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少女は影に潜まない  作者: 冬至 春化
一章 亡国の姫君について
10/21

閑話 顕熱



 宮殿内でも堅物と名高いオリウが、ユォノに対して打ち解ける様子を見せたのは、大きな変化であった。元はと言えばセオタスとユォノが近づくことに対して一際の警戒を表していたのがオリウであったというのに、ここ最近は両者の視察や訓練に自ら同行し、穏やかな調子で言葉を交わす始末である。

 加えて、宮殿内で生活する異国人に対する迫害が先の件で明るみになり、それまである種黙認されていた格差がはっきりと浮き彫りにされたこともある。この時期に大っぴらに異国人を差別するほどの度胸がある人間もそういない。


 そうした空気感は後宮内部にも当然のごとく伝わり、ユォノはものの見事に――腫れ物扱いされていた。要するに通常運転である。

(そりゃまあ、大して変わらないか)

 目を合わせないよう、顔を背けてそそくさと離れてゆく女たちを眺めながら、ユォノは腕を組んで嘆息した。初めは食事をひっくり返したり泥をかけてみたりとやりたい放題だった割に、今はこの有様である。まさか周囲を取り囲んでちやほやしろとまでは言わないが、いっそ小気味よいほど現金な様子だった。



「あーら、寵姫さまじゃない。お元気?」

「ああ、リュシアどの」

 ユォノがいるせいで誰もが息を殺し、しーんと静まりかえってしまった通路を、一人の女が堂々と闊歩してくる。軽やかな様子で片手を挙げて呼びかけてきた彼女に、ユォノは一周回って安心感を覚えた。

 瀟洒な簪を揺らしながら、リュシアは肩に乗った長い黒髪を片手で払った。芝居がかった仕草にも見えるようなそれは、リュシアがやると妙に様になる。勝ち気な面立ちに赤い紅をひいた唇が弧を描く。


「頬の腫れは引いたの? あのときのあなたったら、本当に無様な顔をしていたから、いつ殿下に見放されるかって楽しみにしていたのに」

「はは……ご心配ありがとう」

「あら? 私、あなたの心配なんて、これっぽっちもしていなくてよ」

 ふん、と鼻を鳴らし、リュシアは腰に手を当てたまま片方の眉を跳ね上げた。普段なら一言ふた言告げたらさっさと立ち去るリュシアが、何やらもの言いたげな目でユォノを睨みつけている。ユォノは首を傾げた。



「……ちょっと、来なさいよ」

「え、おっと」

 おもむろに腕を取られ、ユォノはリュシアに引きずられるようにして物陰に連れ込まれた。壁際に追い詰められ、ユォノは目を丸くしてリュシアを見返す。

「いかがされましたか、リュシアどの」

「え、えっと……別にあなたに用事がある訳じゃなくて……」

「でしたら何故私を?」

 問えば、リュシアは驚くほど歯切れ悪く俯いた。何やら言い淀むような様子に、ユォノは眉をひそめつつも、リュシアの言葉を根気強く待つ。


「お……オリウさまは、お変わりない?」

「は?」


 全く意識の外にあった名前がいきなり持ち出され、ユォノは思わず目を点にした。完全に虚を突かれて答えあぐねたユォノに、リュシアは我慢ならないというように掴みかかる。

「だ、だからっ、オリウさまはご無事かどうかって訊いているのよっ!」

 胸元を掴まれて前後に揺さぶられ、ユォノは訳も分からずに「オリウ将軍?」と聞き返した。睨むように唇を引き結んだリュシアの顔を見れば、心配になるほど真っ赤に染まっている。ユォノは呆気に取られて口をあんぐりと開けた。

 絶句したまま硬直するユォノに、リュシアは「何よ」と不満げである。ユォノの脳内で思考が素早く巡る。いきなりオリウの様子を訊いてきて、そしてこの恥じらうような顔……。ぴん、と閃き、ユォノは大きく頷いた。


「…………なるほど!」

「何が『なるほど』なのよっ!」


 ぽん、と握りこぶしを手のひらに打ち付けたユォノに、リュシアが叫ぶ。常の高慢そうな態度とは似ても似つかない、彼女は幼げな素振りで地団駄を踏んだ。

 それからリュシアは真っ赤になった頬を膨らませ、「あなたに訊いた私が馬鹿だったわ!」と逃げ帰るように去ってしまった。その後ろ姿を見送りながら、ユォノは驚き冷めやらぬまま、「なるほど……」と呟いた。



