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第13話 強制進化

「死ぬがよい」


 赤竜がその顎を大きく開いた。


 火焔の奔流が(ほとばし)り、僕とルカに迫る。


「危ないっ! テオ君、飛んでっ!」


「うわぁっ!?」


 慌てて横に飛ぶ。



 ――ゴオオオォォォッ!



 直後、逆巻く炎が僕のすぐ後ろを通り抜けてゆく。


「……マジか」


 炎の奔流が駆け抜けた跡には、何も残っていなかった。


 草も花も黒く消し飛び、地面すら(えぐ)れブスブスと焦げる嫌な音が聞こえている。


 周囲の岩と土は灼熱の炎に晒されたせいか、融解し赤熱していた。



 おいおい……こんなの直撃したら、消し炭どころか骨すら残らないぞ……!



「ちょっとテオ君! この山に竜はいないっていってたよね!」


 ブレスの跡を隔てた向こう側で、ルカが僕にまくし立てている。


 そう言われても……


「僕だって訳がわからないよ! 確かに以前はいなかったし!」


 でも目の前に竜がいる。


 それも赤竜。


 さらに人語を喋ることから、古竜だろう。


 古竜は文字通り古の時代から現在までを生きる竜で、高い知能を持つ。


 戦闘力は今見た通りだ。


 もちろん昨日の賞金首とはワケが違う。


 それどころか、武闘派ぞろいだった『貫きの一角獣』の面々ですら、出会えば撤退を視野に入れるような魔物だ。


 正真正銘の大ピンチだった。


「ほう、今のを躱すか。人の身で避けきれるほど(のろ)くはなかったはずじゃが」


「あんなの当たったら骨まで灰になるから! 当たるわけにはいかないよ!」


 ルカはこんなときでも勇ましい。


 赤竜の放った火焔ブレスに怖じ気づくこともなく、文句を言っている。


 ホントそういうところ、尊敬するよ…・・


「ふむ。ならば、これならどうじゃ」


 赤竜がふたたび口を大きく開ける。


 今度は長い首を横に振り――


 ――横薙ぎのブレスが来る。


 それが直感で分かった。


 左右の逃げ場はない。


 ならば。


「ルカ! 竜に向かって走るんだ!」


「えっ!? ……わかった!」


 すぐに意図を察したルカが僕と同時に前方に駆け出す。



 ゴッ――――



 それは赤竜が周囲をなぎ払うように火焔を噴き出したのとほとんど同時だった。


 僕とルカは死に物狂いで花畑を駆け抜け、どうにか赤竜の頭の下に滑り込むことに成功する。


「はあぁっ! これはお返しッ!」


 すかさずルカが赤竜の首元目がけ、思い切り振りかぶった片刃剣を一閃。


 ギンッ、と硬い音がして火花が散った。


「手加減はしたけど……浅いっ!」


 ルカの攻撃は、赤竜の鱗の表面を薄く削っただけだ。


 悔しそうな声は、痛打を与えられたと思ったからだろう。


 だが、牽制にはなったようだ。


「ぬうぅ……ッ」


 赤竜が忌々しそうにうなり声をあげ、素早く跳び下がる。


 その巨体にしては俊敏な動きだ。


 おまけに、気配そのものが異様に薄い。まるで低級クラスの魔物だ。


 この状況で気配を欺瞞する意味は分からないが、油断はできない。


 問題は、竜なのにそれを偽装できている、という事実だ。


 人語を操る知能を持つことを考慮すれば、赤竜は魔術を使っている可能性が高い。


 いや……確実に、隠蔽系の魔術を使っている。


 ただの竜には不可能な芸当だ。


 ますます油断はできない。


「カカカ……よもや我に傷を付けるとは、な。人間、なかなかやりおるではないか。だが……まだまだじゃな」


 赤竜が僕らを睥睨(へいげい)し、せせら笑う。


 同時にルカが負わせた傷から炎が噴き上がり……すぐに消えた。


「……っ、そんなっ、傷が……!」


 鱗は元通りになっていた。


「治癒能力持ちか。まずいな」


「ど、どうしよう。私の力じゃ、あれが限界だよ。というか、斬ったときにほとんど手応えがなかったんだけど!?」


「分かってる。やっぱり竜ってのは、どいつも一筋縄じゃいかないな」


「くくく……少々侮っていたようだ。こちらも少し本気を出そう」


 赤竜が低く唸り、身体がぶれた。


 直後、びゅん、と風切り音が――僕のすぐ側で鳴った。


「ぬわッ!?」


 咄嗟に身体を捻る。


 (ゴウ)、と丸太状の残像が通り過ぎてゆく。


 一瞬で背後に回った赤竜の、尻尾による一撃だった。


「テオ君っ!?」


「僕は大丈夫。ちょっと危なかったけど」


 凄まじい(はや)さだ。


 まったく視認できない。


 さっきのは完全に勘だった。


 次は避けられないかもしれない。


「……ほう。仕留めたと思ったのじゃが、存外にやるようじゃな」


 驚きの声を上げる赤竜。


 僕だって、無為に冒険者見習い(サポーター)をやっていたわけじゃない。


 日々ダンジョンに潜り、何度も死線をくぐり抜けてきたのだ。


 こういうギリギリの戦いだって、これが初めてじゃない。


「さて、どうするかな……」


  僕は赤竜の一挙手一投足をずっと観察していた。


