第948話 彼女は教皇庁へと向かう
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第948話 彼女は教皇庁へと向かう
「石灰は危険」
「いやー 目つぶしはいいですね!! 白い粉っていうなら、小麦を挽いた粉とかでもいいんじゃないですか!!」
「食べ物を粗末にするのは駄目」
「人はパンのみに生きるにあらずって偉い人も言ってます!!」
そうだね。人はパンと石灰とで生きるにあらずだね。
海賊相手に目つぶしを食らわせ初手を取るという彼女の提案は、概ね冒険者組には受け入れられた。
「けど、自分の目に入ったら危険じゃないですか?」
「目を閉じて、心の目で見る」
「魔力走査だと、魔力なしの海賊の位置はわからないかもしれません」
確かにそうだ。一つは、ガラスを使った防風眼鏡を作って装着するという手段。これは、『魔熱球』で周囲を観察する際に、常に風が当たって目を傷めるということに対する対策としてすでに考えられている。
革製の眼帯とガラスのレンズの組み合わせで使えそうだと老土夫とは話が進んでいて、魔装銃手のメンバーも海水の飛沫が目に入ると照準ができないということで用意することが決まっている。
要は、魔装銃組=薬師組と二期生分だけでなく、一期生冒険者組の分も用意すればよいということになる。
「目つぶしからのトゲトゲ君スマッシュ!!」
「はじけるサラセン海賊」
「爽やかさが微塵もねぇよな」
サラセン海賊のどの辺がはじけるのかちょっと興味がわくが、確かに青目蒼髪の言う通り爽やかさは感じられない。風呂に何日も入っていない海賊が弾けてもね。
資金繰りに余裕のできた彼女。もっとも人を傷つけるのは空の財布という格言もある。ポーション増産、戦争特需でウハウハな内心は内緒。
メルカトル氏とはポーション売却に関してはこの場でまとまった話だが、魔導船・魔導外輪に関しては王国と海都国、老土夫とその関係する工房との取り決めとなる。彼女自身あるいはリリアルとは直接関係はない。特に、支払い関係で。
魔導外輪自体はユニット化され、20m前後の帆船に外付けする形で提供することになりそうである。ユニットの着脱は一般的な船大工でも問題なく行えるが、修理・改修に関しては魔導具として封印される形での提供となるため、ユニットごと交換あるいは修理のため工房への修理依頼となる。
どうやら、老土夫の魔力で封をするため、誰でも修理改修ができるとはならないとのことだ。
「魔導外輪って、幾らくらいするんですか!!」
「さあね」
赤毛娘が聞いてくるものの、彼女もはっきりした金額は答えられない。とはいえ、傭兵の一個連隊を一年雇う程度の費用が掛かるとは聞いている。金貨千枚あるいはその幾倍かということだろう。仮に、どこかの諸侯が購入を検討するとしても、おいそれと支払えるとは思えない。そもそも、船を動かすに足る魔術師を確保する必要もあるのだ。動力源となる魔術師がいなければ、余計なものがついた帆船に過ぎないのだから。
「王国でもそうポンポン作れないんじゃない?」
「その船で何をするかということもあるわね」
帆船で新大陸に向かう最中、荒らしなどで船が破損することもある。その為、航路途中の島には拠点を築き、簡易な修理ができるような施設を建設する。水や食料などの補給物資も確保されている。魔導船の場合、船体の破損修理は一般的な反戦と同じだが、魔導外輪の修理は老土夫と関係している工房の職人でなければ直すことは勿論、どこが問題なのかも調べることができない。
世界中に普及するほどであれば、各地に魔導工房が設置され修理も可能となるだろうが、直ぐに広まるものでも普及させるものでもない。王国周辺で破損しても自力で帰港できる範囲で運用するのが妥当だろう。
おそらく、まずは魔導騎士の移動拠点構想が優先されるだろう。
サラセン海賊狩りの話で冒険者組が盛り上がっているところに、辺境伯から彼女に面会を求めている使者が来ていると呼び出しがくる。メルカトル氏とは異なり、これは事前に先ぶれのあった者だ。
「教皇庁から呼び出しって、何かしらね」
「さあ」
「聖女爆誕!!」
誰か(おそらく赤毛娘)の軽口を聞き流し、彼女は黒目黒髪と灰目藍髪を伴い辺境伯の元へと向かう。
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辺境伯に呼ばれ部屋に入る。