 ***


鍛錬を終えたあと、セオタスの部屋に顔を出そうと扉の前に立ったところで、ユォノはふと先日のことを思い出す。ふむ、と口の中で小さく呟き、供をしている隣の大男をちらと見上げた。

「ところで、オリウ将軍」

「何かございましたか、ユォノさま」

 オリウは生真面目に背筋を伸ばし、顎を引いたまま、扉を叩こうと片手を振り上げた姿勢で動きを止めている。怪訝そうな目が向けられるのを感じながら、ユォノは単刀直入に問うた。


「――リュシアという名に聞き覚えはないだろうか?」

「は、はッ!? え!?」

「……ああ、これはあるな」

 ぼん、とまるで綿に火がついたかのように、オリウは一瞬にして顔を赤くした。ユォノは独り合点して小さく頷く。納得したユォノに弁明するように、オリウは「違います、何もありません」と必死に言いつのるが、言えば言うほど哀れがましい。ユォノは生暖かい視線で再度頷いた。



 この異変を察知して、呼ばれてもいないのにセオタスが廊下までいそいそと顔を出す。

「どうしましたか? 何やら楽しそうな気配がしますね」

「殿下、余計な嗅覚をはたらかせずに執務にお戻りください」

 すぐさま平然とした態度に戻ってセオタスを諫めるが、未だにオリウの耳には朱が差したままである。オリウから怨念の籠もった視線が降り注ぐが、ユォノはしれっとしたまま明後日の方向を見やった。


「ちょうど休憩にしようと思っていたところだ。気兼ねせずに入れ」

 セオタスは満面の笑みで、ユォノもオリウの背後に回って逃走を阻んだ。一瞬だけ、セオタスと視線が交錯する。言葉がなくとも心は伝わった。――これは面白そうな気配がする。




「……新兵の頃、本当に良くして頂いた教官がおりまして、その、私は貧乏貴族の出身ですので、当時は食うにも困るような状況で、」

 しどろもどろに応答するオリウに、横並びに座ったユォノとセオタスは薄ら笑いを浮かべて頷いた。

「それを見るに見かねた教官が、度々屋敷に招いてくださって、よくご相伴に与ったり、時には裏庭で直々に稽古を付けて頂いたりしておりまして、」

 見るも哀れなほどに汗をかきながら、オリウは項垂れ、ぴたりと揃えた膝を睨みつける。


「……その際に、よく一緒に遊び相手なんかをしていたのが、リュシア嬢でございます。恩師のご令嬢として、私も無碍にするわけにはいかず、失礼ながらこう、可愛らしい妹のようなものでして、」

「いや、それはただの妹に対する反応ではないだろう」

 セオタスが冷静に突っ込みを入れると、項垂れていたオリウの首の角度が更に大きくなった。


「リュシアどのは、貴殿を兄のように思っている訳ではなさそうだったが」

「ウッ」

 ユォノが告げた直後、オリウは腹でも殴られたかのような声を漏らして額を押さえる。指の間から覗く眉間に深々と皺が寄っていた。ユォノは腕を組み、リュシアの真っ赤な顔を思い返す。

「後宮で呼び止められてな、『オリウさまは息災か』とそれはもう随分と恥じらうような様子で……」

「えっ」

 オリウがぴくりと肩を跳ねさせて顔を上げた。その豹変ぶりに、ユォノは半目になる。隣では呆れたように嘆息しながら、セオタスが足を組み替えた。無言で顔を見合わせる。



 セオタスは酷く言いづらそうに切り出した。

「あー……俺が王になった暁には、リュシア嬢を下賜する……ことにしても良いが……」

「いえ、そのようなことは」

 しかしオリウはおもむろに姿勢を正し、断固として首を振る。

「そういうつもりではないのです。私はリュシア嬢と添うには年を食いすぎていますし、――彼女はきっと、私のことを恨んでおられるだろうと思いますので」

(そうだろうか……?)

