第936話 彼女は親衛軍の幕営地を焼く
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第936話 彼女は親衛軍の幕営地を焼く
「臭いわね」
『人間の焼ける臭いってのはな。それと断末魔もこえぇよ』
生きながら焼かれるのは相当苦しいのだという。焼かれて死んだ者が生き返って伝えたわけではないので、本当かどうかは定かでないだろうが。
松明のように燃え上がる門楼。気分があがる。
『あ、あいつは魔術師!!』
『は、灰色乙女だ!!』
サラセン軍、特に親衛軍において美麗帝の最期の遠征において姿が見られた帝国の魔術師。黒目黒髪の若い女と言い伝えられるそれは、親衛軍の中で恐るべき存在として語り継がれている。と、サラセン兵たちの言葉を断片的に拾い、そんな感じだと彼女は理解した。
『ヴィよりもお前は……』
「乙女であることは変わりはないわね」
オリヴィはその……まあなんだ、ストンではないのだ!! 服の上からでは分かりにくいのは、オリヴィはローブを着ているということもあるのだが。彼女はもちろん、鎧下風魔装に、革製防具を合わせている。
「この魔装、染めた方がいいのかしら。白銀色で目立つものね」
『無理だろ。魔銀糸が染まるわけぇね。上か黒いマントでも羽織れよ』
いつもの調子の装備のまま夜襲を行っているのだが、今回は見つけにくくする工夫をもう少ししても良かったかもしれない。
門楼の炎を見て、幕営地内が俄かに騒がしくなり、やがて一隊を率いた魔力持ちの戦士が現れた。
『水を使うな!! 土を掛けて消すのだ!!』
キュプロスのそれも大規模な軍の幕営地で水を無駄遣いするのは言語道断。それに、人間だけでなくそれ以上に『馬』が大量の水と飼葉を必要とする。徴用農兵が水不足で死んでも問題ないが、総督以下幕僚や騎士・戦士の乗る乗馬、荷駄を運ぶ輓馬の水は絶対に欠かせない。
豪華な幕営を維持するのには、大量の荷駄が必要なのだ。サラセンの高位高官ともなれば、宮廷と変わらぬ生活を要求するのだから当然だと言えるだろう。
彼女は『魔剣』を片手にするすると近寄っていく。
『こんばんは』
『……貴様は魔女……灰色乙女……か。いや、その娘辺りか!!』
美麗帝の遠征から既に十余年。オリヴィはそのさらに遡ること帝都ウィン包囲戦に帝国側に雇われ参戦した記録がある。一体何歳なのだろうか。乙女の秘密を知ろうとする者の命は危ないのでシィーしておくことにする。
『知り合いではあるけど、血縁ではないわ。私の名は、アリックス』
『……先ほど雷の大魔術を放った大魔術師か……』
戦士長の顔が僅かに引き攣るが、部下に射撃の命令を出して自らは時間稼ぎのつもりか、巨大な片刃曲剣を背中から抜き、斜め上に構える。
『このままでは帰さんぞ』
「門限は過ぎているのだけれど、帰ります」
『王国語じゃ通じねぇぞ』
『魔剣』に言われる迄も無いが、「このまま帰さない」などといわれれば、咄嗟に言い返してしまったのだから仕方がない。サラセン語はそんなに得意ではないし、こんなセリフの返しまで覚えているはずがない。
『サラセン人は一夫多妻だしな』
「王国も、その昔はそうだったのよね。今は正嫡の問題があるから一夫一妻としているのだけれども」
聖征の時代以前は寛容であったのだが、いつのまにやら男系でなければとか相続を制限するようになったのは、それが原因で跡目争いが続いたからだろうか。サラセンの場合、それを許容した上であえて強者が後を継ぐ試練にしているようなのだが。
『さっさと倒せよ。あとが支えている』
「勿論よ」
彼女は『魔剣』を構え前に出るが、その刹那、『魔剣』は片刃曲剣から、バルディッシュへと姿を変える。
『よ、妖術か』
『ただの魔剣よ』
振り下ろされる巨大な曲剣。体重と膂力を乗せた必殺の切り落とし、受ければ受けた武器ごと相手を叩き潰す強烈な一撃。だが。
『な』
「魔剣だと言ったでしょう? 普通の武具なら斬れるのよ」
曲剣ごと斬り上げられ真っ二つになる戦士。自分たちの指揮官が一撃で両断された姿を見たサラセン兵は、慌てて火縄の点いた銃口を彼女へと向け、三々五々発射する。
CHUINN!!