「アリックス卿。同席させてもらうが構わないかね」
「勿論です閣下」
どうやら、王家から彼女が他国の使者などと面会するときは、後見よろしく辺境伯に立ち会ってもらいたいと事前に話が為されているようだ。ともあれ、ジジマッチョが同席するよりははるかに安心だ。
「教皇庁からのご使者をご案内いたしました」
辺境伯家の侍従が使者を部屋へと案内してきた。年齢は三十代であろうか。教皇庁には代々続く旧家と呼ばれる貴族が官吏として聖職者とは別に仕えている。他にも、教皇の出身国あるいは大司教を務めた教区などから側近となる聖職者を引き連れてくることもある。
教皇庁の使者を名乗る男は、二人に挨拶するとニースを訪れた感想など雑事を放しつつ、会話を始める。男は教皇庁艦隊の司令官『マルカ・クルン』
の名代として彼女に会いに来たのだという。
「侯爵閣下自ら、旗下の騎士とともにキュプロス島へ向かい、マグスタの救援を行ったと伺っております」
教皇庁においても、キュプロス救援の遅延は問題視されており、先年の遠征失敗は大いに取りざたされていた。特に、教皇庁艦隊司令官であるマルカ・クルンの指揮能力に大いなる疑問が持たれたとも漏れ伝わっている。今年こそ聖王同盟艦隊を率いて、サラセン艦隊を打ち破らねばと思案している間に思わぬ朗報がもたらされた。
マグスタを包囲するサラセン艦隊を蹴散らし、また攻囲軍を退けた王国義勇軍の存在。神国と海都国がお互い主導権を取ろうと水面下で交錯し合う中、教皇庁として何とかキャスティングボートを握りたいのだが、実績のない身分的に釣り合うために任じられた『マルカ・クルン』には荷が重い。
ここで、キュプロス救援をひとまず少数で成功させた彼女たちを抱き込み、自らの影響力を高めたいといったところだろう。
なにやら美辞麗句で彼女とリリアルを褒め称えているのだが、要するに教皇庁で話し合ってらちが明かない、聖王同盟艦隊の遠征作戦会議に参加し、意見を述べてもらいたい……ということのようだ。
「どうでしょう、侯爵閣下」
薬草もあらかた使い果たし、次のポーション作成は目途が立っていない。ニースで手に入る一般的な薬草では、学院の薬草園ほどの効果は期待できない。薬師組らは、市販の薬草で作っているが、あくまで自家消費用。売りに出すのにはやや品質が伴わない。なので、手は空いている。
「では、一度伺いたいと思います」
「おお、そうですか。その、噂の魔導船はどうなりますでしょうか」
どうやら『魔導船』の噂は、聖王艦隊参加諸国にも広がっているとのこと。教皇猊下も「見てみたい」と口にされたとか。
「法都を流れる川には遠征で使用した船で遡行することは難しいと思いますが、小型の魔導船であればお見せできるでしょう」
彼女の返答に使者は大いに満足したとばかりに微笑んで頷く。
「おお、それは有難い。この後、可能であれば実物を私が拝見してもよろしいでしょうか」
「それは、聖エゼル海軍の魔導船を内見してもらおうか。遠征帰りで、アリックス卿の船は補修中なのでな」
「然様ですか。大変恐縮です、辺境伯閣下」
辺境伯は、三男坊を呼びしばらくすると彼女の義兄であるギャラン・ドゥ・ニースが姿を見せる。いつもはフワフワしている印象の義兄だが、流石に聖エゼル海軍提督の軍装を身に纏い、使者に恭しく挨拶をするとどこからみても貴公子のように見える。余所行き姿が様になるのは姉同様。似た者夫婦といったところか。
四人でしばし歓談し、良い時間を見計らい義兄は使者殿を伴って魔導船に案内するのであった。
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操船訓練に参加していない一期生冒険者組が集まっている聖エゼル騎士団詰め所の一角へと足を向ける。
「聖女認定されそうですか!!」
「……奇跡が確認されていないからそれはないわね」
王国の教区大司教は彼女の聖女・列聖申請を認める可能性が高いが、教皇庁のそれはおそらく認めないだろう。いや、今回のサラセン艦隊との決戦で、何かやらかせば、あるいは聖女認定されるかもしれない。そういう事態にならないよう、自重しなければならないと内心思う。
正式に聖女認定された場合、結婚できるのかどうか大変心配である。修道女ではないので結婚はできるはず。できるって言ってよ教皇猊下!!
