第19話 宿屋
先ほどの門番から街へ入る許可をもらい、大きな門を二人と一体でくぐり抜ける。
再び門番のおっちゃんに話しかけると、ようやく許可が出た。
無事城門をくぐり抜け、街に足を踏み入れる。
「ふわあぁぁ……ニンゲンじゃ! ニンゲンがいっぱいおるぞ!」
フレイが目をキラキラさせながら興奮気味に周りを見回している。
彼女は山を通るごくわずかな人々しか知らないから、大勢の人が行き交う街は初めてなのだろう。
このエレクの街は王都から比較的近くにある大きな街で、ここからいくつもの街道が延びている。交易の要というやつだ。
規模としては、前滞在していたアトマンユの街の五倍はあるだろう。
「人気の無い場所で五百年もいたからねえ……よかったねえ……」
そんな彼女の背中を見ながら、なぜかルカがしんみりした様子で呟いている。
……僕の故郷も白竜山脈にひけをとらない辺境ぶりなのは……空気を読んで黙っておこう。
「ひとまず、宿屋を取ろうか」
すでに日は落ちかけていて、街路には長い影が伸びている。
それに初めての街でテンションアゲアゲなフレイはともかくとして、戦闘込みで山脈を越えてきた僕は疲れている。
ルカはさすがの前衛職ということでぴんぴんしているが、長旅のせいか服が土埃で汚れている。
まずは装備をととのえ、休める場所を確保する必要があった。
「ねえテオ君、この街の宿屋って、お風呂付きだったかな?」
「この街は山に近いから、伏流水を引き込んでいるはずだよ。温泉、というわけにはいかないだろうけど、お風呂ならあるんじゃないかな」
とはいえ、お風呂付きの宿は高級旅館だ。
貴族やお金を持っている商人が泊まるため豪華な造りのものが多い。
つまり、僕ら旅人や冒険者が気軽に泊まれる価格帯ではない。
「ルカは持ち合わせ、ある?」
「…………」
目をそらされた。
まあ、彼女はソロ冒険者だったわけだし、王都で一旗揚げようとしていたのだ。
蓄えが少ないのは当然か。
まあ、冒険者見習いだった僕も似たようなものだけど。
「とにかく、行ってみよう。宿によっては、予算に収まるかも知れないし、見るだけならタダだし」
「そ、そうだね! まずは回ってみようか! フレイも、街を見て回るのはあとにでね!」
「う、うむ」
ルカのそのお風呂愛はどこから来るんだろうか……
まあ、僕もあれば入りたいけど。
◇
「三名ですね。それですと、小金貨二十枚からとなります」
「しょ、小金貨二十枚ぃっ!?」
素っ頓狂な声が宿屋のロビーに響き渡った。
声の主はもちろんルカだ。
「ちょっとテオ君!」
ルカがガバッと肩を回してきて、今度はヒソヒソ声になった。
「ここ、超高級旅館じゃん! 小金貨二十枚って……ギルド食堂の日替わり定食に換算したら……ええと…………とにかく、毎日食べても全然減らないじゃん!」
そういえば、そうだったな。
前のパーティーではこのくらいのランクが普通だったからすっかり忘れてた。
小金貨二十枚…… 確かによほど稼いでる冒険者でなければ、おいそれと手の出る額じゃない。
それがどのくらいなのかというと……
冒険者ギルドでは、ダンジョンから帰還して疲れた冒険者たちのために、酒場を兼ねた食堂を併設しているんだけど、ここで出てくる日替わり定食が銅貨五枚。
小金貨一枚は銅貨百枚だから、四百食分。
一日二食食べても半年分以上だ。
もちろん僕も、今回の帰郷に当たってそれなりの路銀を準備しているけど、さすがにただお風呂が入りたいがために高級旅館に泊まれるほどかというと、答えは否だ。
「風呂付きだと、ここが最安だよ……ほかはもう全部回っただろ」
「こんなことって……」
絶望したルカが、ガクリと膝をついた。
「ま、まあこのへんはどこの宿にも井戸は完備しているから、ちゃんと身体は綺麗にできるよ」
「それはそうだけど……分かってはいるけど……夢が見たかった」
まるで死に際みたいなセリフを吐くルカ。
「とにかく、他を探そう」
「そうだね……」
「お主ら、待たれよ」
高級旅館を出ようとした、そのとき。
フレイが僕らを呼び止めた。
「お主らは今、ショウキンカ、というモノが必要なのじゃな? ククク……ならば、我の出番じゃ……! ほれ、好きなだけ使うがよいぞ」
「!?」
「!?!?!?」
フレイの差し出した両手にみるみる盛り上がっていく、キラキラとまばゆい輝きを放つ黄金色は。
「だ、だだだ……大金貨が、ひい、ふう、みい……特盛り……あふん」
ルカが目を回してぶっ倒れた。
「フレイ、これは……?」
「我は体内にモノを蓄えておくことができるのでな。我が赤竜になって旅人を出迎えると、皆これをくれたのじゃ。ユウコウノアカシ、とか、ツウコウリョウ? とか言っておったな。他にも、武器や防具、宝石などもあるぞ。もっとも、大きなものは山の洞窟に大切にしまっておるがな」
フレイの顔は僕らの役に立てるのが嬉しいのか、満面の笑みだ。
うんうん、それは強奪したお金だよね?
「フレイ、さすがにこれは……」
「ダメだよ、フレイ」
「もらえない」と続けようとしたところで、ルカに遮られた。
「なぜじゃ? お主らは困っておるのじゃろう? 困っているトモダチを助けるのは当然じゃ」
「それでも…………ダメ。このお金はもらえないよ。もらっちゃいけない」
困ったように金貨を差し出すフレイの両手を、ルカは優しく押し返す。
「じゃが……」
「僕も、ルカと同感かな」
ルカの手に僕も手を重ねて、フレイに語りかける。
「フレイ、気持ちは嬉しいよ、すごく」
「なれば……!」
僕は言葉を選びながら、続ける。
「でも、僕らがそれを受け入れてしまったら、きっとその『トモダチ』は、フレイの考える『トモダチ』じゃなくなってしまうと思うんだ。そんなの、フレイだってつまらないだろ?」
「うーむ? よくわからぬが……お主らがトモダチでなくなるのは、嫌じゃのう」
フレイは合点がいったようないかないような微妙な顔をして、だけど手から金貨を消した。
「お金は依頼で稼ぐから、大丈夫だよ」
「だね。人のお金で入るお風呂じゃ、きっと心まで綺麗にならない気がするし」
そう言うルカの顔は、心なしかスッキリした表情だ。
「じゃあ、とりあえず僕らでも泊まれる宿を探そうか。お腹も減ったし、さっさと決めてしまおう」
「うん、行こう!」
「うむ!」
「お客様、またのお越しをお待ちしておりますよ」
泊まりもしていないうえロビーで騒いでいた僕らを、受付のお姉さんは笑顔で送り出してくれた。
さすが高級旅館はサービスも一流だ。
……若干、生暖かい視線が気になったけど、それはまあ気のせいだろう。
その夜。
宿泊した安宿の隣の部屋から、深夜にもかかわらず、
『ぜったい、ぜったいに成り上がってやるうわあああぁーーーーん!』
と、血を吐くような誰かの絶叫が聞こえた気がしたけど……
多分僕が見た夢か何かだったに違いない。
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