 ユォノは腕を組んでリュシアの様子を思い返す。しかし、オリウがそのように考えている事実は気になった。


「オリウ将軍は、リュシアどのに恨まれるようなことをしたのか?」

 何気なく問うと、オリウは暗い表情で目を伏せて黙り込んでしまった。そこにただ落ち込んでいるだけではない悲愴を見つけ、ユォノは慌てて腰を浮かせる。「無理に話す必要は」と声をかけると、オリウは「構いません」と首を振った。


「恨まれて当然のことです、――俺は、リュシア嬢のお父上を見殺しにした」


 ひゅっと息を飲む。ユォノの心臓が一瞬のうちに縮み上がったようだった。リュシアが戦地にて殉死した父に、並々ならぬ思いを傾けているのは事実である。確か、山道で最後尾を担い、そのまま背後から矢を射かけられて死した、と。

 ユォノは慎重にオリウの表情を窺った。

「……リュシアどののお父上がいた隊に、オリウ将軍も同行していたのか」

「当時はオーウェン卿……リュシア嬢のお父上が、将軍の位についておりました。私はその副官で、……卿にしんがりを任せたのは私の判断です。オーウェンどのの申し出を受け、私は彼を信頼してその位置を任せました」

 オリウは言い逃れをする気はないと言うように、苦渋に満ちた表情のまま訥々と語る。


「ふむ」とセオタスが顎を撫でて呟いた。思案するようにその視線がオリウに差し向けられる。

「リュシア嬢か……」

 セオタスは何やら意味深な表情で、斜め上を見やって長いこと黙っていた。


 ややあってセオタスは目線を戻す。懊悩し、頭を抱える忠臣を眺めてから、セオタスはユォノを振り返った。

「ユォノどの、リュシア嬢に対して、それとなく探りを入れておいて頂けますか。後宮を出る意思がおありか否か」

「ああ、承った」

 ユォノは軽い調子で肯んじる。このやり取りに目を剥いて反駁したのがオリウである。椅子から腰を浮かせ、「何を企んでおられるのか」と不信感もあらわに両者を睨みつける。セオタスは動じず、片手を挙げて腰を下ろすように合図した。



「そういえば、お前にはまだはっきりと伝えていなかったな」

 セオタスが足を組み替えて微笑む。おもむろに切り出した主君に、オリウは怪訝そうな顔をしつつも居住まいを正した。

「父上が再度のトカットリア侵攻を命じようとしていることは知っているだろう。しかし現在、フェウセスにはあの急峻な山岳を攻め落とすほどの兵力は残っておらず、加えて各地では征服し植民地としてきた土地で反乱の狼煙が上がりつつある」

「……ええ、存じております」

 話がどこへ向かうのか、と訝しみながら、オリウは小さく頷く。ユォノも神妙な顔でセオタスの言葉に耳を傾けた。


「軍部への王の命令に対して、将軍が一人でも異を唱えれば、その命令は一旦差し止められ、枢密院における審議にかけられる。そのことは分かっているな?」

「もちろん分かっております」

「……オリウ将軍がいる限り、国王の命は簡単には受理されないということでよろしいか?」

 ユォノの言葉にセオタスは頷き、「しかし」と苦々しい表情で打ち消した。

「枢密院がトカットリア侵攻を認めるかどうかは五分五分といったところです。特にあれらの貴族は時流を読んで、くるくると風見をしますから」

 心底嫌気がさすというように、セオタスが眉をひそめる。ユォノは黙ったままセオタスの言葉を反芻した。


「何より有効な手立ては、『このまま侵攻を続けることは国益に反する』とする私の立場を明確にし、賛同する者を増やす――特に枢密院に名を連ねる人間の周辺に働きかけることです。しかし私はお世辞にも、臣民からの支持を得られているとは言いがたい。ですから、ユォノどのや、オリウの手を借りたいとそう思っています」

「……それが、俺とリュシア嬢に何の関係があるんですか」

 気づかぬうちに口調を崩して、オリウはセオタスをじとりと睨みつけた。セオタスは訳もないと言わんばかりに肩を竦める。


「リュシア嬢の生家――オーウェン家は、枢密院の一席を担う、国内でも有数の旧家だ。当主であったオーウェン卿亡き今、相続権は長子のリュシア嬢にある。お前が彼女と強い繋がりを持っている方が与しやすい」