 自分より格上の敵と対峙したときに必要なのは、『彼我の戦力差』と『手持ちのカード』をなるべく正確に把握することだ。


 ルカの剣はそれなりに手応えがあったように見えた。


 ただでさえ強固な防御力を持っているというのに……これは面倒だ。


 一応僕もダンジョン攻略に携帯するナイフを持っているけど、さすがにこれは赤竜には通用しないだろう。


 治癒能力を阻害するような毒や呪いが付与されていればいいんだけど、これは切れ味が落ちにくいだけの、ただのナイフだ。


 もちろん僕は攻撃魔術なんて使えない。


 つまり完全に彼女頼みだ。


 となれば、あとは僕のスキルでどれだけルカを強化できるかが鍵、か。


 彼女を前に出して戦うことしかできないのは歯がゆいけど、天職による身体能力の差と保有スキルはどうあがいても埋められない。


 ならば、僕は僕が取り得る最善の策を取るだけだ。


「ルカ、賞金首のときのことは覚えてる?」


 僕は赤竜から距離を保ちつつ、懐から護符(タリスマン)を取り出した。


 一角獣の姿が彫られた、金属製の護符だ。


「うっ、それは……」


 一瞬ルカがたじろいだ。


「残念だけど僕たちの素の力だけじゃ、あの赤竜を倒すのは無理だ」


「……わかった。耳とか尻尾とかが付くのはちょっと恥ずかしいけど……やるしかないよね。お互い足りないところを補いながら、出来ることをやる。それが冒険者パーティーってものだし」


 なんだか無理矢理自分に言い聞かせている風に聞こえたけど、それはともかく。


 僕は頷いて、ルカに護符を渡す。


「じゃあ、ひと思いにやっちゃって!」


 まるでトドメを刺してくれみたいな言い回しが気になるんだけど……いちいち突っ込んでいられない。


「いくよ、――《牧羊犬》」


 スキルを発動。


 次の瞬間、ルカを中心に強烈な風と光が巻き起こる。


「ふわああああっやっぱ慣れないなぁこれえええっ!?」


 ルカの素っ頓狂な叫び声は、先日同様すぐに突風にかき消され何も聞こえなくなる。


 次の瞬間――


「させぬのじゃ!」


 割り込むように赤竜が咆えた。


「…………あ」


 目の前に赤熱の奔流が迫っているのを見た。



 赤竜のブレスだ。



 ちょうど僕とルカを両方巻き込む軌道だった。


 完全に狙い済ました一撃だった。




 距離は充分取っていたつもりだ。


 けれどもスキル発動には一瞬隙が生まれる。


 そこを狙われた。


 赤竜は、僕らの隙をうかがっていたのだ。


 僕らと同じように。




 凄まじい速度で炎の奔流が迫ってくる。




 これは……無理だ。


 

 僕は悟る。悟ってしまった。


 

 無理だ。



 逃げられない。避けることはできない。


 絶対に無理だ。





 ――死ぬ。





 そう思った瞬間。



「……え」



 世界が動きを停めた。








  『――【羊飼い】の生命危機を感知』








 聞いたことがある。


 人は死ぬ直前に、世界がゆっくりに見えるらしい。


 それから、これまでの人生を追体験するらしい。


 ソウマトウ、といかいう現象だ。


 けれども僕の場合は、ろくな思い出がなかったのか……なにも浮かんでこなかった。


 代わりに。




  『スキル熟練度 ――上限値に達しています』


  『魔力総量   ――上限値に達しています』


  『魂総量    ――上限値に達しています』


  『スキル進化可能です』




 これまで見たことのない文字列が、視界いっぱいに広がっていた。


 それらの文字列は淡く光りながら、次々と現れ、消えてゆく。




  『スキル《牧羊犬》の進化を実行』


  『間に合いません』




 ――ガガ――




 一瞬、ノイズのように視界が乱れた。




  『上&系統ヨリい#たーせぷ$』


  『進#ぷろ@*……ガガ……を一時停止』


  『《牧羊犬》対象ヨリ『魔人』ノ血ヲ感知シマシタ』


  『進化系統ヲ変更』


  『承認』




 ――ガガ――




 またノイズ。


 すぐに戻る。





  『これよりスキル《牧羊犬》を《守護者》へ強制進化させます』


  『処理実行中』


  『完了』


  『続けて付帯スキル《加護》を追加』


  『完了』



 視界いっぱいに踊っていた文字が全て消えた。



 次の瞬間。



 身体の中に何か暖かいものが流れ込んで来た。


 そして、その瞬間、確信(わか)った。




 この炎は、消せる(・・・)




 だから僕はその確信に従い、軽く手を突き出す。


 ちょうど、炎の先端に触れるか触れないかの距離だ。


 そして頭の中に生まれた言葉を、口にした。






「――《護れ》」





 パシュン――





 僕を骨まで焼き尽くさんと迫っていた火焔の奔流は――小さな破裂音を残し、跡形もなく消え去った。

「おもしろかった!」

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