第六章 艦隊編成会議 第951話 彼女は聖王同盟艦隊の会議に参加する
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第951話 彼女は聖王同盟艦隊の会議に参加する
「なぜに……私が」
「ふふ、面白いじゃない?」
彼女と伯姪は、対サラセン連合艦隊編成会議になぜか参席していた。Mの字こと教皇庁艦隊司令官であるパリア公『マルカ・クルン』に加え、本国からの「必ず連合艦隊を東に進めよ」と厳命を受けた海都国全権特命大使ソランに強く望まれたからである。
『聖ステフ騎士団』との模擬戦で、魔導船の運動性能を見せつけたリリアルであったが、その後「売ってくれ」という言葉に、海都国に対してと同様の回答、すなわち王宮との交渉を提示してその場での返答を保留。
その代わり、聖騎士団幹部や希望者の何人かを『リ・アトリエ』に乗せ遊覧して見せた。
「素晴らしい運動性だ」
ガレー船乗りの騎士たちが口々にほめるものの、魔導船の操舵を試させたところ、かなりの苦戦をしていた。予想通り、身体強化と魔力操作では、魔力の扱い方がかなり異なるためだ。
自身の体内で魔力を動かし、身体を強化するのと、体の外に魔力を放出し、
それを維持・操作するというのは異なる運用なのだ。リリアル生は、身体強化
と魔力操作を連続して鍛錬する中で、魔力を体内・体外で運用する方法を
身に着けていくが、一般的な騎士は聖騎士含め体内での魔力運用だけを
磨いていく。
また、魔力量を増やす事は見習い時期に行うものの、それは重点的なことではなく、一瞬の攻撃・防御出力の強化を大切にする。細く長く魔力を使うのは苦手なのだ。
「う、上手く動かん」
「ぎくしゃくしてますね」
黒目黒髪が心得を伝えるのだが、ベテランも若手も少量継続して魔力を流し続ける調整が難しいようで、外輪の回転がぎくしゃくするのだ。ガクンガクン動いて乗っていると船体が大いに揺さぶられる。酔いそうである。
「我々には合わないかもしれないな」
「専業で操舵手を雇えばいいのではないでしょうか」
「「「それだ!!」」」
魔力を集中して使う聖騎士と相性が悪いなら、細く長く使うことに長けた魔術師なり魔力もちを雇って解決という方法に至る。とはいえ、魔導船が手に入ることが決まったわけではないので、早計なのだが。
模擬戦後、会議が開催されるまでの数日、リリアル勢はピザーラで過ごすことになった。
赤毛娘の気になる斜め塔……大聖堂鐘楼も見学する機会を得た。
「すごく不安になります」
「これって少しずつ傾きが増して、そのうち倒れてしまいませんか?」
黒目黒髪と灰目藍髪の良識ある二人がそうつぶやく。とはいえ、16,000tもある重量物を持ち上げるというのは魔術では難しいと思われる。身体強化でうりゃとできる重さではない。
「先生!! この斜めっ塔が倒れたらヤバいじゃないですか!!」
「趣が失われる」
「そうじゃねぇだろ!! 危険だっつーの」
赤目銀髪のボケを青目蒼髪が思わず拾う。
「それを考えるのは、この街の市議会であるとか華都国の官吏の仕事でしょう」
「大聖堂の責任でもあるんじゃない? これ、鐘楼みたいだから」
斜めの鐘楼できちんと鐘が鳴るのだろうか。そもそも、鐘を鳴らす人は傾いていてもきちんと立てるのか疑問でもある。
赤毛娘が話を続ける。
「先生の『土』魔術で、塔の周りの地面を硬化させるだけでも、少しは違うんじゃないかなって思うです!!」
「この斜めの塔を何時までも楽しむには重要かつ必然」
因みに、下の階に対して、傾き始めてから構築された上階は斜めになっている分を修正するために下階に対して曲げて建てられている。ちょっと反り返っているのだ。
「立っている場所の地面の硬さが違うので、やわらかい方に傾いているという話は聞いたことがあるわ」
「なら、傾いている側の地面を『硬化』させてみましょうか」
リリアル生が斜塔の傾いている地面の辺りで円陣を組む。彼女が魔術を発動しているのを隠すためである。が、明らかに周りから注目されている。何もしないでいた方が良いのではないだろうか。
石畳の上に両膝をつき、両手を地面へと添える。つまるところorzのような格好である。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の姿に整えよ……
『堅牢』」
元は湿地帯であったと思われるピザーラの土地。土の精霊が少なく、水の精霊が多い。残念なことに、土の精霊の加護持ちである歩人は連れてきていないので、強引に彼女が魔力をマシマシにして少ないノームに力を与えやる気にさせなければ『堅牢』の強度が上がらない。
