第937話 彼女はマグスタの城壁を補修する
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第937話 彼女はマグスタの城壁を補修する
「これで全てになります」
「「「……」」」
徹夜での夜襲の後、リリアル勢は昼まで寝ていた。その間、サラセン軍は『マグスタ』前面から退き、残された幕営地後には無数の死体と焼け焦げた門楼や天幕が放棄されていた。
当然、重量のある攻城砲はそのまま放置されている。
彼女はその話を置きぬけに聞き、さっさと攻城砲と残されていた砲弾・火薬樽を回収した。勿論、まだ余裕のある魔法袋にてだ。
その上で、昨夜サラセン幕営地から回収した食料・武器弾薬をマグスタに寄贈すると申し出た結果、今日も空き倉庫へと足を運んだのだ。
魔法袋から出てくる武器・弾薬・食料・医療品が次々に積まれる様を見て、一度目にしていたとはいえ、今度はサラセン陣地に夜襲を掛け根こそぎ奪って持ち帰ったことに大いに驚いたのである。
「ふぅ」
「魔法袋が空になって、魔力の消費も減ったのね」
「ええ。船二隻分のスペースがいかに負担だったか、今さら理解したわ」
伯姪たち右回り隊も、それなりの襲撃成果と物資の収奪を行ったが、物資に関しては彼女の十分の一ほどであり、火薬と武器類が主であった。
「あ、おいしそうなチーズがありますよ!!」
「学院に帰るまではお預けよ。少なくとも、ここでは頂けないわ」
「それはそうです!! ちょっとした冗談ですよ!! でも、ハムならいいですよね!!」
赤毛娘ぇ。籠城戦している中で、必要以上に集るな!! 海行って魚でも貝でも採取してきなさい!!
クロス島から運び込んだ資材の半分ほどの量をサラセンから奪い持ち帰った彼女達だが、倉庫にはまだ余裕があるらしく、いくらでも回収してもらいたいとのことだが。
「今後は難しいでしょう」
「……そうだろうな。いや、それはわかる」
サラセンは『マグスタ』の包囲は続けるが、攻城戦は積極的に行わず、物資も後方で保管し、必要な分を前線に少しずつ送る方法に変えるだろうと予想できる。軍司令部もいくらかは機能を喪失しているだろうから、総督や将軍クラス、あるいは現場の指揮官クラスも補充が必要となるだろう。夜明けとともに『マグスタ』前面から後退したこと自体が素晴らしいの作戦遂行能力であるとも言える。
同じことは難しいというのは、彼女も総督も理解している。
「先生」
珍しくアグネスが彼女に話しかけてきた。
「何かしら」
「偵察に出てはどうでしょうか」
「見えない位置にサラセンがどう展開しているかを確認するというわけね」
「はい」
城壁の上から見えない位置まで後退したサラセン軍。恐らく、立て直しの為に野営地を広くとっている事だろう。街道沿いに、軍団ごとに離れて展開している可能性もある。
失った攻城砲や武器弾薬・食料も離れた方が補給を受けやすいという事もあるだろう。
『アリー リリが行ってこようか?』
早寝早起きが基本のピクシー『リリ』が、自ら偵察を申し出る。確かに、ピクシーなら目だたず偵察は出来るだろう。とはいえ、必要なことを細かく確認できるかといえば難しい。『リリ』の能力は幼児並であり、視野も狭く表現力も乏しい。
「そうね。街道沿いにどのくらい離れて先頭がいるかどうか、それに銃を装備しているかどうか。先頭にいる凡その人数もね」
『うん、わかった!!』
そう告げると、『リリ』は彼女から離れ外へと飛び出していった。
「ねぇ」
「何かしら」
伯姪が彼女に問いかけた。
「『リリ』って、十以上は数えられないわよ」
「……」
数を数えるのも幼児並みであった事を、彼女はすっかり忘れていたのである。
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『あのね、あの丘の向こうに、いーっぱいいた!!』
「そう。ありがとう」
『どういたしましてー』
「……」
どうやら、それなりの戦力を残しているようである。元々の防衛戦力に加え、クロス島から送り込まれた増援が約三千。どちらも拠点防衛を前提とした傭兵であり、野戦で戦える戦力ではない。
