第941話 彼女は『魔導支援船』について考える
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第941話 彼女は『魔導支援船』について考える
王国の誇る魔導騎士。魔導具の鎧に身を固めた魔騎士の部隊なのだが、その戦闘力はまさに一を持って千に当たる存在。魔力に恵まれた貴族子弟の騎士がその任に付き、魔導具の鎧を身に纏い国を守る。問題があるとすれば、その戦闘力を維持する為に、整備する為の工房を備えねばならず、その拠点を護る為にある程度の防衛施設に設けざるを得ないということ。
結果として、魔導騎士の配置できる場所は帝国あるいは神国との国境線に近い防衛拠点が主となる。補給や整備のことを考えれば、その拠点から100㎞程度の範囲を護れることになるのだが、敵の部隊に合わせて展開を行う事は出来ない。
故に、遠征や海上での戦いに導入することはできない。
「魔導騎士は陸から離れられないのだよ」
「えー 最強なのに最強じゃない!!」
ジジマッチョから『魔導騎士』の話を聞き、最強だと思っていたそれが最強ではないと知り憤っている。多分、彼女の方が最強なのだが。整備いらないし。
因みに、黒目黒髪は船倉に格納された魔装荷馬車の荷台に出した寝具の中で津々と眠っている。精神的に相当追い詰められていたらしい。
「金属の鎧で海や川の上で戦うのは危険」
横で聞いていた赤目銀髪が独り言のように呟く。
「確かにな。マルスの騎士達だって船の上では盾や軽装の鎧程度で守るだけだ。身につけた鎧が重ければ海に落ちれば死ぬからな」
「そこは魔力壁で断てば問題ないんじゃないですか!!」
「……普通はあんな使い方せんのだ」
確かに。最初は戸惑っていたが、彼女を始め冒険者組は便利に使うので、水上も城壁も余り障害になっていない。ジジマッチョはその辺を指摘しているのだが、冒険者組しかいない今回の遠征からすると「へんだね」という反応しか返ってこない。変なのはリリアル!!
その話を聞くとはなしに耳にしながら、彼女は考えていた。
リリアルが便利使いされるのはいい加減勘弁してもらいたい。とはいえ、王太子がこの後も、何かにつけて彼女達を便利使いすることは目に見えている。王都にほど近い未開拓地を与えられ、仮初とはいえ『侯爵』の立場まで与えられている。
大規模な軍事行動を忌避する王太子にすれば、使い勝手の良い存在であることは間違いない。
それを回避するには……
「魔導騎士の整備工房を魔導船に載せるのはできるのかしら」
『できるかできねぇかで言えばできんだろ』
彼女の呟きに『魔剣』が応える。
魔導騎士の運用は一個小隊四騎が基本。拠点となる城塞や都市には三ないし四個中隊で九~十二騎が配備される。レーヌにある防衛拠点となるタルには中隊規模の魔導騎士と拠点防衛を担う大隊規模の兵士が駐屯している。
仮に、魔導船の船内に魔導騎士小隊の整備工房を設けられれば、事前に配置した場所以外にも、追加で展開する事や増援を送ること、あるいは、王国の外部への遠征も可能となる。
魔導騎士は強力だが、稼働時間と整備の制限が存在する。現在の運用は、国境線にほど近い大都市あるいは城塞都市に工房と部隊を事前に配備する形となり、戦力の柔軟な運用は近衛連隊に遠く及ばない。
加えて、拠点が奪取されれば、整備不良の魔導騎士を前線から下げるしかなく、整備拠点も既存の場所へと移さねばならない。それは短期間で行えることではなく、戦力の空白を生じる。大変宜しくないのだ。
魔導船であれば河川の中流域までは遡れる。凡そ、発展している都市は王都を始め、南都やミアン、あるいは旧都にルーン、ヌーベもそうだが、渡河点あるは河川交通の要衝が発展して都市となっている。
それは、兵站拠点としても重要であり、大規模な軍の移動の際はそのような都市から都市へと移動する街道が重視される。河川あるいは海上を移動し機動できる魔導船に魔導騎士の工房が存在することで、前線に展開できる魔導騎士も増える。増援も撤退も臨機応変となる。
加えて、魔導船を動かす動力源に魔導騎士を充当することもできる。
「仕事が減るかしらね」
『魔導船の数次第だろうな。一隻二隻じゃ意味がねぇ』
魔導船を十隻、ニ十隻と建造し、老朽化した船を改修し魔導騎士の拠点へと造り替えることも良いかもしれない。最初は全て新造であるとしても、世代交代時は、そういう工夫もあって良い。数を揃えるなら全てを新造する必要はない。
リリアルも二番艦『聖フローチェ号』は、拿捕した船を改装したものだ。提案するのはタダなのだから、リリアル生の負担を軽減する為にも王太子に献策するだけでも意味がある。