「何とかなりそう?」
「やれるだけやるわ」
魔力を通し、石畳越しにビシビシとその下の地面の強度が増していく。深く深く。しかしながら、傾きの支点側の強度を増しても、反対側まで固めては傾きが修正できないので、あくまでも傾き沈んでいる側を重点に魔力を注がなければならない。
範囲を抑え込む魔力操作はおそらく歩人には十分できなかっただろうから、彼女自身が行って正解ということになるだろう。
十分、二十分、三十分と魔力を注ぎ込み続け地中30mほどの深さまで固められたと判断し、彼女は立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
「ええ。立ち眩みは無いわね」
「魔力はどう?」
「問題ないわ。キリがないのでこの辺で終わりにしましょう」
大聖堂に向け膝をつき祈りをささげているように見えていたのだろう。彼女の姿を見ていた市民が少し離れた場所から何事なのかと集まってしまっていた。
何をしてたのかと聞かれ、リリアル生は「これ以上塔が傾かないように侯爵閣下が祈りをささげていた」と適当に答える。実際は魔力を用いて精霊に地面を固めるよう魔術を行使していたのだが、意図としては間違っていないので問題ない。
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数日をピザーラで過ごしたリリアル一行。聖ステフ騎士団の騎士団長から『対サラセン連合艦隊編成会議が開かれるので、我々も華都に向かう。同道しないか』と誘われた。
どうやら、魔導船に乗り、華都まで行きたいと遠回しに伝えているようだ。魔導船といっても『リ・アトリエ』の場合、リリアルの冒険者組だけですでに満員状態であり、聖ステフ騎士団一行を乗せる余地はない。
「そこを何とか」
と騎士団長に強引にねだられたので、騎士団長とその護衛・従者だけであれば乗せる代わりに、聖ステフ騎士団一行に、こちらの騎士も数名同行させてもらいたいと伝える。
騎乗での移動を希望した蒼髪ペア、赤毛娘、灰目藍髪に伯姪を目付役に着けて分遣隊とした。
「一日遅れになると思うけど、よろしくね」
「ええ。お互い気を付けましょう」
リリアル勢は魔導船組と騎乗組に分かれそれぞれ華都へと向かうのであった。
「川を遡るのは少々時間がかかりそうですな」
「この魔導船は試作ですので、速度も5ノットほどしかだせません。川の流速が1ノットないし2ノットとされていますので、差し引き3-4ノットとなります」
下るときは流れの分速度が加算され、上る際には減算される。それでも、一時間に5-6㎞進み、馬車のように振動も生じないのだから体への負担も少なくて済む。朝早くにピザーラを出れば、暗くなる前に華都につく程度は早いのだ。川の真ん中の流れのはやいところを避け、上手く進めばさらに速度は増す。
「この天幕は良いな」
魔装布の天幕は日差しを遮るだけでなく、防御板としても機能する。マスケットの銃弾や矢も弾いてくれるので、安全度が高まる。
「帆がないのが残念であるな」
「付けても良いのですが、川船や連絡艇として使うには不要です。それに……」
帆を張ることで、遠目からも敵に視認されやすくなるという問題もある。櫂を漕いで移動する場合は帆走と併用しなければ長時間移動することが難しいが、魔導外輪なら魔力持ちの能力次第と交代要員次第で終日移動することができる。小さな船に帆柱を建てればその分甲板を狭くするという問題も生じる。
「この小型船でもよいから手に入れたいものだ」
「ふふ、王宮にご相談ください」
「であるか」
いくら聖騎士団であるとはいえ、そのスポンサーは華都国。華都とは法国戦争で王国とは敵対していたはずだが、経済的な結びつきは今では深くなっていると思われる。主に金融的な面で。つまり、王国は華都からお金を借りているのだ。
金利の減免などを条件に、魔導船を譲る可能性はないとは言えないが、それは王家・王宮が判断するべきこと。精々、高く売りつけて借金を減らす努力をしてもらいたいものだと彼女は思うのである。
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夕方遅く、なんとか華都に到着したリリアル一行と聖ステフ騎士団主従。馬車で別行動しているメンバーは明日の午後にでも到着するだろうが、リリアル勢はともかく、聖騎士団ならば華都にも分駐している者がいる。遣いの者を騎士団長が呼び、ついでということで、リリアル勢も馬車で華都国滞在中の宿である『リカルド宮』へと送るとの申し出を有難く受けることにする。
