが天職【剣士】だ。(はや)い!


「せああっ!」


 ルカがホブゴブリンに肉薄、一閃。


 ドシュッ、と肉が裂ける音がして――


「――――ッ」


 ホブゴブリンはルカが接近したことにすら気付かなかったようだ。


 赤竜のフレイを視界に収めたまま、断末魔を上げる暇もなく上半身と下半身が分離した。


 ――ボシュッ


 ホブゴブリン肉体は、地面に落ちる前に虚空に溶け、消えさった。


 足元の草むらには、小指の先ほどの赤い輝石が転がっているだけだ。


「ふう……これで三体目か。……初依頼、達成だね」


「よっしゃーー!!!」


「やったのじゃーー!!」


「ぬぐわっ!?」


 僕が呟くと、一瞬の間をおいて、ルカとフレイが抱きついてきた。


「ちょっと……二人とも!?」


 二人のいきなりで熱烈なハグに、思わずドキドキしてしまう。


 なんとか顔に出さないように二人を引きはがそうとする。


 けれども。


 二人の達成感にあふれた顔を見ていると、そんな気は失せてしまった。


「はあ……ほら、まだギルドへの報告が残っているよ。さあ、帰ろう」




 こうして僕らは初依頼を難なく達成したのだった。



「おもしろかった!」

「続きが気になる! 読みたい!」

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