第944話 彼女は『魔熱球』に乗り込む
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第944話 彼女は『魔熱球』に乗り込む
「聖ブレリア号に特に問題はないな」
「……それは良かったわ」
さんざん衝角突撃をやらせた結果、竜骨が破損していたなら、ほぼ全面改装だと考えていた彼女だったが、魔導外輪の定期点検と甲板などの破損箇所の部分補修だけで問題はなかったと老土夫から報告を受ける。
加えて、海都国から『魔導外輪』の機関の購入の打診があるかもしれないことを伝える。サラセン海賊対策に、東内海の沿岸警備に使いたいということである。海賊船はガレー船であり、魔導船なら追撃しても十分に追いつけるから、存在するだけで、当該海域への侵入は難しくなるだろう。
「王国と海都国の間で、話をしてもらわんとな」
「はい。そのためにも、こちらの提供できる技術の条件を定めておきたいと思います」
王国が最終的な許諾条件を決めるにしても、出せる情報と出せない情報は
老土夫ら、魔導技師達に定めてもらわねばならない。
「聖ブレリア号に積んでいる大型は出せん。簡易型の聖フローチェか、技術的に未熟な試作船の物までか」
加えて、海都国の魔導技師との技術交流を条件にすることを提案する。
「相手の腹を探れということか」
「それもあります。神国や王国、帝国の騎士・貴族階級ほど、海都国や法国の騎士貴族は魔力を持たないので、少魔力で効率よく動かせる工夫を見出すかもしれません」
「……なるほどな。お前たちには無用だが、魔力量の少ないものにも魔導船の船員や操舵手ができるようにというわけか」
「はい」
軍船用の強力なものでなくとも、川をさかのぼったりあるいは海の上を風や櫂に頼らず魔力で進める仕組みはある程度あってもよいと彼女は考える。
「考えはある。大事な部品は分解すると二度と組付けられないようにするとかだ」
老土夫は、簡易型の魔導外輪を追加で何台か制作するよう、手配を進めると彼女に伝える。
「それと、あの船に乗せているあの籠のようなものは何でしょうか」
「おお、そういえば、お主には知らせていなかったか」
『聖ブレリア号』の甲板に乗せられている『籠』。それは人が二三人乗れるほどの大きさである。もしかすると、船と船の間を安全に行き来する為の装具のようなものだろうか。
彼女がそう質問すると。
「おお、海上での補給物資のやり取りのできる資材か。良い発想だな」
海上において船を寄せると、不意の大波で船同士が接触し破損することもある。故に、海上での物資のやり取りは難しいのだ。甲板に柱を立て、ロープで結んで籠を行き来させる。いちいち小舟に乗せ換え、船と船を行き来するよりも良いかもしれないと。
「いや、そうではない、あれは物見用の装備だ。高いところから海賊船を見つけるための道具だな」
老土夫は、内海沿岸には海岸線にサラセン海賊を見つけるための高い塔がそこかしこに立っていることに気が付いた。普通は、メインマストの上に見張台を置いて周囲を確認するのだが、どうしても水平線の向こうにまでは見ることができない。
ならば、柱以上に高い場所まで人を送り込めばよい。
「水に浮く浮袋というのを知っておるか」
大きな革袋に空気を入れ口をふさぐ。それにつかまって川を泳いで渡るための装具だ。
「それに発想を得てな。知っておるか、暖かい空気は上に向かう。風が吹く理由も、煙突があることで熱が上に上るのも同じ理屈だ。それでな、火の魔石で温めた空気を魔装の布で作った袋に入れて、籠を空に浮かべるのだ」
見ると、籠の中には大きな魔装布の袋が入っている。どうやらすべて魔装ではなく、魔装紐で枠組みを作り、防水加工した布で袋を作っているようだ。巨大な袋を全魔装で作るのは資金的にも素材的にも厳しかったのだろう。
「あの布ならば、温めた空気を貯められるし、水も弾く」
「なるほど。どの程度の高さまで登れるのですか」
「今のところ、引っ張る綱の弛みを入れて100m、最終的には300mほどまで高くしたいところだな」
何もない海上であれば、海賊船がこちらを発見する前に視認することができ、さらに言えば、視界外から迂回して相手の背後から攻撃を開始することもできる。連絡手段を『リリ伝令』など活用すれば、視界外からの包囲殲滅陣も形成可能だろう。
