第939話 彼女は『人喰』を殲滅する
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第939話 彼女は『人喰』を殲滅する
空を駆る『人喰』。そのはずであったが、既に二体は地に落ちている。地に落ちた二体は再び飛び上がることもなくこちらに襲い掛かってくるのみ。身体強化に魔力纏い、さらに仮初とはいえ『飛翔』していたわけだから、魔力がそれを維持できなくなっているのかもしれない。
「魔力切れかしら」
『いや、同時に行使するのを止めて、魔力温存ってところじゃねぇか』
簡単に食える魔力持ちだと考え、最も能力を高めてこちらに襲い掛かって来たのだが、容易な相手ではないと作戦を切り替えたようだ。リリアル勢も彼女と赤毛娘意外ならそうする。前者は無駄魔力が有り余っているし、後者はそう言う後先考える頭が無い。残念な子。
『Upepo na Mwanga』
「ッチィ」
老爺の顔を彼女に向け口腔から放たれたのは目晦ましの光を伴う風の衝撃。魔力壁を二枚V字型に展開し、その衝撃を左右へと受け流す。
「まだまだ元気ね」
『グゥゥゥ……クワセロォォ』
彼女は魔法袋から魔銀鍍金仕上げの『オウル・パイク』を取り出し武器を取り替える。
「これでもどうぞ!!」
『ギヒャアアァァァ!!』
持ち替えた瞬間、一気に飛び込み、乱杭歯の飛び出す口中へと魔力を纏った『オウル・パイク』を叩き込む。どうやら、口の中は身体強化や魔力纏いできていなかったようだ。
顔をのけぞらせ、後ろ向きにひっくり返ると、そのまま痛みに耐えかねたのかゴロゴロと転がり始める。
『ヤメロォォ……ヤメテクレェェェ』
転げ回る間、魔力纏いが途切れたのか、あるいは穂先に魔力が集まり魔力纏いの抗力を凌いだのか穂先の三分の一ほどが『人喰』の体内に差し込まれ、更に痛みで転げ回っている。
『ちょっと面白ぇな』
「土埃がやって、嫌になるわ」
比較的柔らかい脇腹や胸辺りを狙い、何度も刺し貫く。
『グヘェ……シヌゥ……シンジマウゥゥゥ……』
「死になさい」
地面に血を噴き出しながら転げ回り、立ち上がろうとする『人喰』を追廻つつ、彼女は腹を狙い『オウル・パイク』の穂先を繰り出していく。
『ナーンテナ』
歪んだ老爺の顔をさらに深く歪ませ、ニヤリと笑う『人喰』。
『Pona haraka』
魔力纏いより一層濃く魔力が『人喰』の体を覆い、穿たれた体中の傷が見る間に塞がり再生していく。
『すげぇな』
「……ふぅ」
『ギャハハハ、ザンネーン』
先ほどまでの泣き言はどうやら半ば演技であったようだ。とはいえ、残り半分は演技ではなかったようなのだが。
「いいわ。とても素晴らしいわ」
『……へ……』
「死なぬなら、死ぬまで叩けばいいじゃない……」
『刺しても切裂いてもいいんじゃねぇの』
彼女は再び得物を替える。それは、魔銀合金製ベク・ド・コルバン。
「これは、本来、硬い『竜』が現れた時に使うつもりで作らせたのだけれど」
『お試しにはいいんじゃねぇの、こいつら』
「そう思うわ」
巨大な『竜』を相手にする事を前提にしている為、両手持ち前提の長い柄を有している。魔力を通さない場合は硬度の低い魔銀にその他の金属を配合し鋼程度に高めている。
『心金の部分は魔銀と魔鉛の合金にして、外皮の部分は魔銀と鋼の合金なんだっけな』
「東方に伝わる剣の技法を元にしているらしいわ」
ベク・ド・コルバンは、本来、板金鎧の上からでも相手にダメージを与えられるように作られている装備であり、ピック状の刃と背中合わせに金槌、先端はスピアヘッドがついている。板金鎧を魔力纏いと置き換えれば、その効果が理解できる。
「行きます」
