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心中行脚  作者: 宮田みや
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伍、霧の向こう



見知らぬ怪しい男に家まで送り届けられた後、体調が悪かったせいか倒れこむように眠っていた。

目が覚めたのは翌日の明け方で、僕は渇いた喉を潤そうとシンクへ向かった。

ふと、郵便受けに投函された小さな紙が目に入った。


(なんだろう、お隣さんとかかな?)

心当たりを思い浮かべながら見ると、そこには綺麗な文字で短く言葉が綴られていた。


『万事解決。体調が良ければ会社に行って確認してみて。暫くは渡した御守りを持っている事。』


先程怪しげな男から渡された破魔矢が入っている鞄を見た。

そう言えば、そんなものももらっていたな。

そう思い鞄を開けて僕は思わず、手を離してしまった。


中に入っていた矢の羽が、染み一つない白から闇のような黒へと変わっていたのだ。


「どうして、さっきは白だったのに……!」


慌てて右手に握り締めていたメモ書きを見回すと、裏に小さく追記があった。


『追伸。もし羽根矢が黒に染まっていたら、すぐに燃やす事。誰の手に渡してもいけないよ。なぜなら、』


じわり、手のひらに汗が滲むようだった。




_____________________


「それで、そのはまや?は結局どうしたんですか?」

「燃やしたよ、言われた通りにね。」

「え〜!勿体無い!思い出に取って置いたりしなかったんですか?」


日曜日の昼下がり、明るいが年季の入った喫茶店で僕は、年下の女の子相手に質問ぜめにされていた。

突然現れた彼女は、数年前、僕自身ですらも何故か忘れていたあの不思議な事件について、話を聞きたいと言ってきたのだ。

そして僕も、どうして忘れていたか分からない程にはっきりと、あの日のことを思い出すことができた。

まるで、深くかかった霧が晴れたかのように、はっきりと思い出した。


「するわけないよ。というか出来なかったんだ。」

「出来ない?どうしてですか?」

「白い羽が黒に変わっていたのもそりゃもちろん驚いたけど、何よりも凄く、嫌な感じがしたんだ。」

「嫌な、感じ。」

「うん。なんていうか、禍々しい感じがするっていうか。気持ち悪くて……。だから燃やしたよ、その後すぐにね。」

「そうなんですね。」

「それに、手紙にも書いてあったし。」

「手紙?なんて書いてあったんですか?」

彼女の問いに先程の続きを思い出す。


『なぜなら、そのままにしておくと呪具になってまた災いが降りかかるからね。』


それを読んで僕はすぐにベランダに出て、その破魔矢を焼いた。

火をつけた途端に端から灰になって消えていくそれは、なんとも不思議な光景だった。


不思議なことはそれだけでは無かった。

次の日、会社へ行くと昨日までとは一変していた。

最近は気がおかしくなりそうな程しつこく彼女について聞かれていたのが嘘のように無くなったのだ。

昨日休んだ僕のことを、みんな普通に心配してくれたのだ。

それは、元に戻ったというか、昨日までのことが丸々無かったことのようだった。

体に感じていた倦怠感や、不調もいつの間にか無くなっていた。

そして、それらと同じようにして、休憩室ですれ違う彼女の姿もまたいなくなっていたのだった。


「どうしてだか、彼女が辞めた理由とか、どこに行ったのかとか、そういう話が出て来なかったなあ。」

「気になりますか?」

「当時はね、ちょっとだけ。でも今はあんまり知りたくないかな。」

「どうして?」

「誰が辞めたとか、普通みんな気にして話題に出すだろ?でもそれが無かったんだ。一切。一つも。だから、気にしちゃいけないことなんだと思う。忘れた方がいいこと。きっと僕にとっても、彼女にとっても。」


「……なあんだ。その程度の呪いか。」


「ん?ごめん、なんて?聞こえなかった。」

彼女の返答は、店の騒音にのまれてうまく聞き取れなかった。

「不思議なこともあるもんですね!」


不思議なこと。そう、不思議なことだ。僕の身に起きたことも、周りの人間たちの様子も。

今思えばどうして今日まで思い出すこともなく忘れ切っていたのか。

どうして僕は、思い出さずに入られたのか。どうして彼女の前ではすらすらと思い出せたのか。

そもそも、なんで彼女は僕の身に起きたことを知っていたのか。

けれど、そんな思考も霞の向こうに消えてゆく。


そうだ、そうだ、話したいことはこれだけじゃなくて。


「不思議なことはまだあってさ。」

「なんですか?ちょう気になる!」

「僕を助けてくれて、破魔矢をくれた人なんだけど。」

「ああ、怪我が治っちゃう人ですか?」

「うん。その人なんだけど、あの日のことは思い出せたけど、あの人の顔とか声とか、あの人に関することっていうの? それが全然思い出せないんだよね。」

「一番衝撃的な出会いだったのに?!」

「うん。何故だかね。」

「ふうん。」


少し不満げに彼女は紅茶をストローで飲み干した。ズズッと響く音がなんとも子供らしい。

そう言えば、彼女の名前はなんだっけか。


「ああ、でも、一個だけ覚えてるよ。すごい印象的だったから。」

「怪我が治ることよりも印象的なことですか?」

「そう言われるとおかしいいかもしれないんだけどさ。」


そこで言葉を切って自分の瞳を指差す。


「眼の色がさ、琥珀色だったんだ。綺麗な、透き通るような色。全部見透かされているような気になる瞳。」


「……そうですか。ありがとうございます。色々教えてくれて。」


少しだけ間をおいて彼女は笑った。


「いや、僕の話なんかで良かったのかな、なんて……、あ、れ?」


あれ?


こんなところで、何してんだろ。


どこだここ、喫茶店?


机の上には飲み切ったドリンクのグラスがふたつ。

一人で、知らない喫茶店で、二杯も飲み物を飲んでおいて、それを忘れるのだろうか。


あれ?誰かと何か話していたような気がしたけれど、夢でも見ていたのだろうか。

つ、と首筋から垂れる汗をハンカチで拭う。

そう言えば今朝、テレビで今年一番の猛暑だと言っていた気がする。

外を歩いて気分でも悪くなったのだろう、涼と、水分を取りにここに入ったのだきっと。

喉がカラカラで、アイスティーを二杯も飲んでしまったのだきっとそうだ。

頭に霞みがかってなんだかボヤッとするのもきっと、熱中症か何かのせいだ。

今日は、早く帰って寝てしまおう。


僕は、会計を済ませて家へと戻った。

照りつける太陽が、眩しかった。


_____________________


「結局大した情報持ってなかったや。」

少女と、女性の中間のような。子供らしい体付きとは相反するような眼差しの彼女は、退屈そうにそう呟いた。

「早く逢いたいよ、清一郎。」


ひとり、楽しげに歩く彼女の背中は、揺らめく陽炎の中へと、吸い込まれるように消えていった。




終.

最後までお読みくださり誠に有難うございます。

一旦こちらで完結となりますが、もう少しこの話を掘り下げた物を書く予定です。

よければ評価の方、よろしくお願いいたします。

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