第2話 帰省します
レナートら『貫きの一角獣』の面々を見送ったあと。
僕は一度故郷に戻ることにした。
山と森と川しかない辺境の地ではあるけども、自分の人生を見つめ直すにはもってこいの場所だ。
とはいえ、まだ完全に冒険者を諦めた訳ではない。
ギルドには、『冒険者見習い』として名前を残している。
だけど、今の僕には休息が必要だった。
身体と言うよりは、心の。
「…………」
僕は馬車の駅構内でベンチに座ってぼけっとしていた。
こうして誰とも話さず、一人で頭をからっぽにしている時間は久しぶりだ。
故郷にいた頃は人より羊の方が多かったから、そういう時間ばかりだったけど。
外は冷たい雨が降っている。
駅全体が屋根に覆われているから雨に濡れることはないけど、湿り気を帯びた冷たい風が吹き込んでくる。
僕は寒さで着込んだコートの襟をかき寄せた。
そのさい、指先に硬いものが触れる感触があった。
僕はその感触を、懐から引っ張り出す。
それは、小さなペンダント状の護符だった。
(……これ、返しそびれたな)
薄い金属でできたそれには、幻獣『一角獣』が彫られている。
あちこち錆が浮いている、安物だ。
何年も前、まだ皆が冒険者見習いだったころに、全員がお揃いの何かを持とうと誰かが言い出して、結束を固める意味合いでこれを買った。
一角獣は幻界に住まう馬型の獣だ。
その名が現すとおり、額からは伸びる鋭く長い角を持つ。
その性質は獰猛にして果敢。
自分より大きな敵にも恐れず立ち向かうと言われている。
(そういえば、こんなこともあったっけ)
護符に触れていると、段々と昔の思い出が浮かんでくる。
あれはたしか……たしかレナートが一番乗りで『冒険者検定』に合格した頃だったと思う。
早速冒険に出かけた僕らは、いきなり危機に陥った。
初めてのダンジョン探索だというのに、ごく浅い階層で巨大な魔物の襲撃を受けたのだ。
魔物は、牛頭の悪魔。
その手に持った戦斧は軽く振り回すだけでダンジョンの内壁を削り取り、身体に触れただけで鋼の鎧も紙きれのようにひしゃげるような怪力の魔物だ。
普通はダンジョン中層以下に出現する魔物だ。
けれど、ごくまれに新人冒険者がうろちょろしている浅い階層に出現することがある。
その悪運の尻尾を僕らは踏んでしまった。
普通に考えて、とても生きて還れる状況じゃなかった。
だけど、誰も諦めなかった。
剣を振るい、拳を叩きつけ、魔術の業火で焼き払い、弓や罠で動きを鈍らせ、そして僕は皆の回復や退路の確保など後方支援を頑張った。
結果、僕らはボロボロだったけれど……ダンジョンから生還できた。
諦めることなく、格上の相手でも勇猛果敢に戦ったからだ。
そのときにたまたま身につけていたのが、一角獣のお守りだった。
それは本当に、どこの雑貨屋でも手に入るような安物だった。
だけどそのときから、その安物が僕らのシンボルになった。
◇
「お待たせしました。構内に馬車が入りますのでご注意ください」
構内に駅員の声が響き、僕は我に返った。
ちょうど、駅馬車の客車が目の前にやってきたところだった。
客車を馬二頭に引かせた、大きな旅客用馬車だ。
それと同時に、駅構内にぞろぞろと冒険者パーティーが入ってきた。
あれは駅馬車の護衛だな。
そういえば、『貫きの一角獣』も、駆け出しの頃は乗合馬車の護衛依頼をよく受けてたっけ。
街と街を結ぶ交易路は場所によっては魔物や山賊が出没する。
けれど、完全武装した護衛がいる駅馬車をあえて襲おうとする魔物も山賊もいない。
だから、依頼はたいてい何事もなく終わる。
簡単で危険も少なく、それでいてまあまあ報酬もいい。
金稼ぎとしては悪くない依頼だった。
まあ、すぐにダンジョン探索の方が実入りがいいことが分かってやらなくなったけど。
馬車に乗り込むと、僕は一番奥の席に腰掛けた。
客室には、前の街からの乗客が座っている。
神経質な顔の商人。
買い物帰りらしき老夫婦。
談笑する家族連れ。
冒険者はいない。
ここにいるのは皆、ごく普通の暮らしを送る人たちだ。
水滴の付いた窓越しに外を眺める。
薄暗い駅の構内で、護衛の冒険者たちと御者が集まって打ち合わせをしているのが見えた。
剣士に弓使い、魔術師が二人。
魔術師は攻撃役と補助・回復役だろう。
典型的な構成の冒険者パーティーだ。
みな若い。だけど、強そうだった。
若いゆえの自信に満ちあふれた表情で談笑しながら、出発の準備をしている。
僕はその様子を、ガラス窓に手で触れながら眺めている。
きっとこの窓こそが、僕と彼らを隔てる境界線なのだろう。
「お客様がた、お待たせしました! そろそろ出発いたします」
準備が終わったのか、御者が戻ってきて御者台についた。
ドアが閉められ、馬車がゆっくりと動き出す。
と、そのとき。
「ちょっと待ってええええええええぇぇぇぇ!!!!! 乗ります乗ります乗りますううううううぅぅぅっ!!!!」
外から大声とともにズダダッ! と足音が聞こえた。
バンバンと馬車の扉が叩かれ、客車が大きく揺れる。
「ちょっ!? お客さん!? なにやってんですかあんた! 壊れるから叩かないで!」
御者が振り返る。引きつった顔をしている。
「ご、ごめんなさい遅れちゃって。ちゃんと駅で料金も払ったし、まだ大丈夫ですよねっ!?」
外から声が響き、ずん、と馬車の天井から鈍い衝撃音がした。
どうやら重い荷物を放り上げたらしい。
勢いよく、扉がバンと開いた。
そのままもんどり打つように、黒い塊が客車に転がり込んでくる。
ぎょっとしたように固まる乗客たち。
黒い塊はその中をフラフラと進み、一番奥の席にドカッと腰掛けた。
すなわち、僕の隣に。
「はあ、ぜえ、はあ~~。……セ、セーーーフ!」
全然セーフじゃないだろ……
力業で止めただけだろ……
と思ったけど、さすがに口には出さない。
けれども、顔と目にそれが出ていたらしい。
しばらく肩で息をしていた黒い塊が、こちらを見た。
「あ、いや……次の馬車、五時間後だったからその、つい……ゴメンね?」
快活そうだけど、整った顔立ち。肩にかかる艶やかな黒髪。
やや吊り目がちの、朱色の瞳が僕を見返してくる。
年のころは、十六、七くらいに見える。
僕と同じくらいの女の子だった。
服装からすると、冒険者だろうか?
「…………い、いや、僕は別に」
「そ、そう、よかった!」
「ゴホン。そろそろ出発したいんですが、よろしいですか?」
咳払いに続き、胡乱げな声がする。
見れば、御者がじとっとした目でこっちを睨んでいた。
ついでに他の乗客も。
商人にいたっては苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ご、ごめんなさい! 次はもっと静かに客車に乗り込みます、アハハ……」
あやまるべきは、そっちじゃないと思うよ……
ガタン、と車体が揺れ、馬車がゆっくりと駅を出る。
気付けば、窓の外の雨は上がっていた。
雲の切れ間から、淡い陽光が梯子のように地上に降りている。
僕の帰省は、まだ始まったばかりだ。
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