攻囲軍を一時的に遠ざけたとしても、追撃を行える戦力ではないということだ。
「それよりも、外壁の補修を優先させましょう」
「セバスが相当頑張ったみたいね」
「そう。確認しましょうか」
歩人は、領都や街道整備で散々土魔術を使った結果、魔力量は年齢的にほとんど増えていないものの、精度が上がり、作業量を増やすことに成功していた。でなければ、死んでしまいます。
彼女が外に向かうと、眼の下に隈を炭のような黒さで作った歩人がカルに監視され……護衛されながら崩れた外壁を土魔術で補修していた。
「『土壁』」
「からの」
「うう……もう寝かせてくれよぉ『堅牢』……」
「甘えるのは子供の特権ですよ。大人なんだから、責任果たしましょう」
「お、オイラの心は永遠い少年なんだよぉ……」
どうやら休みなく、昨日の夜からずっと補修を進めてきたようである。とはいえ、まだ三分の二は残っている。
「あ、先生!! しっかり働かせてます!!」
「うう、なんでオイラがガキンチョに監視されなきゃならねえんだよぉ」
「日頃の行いじゃない?」
伯姪にバッサリ言い切られる。どうやら、今までは一人で仕事をしているか、『癖毛』が頑張って進めてくれていたようで、上手く手を抜いていたようだ。それでも精度が上がるというのは、今までどれだけ土魔術を使っていなかったのだろうか。
「そろそろ代わりましょう」
「先生お疲れ様です!! セバスさんがサボらないように、しっかり……護衛していました!!」
「サボらないように護衛ってなんなんだよぉ……」
サボらないようにするのは「監視」であって「護衛」ではない。そんな建前の話はどうでもいい。
「あとは、私が済ませておくわ」
「お、そうか。助かるぜ……でございますお嬢様」
カルはまだまだいけますというのだが、徹夜明けでハイになっているだけなので早々に戻るように伝える。
「で、では、今晩の襲撃には僕も……」
「今夜は襲撃は……しないわ」
「え。そ、そんな……」
カルはアグネスに代わって出撃する気満々であったようだが、徹夜明けでそのまま夜も参加させるなんてことは考えていない。
「次の機会もあるわよ」
「そう。優先権を貰ったようなもの」
「カル君も、もう少しパワーを付けないと襲撃には参加できないよー」
赤毛娘よ、三期生は斥候系なのでパワーは不要です。メイスの良さを徹夜明けの少年に語るのは止めてくれ。洗脳する気か。
「さて、意外と崩れているわね」
『人造岩石製とは違うからな』
内海に多い赤みがかった岩を積み上げた外壁。砲弾が当たり、崩れた場所の下には砕けた石や岩が転がり落ちている。
「先生!! 砲弾回収してもいいですか!!」
「良い考えね。みんなで探して回収してちょうだい」
「「「はい!!」」」
宝探し宜しく、地面に落ちている握り拳ほどから人の頭ほどの大きさの金属塊を手分けして探していく。どうやら、一期生が横に並んで城壁の端から始まで探して歩くようだ。貝拾いかな?
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の姿に整えよ……『土壁』」
『土壁』は、魔力を込めた分だけ広範囲を修復することができる。本来は、何もない場所に土の壁を作る魔術なのだが、素材となる土や岩石があれば、崩れたり削れた場所を土で覆い直すことが可能となる。泥や砂を用いるよりも、キュプロスの台地を覆う乾いた土の方が魔術を反映させやすくもある。
崩れた部分を埋めた後、さらに表面に50㎝程の厚さで土を被せ直す。二度の『土壁』を行うと、赤みがかった砂の城に見える城壁が形成された。高さと幅は10m四方ほどになる範囲で。
「相変わらず、魔力の使い方が上手ね。これで加護も祝福もないんだから、嫌になるわ」
「必要に応じてよ」
やっかみを含んだ伯姪の賞賛。魔術を日夜行使し続けた結果の魔力操作の精度と膨大な魔力量。そろそろ魔力量の成長期は終わるであろうが、精度を上げる努力は死ぬまで続けることができる。領都と領地の運営において、まだまだ彼女の土魔術の精度は向上していくことだろう。見えるんや!!