また、リリアルの活躍を面白く思わない軍関係の貴族に対しても、王太子が魔導騎士の新しい活用を考え出したとなれば、活躍の場を得たと喜ぶかもしれない。ネデルの北部や連合王国に魔導騎士を遠征させることも用意となれば、神国・連合王国に対する良い牽制ともなる。
リリアル案件から離れてくれると嬉しい。
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「魔導船に魔導騎士の整備拠点を載せる……か。良い提案かもしれぬ」
「そうですな。サラセンの軍がマルス島に再び攻め寄せるのなら、ニースから魔導騎士を送り込んで甕殺にしてやりましょう!!」
「我らも魔導騎士なら、大輪の死に花を咲かせられる!!」
「なにをぉ、貴様の魔力量では一時間持たんじゃろう」
「う、うるさい!! 足らないところは筋肉で補うんじゃ!!」
「「「がはははは」」」
ジジマッチョ団の中ではすっかり、魔導騎士の整備拠点を搭載した魔導船『魔導支援船』(仮)の一隻はニースで持つことになっていた。ニースあるいは聖エゼル海軍で魔導騎士を保有するのは王国的にはありなのだろうか。彼女の立場では判断できかねる案件だ。
「魔導騎士は王国の切り札。帝国や神国も容易に国境を侵さないようになったのは、あれのお陰であろう」
魔導騎士が国境付近に配備され始めたのは今の国王になってからであり、ここ十年少々の話。先王は若い頃は散々外征を行い散在し、長い晩年においては城館をあちらこちらに築いて散在した。その反動もあり、今の国王は外征嫌い、城館に関しても最低限以外は維持しない姿勢を示し、散在も借金もしない主義となっている。
平時において魔導騎士を配備するのは、攻撃ではなく防御に専念し、機動戦力は常備兵の近衛連隊の拡充で補う事で、王国の戦力に遊兵を作らないことを優先している。
魔導騎士の数は現在五十弱。僅か五十騎で帝国と神国が王国へと侵入する為に移動するであろう経路上にそれらを配置し、侵略の意図を抑え込んでいる。
魔導騎士が正面から敵軍を攻撃するのではなく、後方へと浸透し破壊工作を行うことで、前線の戦力が維持できなくなることを相手に理解させ、侵入路を押さえているのだ。
『お前ら、魔装だけで似たことできるだろうけどな』
「いい加減、ネデルや連合王国には関わりたくないのよ。これからの時代、内政よ」
そう、いよいよリリアルもチートなNAISEIで辺境で豊かなスローライフを目指すのだ!!(なお、王都から魔導馬車で一時間ほどの辺境)
「アリーよ。王太子へ奏上する前に、聖エゼル海軍保有の魔導船で実験するのはどうだ。なに、四騎一個小隊を最初から乗せる必要はない。まあ、儂のコネで中古の魔導騎士一体分くらいの手配は出来る」
「お爺様は、ニース商会で武器商人の真似事もされていたのよね」
ジジマッチョ、変じてある時は死の商人・リアル〇ッコイ爺さんか。一発銅貨五枚の投槍をジャンク品として提供していたりするのだろうか。
「ニースの魔導船で実験するという事でしたら、ご随意に」
「うむ。あの土夫の爺とも話をつければ、あっと言う間じゃろう。楽しみだわい」
「いや、御屋形様!! 儂等も着たいんじゃが」
「ま、儂の体のサイズに合わせて調整するからのぉ」
ジジマッチョは巨躯。団員の誰よりもガタイが良い。
「ま、着ておるうちに縮むじゃろう?」
「そうだな。最初の一騎はともかく、あと三騎もおいおいかき集めることになるな」
「はは、ニコイチ、サンコイチの魔導鎧も色を塗ればわからんからな」
「「「がはははは」」」
ジジマッチョ団は魔導鎧を着て第二の人生を更にエンジョイするらしい。全員、老いてますます盛んなのであった。
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操舵手が半狂乱で泣きだす程、ジジマッチョ団主催のサラセン海軍……サラセン海賊狩りは執拗を極め、季節的なこともあり大規模な艦隊は母港へと戻っていたためにキュプロス近海にいた封鎖艦隊は比較的小規模であった。その海賊船に向かい、衝角攻撃を片っ端から行った結果、十数隻の艦船が僅かの間に撃沈された。結果、蜘蛛の子を散らすように包囲艦隊は潰走、強い敵がいれば逃げて生き残り、力を温存するのが海賊としてのあるべき姿なのである。
「衝角突撃、あたしも参加したかったです!!」
「替わったよ、いつでも替わった!!」
「残念。『人喰』討伐も楽しかった」
「うう、そっちのほうが嫌だったかも……」
討伐苦手な黒目黒髪。まだ、直接討伐対象を目にしない魔導船の衝角突撃の方がましだったようだ。人面獅子は確かに気持ち悪いし、さらに滅多打ちで顔面崩壊したそれは更にキモイ。間違いない。
海賊船は行きと異なり、影すら見えない。恐らくは南岸の拠点となる漁港辺りに潜んでいるのだろう。
