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心中行脚  作者: 宮田みや
1/5

壱、合縁奇縁

初めまして。短いですがお楽しみいただけましたら幸いです。





おれ? ああ、そうなんだよ、人よりもだいぶ丈夫でね。

ちょっとやそっとじゃ死なないんだ。


え、おれかい? もちろん、人間さ。

だけど少しばかり厄介な御仁に好かれてしまってね、だからこんな状態でさ。

いやおれの話はいいんだよ。


あんた、探してたんだろ?この問題を解決出来る人間を。

だとしたらおれはもってこいさ。なんてったって専門職だからね。


あ? 信じられない? ああ、ああ、そうだろう、そうだろうよ。

今までさんざ騙されて来たんだろう?

勿論、お代は頂くよ? 誰だって慈善事業だけじゃやってらんないもの。

だけどね、おれが欲しいのは金じゃないんだ。


勘違いしないどくれよ、そんなんじゃないさ。

さっき言ったろ? 厄介な御仁に好かれたせいでこうなっちまったって。

おれはね、元の、普通の人間に戻りたい訳よ。

でもおれをこんなにしたお人は、おれをこんなにしたせいで長い眠りについちまってね、力を使い切っちまったんだと。

だからその力を取り戻したいって訳よ。

力ってのはそうそう簡単に落ちてる訳でなくてね。

こういう、あんたみたいに困ってる人の所にある事が多い。

あんたは困りごとが解決されて、俺は欲しいもンが手に入る。願ったり叶ったりだろ?


おやあんた、さっき見たばっかだというのにまだ信じてくれないのかい?強情なお人だね。

じゃ、今度はあんたがやってくれよ。

簡単さ、このナイフで切りつけるだけ。


大丈夫、二回目じゃないか、そう、あんまり深く切らないどくれよ? これでもちゃんと痛ぇんだ。


……ほら、これで信じられるだろ?

だから、ああ、話しとくれよ。

その鬼の話をよ。






_______________________________


その人に会ったのはちょうど、僕が仕事の人間関係で悩んでいる時だった。


最初は、取り留めのない会話だったと思う。

同期で、顔見知り。部署は違うけど時々話す。

休憩室ですれ違った時とか。まあ、挨拶くらい。本当に、ただの同期で。


匂いがした。

彼女がつけてる香水か何か。

どちらかと言うとお香のような、特徴的な香りでなんとなく匂いを覚えていたんだと思う。

会社のデスクで、休憩室で、ふとした時に感じる、ねっとりとした視線。

好意的ではない、かと言って攻撃的でもない。

ただじっくりと見定められているようななんとも言えない感覚だ。

顔を上げて辺りを見渡しても、此方を見ている人なんていない。

だけど、いつも必ずあの匂いが微かにした。


おかしいなと思ったのは会社で僕に恋人がいるという噂が流れ出した頃だ。


他の、仲の良い同期や先輩から彼女は誰だとしつこく聞かれるようになった。

そんな話一切身に覚えがないというのに、誰もがまるで社内にいるような話しぶりで僕は、少し心がざわついた。

誰かが僕のことを好きで、そんな話をどこかでこぼしてそれが、広まってしまったんじゃないかと。

誰かに好かれるのは悪くはないしそんなに噂になるくらいなら出てきてくれても良いとさえ思っていた。

けれど当の本人が出てくることはなく、噂話がただただ広まって行くだけ。

現状はますます酷くなっていた。


それと同じくらい、僕はよく体調を崩すようになった。

なんとなく、なんとなく調子が悪いから始まり、ひどい頭痛だったり、吐き気で眠れない夜が続いた。

はっきりとしない体調の上、睡眠不足が祟ると風邪をひく。

僕は、しょっちゅう会社を休む羽目になった。


色々な病院に行って沢山の検査をしたが結果は全て不明。

有給も使い果たし、これ以上休むとクビになるので仕方なくしんどい身体をおしての出勤。

まるで、地獄の最中にいるようだった。


更に重ねておかしなことが、何故かみんな僕に恋人がいない事を信じてくれない。

体調が悪いと言うと彼女に看てもらえと揶揄われるだけ。

だれも僕の体調不良を心配しない。

いや、心配されたい訳じゃないけれど前に一度風邪で休んだ時は、みんなもっと“ちゃんと”心配してくれたのだ。

だけど今のみんなの視線はどこか、僕じゃないナニカを見ているようで、

それが怖くて怖くて仕方なかった。


そんな中、唯一普通に接してくれたのがただすれ違う時に挨拶をするくらいの彼女だけだった。

けれど、彼女に僕の例の噂について聞くと途端に怒ってどこかへ行ってしまった。

そう言えば最近、あのお香のような匂いがすることはなくなった。

やっぱり、あれも勘違いだったのだろうか。


時々感じていた謎の視線すらも忘れてしまうほどに、社内で向けられる好奇の視線が辛い。

重たい重力も、殴られるように痛む頭も、何もかも、あのおかしな噂のせいなのだろうか。

どうすればいいか、僕にはもう分からなかった。


いっそのこと、辞めてしまえば良いのだろうか。

辞めるのは、仕事?


それとも?





頭痛が酷く、眠れない日が続いたせいで、余計に頭がぐわんぐわんと鳴り響く。

何もかも放り出したくなって、仕事に行くつもりの足のまま、ただぼーっと道を歩いていたら、ふと視界に何かがよぎった。




黒い、影だった。



あ。



空を見たら頭上に真っ直ぐ、植木鉢が落ちてくるその瞬間だった。

景色や思考はやけにスローモーションなのに、身体はガチッと動かない。

鉛のように重くただ、ああ、落ちてくるな、とそう思うだけ。


ゆっくりと瞼を閉じ、衝撃に耐えるべく待った。



しかし衝撃は来ることなく、すぐ近くでガシャンと、何かが砕ける音が聞こえた。

目を開けるとそこには、見知らぬ男の人が一人、僕を庇うように立っていた。

一瞬で頭が真っ白になる。


え?僕の代わりに受け止めた?植木鉢を?

け、ケガは??


見ると腕がザックリと切れているではないか!

なんて事だ、どうしよう!


ただただパニックに陥っているとその男の人は酷く心配そうな顔で僕に聞いてきた。


“大丈夫かい?怪我はないかい?”


と。


その質問、逆じゃないですかね。

そう思いながらも上手く言葉が出てこず、傷口をただ見ることしか出来ないでいると、視線の先に気がついたのか何故か申し訳なさそうに笑って言った。


“大した事ないから気にしないでくれ。”


いやいやいや、大した大怪我である。

何を言っているのだ救急車を!と、ようやっと頭が回ってきたけれど止められる。


何故?と不可思議に思っていると傷口を見せられる。

さっきまで痛々し過ぎる程にザックリと切れていた傷口が、今ではもう跡形もないのだ。

そうして今度はニカっと笑うと僕の目を見てこう言った。





“あんた、鬼に取り憑かれてるね。”






合縁奇縁:人の交わりには互いに気がよく合う合わないがあって、それは不思議な縁によるのだということ。

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