老土夫の友人の錬金術師の計算によると、水面からではせいぜい5㎞ほど先までしか見えず、マストの上では大型船でも15ないし20㎞ほどでしかないのだが、100m上空からならば35㎞、300m上空なら65㎞の範囲まで視界が広がるとのこと。
「65㎞も先まで見えても、何があるのかまではわからないのではないでしょうか」
「うむ。拡大鏡で大きく見えるようにすればよい」
ガラスで作られたレンズを組み合わせ、遠くのものを大きく見せることができる道具なのだが、レンズが透明ではないためはっきり見えないという欠点がある。
「レンズを大きくするよりも、小さなレンズで3倍くらいに見えるものを作らせた」
老土夫は、視力の身体強化前提で低倍率ながら曇りや濁りの少ないレンズを用いた『双眼鏡』を用いる前提にしている。望遠鏡は主にネデルで製造されており、ネデルや連合王国の外海貿易船や私掠船に重宝されているのだとか。
今回のアイディアも、魔導船の製造過程で雑談で出たネデルの造船職人の話題から思いついたものだという。大洋で荒らしなどに会い難破しかけた際に、高い位置から自分のいる場所を確認したり、周囲に島や陸地が確認出来たらよいだろうという話から、「海賊探しに使える」とリリアル生の誰かが提案し、『聖フローチェ号』に装備してみようとなったそうだ。
「あれは、なんというのでしょう」
「『魔熱球』じゃな。火の魔水晶を用いて温めた空気を袋にためて、籠を浮かべる。高く上るときは強く熱し、降りるときは弱く熱すると徐々に下がってくる。ま、つけてある縄を巻いて降りることもできるな」
「『魔熱球』……試乗はできるのでしょうか」
老土夫は当然とばかりに強くうなずいた。
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「あれに乗って空を飛ぶ」
「飛ぶっていうか……浮かぶ!!」
「それ」
遠征に参加した冒険者組と三期生……つまり、学院に向かわなかったリリアル生全員が『聖フローチェ号』に乗船している。三期生たちは主に操船の補助業務だが、『魔熱球』の操作も担当している。
体が小さく身軽に動ける三期生、特に魔力もちの年少組が試験飛行を手伝った経緯がある。三期生は既にそれぞれ何度か試乗を経験しているという。
赤毛娘と赤目銀髪が、本日最初の試乗に志願。籠にすでに乗り込んでいる。
「侯爵閣下を差し置いて、随分なんじゃないあんたたち」
「安全確認のため、あたしたちが先に乗っているだけです!!」
「閣下の身の安全が優先。他意はない」
「ぜってぇ違うだろお前ら」
「「……」」
伯姪に窘められ、青目蒼髪に否定されるも無言を貫く二人。
「これは何人乗りなのかしら」
「小柄なら三人、大人の男なら二人というところだな」
三期生年少組の操縦者? が一人乗れば満員である。
「今後のも乗りたいのなら、操作方法をよく覚えておくことね」
「ばっちりです!!」
「覚えるのは得意」
赤目銀髪はともかく、赤毛娘は……黒目黒髪は今日は部屋で休んでいる。航海中の疲労と精神的な負荷で熱が出ているからだ。つまり、赤毛娘のサポート役はいない。非常に不安である。
「アンナさん、ここでは僕が先任ですから、言うことを聞かなかったり邪魔をするなら籠から降りてもらいます」
「当然だよ!!」
「たとえ100m上空からでもです」
「……と、当然かも?」
「魔力壁で降りれば問題ない。協力する」
赤毛娘が燥いで暴走しても「追い出す」こと確定。空の上でも関係ない。
しばらく準備していると、籠の中央に設置された台の上に『火』の魔水晶が設置される。水晶は魔鉛製の五徳のような台座にはめ込まれる。魔力をわずかに通すと、魔水晶から炎が吹きあがり袋の中へと温められた空気を送り込んでいく。
「籠がないと、袋を膨らませるまで支えておく柱が設置できないわけね」
「そうじゃ。ま、落下した時の横転防止・保護の意味もあるがな」
「物騒ね。まあ、魔力壁が作れるなら、脱出できなくもないわ」
一期生冒険者組なら、数十m程度の空からなら、自力で脱出できる。まして海の上なら、落ちてもそう大したことにはならない……はず。
そして、大きく温風を孕んだ袋が球のように膨らむと、甲板から徐々に籠が浮き上がり始める。