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、硬度を高め巌の如くなり賜え……『堅牢』:
それまで、ざらついた質感であった補修された城壁が、魔術の行使によりやや光沢のある石材のような外見に代わる。
伯姪は、腰の剣の柄でその城壁にコンコンと軽く叩くと、ゴンゴンと石板を叩いたような音がする。
「これ、全部が石みたいになるわけではないのね」
「魔術で最初に作った土壁の部分だけね。その下の元の城壁はそのままよ」
「そう、だから人造岩石をわざわざ使わせたわけね」
伯姪の言う通り、全部を魔術で作ることはできるのだろうが、大砲の砲弾の威力に耐えられる岩盤のような壁を魔術だけで作るよりも、時間が掛けられるならば人造岩石を作った方が規模も強度も早くできるという事なのだ。
一度退けたとはいえ、人造岩石で一から城壁を作るには時間も資材も不足している。故に、今回は簡易な魔術での補修・補強をすることにしたのである。厚み50㎝とはいえ、石板を叩き割り崩すことは容易ではない。それも、旧来の城壁の外側に重ねて作られているのであるから、実質は鎧を二枚重ねにしたような効果がある。板金鎧の加工技術がつたなかった時代においては、鎧下替わりに隙間を無くすために革鎧や鎖帷子を着こむ場合もあったのだ。二枚重ねの城壁は、急増とはいえ悪くはない。
『マグスタ』正面の城壁の長さは3.5㎞ほどになる。あと2.5㎞を今日中に終わらせるには、あと6時間ほどで今の作業工程を250回繰り返さねばならない。
「大丈夫なの?」
「魔力量は……丁度良いくらいかしら」
「つまりカツカツね」
「そうとも言うわ」
伯姪は彼女の性格からして、やり終えたいと願い無理を押しても終わらせるだろうと考えている。
「手伝えることはある?」
「素材となる石材が欲しいわね」
「わかったわ。拾って来ましょうか」
彼女はお願いねと伯姪に伝え、城壁の補修に集中し始める。
魔法袋の容量を確認し、馬車に大分くらいの岩を拾ってくればいいかと伯姪もその場を後にするのである。
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気が付くと、周囲は茜色に染まっていた。
「空が血の色みたいね」
『縁起でもねぇ。もう少し綺麗だろこの色はよ』
彼女はものすごく集中していた。単純な作業の繰り返し(土魔術は単純ではありません)は思いのほか楽しく、没入感に浸り時間を忘れて城壁の補修を繰り返していた。
「リリアル卿、これは……」
気が付くとそこには、驚愕の表情を浮かべたマグスタ総督兼キュプロス総督代理である『マルコ・ブラガ』とその従卒が立っていた。
「あと一度でほぼ前面は補修が完了します」
「あ、ああ。随分と……素晴らしい仕上をしていただいたようだ」
「自領の領都もこのくらいの仕上がりにしたいと思います」
「はぁ」
彼女の中では、領都ブレリアや今はデルタ民の避難村になっている場所に建設する予定の宿場街の外構を作る練習のつもりで作業を進めていた。ただ働きだと思うと腹も立つが、自領の工事の練習だと思えばモチベーションも高く保てる。留守中の状況も気にはなるが、大半のリリアルメンバーはこことニースにいるのだから気にしても仕方がない。
何か問題が起こったなら、王太子が対応するだろう。いや、して貰わねば困るのだ。何か起こって放置されていたら、本気で文句を言おうと彼女はここをに強く思う。
マルコ・ブラガは地面に落ちていた握り拳ほどの大きさの石を握ると、仕上がった城壁を叩いてみた。
「……岩のようだ」
「これは50㎝程の厚さの岩になります。元々の岩よりも密度が高い分、硬度は高いと思います」
「大砲の砲弾で砕けたりはしないだろうか」
「同じところに何度も当たればあるいわ割れるかもしれません」
彼女はそう答えた上で、50㎝厚の石板の下は元の城壁があるので、完全に崩れるのは相当困難だと思われますと付け加える。
「この、外側の門も土魔術で塞いでもらってもよろしいか」
総督の言葉通りに受け取るのなら、海都国側にはマグスタから出撃する予定はないと決定しているのだと彼女は理解していた。
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