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第16話 峠を越えて

「「…………トモダチ!?」」


 素っ頓狂なイントネーションまで、完璧にハモった。


 ……その言葉の意味を認識するのに、数秒を要した。


 いや、言葉の意味は分かる。


 けれど、頭が理解するのを拒んでいる。


 つーか、どういうことだってばよ?


「……一応、理由を聞いてもいいかな?」


 先に口を開いたのは、ルカだった。


「…………お主らのことは、ずっと遠くにいるころから魔術でのぞき見をしておった。だいたい、古き道に足を踏み入れてすぐのころじゃな」


「結構前からだね……」


「す、すまぬのじゃ……」


 フレイの手のあたりがモゴモゴと蠢いたかと思ったら、ぺらり、と一枚の羊皮紙が浮かんできた。


 魔法陣の書かれたそれは……魔導書の1頁だった。


「この術式は、《千里眼》か」


「うむ。これは昔、以前住んでいた場所で旅人が落としていったものじゃ」


 フレイの腕がもごもごと蠢いて、体内から一片のスクロールが現れる。

 かなり年季の入ったものだが、これはたしかに支援系の初級魔術『千里眼』の術式だ。


 まあ、赤竜に変身できる以上……旅人がなんで落としたのかは聞くまでもないか。


「じゃあ、ブレスも? 火焔系魔術か何かなの?」


「あれは初級魔術《小火球》じゃな。放つタイミングを間違えると火傷するので扱いに注意が必要なのじゃ」


 ……なるほど、幻術で《小火球》を強烈な火焔ブレスに見せかけていたのか。


 《小火球》はコインほどの大きさの火球を一つ、撃ち出す魔術だ。


 これは威力はたいしたことがないけど、速度があるから避けにくい。


 もちろん直撃すれば普通の人間は死ぬまではいかないにせよ、当たり所が悪ければ酷い火傷を負う可能性はある。


 つーかこのスライム、思ったより魔術に長けてるな。


 使える魔術はどれも基礎的なものばかりだが、それらを効果的に組み合わせて戦っていた。


 事実、僕らはフレイのことを完全に赤竜だと思っていた。


 そういえば以前、依頼終わりの酒の席かなにかでヴェロニカが『戦闘における魔術の真髄は、その運用方法にこそあるのよ!!!』と熱弁を振るっていたのを思い出した。


 つまり彼女の言葉を借りれば、フレイはそれなりに腕の立つ魔術師ということになる。


 少なくとも、そこらの駆け出し魔術師よりは数倍戦闘が上手だと思う。


 ……あれ?


 もしかして僕ら、実は結構危なかったのではなかろうか?


 フレイが本気で僕らを殺すつもりなら、いつでもできたのではなかろうか?


 火焔魔術もそうだし、それこそ山岳地帯で幻術を使えば、偽の道を示して谷底に突き落とすことだって簡単にできるのだから。


 うわ、怖……


 僕は努めて平静を装い「なるほど」とだけ相づちを打つ。


「最近ここに居着いたのじゃが……誰も通らなくてつまらなかったところに、お主らがやってきたのじゃ。楽しそうだったのじゃ。二人でワイワイしておったからのう。それゆえ一度、なるべく安全な場所で、まずはお主らのいずれかと話してみようと思ったのじゃ」