「ご厚恩感謝いたします、騎士団長閣下」
「いや、こちらこそ感謝するアリックス卿」
模擬戦か魔導船に乗せたことかと彼女が考えていると、騎士団長の口から思いもよらぬ言葉が聞こえてきた。
「大聖堂の鐘楼。傾いているとはいえ、ピザーラ市民にとっては街の栄光を記念する建築物だ。倒れるなら、物理的被害だけでなく精神的にも大きな傷となる。地盤を魔術で固めてくれたのであろう」
どうやら、彼女ら一行を監視……見守っていた騎士団の魔騎士から、土の精霊魔術を用いて、彼女が斜塔の地面を固めてくれていたと報告が為されていたという。
「ピザーラでは難しくとも、騎士団あるいは華都国ならば土の魔術を得意とする者も雇えるでしょう。出過ぎたまねではありませんでしたか」
騎士団長は首を振る。どうやら、王国や帝国に比べると、法国あるいは神国の者に魔術が使える者はかなり少なく、魔力量が実用に耐えるほどの魔術師がほぼいないという。両国で語られるのは、精霊が少ないゆえに、精霊の加護や祝福を持つ魔力持ちがおらず、魔導具師が錬金術師としてあるいは身体強化を用いた魔騎士・聖騎士のような者しかいないのだと言われているとか。
確かに、国土の海に面した一部の地域以外、乾燥した荒野が多い神国や古帝国建国以前から開発され、また内海沿いの乾燥した気候で樹木も少ない法国中南部においては精霊も少ないのだろう。
半面、サボアからミランにかけての北部は水と緑に恵まれ、精霊も多く魔術師として活動するのに適した者も多くなるのだろう。
『リカルド宮』へ送り届けてもらい、別れる際騎士団長には「ではまた後日」と再会を約束され、彼女も「お会いできることを楽しみにしております閣下」と答える。これは、よくある常套句のあいさつ。今度食事にでもと同じであるのだが……
朝食後、今後の予定を伯姪と話していると、来客を伝える声が聞こえてくる。案内されたのは昨日別れたばかりの聖ステフ騎士団団長と、背後には疲れた顔のMの字とは別の男性が佇んでいる。
「アリックス卿、ニアス卿も昨日ぶりですな。実は、海都国の全権大使殿がご挨拶と御礼を申し上げたいと言われまして、某が顔見知り故にご案内する事になった次第です」
「はぁ」
海都国の特命全権大使……『リカルド宮』で行われている対サラセン連合艦隊編成会議に参加する為に出向き、連日胃が痛くなる思いで話し合いをしているのであろうとは理解できる。
一通りの互いの挨拶の後、特命全権大使は深々と頭を下げる。
「リリアル義勇海軍の皆様のおかげで、キュプロス・マグスタの我らが同胞は命をつなぐことができました。海都国元首並びに国民を代表して深く御礼申し上げます」
そういうと、再び深々と頭を下げる。
「お気になさらずに。義勇軍ですから、キュプロス救援に駆け付けるのは当然のこと。それに……」
「クロス総督からの依頼でもあったから。私たちは依頼を達成しただけ。渡したポーションやらの代金も相応にもらったしね」
「ええ。全てが全て善意だけというわけではありませんでしたから」
義勇軍としてサラセン海賊や攻囲軍を追い払ったことは確かであるし、城壁の補修もその範囲の行動だ。しかしながら、運び込んだリリアル謹製ポーションは相応の値段で購入してもらっている。それは伯爵の年収に相当するほどの金額でである。
「いいえ。リリアル卿やその貴下の騎士の皆様のお力がなければ、誰も成し遂げられない成果であったでしょう。本来なら……」
昨年の対サラセン連合艦隊が編成後速やかにサラセン海軍を排除していれば、マグスタのみならず首都も陥落せずに済んだ可能性もあると大使は考えているようであった。また、リリアルが物資を追加納入し、城壁の補修もしなければ、マグスタも首都同様、日を置かずして陥落し海都国の同胞を含めた住民が殺戮されていただろうと伝える。
「それで、実際サラセン海賊がどの程度の者であったか、ぜひ会議の場でお話しいただきたいのです。お願いできますでしょうか侯爵閣下」
既に、ジロラモ公を引っ張り出す算段を海都国と教皇庁は打ち合わせているのだという。あとは、神国・ゼノビアが引くに引けないような状態に持ち込みたいのだろう。
「なぜに……私が」
「ふふ、面白いじゃない?」
彼女は義勇軍の一貴族が大国の代表が顔をそろえる会議に参加するのは堂だろうかと考えたのだが、伯姪はノリノリであった。初戦は他人事、話をするのは彼女なのだからだ。
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