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第15話 トモダチ

「……擬態(ミミック)スライム?」


「そうなのじゃ。ごめんなさいなのじゃ。調子に乗りすぎてしまったのじゃ」


 僕らの前には、一体のスライムがぷるぷると震えている。


 完全に戦意を失っているのは一目瞭然だった。


 というか、万が一反撃の機会を伺っていたとしても……成功する確率はゼロに限りなく近いだろう。


 それはなぜか?


 答えはとてもシンプルだ。



 擬態スライムは最弱の魔物なのだ。



 毒も攻撃手段も持たず、性格は臆病そのもの。


 食性は草食で、それも身体に取り込んだ小石で地衣類(コケ)を削り取って体内で消化するだけ。


 敵に襲われても、せいぜい顔にへばりついて短時間呼吸を阻害するなどして(たいていはすぐに引きはがされてしまう)不快な思いをさせる程度のことしかできない。


 見つかれば、即魔物のエサになるような、弱小も弱小の魔物。


 駆け出しのサポーターにすら無傷で狩られるレベルの最弱魔物。


 ヘタをすれば、近所の野良猫にも狩られる程度の生存能力。


 ザコ魔物の代名詞。


 それが擬態スライムという存在だった。


 ただそんな人畜無害で最弱のミミックスライムにも、これまで絶滅することなく生き延びるための能力があった。


 それはこの種族の名が現すとおりの、『擬態』する能力だ。


 それも、一度触れたものには、本物と寸分違わず擬態できる無駄に高すぎる能力が。


 それと、一部の個体は自分の身を護るため、ごく弱いながら魔術を使うことができるという。


 ここでぷるぷる震えている擬態スライムは、幻覚魔術を使える個体なのだろう。


 あれが『ごく弱い』幻覚魔術かどうかは議論の余地があるものの、そういえば、あれだけ凄まじい灼熱のブレスを放っていたにもかかわらず、熱気は一切感じられなかった。


 結局僕らは幻覚相手に戦っていたに過ぎなかったのだ。


 ちなみに余談だけど、そのせいで擬態スライムは冒険者の間では蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われている。


 考えてもみて欲しい。


 命がけでダンジョンに深く潜り、数多の魔物を退けて、やっとの思いで見つけた宝物が――ただの擬態スライム(スカ)だったら。


 金銀財宝にみえたそれがただの幻覚だったとしたら。


 一体、その冒険者はどういう感情を抱くだろうか。


 まあ、言うまでもないだろう。


 それはさておき。


「ええと、君はフレイ、という名でいいのかな」


 たしかルカがそんな風に呼んでいた気がする。


 彼女を見る。コクリと頷いた。


 擬態スライムはぷるぷるしている。


 ちなみにルカはすでに元の人間の姿戻っている。


 なんで僕のスキルが進化したこととか、彼女があんな状態になったこととか、すぐにでも検証したいところだけど……


 ルカは少し疲れているみたいだけど特に具合が悪くなった様子もないし、そっちは落ち着いてからで構わないだろう。


 それと、今僕のスキルには、《守護者》というスキルが加わり、代わりに《牧羊犬》が消えてしまった。


 謎の声を信じるとすれば、《牧羊犬》が《守護者》になったと考えられるんだけど……


 それと、もう一つスキルが追加されている。


 《加護》……というものだ。


 今は擬態スライム――フレイへの対処が先だ。


 正直、もうフレイにトドメをさす気は失せてしまった。


 たしかに擬態していた赤竜の姿は恐ろしかったけど、ネタが割れてしまえばなんということもない。


 というか、こんな無力な魔物を狩っても、なんの自慢にもならない。


 危険性がないと分かると、がぜんフレイへの興味が湧いてきた。


「ねえ、君はなんで赤竜になんか化けることができたの?」


 これは純粋な疑問だった。


 擬態するにしても、さすがにスライムでは赤竜に勝ち目なんてない。


 赤竜は竜種の中でも気性が荒い部類に入る。


 擬態スライムなんて、赤竜の視界に入った瞬間に消し炭にされてしまうだろう。


 では、どうやって赤竜への擬態能力を獲得したのだろうか。


「昔、赤竜に踏んづけられたことがあったのじゃ」


「よく生き延びられたね……」


 ルカが感心したように呟く。


 なるほど……あまりに弱すぎたせいで赤竜に敵と認識されなかったらしい。


 真相を知れば知るほど悲しくなる魔物だな、擬態スライムというのは……


「そういえば、君が話せる理由は?」


 スライム種は、原生生物だ。


 僕が知識では、スライムには知性がないとされている。


「それは……多分、他の個体より長生きだからじゃろう。我はもう五百年近く生きておる」


「フレイ、言葉遣いどおりだったっ!?」


「ぐぬぬ……年齢は否定せぬが、喋り方は我のこだわりじゃ!」


 驚きの表情を浮かべるルカ。


 その様子にフレイがぴょいぴょい飛び跳ねて抗議する。


 ちょっとかわいい。



 そういえば、聞いた事がある。



 スライムなどの原始的な形状をした魔物には、基本的に寿命がない。


 あるのは、他の魔物などに捕食されて死ぬか、冒険者に狩られて死ぬか、病気で死ぬか……あるいはダンジョンの崩落など災害に巻き込まれて死ぬか。


 いずれにせよスライムの死は外的要因によってのみ、もたらされるそうだ。


 フレイはその中でも、非常に幸運な、長く生き延びた個体だということだろう。


 五百年……というのはにわかに信じがたいけど。


 ただ、それが人間と意思疎通可能なほどの知性の獲得に至るだけの理由付けにはならないとは思うけど……


 他にもいろいろ聞きたいことはあるんだけど…そろそろ日が傾いてきている。


 さすがに日没までには山脈を抜けたい。


「単刀直入に言うよ。なんでこんなことをしたんだ?」


「それは、じゃな……」


 フレイはぷるぷると身を震わせ、一瞬押し黙った。


 それから、人の姿に変化する。


 さきほどの少女の姿だ。

 

 フレイは神妙な顔のまま膝を折り、地面に這いつくばった姿勢を取った。




「お主ら。我とトモダチになってくれはしないか」







 トモ……ダチ…………?

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