第940話 彼女はマグスタを立ち去る
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第940話 彼女はマグスタを立ち去る
四体の『人喰』討伐を終え隊伍を整えるリリアルメンバー。帰ろうと背後の城壁を確認すると、そこには鈴なりの兵士がこちらを見ていた。
「手でも振った方がいいかもね」
「必要ないわ。暗くなる前に帰りましょう」
伯姪の提案に素気無く答える彼女。補給物資を収容させ、サラセン包囲軍も後退させ城壁の補修も終え、サラセン軍の使役していたであろう魔物も討伐した。後は、明日にでも『リリ』経由で魔導船に連絡を入れて船に戻りクロス島へ帰還報告をして任務完了である。素気ないくらいでちょうどいい、早く帰りたいのだ。加えて、魔導船の操舵手として残してきた黒目黒髪がそろそろ限界ではないかと心配でもある。ジジマッチョ団の中に若い女性が一人である。大変心配。
「あ、総督のオジサンがいます!!」
「オジサン言うな」
「名前知らないからしょうがねぇよな」
「いや、忘れただけでしょあんたの場合」
そのオジサンの名はマグスタ総督兼キュプロス総督代理『マルコ・ブラガ』。城壁の補修状態を自身で確認してきたのだが、そのタイミングで『人喰』の襲撃が重なったのだろう。
「総督無視は不味いわよね」
「……挨拶と、討伐対象について相談しておきましょうか」
『人喰』の遺骸は収容しているものの、竜種の遺骸ほど価値はない。頸を綺麗に落としているものは、毛皮が敷物くらいにはなるだろうか。領都の執務室にでも敷くか、あるいは一体分は姉の出産祝いにしようかと考える。魔物化した獅子の毛皮の敷物……子供が遊ぶプレイマットとしてはありかもしれない。多分、姉は喜ぶだろうと彼女は考える。
とはいえ、サラセン兵の市街を城内に飾るわけにもいかない。住民の士気高揚のために『人喰』の一体分は総督に献上しても良い気がする。最も全身が綺麗な状態のものを提供しようではないか。
彼女が皆に先んじ、『魔力壁』の階段をするすると駈け上り、城壁の上へふわりと降り立つ。
「「「!!!」」」
魔力壁は魔力持ちでないと良く見えないこともあり、城壁上の兵士たちには、何もない空中を駆けあがってきたように見えたようで大いに驚かれる。
「リリアル卿。ご無事か」
マルコ・ブラガが彼女にそう問いかける。
「はい総督閣下。私を始め、味方に損害はありません」
「そうか。それは重畳」
どうやら、『人喰』の噂はマルコ自身、避難してきた首都の住民からも耳にしていたという。首都攻防戦の末期に登場し、城壁の上で兵士を蹂躙。そのまま市街地になだれ込んで、市民を覆いにくい殺したのだとか。
その間に、城門は突破されサラセン兵が首都へとなだれ込んだとか。
そもそも、降伏勧告を受け入れた首都の海都国貴族達を欺いて処刑したり、略奪と殺戮を行ったりと散々暴れたうちの一つであったのだが。
「あの魔物が四体討伐されたとなれば、首都の悲劇の再演はここでは避けられ
るやもしれん」
そもそも、降伏したとしても首都同様に総督以下貴族も兵士も住民もサラセン軍に皆殺しにされる可能性が高いのであるから、降伏はありえまい。
彼女は討伐したうちの一体を総督に献上する旨を伝えると、「大変ありがたい」と感謝され、城館にて引き渡すことにする。
「私たちは先に引き上げさせていただきます」
「うむ。この都市の兵士と住民を代表し、リリアル侯爵とその麾下の騎士の諸君に礼を述べたい。貴君らの活躍で、我々は本国がサラセン艦隊を討滅するまで何とか耐えられそうだ。ありがとう、そして、深く感謝する」
そう述べると、総督は深々と頭を下げる。それに倣うように、背後の騎士・兵士たちも彼女たちに感謝の礼をする。
『王国だと当たり前扱いされるが、本来はこういう風に感謝されるべきだよなお前ら』
『魔剣』の呟きに「そうなのよね」と内心同意しつつ、彼女はその中を進み城壁を市街へと降りたのである。今度は設置されている階段を使って。
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城館に戻ると既に暗くなっており、この時間に『リリ』を聖ブレリア号へと伝令に向かわせるのは無理だと判断する。というよりも、既にピクシーは彼女の頭巾の中で眠ってしまっていた。
「疲れたぜ……でございますお嬢様」
「ま、あんたにしては頑張ったんじゃない? セバス」