CHUINN!!
CHUINN!!
魔力壁をV字型に展開し、自らの体を守りながらゆっくりと燃え上がる門楼へと足を進める彼女。自分たちの射撃が当たれども弾かれる様子を見て、サラセン兵が次々と逃げ出していく。
『聖|雷《 tonitrus i》炎』
その背後に向け、魔術を放つ彼女。魔術が命中し一瞬で炎の柱となるサラセン兵。運よく免れた者たちも、命中した周囲への衝撃と迸る雷撃で昏倒していく。雷は当たらずとも、周囲への衝撃が激しいのだ。
昏倒していくサラセン兵を無視し、更に彼女はこちらに向かってくる親衛兵にに対して『聖|雷《 tonitrus i》炎』お放ち打ち倒していく。人が燃えるさまを見て、皇帝への絶対忠誠を誓う親衛軍の兵士たちも門楼へ近づく者は皆無となった。
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「銃が随分と集まったわ」
『それ、どうするんだよ。魔装銃じゃねぇだろ』
サラセンの親衛軍、その主力は銃兵である。本来、攻城戦で使われていた銃は重く、銃身を長くしても城壁や矢狭間などに銃身を乗せ放つように作られていた。馬上での取り回しを考え銃身を短くしたり、歩兵が持ち歩けるように軽量化した物も作られ始めているが、サラセンのそれは歩兵用とはいえそこまで軽くはない。その代わり、精々胸当を付けるくらいの防具に収められており、鎧を着ずに済む分、機動力を確保することになった。それ故に、銃は重く大きい。恐らく、重装騎兵に対抗するあるいは攻城戦で使えるように口径を大きく、縦深も長くして威力を高めているのだろう。
リリアルの軽量銃とは真逆の発想である。
「シャリブルさんにお土産よ。それと、魔導船から射撃する分には持ち歩かないで良いので、この手の銃も使い道はあるでしょう。ニースの軍船なら喜ぶと思うのだけれど」
『それならありかもな。まあ、百丁くらいなら迷惑にならねぇか』
「これもよさそうね。拾っておきましょう」
幕営地内に投げ捨てられた銃を拾いつつ、彼女は食料貯蔵庫を探している。あるいは、医療用品もなのだが。
『主、見つけました』
「そう。案内してちょうだい」
『猫』が迎えに来たのは、彼女がフラフラ……掃討戦を進めていたからだろうか。騒然とする幕営地内を『気配隠蔽』を纏って足早に進んでいく。どうやら予想通り、指揮する者の数が足らず、下っ端ばかりで混乱が収まらないようだ。
親衛軍の幕営地の端、本営と思われる警戒厳重な幕営地に隣接する場所にどうやら食料保存庫の一部があるようだ。
「こちらを警戒しているようね」
『はい。ですが、あちらには総督以下高位高官が集まっているので、持ち場を離れるわけにはいかないようです』
燃え上がる門楼や、幕営を盛んに指さし幕営地内に大声で伝えている兵士や、それに対して何やら命令している魔力持ちがいるのだが、それ以上、こちらに何かするつもりはないようだ。暗い中で本営の守備を薄くしてまで親衛軍とはいえ兵士の幕営地を直ちに同行する必要を感じないのだろう。
「先生」
「どうやら上手く見つけられたようね」
「なんだか騒然としていて、こっちにはあんま兵士がいなかったんだよなぁ」
「いいじゃない。無理矢理戦いたいなら、隣の警戒厳重な所に行けばいいのよ。あんた一人でね」
「いくわけねぇだろ。命大事にだ」
蒼髪ペアは相変わらずだが、それほどサラセン兵と戦わなかったのが不満なのだろうか。
「いえ、二十人は仕留めています」
「それぞれです」
「……」
灰目藍髪とアグネスとしては十分戦ったと感じているようだ。サラセン軍全体では十万を超えているのだから、そっとしておいてもらいたい。
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「うおぉ」
「あるところにはあるってやつね」
半地下構造になっている集積所。どうやら、火攻めなどにあっても燃え尽きないように、半地下の倉庫にしているようだ。
「運び込むのが大変そうです」
アグネスの感想に彼女は「魔法袋に入れて積み上げるだけだから大変でもないと思うわ」と答え、灰目藍髪に先生ほどの容量を持つ魔法袋持ちはおりませんと答えられそれはそうかと思う。