 セオタスが整然とそう言い放った直後、がたんと大きな音を立てて椅子が倒れた。勢いよく立ち上がったオリウが蹴倒したのである。ユォノは目を見開いてその顔を見上げる。オリウは憤怒に血を上らせ、わなわなと拳を握りしめて震えていた。

 何やら言い返そうとするようにその唇が数度もどかしげに動いたが、結局、オリウは唸るように「考えさせてください」とだけ告げて踵を返した。つかつかと大股で部屋の扉まで歩き、あくまで静かな手つきで部屋を出て行ったオリウを見送る。



 ぱたん、と扉が閉じて少しした頃、セオタスが小さく苦笑しながら呟いた。

「……というのは建前で、本当はただ、あれに幸せになってもらいたいだけなんですけどね」

「はい?」

 いきなり妙なことを抜かすセオタスに、ユォノは目を剥く。

「いや、建前と本音が逆でしょうが!」

 咄嗟に掴みかかると、セオタスは驚いたように仰け反った。どうやら何の話なのかさっぱり理解していないらしい。ユォノの顔を注視してきょとんとしている。ユォノは閉ざされた扉とセオタスとを交互に見比べた。必死に怒りを押し殺して去っていったオリウの姿を思い返す。


「そ、そっちがオリウ将軍に伝えるべき方だったと、わた、私は思うが、」

「ええ? そうでしょうか」

「絶対だ」

 力強く頷くと、セオタスは数秒黙ってから沈痛な面持ちをし、「言われてみれば」と顔を覆って天井を仰いでしまった。


「俺はまたこういう間違いを……」

 肘掛けに体を預けて萎れてしまったセオタスに、ユォノはおずおずと「そこまで心配する必要はない」と声をかける。

「オリウ将軍はセオタスどのより大人だ。話せばきっと分かってくれる。……間違ったときは素直にそれを認めて、自らの心に刻めば、同じ間違いを幾度となく繰り返すこともあるまい」



 そっと背を叩きながら言うと、セオタスはむくりと体を起こして「ありがとうございます」と耳朶を赤くしながら呟いた。ユォノは控えめに微笑み、「セオタスどのは……」と口を開く。

「……自身の最も良いところを、隠そうとする癖がおありだ。こんなにも情の深い方なのに」

 咄嗟に口から零れ出た言葉に、セオタスは不意を突かれたように目を瞬いた。自分が口走った内容にユォノ自身も驚いて、思わず口を押さえるように唇に指先で触れる。と、その手首を柔らかく掴まれ、手を下ろされた。


 前触れもなく顔に影が落ちた。鼻先に熱が迫る。ユォノは思わず首を竦め、大きく目を見開いたまま、息を殺して凍り付く。

「ユォノどのは」と、セオタスが掠れた声で囁いた。

「……私が最も覆い隠したいと思っている弱点を、最大の長所と言ってくださるのですか」

 窓側に陣取り、逆光になったセオタスの顔は、表情を読み取ることができない。眼前に迫った顔から逃げるように退くが、手首を掴まれた状態ではままならない。


「あなたがそれを言うのですか。かつての俺に、王道の何たるかを説いたあなたが、それを……」


 セオタスの言葉は低く押し殺された声音に終始しており、彼が怒っているのか、はたまた悲しんでいるのかも分からなかった。ユォノは喉が引きつるような思いで体を強ばらせる。

 不意に、目の前の影が動いた。戦慄くような呼吸の距離が縮まる。いきなり首の後ろにひやりと氷水を浴びせられたかのような、疼痛を伴う目眩を覚えた。指先が震えた。考えるよりも先に手が出ていた。その胸を押しとどめる。


「やめて、」

 震える声で彼女はそう囁く。セオタスの表情が一瞬にして強ばったのが分かった。間近に迫ったユォノの両目に改めて気づいたかのように息を飲み、弾かれたように身を退く。

「申し訳ありません」と立ち上がり、セオタスは慇懃に頭を下げた。ユォノは呆然としたまま、はたりと手を落とす。


 滑稽なほどに心臓が早鐘を打っていた。極度の緊張を与えられ、そしてまた一気に解放されたせいだろうか。そうに違いないと思った。未だ触れられた熱の残る手首を返して、恐る恐るというように視線を向けて窺った。