『ク、クルナアァァァ!!』
傷は塞がったが体力までは回復できていない、いやむしろ魔力で強引に傷を修復した結果、体力を失っているのだろう。元気アピールは不発であったようだ。
横薙ぎでは力が逃がされると考えた彼女は、ロングメッサ―ほどもある重ねの厚い短刀のようなピックを斜め上から叩きつけるよう『人喰』に向け叩きつける。
一瞬逃げ方を考えてしまった『人喰』は、避ける間もなくその刃を身に受ける事になる。
『グギャアァァァ』
『まだまだこっからだろ』
「ええ」
彼女は突き刺さったピックをそのままに、柄を手前に引き戻す。
ZABAAA
魔力纏いができるとはいえ、体の中に入った刃の部分を避けることはできない。蜜柑の皮を剥くようにベロリと背中から腹に向け皮が切り裂かれ腹からは内臓が零れ落ちる。皮膚の下の筋肉を切裂き、腹中に収まっていた内臓まで外に飛び出してきたのだ。
『グブブブブゥゥゥ』
更なる多大な出血、そして、腹から出た内臓をどうする事も出来ない『人喰』。口から血を噴き出しながら、ゴロリと横たわり末後の息をし始める。
『ヒュ……ヤダ……』
「この状態なら斬れるかしら」
血まみれのベク・ド・コルバンをバルディッシュに持ち替えた彼女は魔力をその刃に纏わせ、『人喰』の首を一撃で跳ね飛ばしたのである。
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「取りあえず、死体は回収しておきましょう」
『土産か』
彼女は魔法袋に『人喰』の死体を納め、周囲を確認する。
伯姪と赤毛娘が相手をしている『人喰』は、赤毛娘のとげとげ君に滅多打ちにされ血まみれではあるが、どうやら致命傷を与えられずに消耗戦に突入しているようだ。
『赤いのはともかく、お前の相棒がちょっときつそうだな』
「ええ。かなりの時間、相手をしているのですもの。危ないかもしれないわね」
伯姪は魔力量は多少上がっているものの、大型の魔物や強力な不死者などと正面から戦うほどの力はないと自覚している。故に、牽制と赤毛娘が攻撃する隙を作る為に正面に立ち続けているのだが、相手の『人喰』もその事に気が付いており、赤毛娘の攻撃を避け、伯姪の攻撃は鬱陶しそうに払いのけるのみで相手にしなくなりつつある。
『お前が仕留めるしかねぇか』
「いいえ。横取りは良くないわ」
彼女は伯姪の背後に寄り、先ほどまで使っていた『オウル・パイク』を地面に突き立て、声を掛ける。
「一刺、報いるのはどうかしら」
「……ふふ、いいわね。上等よ!!」
伯姪は両手の武器を納めると、背後へと飛び退き、彼女が突き立てた長柄武器を手に取り、構える。
「エロジジイ!! こっちを向きなさい!!」
『ウルサイノォ、コヤツヲクッタラオマエモォ』
胡乱げに顔を向け「お前の相手など後回しだ」と言い切ろうとする『人喰』の開いた口腔に向け、魔力を纏わせた刺突槍を構えた伯姪が身体強化全開で穂先を叩き込んだ。
『……オゴォ、ガフゥ……』
「これでも喰らいなさい」
差し込まれた刺突槍の石突を、握り込んだハンドルボスを右手でフルスイングで叩き込む。
『ムギュ!!』
「あ、ケツから穂先が出てます!!」
「……後で洗って返してちょうだい」
「も、勿論よ」
彼女はとても嫌そうに言葉を放ち、伯姪は仕方ないかとばかりに応える。
「では、止めはあたしが!!」
うぉりゃ!!とばかりに、赤毛娘の全体重を乗せた渾身の振り下ろし。既に死に体であった『人喰』の頭がグシャリと潰れ、穴だらけとなった頭から小さな噴血が幾つも噴き出すのであった。
灰目藍髪と茶目栗毛、赤毛娘の相手をする『人喰』はまだ余力がありそうだが、蒼髪ペアが相手をした『人喰』は既に頭の形が変形するほど叩きのめされており、意識が飛んで死に掛けているように見て取れる。