「アルコール類に医療品、予備の武器に……」
「チーズの類がありそうです。長期保存に適しているタイプのです」
「それは良いわね。籠城戦だと日持ちすることは大切ですもの」
岩のような硬さのチーズの塊を回収。樽に入った蒸留酒、塩、香辛料の類もすべて回収する。本営のお偉いさん用の食材の一部がここにも保存されていたようだ。小麦の類も、クロス等から運んだものより質が良いくらいで回収しがいがある。
「オリーブオイルも良いものがありますね」
「ここは当たりなのではないかしら」
彼女がひょいひょいと片っ端から魔法袋へと保存庫内の資材を回収していく。
「食料が無ければ長期退陣は難しくなるでしょうか」
「ええ。キュプロス島の人口とサラセンの軍の戦力数が変わらないくらいであるとするなら、余分な食料などこの島にはないでしょうから。長くは持たないと思うわ。追加の食料を運んでくるにも時間がかかるわね」
明日以降の夜襲では食糧庫などの襲撃はあまり効果が無いだろう。そもそも、この襲撃で高位のものが好みそうな食材はかなり収奪することができた。兵士と同じ食料なら容易に手に入るだろうが、口の奢ったサラセンの軍幹部がそれを良しとするとも思えない。不満が高まり、士気にも影響するだろう。
「先生、そろそろ離脱の準備をした方が良さそうです」
食料保管庫の周辺だけ襲撃が行われていないことを不審に思った親衛軍の憲兵がこちらを確認に来るようである。
「では、そろそろお暇しましょうか」
「勿体ないかもしれませんが残りは」
「燃やし尽くせ!!」
「ヴァ―ニング!!」
脂を並べ、火薬を周囲に撒いていく。もったいない気もするが、貯蔵庫が使用できなくなれば、更に復旧にも時間がかかり戦力と士気を削ることができるだろう。
「先に離脱してちょうだい」
「では後ほど」
「お先に!!」
四人を送り出し、彼女は半地下となっている食料貯蔵庫の中へと再び魔術を放つ。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『聖|雷《 tonitrus i》炎』」
BOONN
PAPAPANN!!
火薬が爆ぜ、脂が溶け出し炎が床をなめ始める。黒い煙りが立ち上がり、やがて残された小麦などに燃え移りさらに激しく炎を上げる。
『お、良い感じで燃えてんな』
「ええ。火の粉が舞えば、さらに幕営地で小火が続く事になりそうね」
兵士は右往左往しつつ、何とか火を消そうと走り回る。飲み水の樽から水を掛けて消そうとし、それを咎める者、無視して火を消そうとする者で喧嘩が始まる。やがて、明るくなれば水も食料も寝床も武器も失われていることに気が付くことだろうが、今は興奮のるつぼと化した幕営地は蜂の巣をつついたような状態が続いている。
背後の喧騒を見ながら、彼女は何か忘れている気がする。
「折角ですもの。置き土産ももう一つくらい、あってもいいわよね」
『目と鼻の先だしな。良いんじゃねぇか』
魔力壁の足場を駆け上がり、彼女は隣接する『本営』の上空へと足を運ぶ。
魔法袋から幾つか火薬樽をもっとも魔力量の多い者が集まる天幕へと投げ落とす。そこに総督や幕僚がいるかどうかは不明だが、魔力持ちの護衛が集まっているところにお偉いさんがいると思われるのでそれで良しとする。
今日一番の魔力を込めた魔術を彼女は放つことに決める。
「雷の精霊タラニスよ我が働きかけに応え、我の欲する雷の姿に変えよ……『聖|雷《 tonitrus i》炎』」
数百の雷を帯びた炎が中空から巨大な天幕とその周辺へと降り注ぐ。
最初は人の悲鳴や喚き声が聞こえていたのだが。
DOGOOONNN!!!!
GOBAAANNNN!!!!
投げ落とした火薬樽へと引火したのであろう、巨大な黒煙が天幕を吹き飛ばし、やがて周囲を激しく燃やしているのが目に入った。
「全部は貰い過ぎだったので、少しお返ししたのだけれど」
『返し方が悪かったのかもな』
サラセン軍本営は恐らくマヒ状態になるだろう。不眠不休の夜を徹した作業に指揮官の不在が重なれば、明日からの攻囲戦も少しは楽になるだろうと彼女は考えていた。
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