「ユォノどの、今のは、」

「後宮へ戻ります。リュシアどのには近日中に話をしておきますから」

 ユォノは弱々しく頭を振って立ち上がる。セオタスはかける言葉を探すようにしばらく手を宙に浮かせていたが、やがて諦めたように腕を下ろした。

「後宮の入り口まででも」

「送りは必要ありません。……書庫でもあるまいし、何度も行き来した道を間違える訳がないです」

 撥ねのけるように告げると、セオタスは無言で項垂れる。ユォノはつと、かける言葉を見失って立ち尽くした。


「セオタスどの」

 ユォノは手を差し伸べた。

「……貴殿が私に信を置き、共に志を同じくする仲間だと評してくれることを、私は心から誇りに思う。私も、貴殿と同じ方を向いて戦えることを頼もしく思っている」

 セオタスは悄然と肩を落としたまま、それでもおずおずと微笑んだ。視線が重なる。

「――なれば、叶わぬことがあることもお分かりだろう」

 酷薄に囁く。セオタスはその頬に笑みを残したまま、黙って頷いた。その瞳の奥に行き場を失った後悔の色を見つけて、ユォノはそれ以上言葉を紡ぐことなく足を引く。くるりと踵を返し、振り返らずに退室した。



 背後で扉が閉じる音がした。ユォノは足下が地面についていないような心地で、後宮への道を辿った。知らず、指先が口元に伸びる。唇をそっと指先でなぞった。……間近で吹き込まれた熱が、僅かに触れた皮膚の感触が、まだそこに残っている。


 まるで熱が移ったようだった。胸の底の辺りが、落ちつかなさにそわそわと浮き上がっている。その正体も分からずに、ユォノはきつく唇を噛んだ。



 ***


「ユォノさま、あのときは本当にありがとうございました」

 照れ笑いのように頬を赤らめながら、リトがぺこりと頭を下げる。ユォノはリトを促して木のベンチに並んで腰掛けた。

「私は何もしていない。実際に君を助けたのはオリウ将軍とセオタスどのだ」

 ユォノは面映ゆさに、咄嗟に言いつくろうような返事を返す。しかしリトは緩く首を振り、目を細めてユォノを見上げた。


「それでも僕は、あのときユォノさまが飛び込んできてくださったことが、本当に嬉しかったんです」


 その目に浮かぶのは……憧憬だろうか? 真っ直ぐに向けられたリトの眼差しに、ユォノは一瞬だけ息ができなくなった。

「も、もちろん、自分の身を挺してまで誰かを守ることが常に正しいだなんて思いませんけど、」とリトはやや慌てたように前置いてから、「でも」と目線を地面に落としながら、その頬を綻ばせて呟く。

「そうまでしてくれる人の得がたさや、自らを擲ってまで信義を貫き通すことのできる人の尊さを思えば、嬉しいと感じますし、憧れない訳がありません。僕も、ユォノさまのように、大切な人を守れる男になりたいです」

 と、そこでリトは頬を掻き、はにかむように首を竦めた。その耳が赤くなっているのを眺めながら、ユォノはやけに静謐な感情を持て余していた。



(そうか、私は……)

 ユォノが自らの身を挺してまで割って入ったことを、セオタスは後日、浅慮だったと言った。しかしそう評したときの、彼自身のばつの悪そうな顔を、ユォノははっきりと覚えている。何故ならユォノの行いに対する言葉は、全て自らに返ってくるからである。

 血の味が不意に口の中に蘇る。二度目の暴力に晒されようとするユォノに、見るに見かねて飛び出したセオタスのことを思い出した。彼はあのあと、人目につかない場所でオリウに説教を受けていた。


(――わたしは、嬉しかったのか)


 中空を眺めたまま動きを止めたユォノに、傍らのリトが怪訝そうな顔をする。その顔を見下ろした直後、言葉にもならない哀切が胸にこみ上げて、ユォノはゆるゆると頭を垂れ顔を覆った。誰かに守られることを漫然と受け入れ、あまつさえそれを嬉しく思うとは……。


「……わたしは、どうすれば良いんだろう」

 堪えきれずに呟くと、リトは何も承知していないような顔のまま、「自分のしたいようにすれば良いと思いますよ」と微笑んだ。




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