魔力量で勝る前衛組の二人が、ベク・ド・コルバンで滅多打ちにすれば『人喰』といえども襤褸布のように容易になってしまう。それを見て伯姪は小さくため息をつきながらつぶやく。
「やはり、力こそ」
「パワーですよね!!」
伯姪の言葉に重ねるように言い放つ赤毛娘。その言い回し、聞いたことは確かにある。あるのだが。
「……そうね。力はパワーよね」
『そりゃ、正義だろ』
そういうのは屋上屋というのだよ赤毛娘。やがて、蒼髪ペアが滅多打ちにした『人喰』も力尽き、グレイブに持ち替えた青目蒼髪により頸を落とされる。
「どう?」
死角に回り込むように移動しつつ、魔弓で矢を放つ赤目銀髪に伯姪が近寄り声を掛ける。
「しぶとい」
「一番大きな個体だからかもね」
「魔術も魔力纏いも途切れない」
『人喰』の放つ魔術は彼女が相手したそれよりも早く、強く、間隔も短い。どうやら、四体の中では首領格の個体であるようだ。
『アヤツラ、ナサケナイ……ガ、コレデモクラエ!!』
―――『KUCHOMA, MOTO』
『アリー!! あぶなーいー!!』
いつかどこかで見た光景。離れた場所で見ていた彼女に向け、小火球の散弾が放たれる。
「サラセンの飼い猫の魔術は、小雨のようね」
『グゥ』
一瞬で魔力壁を展開、相殺できる程度に加減する彼女。魔術が当たり、魔力壁が掻き消えるが一切のダメージ効果はない。
「諦めなさい」
『アキラメタラソコデ、コロシアイシュウリョウ』
「あんたが死んで……ね」
「先生!! 夕飯の時間です!!」
晩課の鐘が背後の城壁の中から響き渡る。既に日も沈みつつある。
「腹減ったな」
「良い運動もしたしね」
蒼髪ペアはすっかり他人事。いや、視線は『人喰』から離さず、気配を伺いつつ警戒してはいる。先ほど彼女にあっさり不意打の魔術を弾かれたのが効いたのか、周囲のリリアル勢に魔術を放つことはないのだが。
周囲をリリアル勢に取り囲まれ、和やかに見学されている中、もう死ぬしかないと悟ったか『人喰』がいきなり腹を見せ寝転んだ。
『チョ、マテ、マッテクレ。イ、イノチダケハ……』
「うるさい」
その腹に向け、矢を放つ赤目銀髪。どうやら股間にヒットしたらしく醜い絶叫が夕闇迫る城壁にコダマスル。
『ウ、タ、タスケテクレ』
「黙れ」
再び矢を放とうとする赤目銀髪を制する彼女。
「先生!!」
「助けるわけではないわ」
「いえ、お腹がすいたので、早く終わらせましょう!!」
とげとげ君を『人喰』の腹に二度三度と叩きつける赤毛娘。叫び声を上げ乍ら痛みに転げ回る『人喰』。既に、尾は圧し折られ叩き斬られているので、不意打も出来ないようだ。安心安全。
「あなたを助けると何か私たちに利があるのかしら」
『……オンミコサマハイイマシタ……ナンジノリンジンヲアイセト』
彼女は収納していた魔銀合金製の大型ベク・ド・コルバンを両手で構えると最後の『人喰』の頭にその三角錐の如き分厚い刃を叩きつけた。
『グペェ』
「聖職者を食べたのね。その臭い口から御子様の言葉を語る事など、許されるはずがないわ」
二度、三度と叩きつけられた刃で、ザクロのように弾け飛ぶ『人喰』の頭。そして、頸に刃をひっかけ、鎌で刈るように首を落とす。
「良い『人喰』は、死んだ『人喰』だけってわけね」
「人語を話すからと言って、人手はないのだもの。あくまでも人間を惑わす手段に過ぎないわ。聞くだけ無駄だったわ」
小水球でベク・ド・コルバンの刃を洗いながら、伯姪に彼女はそう伝えたのである。
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