「どんだけがんばりゃいいんだよ……オイラ……」
伯姪の相の手に、心が深く傷ついたとばかりに胸を押さえ倒れ込むかまってちゃんオジサンである歩人。一期生冒険者組はガン無視である。いつものことなので。
「明日はここを発って聖ブレリア号と合流して、クロス島に戻るわ」
「……もう土壁作らなくていいのかよぉ」
むくりと起き上がり、両手を広げて自由だと叫び出さんばかりに胸を張る歩人。
「セバスおじさんは、ここで土壁職人として永住すればいいと思います!!」
「だめよ。まだ領都や領内の街道整備に必要なですもの」
赤毛娘の提案に傷つき、彼女の「街道整備」予告にがくりと膝を落とす歩人。一人だけ騒がしい、疲れてないだろお前と誰もが思う。
「セバスがここにいると、誰かが面倒を見なければならない。迷惑」
「オイラ、自分のことくらい……」
「できませんよね」
「……できません……」
赤目銀髪の指摘に反論しようとするが、灰目藍髪が秒殺。
自分の身の回りの世話も自分でできない歩人。甘えんボーイならぬ、甘ったれオジサンである。着替えない、風呂に入らない、食事の前に手を洗わない、歯を磨かない。そう、駄目歩人の汚ジサンなのである。
薬師組女子が何度も代わる代わる言って、ようやく重い腰を上げるような殆ど浮浪者のようなオッサンが素のビト=セバスなのだ。海の上の生活が向いているかもしれない。土魔術師か適性が無く、泳げない役立たずだけど。風呂に入らなくてOK、着替えなくてOK!! 海の男に向いている。
明日、クロス島へ向け戻る旨を総督の秘書官に一先ず伝える。すると、晩餐に一同が呼ばれることになった。とはいえ、三期生の二人と歩人は席を外させることにした。前者は騎士身分でないこともあり、海都国の高官との会食に同席させるには年齢も足りていない。後者は、テーブルマナーの問題。王国の高位貴族の従者が手掴みをしたり、食器をガチャガチャ鳴らして食べる姿を見せるわけにはいかない。
セバスおじさんは、テーブルマナーも今一なのである。文句を言っていたが、マナー矯正のために彼女の祖母の家で従者として働かせることにすると伝えると、「オイラ、街道整備頑張るぜ!!」と一転従順になった。
彼女の祖母は、オジサンにも容赦がない。いや、オジサンだからさらに容赦がないのである。
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籠城中にもかかわらず、晩餐は豪華であった。特に魚や貝類を使った漁師が充実している。どうやら、サラセン人は魚介を食べないようで、包囲の合間に港湾やその入口を護る城塞の周辺で漁をしていても気に留めていないので、食材はある程度調達できるのだとか。とはいえ、多くの住民の口を満たす程ではない。港の外にでなければ、船での漁ができたいのだから仕方がない。
一通りの晩餐の料理が出され、彼女を始め、リリアル一期生達は大変美味しくいただき大満足であった。そもそも、船の上ではまともに料理する事は難しい。魔導具で火を使う事が出来ないではないが、邸で食べるような立派な料理は難しい。精々が肉や魚を焼いたり、スープにして煮込む程度である。それでも、硬いパンと水で薄めたワインだけの船員食よりはずっとましなのだが。
食後のお茶を飲みながら、暫し歓談となる。とはいえ、総督閣下と会話するのは身分の高い彼女と伯姪がほとんど。侯爵閣下と子爵閣下である。
「先ほど、リリアル侯爵が供してくれた『人喰』の遺骸を確認させてもらったのだが、巨大な獅子のようなものなのだな」
城館に到着した後、市街で展示する事になるだろう一番見目の良い『人喰』の遺骸を城館の倉庫に置いたのだが、それを食事の前に総督は確認していたのだ。
「年老いて人を襲うようになった獅子が魔物化したもののようです」
「そうか。この辺りに獅子はいなくなって久しいようだが……」
内海には古帝国の建国以前の頃までは、獅子がそれなりに生息していたと記録される。どうやら南の暗黒大陸と地続きであった時代に移動してきて棲み付いたのではないかと考えられる。いくら巨大な獅子であっても泳いで海を渡ってきたとも思えない。
「東のパルティアあたりには獅子がまだいるようです」
「パルティアはしばらく前にサラセンと戦い破れて併合された故か」
先代美麗王の時代、パルティア遠征で東方に大きく領土を広げたという。その影響もあり、海都国の持つ東方貿易の商路の多くがサラセンの領地を通る事になり、サラセンとの力関係があちらに傾く結果となった。
