ストレスフルな日は親友と話すに限る(親友。ロマンシス?)
「ねー、もう、本当ありえないんだけどー!」
パソコン越しに、琳が吼えた。
社会人三年目。毎日がストレスフルである。
『荒れてるわねぇ』
パソコンから声が聞こえた。画面には、彼女の親友である祥子が映っている。
毎週恒例の、親友同士の定例会議だ。
「荒れるよ、荒れる! これで何回目だっつーの!!」
『百回目くらい?』
「とうに越してる! 百回なんて!」
『それはさておき』
「さておくな!」
画面にビシッと琳がツッコんだところで、祥子が空っとぼけた笑みを引っ込め、
『言いたいことあるなら、このお姉さんに吐き出してみなさい?』
大人びた微笑で琳を促した。
彼女が荒れるとき、それはとにかく愚痴を言いたい時だとわかっているのだ。
「誕生日ではこっちの方が上なんですけどー」
『まあまあ』
琳が唇を尖らす。
だが、それを意に介さず、
『それで? どうしたの?』
祥子はもう一度促した。優しい、声で。
「……」
琳が、観念したように口を開いた。
「……ってわけで、まあ、いつものことなんだけどさー」
『そうねぇ』
「こっちが少しでも相槌遅れたり、聞きそこねたらめちゃくちゃ機嫌悪くなるっていう。向こうは、こっちの話はぜーんぜん聞いちゃいないってのにさ」
『いつものことね』
「かと言って、何か意見言ったら言ったで面倒くさいし。やり込められるし。詰問口調で矢継ぎ早に言われたら、頭真っ白になるじゃん? かと言って『もうちょっと穏やかにして』なんて言おうものなら、『甘えたこと言わないで』だよ?」
『辛いわよねぇ』
「そぉなんだよ~。そのくせ、きっとこっちが同じことしたらイチャモンつけるんだよ? いや、私の言ってることそっちの言ってることと同じですけど! みたいな」
『嫌ね、何か』
「本当だよ~。まあいいんだけどさー。上司とか親相手だと、っつか、たいがいの人間関係、こんなんばっかだから、慣れっこだけどさー」
はあ。
そこまで言って、琳は大きくため息を吐いた。
「何か……たまに、虚しくなる。誰も、私の話なんてまともに聞いてくれないんじゃないかって」
椅子の上。
ぎゅっと膝を抱えて、琳が言う。
「私は、誰かの言葉に一生懸命、共感して、理解しようと努めて、色んなことはなるべく笑って流すようにしてるけど、それだってしんどい時はある。そういう時、やっぱりちょっといつもみたいには上手く出来ない。それで、『甘えるな!』って言われるとさ……。結局、私はただのサンドバックなんじゃないかって思っちゃうんだ」
『……琳』
祥子が、画面越しに力強く言った。
『大丈夫よ、あなたには、私がいる』
大きく頷き、まっすぐに琳を見て。
『私がいて、きちんと、あなたの話を聞くから』
「祥子……」
まるで、それは永遠の誓いをするが如く。
「ありがとう、祥子」
それを聞いて、琳はにっこり微笑んだ。
「祥子がいるから、私は寂しくない」
そして、いつも言うことを言った。
「何にも、寂しくないよ」
パソコン画面に、コツンとおでこをくっつけて。
「ずっと、友だちでいようね」
『もちろん』
祥子も、相変わらずはっきりと強く言う。
『ずっとよ』
それは、永遠に変わらない。
二人の約束だ。
そんな彼女らの隣……つまり、デスクの隣。チェストの上。
そこには、ケースが置いてある。
ケースには『琳へ。最期に撮った私の動画です』と書かれてあった。
その下には、町田祥子の一周忌を知らせる葉書。
画面越しの親友同士の会話は、夜更けまで続いた。
END.