「行ってきます!!」
「気を付けてね」
「後輩の邪魔すんじゃないわよ!!」
手を振る赤毛娘に、彼女は答え伯姪はくぎを刺す。
「監視しておく」
「監視されておきます!!」
船の帆柱の高さを超え、妨げるものがなくなると、『魔熱球』は上昇速度を一気に上げ、あっという間に巻いてあった綱が引き出されていく。
「綱は100mに撓みを計算した分だけ巻いてある」
「凧と同じね」
「考え方はのぅ」
東方の遊戯あるいは技術として伝わる「凧」はパルティアあたりから貿易船を通じてこちらにも伝わっている。巨大な凧を作り、上空から戦場を俯瞰できるようにする試みも見られたが、人を持ち上げるほどの巨大な凧を浮かび上がらせ、なおかつ人間が凧にしがみつくなり、縛り付けられて空に浮かび続けるということも難しく、試みが成功したという話は聞いたことがない。
「魔導船ならば、停止して『魔熱球』を浮かばせて、そのあと魔導外輪で微速前進すれば、自然と曳かれて高く上がるじゃろ。払暁後、昼に幾度か、夕暮れ時と敵と接触する海域に入った際に時間を決めて偵察に使うのが良いかもしれんな」
「そうですね」
「一日空の上とか、罰みたいなものね。私は遠慮くしておくわ」
どうやら、伯姪は高いところが苦手なようだ。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「超気持ちいいです!!」
「意外と陸地が近い。発見」
ハイテンションで籠から降りてくる二人。どうやら、降ろされないように籠の中ではだいぶおとなしくしていたようで、反動で大はしゃぎである。
その次に入るのは彼女と灰目藍髪。操縦者の三期生も入れ替わる。
「よろしくお願いするわ」
「はい。お任せください先生」
籠は彼女の腰ほどの高さであり、大きく揺れると飛び出そうになるかも知れないなと少し考える。三期生や老土夫であれば特に不安には感じなかったのだろう。
ジジマッチョのような大柄な成人男性ならかなり不安になるだろう。が、そもそも見張りに大男は適材とはいいがたい。なので、余計なことなのだろうと判断する。
「では、上昇開始します」
彼女は甲板で見送る皆に軽く手を振り、徐々に高くなる視線を周囲に向ける。
「風を強く感じますね」
「そうね。海面近くはさほど風がなくても、少し高いところはかなり風が吹いているということかしらね」
『洗濯物がよく乾きそう』などと、少もないことを考えているうちにガチンとばかりに上昇が止まる。
「これから魔導船が動くと、風が強くなりますので注意して下さい」
「承知したわ」
「わかりました」
籠のヘリには何か所か握りこめる革帯がついており、鞍のタンデムシート後部の握りのようなものだと考える。
「命綱があった方がいいわね」
「命綱ですか?」
高所で作業する際など、誤って手足を滑らせてそのまま地上に叩きつけられないように、腰などに縄をつけておいてその綱を柱などに固定しておく。『籠』の場合、そのような場所に乏しいので、籠の床に紐をかける金具を作り、その金具に命綱を縛り付けるようにするのがよいだろう。
「籠から飛び出しそうになっても綱の範囲までしか体が飛び出さないので安心ではないかしら」
「そうですね。この狭い籠の中でしか動きませんから、活動の妨げにもなりませんし。問題ありません」
身軽さを優先すると、命綱のおかげで動きが妨げられると考え、危険を承知で命綱を外してしまう者がいる。が、この籠の中で多少動く程度の範囲であれば問題ない。
「下に降りたら、親方に伝えておきます」
「お願いするわ」
彼女は上空からニース周辺の内海を眺める。随分と沖に出たつもりであったが、北にはニースの街が見えており、その奥には大山脈の西端付近が広がっている。
「300m上空の視界はどんなものなのかしらね」
次の試乗を楽しみにしつつ、彼女の初めての空の遊覧は終わりを告げる。
老土夫に『命綱』の設置の提案を告げると、「それは至急取り付けなければな」
ということになり、三回目以降の試乗は急遽中止となった。何人かの冒険者組には不評だったが、命大事には譲れないのである。
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