そこで手に入れた魔物使いの使役する『人喰』を戦力化していたということなのだろう。
「獅子を魔物にして使役するとは」
獅子を捕らえる事自体が難しく、更に魔物化させ使役できる魔物使いを有することもまた難易度が高い。サラセンの国力の大きさを感じさせる存在でもある。獅子の魔物が味方となり敵を襲えば、兵士の士気も上がることだろう。
「四体討伐できましたので、そうそう追加で現れるとは思えません」
「それはそうか。あんな魔物を次々産み出されてはたまらぬ」
「魔物討伐と戦争は異なりますから」
「私たちはどちらかというと、魔物狩りが本職よね」
黙って話を聞いていたリリアル一期生の騎士達が伯姪の言葉に、無言で頷く。その姿を見まわし、総督も頷く。
「そうか。そうなのだろうな」
戦争に参加するのは甚だ不本意であるという無言の圧を感じたのだろう。
その後、マルコ総督のとっておきだというキュプロスワインを皆でいただき、暫くのち晩餐は終わったのである。
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翌朝、朝食の前に『リリ』に聖ブレリア号への伝令を頼む。本日の正午頃に、出来る限りマグスタに近付いてもらいたいという内容でだ。
『アリー いってくるよー』
「お願いね」
元気よく返事をし、彼女の頭上でクルクルと回転すると、そのままバビュンとばかりに外へと窓から飛び出していった。
「何事も無ければよいのだけれど」
「お爺様たちが護っているのだから、問題ないわよ」
伯姪の言葉に、ジジマッチョ団が一緒だから心配なのよと言いたいのだが、身内を貶したと思われかねないのでぐっとこらえる。
親戚づきあいも大変なのだ。
リリアル一行が港に向かう途中、総督城館近くの広場を通り過ぎると、そこには昨日討伐し献上した『人喰』の死骸が展示されており、そこには物見高い住民の多くが集まっていた。その人々の表情は、先日よりも幾分明るくなっているように思われた。
港に到着し、馬車から降りると見送りに来ていた総督以下護衛の兵士たちから改めて感謝を伝えられる。
「再びまみえることを望む」
「総督閣下、皆さんもお元気で。耐え抜いて、サラセン軍をこの島から追い出せることを祈っています」
総督以下、全員が敬礼し、彼女とリリアル一行も返礼で答える。
ピクシー通信で既に聖ブレリア号は港の側迄寄せており、サラセン海軍の妨害も問題ないのだという。彼女はキュプロス総督代理『マルコ・ブラガ』からクロス総督『マリオ・・ティラトレ』、そして本国への手紙を預かっている。また、海都国の家族・友人に送りたい手紙もまとめて預かっている。それらはまとめてクロス島で引き渡す予定である。リリアル郵便船になるのだ。
ちなみに、帝国から法国、王国周辺までカバーする駅馬車郵便を運営しているのは海都国だとか。王国国内も独自のものを展開しようと王太子が画策していると彼女は聞いている。
魔導船『リ・アトリエ』を魔法袋から取り出し、リリアル一行は乗船する。
「セバスさん、残ってもいいんですよ!!」
「やさしさに見せかけて追放しようとスンの止めてくれよぉ」
「セバスはそろそろ自立するべき。この地は最適」
「いや、最悪だから」
赤毛娘と赤目銀髪に船に乗ろうとするところを追い出されそうになる歩人。そう、街道整備が終わるまでは駄目だよ。まだ使える。
魔導船の甲板から見送りの提督と兵士に手を振るリリアル一行。船を操船するのは歩人。舵から絶対手を放さないとばかりに沖に向け魔導船を進める。いや、おいていかないから。まだ使えるから大丈夫。
港を封鎖している鎖を再び乗り越え、沖に見える聖ブレリア号へと舳先を向ける。周囲には板切れや帆、木箱の残骸、あるいは……海賊の水死体が波間に浮かんでいる。
聖ブレリア号の甲板に皆が上ると、赤毛娘に向かって黒目黒髪が突進してきた。めずらしく行動的だ。
「もう、いやなの。魔導船で海賊船を真っ二つにする為に突撃するの。いやなの、いやなのおぉぉぉぉ!!!」
絶叫し号泣する黒目黒髪。その背後で、びくびくしている筋肉質な爺共。
「詳細をお聞かせいただけますでしょうか」
「……お爺様、この件はお婆様にご報告いたします」
衝動的にやった、後悔はしていない……というわけではなさそうなジジマッチョ団であった。
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