内海南岸の暗黒大陸は、海岸線近くはともかく少し離れれば、岩山か荒野、あるいは砂漠しかない。何もない貧しい土地で痩せた土地を耕し日々の糧を得るより、海に出て海賊紛いの交易でもして生きていく方が良いと考えるのも無理はないとは理解できる。
「海賊死すべし慈悲はない」
「とげとげ君が火を噴きます!!」
「とはいえ、弱い者いじめ見てぇだからなぁ。面白くはねぇぞ」
「強者ぶって、キモイわよ」
「うっせえぞ」
一期生冒険者組は魔物相手の戦いの経験が豊富である反面、対人戦はさほど経験していない……わけではないが、自分たちが常に不利・少数である状況がほとんどだ。
海賊船相手では、相手は数十人でこちらの倍程度、そして魔力持ちが多少いたとしても、装備は貧弱。魔装を纏ったリリアル勢の敵ではない。蠅を払うが如き、鎧袖一触。
「海賊討伐は害獣駆除と同じこと。そこに楽しさはないわ」
「そうそう。ゴブリンの討伐証明部位を切り取るのと同じよ」
「あー 最近はそう言うのやってませんね」
「ゴブリンもずいぶん減った」
「とげとげ君だと頭爆散するかもしれません!!」
いまやすっかり自分の領地となったワスティンの森には、ゴブリン狩りに良く足を運んだが、あのゴブリンキングの群れの討伐を持って大規模なゴブリン集団は一掃された事だろう。開拓が進み、人が多くなればやがてゴブリンも現れなくなるかもしれない。
現在の国王が戦争や無為の人死にが出る軍事行動を行わない理由の一つはお金が無い、お金がかかるということもあるが、無念の死者が生み出す魔物の存在を減らしたいという考えもある。
ゴブリンの生じる理由は、その地で無念の死を遂げた人の魂と地霊が絡み合った結果であるとされる。戦場での徴募兵のような存在もあれば、敵兵に破壊され殺戮された街や村の住民、あるいは古くは『入江の民』に襲われ破壊され殺戮された修道院のような場所もその対象となり得る。
戦争をしないことは、理不尽な死を迎える人を減らし、その後生じるであろう魔物も減らす事になる。加えて、戦場には『吸血鬼』のような人の死を望む者が紛れ込んでいることも少なくない。
サラセン側に吸血鬼が潜んでいるかどうかは不明だが、海上を移動した場所での戦場には参加しにくいことは間違いない。そうでなければ、今回のキュプロス島攻略にしても、失敗したマルス島攻略にもその姿が見られておかしくなかっただろう。
国内での戦争・無駄な人死にが避けられるならば魔物の数も増えることはなく、人口が増えれば王国の富もやがて増えていくことになる。王国は神国と帝国を合わせた人口に匹敵する規模を持ち、大国という名にふさわしい。多くの場所が開発可能な森や平野あるいは丘であり、その人口を支える事が可能な農地を有する。敢えて、周辺に兵を出し新たな領土を広げるよりも、国内開発を進める方が国を豊かにするには効果的なのだ。
国王も王太子もそれをよく理解していると思われる。
彼女がリリアル領でスローライフをエンジョイする環境は整いつつあるのだ。
「何事もなく、平和なのが一番よね」
「ま、偶には冒険したいですけど」
「わ、私はいいかな。学院で書類かいたり、帳簿の計算したりする方が楽しいし……」
「座ると眠くなる」
「あたしもー。ご飯食べた後は特にねー」
黒目黒髪と茶目栗毛を除くリリアル生が大きく頷く。今後はリリアル領の騎士として文官の仕事も担わなければならないのだが……そのことは返ってから考えようと彼女は思考することを止める。
「あとはニースに向けて一直線!!」
「学院が恋しい」
「……何を言っているのかしら。これからクロス島で総督閣下にご報告して報酬を頂くのよ」
そう。今回の物資搬入と攻囲軍への妨害行為……大妨害行為に対する成果の対価を海都国に請求しなければならない。ただ働きは御免だ。
「何を貰うつもりなんだアリーよ」
「可能であれば、魔装糸を撚る魔導具と、織り機を譲り受けたいものです」
絹織物の工房が充実している事で有名な海都国。そこで作られる紡績の魔導具を彼女は救援の対価として要求するつもりだ。今後の、海都国の防衛構想の中で、彼女たちリリアル勢の有する魔導船と戦闘力は非情に得難い者だろう。
今回のキュプロスの依頼達成で、その実力に疑問の余地はない。加えて、対サラセン艦隊編成で対立関係にある神国とその影響下にあるゼノビア艦隊に対し、キャスティングボートを握る事になるのは教皇庁ではなく、王国を背後に控えさせたリリアル勢であろうと思われる。
実績と、王国の影響力。無視することはできないだろう。
「ま、リリアルを味方にできるとするなら、安いもんじゃろ」
「そう思われますか」
「そう思わないほど、奴らは夢想家ではないからな」
海都国人はリアリストの実務家。話が通じる相手なのだとジジマッチョは彼女に伝えたのである。
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