彼女は教皇庁に御呼ばれした件を説明する。
「古の都に御呼ばれですか」
「法国戦争の時に、帝国傭兵が『金払え』略奪やって破壊されているから大したことないわよ」
「世知辛いです」
「間違いない」
神国国王の父親である先々代皇帝の時代、遠征に報告に派遣した傭兵団に「ちょっと支払い待って」と金が無いのでお願いしたところ、「だが断る」とばかりに現地で強制徴収した結果、法都の街は住民ごと蹂躙され廃墟と化した。結果、法都は都市として機能不全に陥る。
隣接する華都国の『華都』がこの時代の教皇庁領周辺の主要都市になっているのはそういった事情がある。親子そろって碌なことをしない。無駄でか王といい勝負だ。
「それで、いつから向かうんですか」
「明日にでも出ようと思うわ」
今回は一期生冒険者組のみを「騎士」として帯同させる。騎士風の衣装……いや一期生冒険者組は全員王国騎士。魔導箱馬車と護衛に騎乗の騎士四人ほどで陸路向かう予定だ。馬はニースで買って法都で手放す予定である。馬車と馬具は魔法袋に収めればよい。
「騎士礼装、持ち歩いている甲斐があるぜ」
「移動中は胸鎧程度の軽武装でいいでしょうか」
移動中は軽装鎧で、教皇庁に到着したならば騎士礼装に着替えるということになる。
「トゲトゲ君はしばらくお役御免ですね」
「普通のメイスか片手剣にしておいてね」
「ですよねー」
愛用の護拳付きメイスは移動中のみ装備可ということになりそうな赤毛娘。騎士はトゲトゲ棍棒を振り回さないからね。駄目だからね!!
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ニースとゼノビアはとても近い。そして、ゼノビアから内海沿いに進んでいく『オレリ街道』の終着点が教皇庁領の中心である法都・古帝国時代には『永遠の都』と称された巨大な廃墟都市へと繋がっている。
蛮族の侵入に対抗するために巨大な石造の防壁で都市をぐるりと囲んだのは良かったが、帝国が滅ぶころには守るべき兵士が巨大な城壁に配置できるほどの人数が確保できなかったとか。
その後、教皇庁があることで再び力を取り戻したのだが、先年の帝国傭兵による『強略』により、今は廃墟同然の都市に逆戻りしている。
教皇庁に呼ばれてはいるものの、実際、聖王同盟艦隊の話し合いは、教皇庁を背後で支える華都で行われている。
華都は皇帝のやらかしにより荒廃した教皇庁領を立て直すために華都の大貴族を『大公』に任じ、周辺を『大公領』としたことで、周辺の法国都市国家から頭一つ抜け出している。
商業で栄えたのち、それにより集まった『金』を運用することで富を蓄積して成功した者のなかで、最も力を得た家が『大公家』となった。今では、商業というより、金で金を増やす『金融屋』が幅を利かしているとか。
「黙っていても金が金を生むなんて、ウハウハです!!」
軍馬に一人騎乗するには小さく、御者台にも似合わない赤毛娘が馬車の客室内にいる。それに彼女と伯姪が向かい合わせに座っている。
「……貸し過ぎて、借りている方が力を持つこともあるのよ」
「そうそう。金を貸しても、確実に回収できるだけの『力』がないと、金貸しなんて上手くいかないわね」
独自の海軍を持つニースやゼノビア、海都国は金を貸しても踏み倒されにくい。とはいえ、神国や王国、あるいは帝国皇帝や諸侯辺りになると踏み倒される可能性がないではない。
神国国王も皇帝も、王国の先王の時代にも『破産』を宣言したことがある。今の皇帝は『サラセン税』を帝国内の諸侯・諸都市に課して軍資金をしっかり確保し、帝国諸侯の金で軍を養っている。王国は「戦争は専守で」と、魔導騎士による拠点防衛と、常備の近衛連隊による機動戦力で国土を守ることに専念した軍備を行い、コスパを優先している。
ネデルでの反乱対策で十万の傭兵を張り付け、内海と新大陸へはゼノビア傭兵の海軍や商船を雇い入れ再び首が回らなくなりつつある神国は対照的な存在かもしれない。聞くところによると、すでに向こう十年ほどの徴税分を担保に帝国の大銀行『フンガー家』に巨大な借り入れを起こしているとか。『フンガー家』も家が傾くほどの貸し付けを神国王家に行っているようで、貸し続けるしかない状態に陥っているとか。
「借金は良くないわね」
「でも、予算を借金で増やして大きく稼いで大きく返すということも必要な時があるわ」
堅実家である彼女の中では、金を借りるくらいならその分稼いでから使おうとい価値基準がある。そもそも、各王家は借り入れが担保されるくらいの税収が毎年確実に存在し、なおかつ、必要となれば『サラセン税』のような『軍税』あるいは『矢銭』を諸都市・住民に課す権利がある。
王国も、百年戦争で連合王国に侵攻された際には、臨時税を課税して軍を編成したことがある。
とはいえ、リリアル領には攻め込まれる外敵もいなければ、徴税できる住民もいないので、権利はあっても行使する余地がないのだが。
「馬車って退屈ね」
伯姪が外をのぞきつつ呟く。侯爵閣下が教皇庁に向かいというのに、荷馬車や冒険者のような格好で出向くわけにはいかない。これも仕事の内と彼女は心の中でつぶやくのである。
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