 そういえばルカは人間姿のフレイと温泉で会っていたんだっけ。


 まあ確かに温泉では丸腰というか裸だから、いきなり戦闘になる可能性は低い。


「えっ……じゃあ、あの話しぶりは?」


 なぜかルカが引きつった顔をしている。


 一体温泉で何を話したというんだ。


「ククク……ちょっと『みすてりあす』じゃったろう? ああすれば、ニンゲンはみなすごく喜ぶのじゃ。特に若い者はな」


「そ、そうなんだ。でも、誤解を招くからやめた方がいいと思うよ?」


「そういえば、僕が森の上で見た影は……」


「多分、我が薄ーく伸ばした身体で山から滑空したところじゃろうな。破邪の気配を感じたゆえ、念のため幻術を施しながらじゃったがな」


 なるほど、だから僕は道に迷ったのか。


 さきほどの霧深い山道と同じだ。


 そのせいで酷い目に遭った。まあ、いいけど。


「だったら、もっとちゃんと話してくれたらよかったのに。そうしたら、私たちは戦うこともなかったんだよ?」


 ルカが苦笑しつつ言う。


 全くその通りだよ……


「む? なぜじゃ? トモダチとは、『本気でコブシを交える』ことでこそ、真に仲良くなれるのであろう?」


「…………」


「…………」


 誰だそんなことを教えた大バカ野郎は。


 フレイはこてんっ、と首をかしげながら続ける。


「昔出会った武人らしき旅人が教えてくれたぞ? それがニンゲン同士が仲良くなる一番の方法じゃと。現に、そやつとは仲良くなれたのじゃ。もっともそれも、十年も前のことじゃが……待てお主ら。まさか……違うのか?」


「い、いやぁ……確かにそういう人もいるかもだけど……ほら、男の子ってそういうの好きなんでしょ?」


 そこで僕を見ないで欲しい。 


 僕は確かに男子だけど、断じてそういう人種じゃない。


「ま、待て二人とも」


 場に漂う微妙な空気を感じ取ったのか、フレイがぷるぷると身体を小刻みに震わせ始めた。


「ななな、何という事じゃ……まさか我は、今まで間違った方法で『トモダチ』を作ろうとしていたのか!? お主ら、我は……我は、過ちを犯していたのか?」


「…………」


「…………」


 僕らはフレイからスッと目をそらした。


「…………やってしもうたのじゃ」


 絶望の表情のまま、フレイが膝から崩れ落ちた。


 何だか疲れが酷い。


 早く山を降りて宿の風呂に浸かりたい。





「ちょっと、テオ君」


 そろそろ先に進もうと装備を片付けていたら、ルカが耳打ちしてきた。


「あの、お願いがあるんだけど」


「何?」


 そわそわ、もじもじしていて、妙にルカらしくない態度だ。


 何だろう?


「あのね、フレイを仲間にしてあげたいと思うんだけど、どうかな? 彼女……でいいのかな? ともかく、フレイはずっとこの場所でひとりぼっちだったんでしょ。友達が欲しいなら、なってあげられないかな? 私たちで」


 僕としても、いいとは思う。


 どうやらフレイはもう僕たちに悪さを働くことはなさそうだし、そもそも友達を作る手段がおかしかっただけだ。


 魔物といえど、敵意がないのなら友好的に接するのはやぶさかじゃない。


 そもそも僕の天職【羊飼い】はなぜか人間にも効果を発揮するけど、そもそもは動物にまつわる職業だ。


 その中には、魔物も当然含まれる。


 故郷では、スキルを使って魔物に山羊や羊の群れを管理している人もいた。


 だから、忌避感はない。


「いいんじゃないかな」


「それはまことか!?」


 こっそり聞き耳を立てていたのか、僕が頷くやいなや、近くで膝を抱えて座っていたフレイがバッ! と顔を上げた。


「もちろんフレイがよければ、だけど」


「悪いわけがないじゃろう! おお……我の、初めての『トモダチ』……! やはり彼奴の言うことはまことじゃったの……!」


 フレイの身体が喜びのせいかぐにょぐにょ蠢いている。


 人の形だからちょっと気持ち悪い。


 まあ、見ようによっては可愛く見えなくもないけど。


「……テオ君、ありがとう」


 ルカに感謝された。


 なぜか瞳を潤ませている。


 フレイの境遇に感情移入してしまったのだろうか?


 まあ僕としても、賑やかなのは嫌いじゃないけどね。



 こうして僕らは擬態スライムのフレイを仲間に加え、峠を越えふもとの街に向かったのだった。

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